第70話 新しい仲間
トールとニュート様の喧嘩が終わった後、私はスキル【光球】+【再生の祈り】の複合技、女神球を宙に浮かべた。
これは神々しい光を放つ球で、大きさは握り拳程度。その中には、デフォルメされた女神アーシャの姿が見える。
つい先日に検証してみたところ、この光には浴びている生物の肉体を再生させるという、素晴らしい効果があると判明した。
【再生の祈り】だけでも肉体を再生させる効果があるけど、そっちは対象が単体なんだ。その代わりに、三日間も持続するバフ効果だけどね。
女神球は対象が複数で、光を浴びている間しか肉体は再生しない。
この光でトールとニュート様を照らし出すと、二人の傷が瞬く間に完治した。
「驚いたな……。まさか、これほど強力なスキルを持っているとは……」
「出来れば、内緒にしておいてください」
感心した様子で女神球を凝視しているニュート様に、私は一応お願いしておいた。
以前は厄介事を招き寄せると思って、極力隠そうとしていたんだけど、必要なときに使わないと後悔するって、学んだからね。使う相手は選ぶし、隠せるなら隠すけど、出し惜しみはしないよ。
これで仮に、ニュート様から他人に伝わって、厄介事が押し寄せて来たら……頑張って逃げよう。
「この神々しい光は、遍くものを癒したとされる聖女の神聖魔法ではないか……? 教会に申告すれば、聖女認定を貰えると思うが……」
「いやっ、結構です! 本当に!」
ニュート様がゾッとすることを言い出したので、私は慌ててご遠慮した。
この国、アクアヘイム王国の教会には、良いイメージがないんだ。職業選択を行うための道具を独占して、使用料を取ることで暴利を貪っているんだもの。
しかも、教会に所属する聖騎士と神父は、貧乏人を見下している。
あくまでも、私が知っている限りは、だけどね。世の中には、品行方正で慈悲深い聖騎士や神父が、存在しているかもしれない。
ちなみに、【再生の祈り】はスキルオーブを使って取得したスキルだよ。
この街にあるダンジョンの一つ、聖女の墓標。そこからスラ丸が拾って来てくれたんだ。
聖女と関係のあるスキルかもしれないから、教会に目を付けられないように気を付けよう。
「──さて、ワタシはもう行く。世話になったな、アーシャ」
ルークスたちのパーティーに入れて貰えなくても、私のお店で住み込みのバイトをするのは全然構わない。
それなのに、ニュート様は私とも決別しようとしている。
私が引き留めようとしたら、先にトールが口を開いた。
「オイ、クソ眼鏡……。認めてやるよ……」
「なんだと……?」
「だから、認めてやるっつってンだよ! パーティー、入りてェンだろ」
ぶっきら棒にそう言って、トールはそっぽを向く。
これを聞いて、誰よりも嬉しそうなルークスがニュート様に駆け寄り、満面の笑みを浮かべながら手を差し出した。
「オレはルークス! これからよろしく!!」
「……ワタシは、ニュート。ただのニュートだ。よろしく頼む」
ニュート様は少し逡巡してから、ルークスとの握手に応じたよ。
どうしてトールが認めてくれたのか分からないけど、めでたしめでたしだね。
「あたしはフィオナ! 火の魔法使いよ!! それと、こっちはシュヴァインね。あたしの恋人なの」
「しゅ、シュヴァインです……!! 職業は騎士で……その、よ、よろしく、お願いします……!! お義兄さん……っ!!」
「普通に名前で呼べ。次に『お義兄さん』と呼んだら、貴様の贅肉を凍結させて蹴り砕くぞ」
フィオナちゃんとシュヴァインくんは、自己紹介してからステホをニュート様に確認して貰う。ルークスもこれに便乗したよ。
お互いの職業とスキルを知らないと、連携を取るのが難しくなるからね。
ルークス 暗殺者(14)
スキル 【鎧通し】【潜伏】
フィオナ 火の魔法使い(14)
スキル 【火炎弾】【爆炎球】
シュヴァイン 騎士(14)
スキル 【低燃費】【挑発】【炎熱耐性】
三人とも、トールと同じレベルになっている。スキルの数は変わっていないけど、それぞれの職業に適した能力が伸びているから、かなり強くなったんじゃないかな。
こうして、個人情報の共有が終わると、ニュート様が怪訝そうにシュヴァインくんを見遣った。
「シュヴァイン……。貴様はあのときの男と、本当に同一人物なのか?」
「え、あ、あのときって……?」
「スイミィを助けたときのことだ。あのときの勇敢な貴様と、今のナヨナヨした貴様……。姿形は同じだが、とても同一人物だとは思えない」
以前、シュヴァインくんはスイミィ様を助けるために、【挑発】を使ってソウルイーターの敵視を奪ったんだ。
それによって稼いだ時間は僅かだったけど、その時間には黄金の山よりも高い価値があった。
「シュヴァインはいざとなったら凄いわよ! ニュートも魔法使いなんだから、あたしと同じでシュヴァインに守って貰うんでしょ!? 失礼な態度は慎みなさいよね!」
ニュート様はフィオナちゃんに怒られたけど、小さく鼻を鳴らして顎を上げる。ナチュラルな上から目線だよ。
「ワタシは魔剣士を目指している。温室育ちの惰弱な魔法使いと、同列に見られるのは、不愉快だな」
「ま、まけんし……? 何よそれ……。というかっ、温室育ちってあんたのことでしょ!? 強そうな護衛を引き連れて、ヌクヌクしながらレベル上げしてた癖に!!」
この街にあるダンジョンの一つ、流水海域。そこでみんながニュート様と出会ったとき、彼は確かに護衛を引き連れていた。
しかも、装備だって一級品だったし、フィオナちゃんの言う通り、とってもヌクヌクに見えたよ。
「別にヌクヌクしていた訳では……くっ、傍から見るとそう映るのか……。まぁ、いい。魔剣士とは、魔法使いと剣士のレベルを30にすることで、ようやく選択出来る上位職だ」
上位職の魔剣士。その名前と前提条件から分かる通り、剣と魔法の両方を使って戦う職業だね。
正直、そこに至るまでの道程は、相当厳しいと思う。
転職した場合、スキルは引き継がれるものの、職業レベルは1からやり直し。伸びた能力がリセットされるから、超人から凡人に成り下がるんだ。
しかも、一回の転職で金貨十枚も教会に寄付しないといけないから、死ぬまで転職なんてしないという人が、世の中の大半を占めている。
「魔法使いと剣士のレベルが30って、気が遠くなるなぁ……。オレたち、まだ20にもなってないや」
「ルークス、貴様がリーダーなのだろう? 貴様に反対されるのであれば、別の道も考えるが……」
「反対なんてしないよ! 仲間のやりたいことなら、喜んで応援するから!」
ルークスは晴れやかな笑顔を向けて、ニュート様の背中を押したよ。
他のみんなからも反対意見が出ないから、ニュート様は安心したみたい。
私は微笑ましい気持ちになりながらも、ちょっとだけ不安になった。
パーティーの一人がレベル1を繰り返すって、その度に足手纏いになるってことだけど、分かっているのかな?
うーん……。私はみんなの仲間だけど、パーティーメンバーじゃないから、その辺は口出ししないでおこう。
これで一件落着。そう思ったところで、フィオナちゃんが私に耳打ちしてくる。
「アーシャっ、何やってんのよ……!! ほらっ、早く……!!」
「う、うん? 早くって、何が?」
「おバカっ、ファーストキスでしょ……!! トールにしてあげなきゃ……!!」
「えぇっ!? そ、その話って有効なの!?」
私は愕然としながら頭を抱えてしまった。前世も込みで、三十年以上の年季が入ったファーストキスなんだよ!? そんな簡単に捨てられないよ……!!
内心で悲鳴を上げていると、フィオナちゃんが力強く私の肩を掴み、ズイっと顔を急接近させてきた。……圧だ、圧を感じる。
「アーシャ……っ!! あんた、それでも女なの!? 男の子があんなに頑張ったんだからっ、キスの一つでもあげなきゃ可哀そうでしょ!?」
「うっ、そ、そういうもの……? でも、でもね? ファーストキスは、特別なものだし……もうちょっと、出し惜しみしたいというか……。そもそも、フィオナちゃんはどうして、あんなこと言い出したの……?」
フィオナちゃんが私のファーストキスを景品にしたこと、意味不明なんだよね。その説明を求めると、
「トールに死力を尽くして貰うためよ! そうじゃないと、負けても納得しなさそうだったじゃない!」
「いや、あれは景品とか関係なく、トールの負けん気が爆発しただけじゃない……?」
「バカっ!! おバカっ!! カマトトぶってんじゃないわよ!! 本当は内心で、『私のためにトールは頑張ってくれたんだ』って、ガッツリ思ってる癖に!!」
フィオナちゃんの鋭い指摘が、私の胸にグサっと突き刺さった。
勝てない。恋愛強者のフィオナちゃんに、恋愛絡みの舌戦じゃ絶対に勝てない。
……ま、まぁね? トールは私のファーストキスのために、あんなに頑張ったんだって、内心では思ってるよ?
でも、それを認めるのは恥ずかしいんだ。意味不明っていう体を装わないと、恋愛弱者の私は羞恥心に押し潰されてしまう。
「し、師匠……!! 嫌なら無理しなくても……!!」
シュヴァインくんが引き留めてくれたところで、私はふと考える。
嫌なのか、嫌じゃないのか、その二択なら……別に嫌じゃないかな。
私からトールに対しての恋愛感情は、はっきり言って皆無だ。でも、頑張った男の子を褒めてあげたいという、母性の芽生えなら感じないこともない。
この気持ちがあれば、子供との軽いキスなんて、全然問題ない気がする。
「うーん……。うん、大丈夫……大丈夫だよ私……。よしっ、しよう……!!」
意を決した私は、おずおずとトールの前に立って、静かに目を瞑る。
それから、ほんの少しだけ唇を尖らせると……トールが、後退る気配がした。
「──ッ!? ばっ、馬鹿お前……ッ!? そんな顔すンじゃねェッ!! ぜ、絶対にっ、もう二度とすンじゃねェぞ!? 駄目だからなァッ!? ちッッッくしょおおおおおおオオオォォォォォォ──ッ!!」
「あ、逃げた。嘘でしょあいつ、ここで逃げるなんて……」
トールの叫び声が、どんどん遠ざかっていく。
心底白けたと言わんばかりの、フィオナちゃん呟きを聞いて、私が目を開けると……トールの姿は、もう見えなくなっていた。
「し、師匠に恥を掻かせるわけには……!! こ、ここはボクが……!!」
シュヴァインくんが透かさず私の前に滑り込んできたけど、私は彼の丸っこい頬をムチムチしてから、ポイっと雑に放り投げる。
キミにはフィオナちゃんがいるでしょ。
「……貴様らはいつも、こんな馬鹿騒ぎをしているのか?」
「うんっ、そうだよ! いつもね、とっても楽しいんだ!」
ニュート様とルークスの会話を聞いて、私はなんだか居た堪れなくなった。
このパーティーに入ったこと、ニュート様が後悔しないといいけど……。
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