第61話 極光

 

 騎士団の人たちに支援スキルを掛ける機会がないまま、一人、また一人と、彼らはソウルイーターに屠られていく。

 私は涙を堪えながら、アムネジアさんに縋るような目を向けた。


「アムネジアさんは【泡壁】以外に、何か出来ないんですか……? スキルで視界を奪うとか……」


「やめた方がいいだろうねぇ。そんなことしたらさぁ、あの魔物が無作為に暴れるかもしれないよぉ?」


「それは……困ります……」


 ソウルイーターが騎士団を見失ったら、街中を闊歩する恐れがある。

 その隙に、騎士団に支援スキルを掛けられるけど、街が壊滅することを良しとする訳にはいかない。

 アムネジアさんのスキル【暗雲】は、強力なマジックアイテムのおかげで、視界を奪うだけじゃなくて、ランダムな状態異常まで与えられる。


 そっちの効果で、麻痺状態みたいな大当たりを引けたら、闊歩されることなくソウルイーターを倒せるかも……。

 ただし、外れを引いた場合は、被害が拡大してしまう。リスクが大きくて、とてもじゃないけど選べないよ。


 ……駄目だ。現状を打開出来そうな策なんて、思い付かない。

 私が諦めそうになっていると──不意に、アムネジアさんが遠方を眺めて、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべた。


「やっと真打のお出ましかぁ。遅かったねぇ」


「し、真打……? それって……」


 彼の視線の先を確認すると、六人の屈強な騎士が黄金の神輿を担いでいた。

 そして、その神輿の上には、一匹の偉そうなオークが鎮座している。

 豚と人間を足して二で割ったような魔物、それがオークだよ。


 なんと、神輿の上のオークは貴族然とした豪奢な装いをしており、その手には白い光を塗り固めて造られたような、一振りの剣が握られている。


「あのオークは、一体……?」


「ぷっ、アハハハハッ!! オークぅ!? よりにもよってぇ、あの人をオークぅ!? アハハハハハハッ!!」


 私の呟きを聞き取って、アムネジアさんが爆笑し始めた。

 なんでそんなに笑っているのか分からなくて、私がきょとんとしながら首を傾げていると、オークが神輿の上で立ち上がり、光の剣を掲げながら声を上げた。


「ブヒヒヒヒッ!! ガルムゥゥゥッ!! 吾輩が来てやったぞォッ!!」


「──ッ!? こ、侯爵様ッ!! 待ってましたよ!!」


 ガルムさんの表情が希望に満ち溢れて、騎士団の人たちの歓声が響き渡る。

 『助かった!!』『これで勝てる!!』『侯爵閣下万歳!!』

 そんな言葉が次々と、私の耳に届いて──えっ、待って。


 こ、侯爵様……?


「あの人の名前はさぁ、ライトン=サウスモニカって言うんだよねぇ。王国南部の支配者、サウスモニカ侯爵閣下だよぉ!」


「へ、へぇ……。サウスモニカ、侯爵閣下……」


「アーシャちゃんさぁ、侯爵様に向かってぇ、オークは不味いよぉ!! アハハハハハッ!!」


 アムネジアさんに煽られて、私は顔面蒼白になった。

 あの人はオークじゃなくて人間、それも侯爵様だ!!

 不味いなんてものじゃない。不敬罪だよ。殺されちゃう……。


「あ、アムネジアさん……っ、黙っててください……!! お願いしますっ!!」


「人に物を頼むときはさぁ、誠意を見せないとねぇ」


 私は涙目になってスラ丸の中を漁り、金貨が十枚入っている小袋を三つ差し出した。


「ぐすん……。こ、これで、勘弁してください……」


「物分かりが良いねぇ! キミには面白い思想も教えて貰ったしぃ、これで勘弁してあげるよぉ」


 アムネジアさんは小袋を懐に仕舞って、満足げな笑みを浮かべる。手痛い出費だけど、命には換えられないよね。

 私たちがそんなやり取りをしている最中、遠くにいる侯爵様は神輿の上で立ち上がり、全身からキラキラと輝く光を立ち昇らせた。


 その光を見ているだけで、不思議と勇気が湧いてくる。私たちには、希望に満ち溢れた未来があるんだって、心の底からそう信じられるよ。


 ソウルイーターは只事ではないと察知して、歪な咆哮を上げながら、侯爵様の方に身体を向ける。

 騎士団の人たちから敵視が外れたので、その隙に彼らはソウルイーターから距離を取った。


「綺麗な光、ですね……」


「あれはサウスモニカ侯爵家に、代々受け継がれてきた聖剣。話には聞いたことがあるけどぉ、僕も実物を見るのは初めてだねぇ」


 感極まっている私の横で、アムネジアさんは呑気にステホを使い、侯爵様が持っている光の剣を撮影した。

 それから、聞いてもいないのに詳細を教えてくれる。


 あの剣に付けられた名前は『極光』で、その効果はスキル【破壊光線】の威力を十倍にするというもの。更に、人類種の敵に対する特効まであるみたい。

 ちなみに、一刺しの凍土と同じく、普通のアイテムにはない備考があった。ただし、あっちは『伝説』だったけど、こっちは『神話』だよ。


「神代において、世界を喰らい尽くさんとした暴食の邪神。その許されざる存在を討滅するべく、人々の希望を搔き集めて造られた一振りの聖剣。この光は、人類の輝かしい未来を指し示している」


 アムネジアさんが読み上げた内容は、神話級の装備と呼ぶのに相応しい格を感じさせるものだった。

 なんかこう、物語の主人公がラスボス戦の直前で、とっても苦労して入手するような武器だと思う。それの持ち主が、オークに似ている侯爵様って……。


 いやっ、別に文句はないです!! さぁ、やっちゃってください!!


 私の心の声に呼応するように、侯爵様が聖剣を振り下ろす。


「ブッヒイイイイイイイイィィィィィィィッ!!」


 すると、極太の白い光が奔流となって、聖剣から解き放たれた。

 『ビーム』としか形容出来ない攻撃は、大気を震わせながらソウルイーターへと向かっていく。

 敵は脚を地面に突き刺して、交差させた十五本の鎌を使い、その一撃を真正面から受け止めた。


 ビームはソウルイーターの巨躯を後退させながら、鎌を一枚ずつボロボロにして破壊する。

 一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚、十枚──ビームの照射時間がやたらと長い。


 私たちが見守る中、ビームは十五枚の鎌を破壊して、ソウルイーターの胸部に直撃した。

 その後も照射は収まらず、奴を街の外まで吹き飛ばして、辺り一帯が閃光で埋め尽くされる。


「わ、わぁ……っ、凄い……!! 侯爵様っ、本当に凄いです!! 侯爵様万歳っ!!」 


「「「侯爵閣下万歳ッ!! サウスモニカ侯爵家に栄光あれッ!!」」」


 私と騎士団の人たちが侯爵様を褒め称えて、ワーッと大歓声が響き渡った。

 侯爵様のこと、どう見ても主人公には見えないオークだなんて思って、本当にごめんなさいだよ!

 私っ、税金もきちんと収めるし、街の盛況に少しでも寄与出来るように、お店も頑張って経営します!


 私はすっかりと、侯爵様を尊敬するようになった。

 こうして、今回の騒動は一件落着──かと思ったんだけど、ガルムさんとアムネジアさんだけが、物凄く難しい顔をしているよ。

 彼らはソウルイーターが吹き飛ばされた方角を眺めて、冷や汗を掻いている。

 その様子に不安を煽られて、私は喜色を引っ込めた。


「あの、アムネジアさん……? どうかしたんですか……?」


「どうもこうも、まぁだ肌がビリビリするんだよねぇ……。むしろ、さっきよりも嫌ぁな感じかなぁ……」


 彼の不穏な台詞を裏付けるように、周辺の気温が急激に上がり始めた。

 あれほど浮かれていた騎士団の人たちは、異変に気付いた途端に臨戦態勢を整える。


 それから、程なくして──身体中がボロボロになっているソウルイーターが、今にも倒れそうな足取りで、この街に戻ってきた。

 頭部は三分の一がなくなっていて、腕の鎌も一本しか残っていない。外殻はあちこちが砕けて剥がれ落ち、溶岩のような血液が溢れ出している。


 誰がどう見ても瀕死の状態で、脅威度は大きく下がっているはず……。


 それなのに、この場にいる全員が、途方もない恐怖に襲われた。


「──あ、これ無理ぃ。僕は一足先に逃げるからぁ、皆さんお達者でぇ!」


 アムネジアさんは素早く踵を返して、私が制止する前に逃げ出したよ。

 私も逃げたいのに、足が竦んで動けない。

 ソウルイーターの胸部、外殻が大きく剥がれている部分から、熱エネルギーの塊みたいな内側が露出している。


 そして──そんな内側から、何かが私たちを見ていた。


 多分だけど、ソウルイーターの内側に、別の何かがいる。

 全容は分からない。私たちが見ているのは、一つの眼だけ。

 その瞳孔は金色で縦に長く、爬虫類を彷彿とさせるものだった。


 その眼差しは路傍の石ころでも眺めているかのように、どこまでも無感動で、欠片の敵意すら感じられない。

 それなのに、私の胸の内を占めるのは、純粋な恐怖だけだった。


 これは私だけじゃないよ。歴戦の猛者である騎士団の人たちも、聖剣を持っている侯爵様も同じだ。ガルムさんですら、抗う気力を失って武器を落としている。

 あの眼の持ち主は、ソウルイーターと比べても格が違う。

 きっと、人類が抗うことを許される存在じゃない。


「だ、誰か……助けて……」


 それは私の声か、それとも別の誰かの声か、なんにしても、みんなの気持ちは同じだった。

 誰か、誰でもいいから、助けて……。

 勇気なんて、もう微塵も残っていない。

 自分が助かることばっかり考えて、願って、祈った。


 そうしていると、ソウルイーターの内側から覗く眼が、ふと別の方を向いて、獲物でも見つけたかのように瞳孔を細めた。

 その視線の先にあるのは、冒険者ギルドがある区画だ。

 

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