第69話 喧嘩
トールとニュート様が喧嘩をすることになったけど、殺し合いは絶対に駄目だって私は言い含めた。
当然、ルークスもそこまでさせるつもりはなくて、健全なルールを設けようとする。
「武器なし、スキルありの模擬戦で、致命傷を与えるのは禁止。どうかな?」
「ワタシは魔法使いだ。スキルありなら、断然こちらが有利だな。野良犬、どんなハンデが欲しいのか言ってみろ」
「いらねェよ、クソ眼鏡。さっさと始めようぜ」
私たちは、冒険者ギルドの地下にある練習場へと移動した。
その開けた場所で、ニュート様とトールが対峙する。
審判員は私、ルークス、フィオナちゃん、シュヴァインくんの四人だよ。
一応、私は公平な立場から二人のステホを見せて貰って、危険過ぎるスキルがないか確認を取った。
私のスキル【再生の祈り】で治らないような、後遺症を与えるスキルがあると、かなり不味いからね。
トール 戦士(14)
スキル 【鬨の声】【剛力】
トールのレベルは以前に確認したときより、それなりに上がっていた。それでも、新しいスキルは取得していない。
【鬨の声】は敵を怯ませて味方を鼓舞するスキルで、【剛力】は常に自分の筋力が上昇するスキルだよ。
これなら、意図して相手の命を奪おうとしない限り、問題はないと思う。
ニュート 氷の魔法使い(16)
スキル 【氷塊弾】【氷壁】
ニュート様は普通の魔法使いじゃなくて、氷の魔法使い。これは氷属性の魔法に特化している職業だね。
レベルはトールよりも高いけど、魔法使いはレベルが上がっても魔力が増えるだけで、身体能力は変わらない。
このレベル差があっても、接近戦になったらトールに軍配が上がると思う。
【氷塊弾】は拳大の氷の塊を飛ばすスキルで、【氷壁】は縦横三メートル、厚さ五十センチくらいの氷の壁を出すスキルだよ。
どちらも魔力を消耗するスキルだから、魔法って呼ぶ人が多い。
これらも意図して相手の命を奪おうとしない限り、問題はなさそう。トールは身体が丈夫だから、尚更ね。
ちなみに、私の支援スキルがあるとフェアじゃないから、喧嘩が終わるまでは使わないよ。
「それじゃあ、この銀貨が地面に落ちたら、始める感じで……」
本当は止めるべきなんだろうなぁ、と思いながらも、私は銀貨を指で弾いた。
張り詰めた空気の中、くるくると回る銀貨が地面に落ちて──
「ウオオオオオオオオオオオオォォォォォッ!!」
トールが【鬨の声】を使った雄叫びを上げながら、真正面から突っ込んでいく。
「くっ……!! 負け犬の遠吠えでも、練習しているのか!?」
ニュート様は少し怯んだけど、持ち前の自尊心が後退することを良しとせず、すぐに【氷塊弾】で応戦する。
トールは歩みを止めることなく、拳一つでこれを打ち砕いた。
「この程度の攻撃で、俺様は止められねェよッ!! 負け犬になるのはテメェだぜッ!!」
「戯け!! 猪突猛進な馬鹿への対処法ならっ、学んでいるぞ!!」
ニュート様は立て続けに【氷塊弾】を撃っていくけど、その悉くがトールの拳によって砕かれてしまう。
でも、砕けるのと同時に冷気が散るから、この魔法には相手の体温を下げる効果もあるんだ。
夏場とは言え、長期戦になればトールが不利かもしれない。彼自身もそう感じたみたいで、少しだけ表情に焦りが滲んだけど、ニュート様に肉迫することには成功した。
「歯ァ食いしばれやッ!! クソ眼鏡ェ!!」
トールは走った勢いを乗せて、大振りの拳を突き出す。
ニュート様は冷静に、その拳を紙一重で避けながら、トールの腕を絡めとった。
そして、相手の勢いを利用することで、高々と投げ飛ばしたよ。
私は詳しくないけど、柔道みたいな技に見える。背負い投げ、だったかな。
ニュート様は数多くの実力者たちに、手厚い指導をして貰える立場にあったから、こういう技術を習得しているのも納得だね。
「なによあいつ!? 本当にあたしと同じ魔法使いなの!?」
「さ、流石はお義兄さん……!! ボクっ、応援してます……!!」
驚愕しているフィオナちゃんの横で、シュヴァインくんがニュート様に媚びを売った。
ニュート様は見るからにイラっとしながらも、宙を舞っているトールに対して、ここぞとばかりに【氷塊弾】を浴びせる。
「凍り付けッ!! 野良犬ッ!!」
「チッ、クソがァ!! 負けてたまるかよォッ!!」
トールは筋力に物を言わせて、雑な大振りをすることが多いけど、決して不器用な訳じゃない。空中でも器用に身を捩って拳を振り回し、【氷塊弾】に対処していく。
ただ、完璧とはいかなくて、顔面に直撃コースで飛来する一発を殴り損ねた。
私は痛ましい光景を予想して、思わず目を逸らす。……少し経っても、ルークスたちは止めに入らない。
勝負が続行しているから、恐る恐る視線を戻してみた。すると、無事に着地していたトールが、咥えている氷塊を噛み砕いたよ。
どうやら、顔面に飛来した【氷塊弾】を口で受け止めたらしい。
「氷が食いたいのなら、胃袋がはち切れるまで食わせてやる……ッ!! 有難く思えっ、野良犬ッ!!」
「上等だぜッ!! やれるもンならやってみやがれッ!!」
トールが再び駆け出して、ニュート様は【氷塊弾】で応戦した。
ここまでは先ほどの再現だけど、肉迫したトールは大振りをやめて、小刻みなジャブでニュート様を殴ろうとする。
戦士の高い攻撃力と、魔法使いの低い防御力。この二つを加味すると、小技でも十分に大きなダメージを与えられると思う。
「ワタシには、もう一つスキルがあるぞ!! 貴様に砕けるか!?」
ニュート様は自分の足元から【氷壁】を出現させて、その上に乗ることでトールの拳を回避したよ。
「ぶち抜く──ぜェッ!!」
筋力自慢のトールでも、【氷壁】を一撃で砕くことは出来なかった。それどころか、拳が傷ついて逆にダメージを受けている。
でも、躊躇いなく大振りに切り替えて、二度、三度と連続で殴り付け、【氷壁】を壊すことに成功した。
これで後は、落ちてくるニュート様を殴り付ければ、トールの勝ち──かと思ったけど、頭上から降ってくるのは【氷壁】だった。
横向きに寝かせてある状態で、四枚重ね。その上にはニュート様が乗っているから、総重量は中々のものだろうね。
彼は最初の【氷壁】でトールの拳を回避した後、跳躍して空中に【氷壁】を生成し、この攻撃に繋げたんだ。
魔法使いと言えば、後方から魔法を撃ちまくる固定砲台が一般的だけど、その例はニュート様に当て嵌まらない。
私も【土壁】というスキルを持っているけど、それを利用してスタイリッシュなことをするなんて、絶対に無理だよ。
ちなみに、壁系の魔法は地面からにょきっと生やすか、空中に生成するか、二通りの出し方がある。
【土壁】の場合、土の地面から生やす以外の方法だと、魔力を多めに消耗して、生成速度が低下する。特に空中での生成だと、それが顕著なんだ。
重力に抗うことなく落ちるけど、生成速度が遅いから敵を潰すことは難しい。そんな訳で、空中に出すメリットは殆どない。
【氷壁】の場合、生成する場所が地面でも空中でも、消耗する魔力は変化しない。ただし、周囲の温度が低ければ、消耗する魔力が減って、生成速度は上がる。周囲の温度が高いと、それが逆になるみたい。
【氷塊弾】が砕ける度に冷気が散って、周囲の温度を下げていたから、それがニュート様を有利にしているね。
「おおーっ、凄い凄い! やっぱり、仲間になって欲しいなぁ」
ルークスが呑気に手を叩いて、ニュート様を称賛している。
トールが負けちゃいそうだけど、それでいいの?
「負ァけェるゥかあああああああアアアァァァァァ──ッ!!」
「狂犬め……っ、往生際が悪いぞッ!! このまま潰れてしまえッ!!」
トールは【氷壁】を両手で受け止めて踏ん張ったけど、流石に投げ飛ばすようなことは出来なかった。
メキメキと、彼の全身から骨が軋んでいるような音がする。
これはもう、止めに入るべきだ。そう判断して、私が『勝負あり!』って叫ぼうとしたら、ルークスに遮られた。
「アーシャ、まだ止めないで。思う存分やらせてあげないと、トールは納得しないから」
「えっ、で、でも、このままじゃ……」
トールの命が危ない。そう忠告しようとしたところで、フィオナちゃんが声援なのか野次なのか分からない言葉を飛ばす。
「トールっ!! このままだとアーシャのファーストキスがっ、ニュートに奪われちゃうわよ!!」
「な──ッ、ンだそりゃァ……ッ!? 聞いてねェぞッ!?」
トールが驚いているけど、私も驚いている。初耳だからね。
一体何を言い出すんだと、フィオナちゃんに非難の目を向けると、『ここは任せて!』と言わんばかりにウィンクを返された。
「この決闘っ、勝者にはアーシャのファーストキスが捧げられるわ!! たった今っ、決まったのよ!!」
「いや、あの──」
私は了承していない。そう文句を言おうとしたら、その前にトールの闘志が膨れ上がって、彼の身体が一回り大きくなった気がした。
トールは己の限界を超えて、身体のあちこちに内出血の痕を滲ませ、雄叫びと共に【氷壁】を投げ飛ばす。
そして、空中に放り出されたニュート様へと肉迫し、渾身の左ストレートを叩き込んだ。
ニュート様は咄嗟に両腕を交差させて防御したけど、魔法使いの細腕が耐えられるほど、戦士の一撃は軽くない。
彼の両腕はへし折られて、そのまま殴り飛ばされる。そして、練習場の壁に激突した。
「ぜェ……っ、はァ……っ、どう、だ……ッ!? 俺様の一撃はよォ……ッ!!」
トールは身の丈に合わない力を振り絞ったみたいで、満身創痍になっているよ。これ以上は歩くことすら難しそう。
「くっ……!! そんなに、アーシャの唇を守りたいのか……!? ならば、これからは野良犬ではなく、番犬と呼んでやる……!!」
ニュート様はフラフラと立ち上がったけど、こちらも当たり前のように満身創痍だ。両腕が折れて動かないし、頭からは血を流している。
駄目だ、これ以上は見ていられない。私が駆け出そうとしたら、またしてもルークスに止められた。
「まだだよ。まだ、もう少しだけ……。二人とも、キラキラしているから……」
「もう少しって、二人とも動けないでしょ!? こんなの子供の喧嘩の範疇を越えちゃってるよ!」
自分が攻撃された訳じゃないのに、二人の痛みを想像して泣きそうになる。
私はルークスの制止を振り切って、まずはトールのもとに駆け寄った。すると、
「…………もういい、分かった。ワタシの負けだ。住処もパーティーも、他を探す」
ニュート様が戦意を萎ませて、肩の力を抜きながら降参したよ。
トールは納得がいかない様子で、目尻を吊り上げながら彼に問い掛ける。
「待てよ……ッ!! 俺様はもう、一歩も動けねェ……。テメェはそこから、魔法を使えンだろ……!?」
「百発の魔法を撃ち込まれても、貴様は倒れない。そういう目をしているぞ」
「ったりめェだ!! 百どころか、千でも万でも倒れねェよッ!!」
「フッ……。ならば、降参だ」
ニュート様は小さな笑みを零して、満足げに自らの敗北を受け入れた。
気に食わない野良犬だと思っていた相手が、称賛に値する実力者だった。彼にそう思わせるくらい、トールが健闘したってことかな。
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