第60話 死地

 

 みんなと別れてから、私は従魔と一緒に来た道を引き返す。

 連れて来たのはスラ丸一号とティラだけで、スラ丸三号はフィオナちゃんに、ブロ丸はスイミィ様に預けているよ。

 ルークスとトールは私に同行しようとしてくれたけど、キッパリと断った。私の我儘で連れて行くには、余りにも危険な場所だからね。


 騎士団とソウルイーターが戦っている現場。その様子が見える場所まで到着すると、既に死屍累々の惨状が広がっていた。

 ソウルイーターの腕の数だけ存在する巨大な鎌は、建物と地面を容易く切り裂き、騎士団の人たちを次々と餌食にしていく。

 彼らの装備は一目見て上等だと分かるものなのに、一瞬ですら攻撃を受け止められていない。


「攻撃は必ず躱せッ!! 半端な武具は切り裂かれるぞッ!!」


「団長!! 周辺の市民の避難及び、冒険者ギルドへの支援要請っ、完了しました!!」


「よくやった!! ──ッ、おいそこ!! 後ろに回るなッ!!」


 ガルムさんが怒声を向けた先には、ソウルイーターの背後に回り込んだ遊撃部隊が見える。


「任せてください団長!! 我々がこれで決めますッ!!」


 彼らはソウルイーターの巨躯を前にしても怯まず、後ろ脚に集中攻撃を行った。

 どれもこれもスキルによる攻撃だけど、掠り傷一つ付けられずに弾かれてしまう。騎士団の戦士はトールよりも強いし、魔法使いはフィオナちゃんよりも強いのに……。


 ソウルイーターが煩わしそうに後ろ脚を動かすだけで、その部隊は吹き飛ばされた。百倍以上の体格差は、如何ともし難い。

 それでも、流石は騎士団の一部隊。すぐに体勢を立て直して、攻撃を繰り返す。


「馬鹿ッ!! やめろッ!! 戻れえええええええぇぇぇッ!!」


 ガルムさんが何度も制止したけど、彼らはソウルイーターの背後から攻撃することをやめなかった。

 騎士団の本隊は正面から戦っているので、挟み撃ちにする作戦は有効だと思う。

 それなのに、一体何が問題なのかと私が疑問に思っていると、苛立ったソウルイーターが背後に身体を向けて、無造作に十六本の鎌を振り回した。


 狙われた遊撃部隊は必死になって後退し、なんとか避けようとしたけど──ソウルイーターの鎌から巨大な飛ぶ斬撃が放たれて、彼らに直撃。その部隊は跡形もなく消滅した。

 飛ぶ斬撃は勢いを保ったまま、街の大通りの方まで突き抜けて、街中に甚大な被害を齎す。


 多分、今のは【飛斬】というスキルだけど……これだけで、どれほどの市民が犠牲になったのか、想像もつかない。

 街中が阿鼻叫喚の坩堝と化して、私はようやくガルムさんの制止の意味を理解した。

 彼は街への被害を少なくするために、人がいない場所を背にして戦いたいんだ。


 こうなると、ソウルイーターとは真正面から戦い続けるしかない。

 ガルムさんだけが、ソウルイーターの鎌を弾いたり受け流したり出来ているけど、それが可能なのは同時に六本まで。

 残りの十本は他の騎士団員が対処しないといけないのに、対処し切れていないのが現状だよ。


 しかも、ソウルイーターにはまだまだ手札がある。 


「ちくしょう……ッ!! 【火炎斬】がくるぞ!! 息を止めながら躱せぇッ!!」


 ソウルイーターは全ての鎌に紅蓮の炎を纏わせて、それらを縦横無尽に振り回した。

 周囲にある石造りの道や建物が赤熱して、騎士団員たちは炎が掠めるだけで大火傷を負い、一呼吸でもすれば肺が焼かれてしまう。直撃なんてしようものなら、ガルムさんでも耐えられそうにない。


 凶悪な炎と刃の合わせ技に対処出来ず、脱落する者が一気に増えた。

 そして、離れた場所から支援する隙を窺っていた私のところにも、熱波が押し寄せてくる。


「あ、これ──」


 死んだ。至極当然のように、私は第二の人生の終わりを悟った。

 高価な装備を身に着けて、職業レベルも高い騎士団の人たち。そんな彼らが大火傷を負う熱に、私が耐えられる訳がない。


 スラ丸とティラが私の前に飛び出し、身を挺して守ろうとしてくれたけど、この熱波の前には無意味だよ。【土壁】を使っても、蒸し焼きにされる。

 死ぬ前に一言、『ごめんね』と巻き込んでしまった二匹に謝ろうとしたら、

 

「おっとぉ、子猫ちゃんが迷い込んでいるねぇ。なぁにしてるのかなぁ?」


 私たちの身体が大きなシャボン玉に包まれて、熱波から守って貰えた。

 声がした方を振り向くと、胡散臭い宮廷魔導士の姿がそこにある。


「あ、アムネジアさん……!! 来てくれたんですか!?」


「いやぁ、来たくなかったんだけどさぁ……。流石に駆け付けないとぉ、怒られそうだしぃ……」


「遂に役立たずの汚名を返上するんですね! この泡はアムネジアさんのスキルですか?」


 シャボン玉のおかげで、騎士団の人たちも熱の影響を受けなくなっていた。

 こんなに凄いスキル、アムネジアさんらしくない。彼は外れスキルしか、持っていないはずなのに。


「よぉくぞ聞いてくれたねぇ! 実はさぁ、マジックアイテムを新調したんだよねぇ!」


 アムネジアさんは自慢げにローブの袖を捲って、手首に嵌めている水色の数珠を私に見せびらかす。

 それからぺらぺらと、この数珠のことを教えてくれた。


 なんでも、身体をシャボン玉で包むスキル【泡壁】に、耐熱と防刃、更には防弾の効果まで追加してくれる代物らしい。

 本来の【泡壁】は水中に酸素を持っていくだけのスキルで、効果時間は僅か一分と短く、やっぱり外れスキルだって言われているみたい。


「す、凄いですね! それがあれば、ソウルイーターも怖くないですよ!」


「うぅん……。それはどうかなぁ……?」


 耐熱と防刃なんて、ソウルイーターと頗る相性が良い。

 今や私の目には、アムネジアさんが胡散臭い人じゃなくて、救世主として映っている。……でも、肝心の救世主は浮かない表情で、騎士団とソウルイーターの戦闘を眺めていた。

 数秒後、彼の視線の先では、一人の騎士団員が体勢を崩して、【火炎斬】の餌食になってしまう。【泡壁】があったのに、なんの抵抗もなくバッサリだ。


「え……? あの、防刃の効果は……?」


「防刃って言ってもさぁ、どんな斬撃でも防げる訳じゃないからねぇ」


「そ、そっか……。そうですよね、限度がありますよね……」


「僕の魔法と騎士団の武具が合わさってもぉ、一撃どころか一瞬すら防げない……。となるとぉ、防御力を無視するスキルでも、持っているのかなぁ?」


 アムネジアさんは自分のステホを使って、ソウルイーターのスキルを確認した。

 彼にとっては【魂魄刈り】以外が既知のスキルらしく、名前を見ただけで、【斬鉄剣】が防御力を無視するスキルだと理解したよ。

 ルークスが使える【鎧通し】は刺突用だけど、こっちは斬撃用だね。


 【烈斬】【火炎斬】【飛斬】【堅牢】の四つは、もう知っているから省略。


 【鎌鼬】は細かい飛ぶ斬撃を無数に放つスキルで、【天翔け】は一時的に飛行速度を大きく上昇させるスキル。

 【二の太刀】は斬撃を一回浴びせると、追加でもう一回分の切傷を与えるという、常時発動型のスキルだった。


「──と、そんな感じだからぁ!! みんな頑張れぇー!!」


 アムネジアさんは騎士団員たちに聞こえるように、これらの情報を大声で口に出した。

 傍から聞いていた私は、思わず頭を抱えてしまう。


「あの魔物っ、強過ぎませんか……!? あれでまだ使ってないスキルがあって、しかも空を飛ぶなんて……っ」


「普通なら逃げの一択だよねぇ。これは王都から軍を派遣して貰わないとぉ、無理だと思うなぁ……」


 アムネジアさん曰く、王国軍がサウスモニカの街に到着するのは、凡そ一か月後になるらしい。

 ふざけるなって、私は怒鳴り付けそうになった。そんな悠長に待っていたら、街がなくなっちゃうよ。


「金級冒険者ならどうですか!? この間っ、ローズクイーンを討伐したバリィさんなら……!!」

 

「それってさぁ、ドラゴンパウダーを使って倒したんでしょぉ? 仮に在庫がまだあるとしてぇ、ソウルイーターに効くかなぁ?」


 ドラゴンパウダーとは、端的に言ってしまえば、超強力な燃える粉。

 ローズクイーンには効果抜群だったけど……ソウルイーターは自らの身体に、膨大な熱エネルギーを内包しているみたいだから、炎が弱点だとは思えない。


「そ、それじゃあ、どうしたら……っ、このままじゃ、みんなが……!!」


「それを考えるのはさぁ、大人の役目なんだよねぇ。キミぃ、なぁんでここにいるのぉ?」


「なんでって……あっ、そうだ!! 私っ、支援スキルが使えるんです!! それで少しでも、騎士団の人たちの助けになれたらって……!!」


「ハハッ、焼け石に水だと思うけどねぇ。やりたいならぁ、やってみたらぁ?」


 アムネジアさんは私を小馬鹿にするように笑ったけど、【再生の祈り】の効果を知ったら、きっと腰を抜かすよ。

 問題はこのスキル、私の近くにいる人にしか、バフを付与出来ないんだ。


 私があの激戦の中に飛び込むのは、どう考えても自殺行為だし……かと言って、騎士団の人たちが一旦離脱するというのも、非常に難しそう。

 現状だと、私は無力感に苛まれながら、見ていることしか出来ない。

 

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