第68話 不仲

 

「──で、連れて来ちゃったの?」


 私がニュート様を連れて帰ると、起床していたフィオナちゃんと遭遇した。

 素直に事情を話したら、呆れた目を向けられたよ。


「だ、大丈夫だよ。ちゃんと面倒見るから……」


「あんたねぇ、犬や猫を飼うのとはワケが違うのよ? しかも勘当されたとは言え、元貴族でしょ。厄介事を招くかもしれないわ」


 フィオナちゃんが危惧していること、ないとは言い切れない。

 でも、一度拾った手前、今更なかったことには出来ないからね。


「とりあえず、ニュート様が自活出来るようになるまで、手助けするだけだから……。本人は冒険者になりたいんだって」


「ふぅん……。アーシャは簡単そうに言うけど、冒険者として自活させるのは大変よ? ニュート様──いえ、もうただのニュートね。あいつ、まだまだお高く留まっている感じがするし、仲間なんて出来るの?」


 フィオナちゃんがチラっとニュート様を見遣ると、彼はローズに従業員としてのイロハを叩き込まれていた。


「笑えっ、笑うのじゃ新入り! 愛想笑いの一つも出来ねばっ、客商売は務まらんぞ!!」


「ワタシは誰にも、媚びなど売らない。貴族ではなくなったが、誇りまで失った訳ではないからな」


 うん、確かにお高く留まっている。接客業が出来なくなるような誇りなんて、早くゴミ箱に捨てて貰いたい。

 なんかね、ニュート様って無意識的に自分の顎をくいっと上げて、上から目線になるんだよ。

 この言動が平常運航だと、冒険者の仲間を見つけるのは難しそう……。


 ちなみに、ニュート様は私のお店で、しばらく働くことになった。住み込みで、お給料も出すよ。

 彼は冒険者になるつもりでいるから、装備が整って仲間を見つけ次第、宿屋に移って自立する予定なんだ。


「フィオナちゃんたちのパーティーって、仲間を増やすことは考えたり──」


「してないわね。ま、ルークスに事情を説明したら、諸手を挙げてニュートを歓迎しそうだけど」


「だよね! それじゃあ、仲間の問題は解決──」


「しないわね。トールとニュートの折り合いが悪すぎて、話にならないわよ。絶対に」


 ルークスたちのパーティーに、ニュート様が加入出来たら、みんなが得をすると思う。彼はマジックアイテムを取り上げられて、大幅に弱体化したけど、それでもルークスたちと同程度の強さはあるはず……。

 問題はフィオナちゃんが言った通り、トールとニュート様の折り合いが悪すぎることだよ。


「二人の関係、改善出来ないかな……?」


「それが出来るとしたら、ルークスかアーシャだけよ。言っておくけど、あたしとシュヴァインには無理だからね? トールのやつ、なんだかんだで、ルークスかアーシャの言うことしか聞かないし」


「ルークスはともかく、私の言うことを聞いてくれるイメージはないけど……」


「そんなことないわ。惚れた弱みに付け込んでやれば、楽勝よ」


 彼氏持ち恋愛強者のフィオナちゃんがそう言うなら、間違いないのかも。

 でもね、子供の恋心を利用するようなこと、したくないよ。

 私、これでも中身はアラサーだから、大人げないでしょ。


 ──この後、私たちが朝食をとっていると、ルークス、トール、シュヴァインくんの三人がお店にやって来た。

 彼らは毎朝、こうしてフィオナちゃんを迎えにくるんだ。


「あァ゛!? どうしてテメェがここにいやがる!?」


 早速、トールがニュート様を発見して、目を血走らせながら睨み付けた。

 絡み方が完全にヤンキーのそれで、育ちの悪さが窺えるよ。……ここにいる人、ニュート様以外はトールと同じ孤児院育ちなんだ。私たちも同類扱いされそうだから、やめて貰いたい。


「貴様は確か、トールと言ったか……。ワタシがどこで何をしていようと、貴様には関係あるまい」


「ざけンじゃねェぞ、テメェ……ッ!! ここは俺様のダチの店だッ!! ここで勝手しようってンなら、ブッ殺すぞッ!!」


「ほぅ、このワタシを殺すだと……? 大きく出たな、野良犬風情が……」


 二人とも、やっぱり折り合いが悪い。今にも殴り合いが始まりそうだ。

 そんな雰囲気の中で、私は場違いにも感激してしまった。初めてトールに友達扱いされたからね。

 私も友達だと思っていたけど、改めて口に出されると照れちゃうよ。

 ここで、ルークスとシュヴァインくんが割って入り、トールを宥めようとする。


「トール、悪者扱いするのはまだ早いよ。落ち着いて」


「ぼ、ボク……っ、スイミィちゃんのお兄さん、きっと悪い人じゃないと思う……!!」


 シュヴァインくんにフォローして貰ったのに、ニュート様は額に青筋を浮かべて、彼を冷たく睨み付けた。


「スイミィ、ちゃん……? 貴様、ワタシの妹に対して、随分と馴れ馴れしいな」


「ひぃっ!? ごっ、ごめんなさい……!!」


「…………いや、いい。貴様はスイミィの命の恩人だ。それに、ワタシは勘当された身……。口を挟む資格は、ない……」


 スイミィ様はシュヴァインくんへの好意を隠していないから、ニュート様としては気が気じゃないと思う。

 それでも、すぐに一歩引いて怒りを収めた。そんな彼の言葉を聞いて、ルークスが小首を傾げる。


「かんどうって、どういう意味?」


「勘当とは、親から縁を切られるという意味だ。ワタシはもう、貴族ではなくなった」


「へぇー。それじゃあ、今はただのニュートなんだ。……もしかして、それがアーシャのお店にいることと、何か関係あるの?」


「ある。アーシャは帰る家のないワタシをここへ招き、しばらく泊めてくれると言った」


 ルークスが私に視線を向けて、アイコンタクトで真偽の確認を取る。

 私は小さく頷いて、真実だと伝えたよ。すると、悪鬼の如き形相になったトールが、ニュート様に詰め寄って額を突き合わせた。


「アーシャの家に泊るなンざ、俺様が許さねェよ!! 出て逝けッ!! そして野垂れ死ねッ!!」


「どうして貴様の許しが必要なんだ? ここの家主はアーシャだろう。部外者は引っ込んでいろ。そして、貴様が去ね」


 ニュート様は冷たい魔力を漲らせて、いつでも魔法を使える状態に入った。

 今にも戦闘が勃発しそうな雰囲気だ。このままだと、子供の喧嘩じゃ済まなくなりそう……。

 なんとか止めたいんだけど、どう言えば角が立たないのか分からない。

 私が頭を抱えていると、フィオナちゃんがシュヴァインくんの背中に隠れながら、余計な野次を飛ばす。


「トールっ、男の嫉妬は見苦しいわよ! 素直に羨ましいって言いなさいよね!」


「ブッッッ殺されてェのかテメェ──ッ!! 嫉妬じゃねェし羨ましくもねェよッ!!」


 怒髪天を衝く。今のトールの有様はまさにそれで、頭の血管が切れたんじゃないかと思えるほど、顔が真っ赤になっている。


 顔が赤いと言えば、シュヴァインくんもそうだよ。彼は私とニュート様を交互に見遣って、ぐるぐると目を回し始めた。


「お、同じ屋根の下、同じ布団の中、温もりを確かめ合う男女……!! な、何も起こらないはずがなく……!? し、ししょぉ~~~!!」


 私は泣き付いてくるシュヴァインくんを押し退けて、呆れながら溜息を吐いた。


「はぁ……。布団は別々だから、変な妄想しないでね。それに、フィオナちゃんもいるし」


「ふぃ、フィオナちゃんと師匠が、イケメンに奪われる……!? そ、そんなの駄目だよぉ……!!」


「奪われるも何も、フィオナちゃんはともかく、私はシュヴァインくんのものじゃないでしょ」


 シュヴァインくんは隙あらば、私をハーレムメンバーに加えようとしている疑惑がある。

 彼ってば、太っちょで全体的に丸っこい男の子なんだ。可愛い体型だとは思うけど、私の異性の好みから外れているよ。

 私がシュヴァインくんの妄言を斬り捨てていると、フィオナちゃんがポンと手を打った。


「アーシャ、言い忘れていたわ。あたし、そろそろ宿屋に移るから」


「えっ、そうなの? 別にこのまま、居候を続けてくれてもいいんだけど……」


「稼ぎが安定してきたから、シュヴァインと二人部屋で暮らすつもりよ。……悪い虫も飛び始めたし、ね」


 彼女がボソッと零した『悪い虫』って、スイミィ様のことだと思う。

 シュヴァインくん、フィオナちゃん、スイミィ様の三角関係が、今後は熾烈を極めるかもしれない。

 恋愛弱者の私なんて、流れ弾一つで即死だから、気を付けて立ち回ろう。


 ──閑話休題。フィオナちゃんが家から出て行くことは、全く想定していなかったけど、それでも我が家には従魔のみんながいる。

 ローズなんて喋るから人間と遜色ないし、私とニュート様が一つ屋根の下で暮らしても、妙なことにはならないよ。

 そもそも、彼はまだ子供なんだから、そんな心配をする方がおかしい。


「ねぇ、ニュート! 折角だし、オレたちのパーティーに入る!?」


 ルークスが不意に、ニュート様をパーティーに勧誘した。

 それだよ、それ。私もそうして欲しかったの。


「ハァ!? こいつとなンざ、上手くやっていけるかよッ!! 俺様は反対だぜ!? それもただの反対じゃねェ……ッ、空前絶後の大反対だッ!!」


 案の定だけど、トールが反対した。その意を示すために、空前絶後とか付ける人、私は初めて見たよ。

 なんとかならないかな、と思っていると、フィオナちゃんが私の隣にやって来て、コソコソと耳打ちしてくる。


「ほらっ、アーシャ……!! 今よ……!!」


「ええっと……な、何が今なの……?」


「トールの腕をギュッてして、上目遣いでお願いするの……!! 『ニュートをパーティーに入れてあげて。きゅるん!』って感じで……!!」


 私は首を捻りながら、頭の上に疑問符を浮かべた。きゅるんとは、一体……?


「それで了承してくれるとは、思えないけど……」


「トールなんてアーシャにメロメロなんだからっ、こうすれば楽勝よ……!! ニュートを助けたいなら、いきなさい……!!」


 嘘でしょって、突っ撥ねたい。けど、恋愛強者のフィオナちゃんが言うことだから、説得力がある。

 ただ、そうだとしても、やっぱりトールの恋心に付け込むのは申し訳ないよ。


「うーん……。どうしよう……。どうしたら……」


 私が唸りながら苦悩していると、ルークスが軽い口調で爆弾を投下する。


「──もうさ、面倒だから喧嘩して決めよう」


 昔のルークスはこんなんじゃなかったのに、冒険者になってからすっかりと粗野になってしまった。……いや、虐められている私を助けるために、口より先に手を出していたから、あんまり変わっていないのかも。

 まぁ、何はともあれ、トールとニュート様は殺る気満々で、ルークスの提案を受け入れたよ。

 

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