第57話 壊滅
私は宿屋の地下室に立て籠もったまま、【感覚共有】を使って外の様子を確かめる。ブロ丸の視点から、ルークスたちの戦いを見守ろう。
外で繰り広げられている乱戦は、度重なる騎士団の増援もあって、味方が有利な状況になっていた。
でも、サーカス団員は士気が高くて、一向に諦める様子がない。
「チッ、どいつもこいつも手練ればっかじゃねェか!!」
トールは舌打ちしながら、サーカス団員の猛攻を捌いている。いつもは攻めて攻めて攻めまくる彼だけど、今回は防戦一方みたい。
右を見ても左を見ても、格上の相手ばっかりだからね。子供が巻き込まれていい戦場じゃないよ。
騎士団員の援護と私の支援スキルの恩恵もあって、なんとか死なずに済んでいるけど、ルークスとトールが負傷した回数は数え切れない。
「トールっ、もっと下がって!! フィオナを守りながら戦わないと!!」
「ああクソッ!! そいつを守るのは、ブタ野郎の役目だってのによォ……ッ!!」
ルークスはトールの隣に立って戦い、上手いこと彼の手綱を握っている。
この二人に守られているフィオナちゃんは、スラ丸三号を抱き締めながら歯噛みしていた。
「くぅ……っ!! あたし、この状況だと本当にお荷物じゃない……!!」
あちこちで敵味方が入り乱れているから、フィオナちゃんはフレンドリーファイアを恐れて、魔法が使えないみたい。
今回ばっかりは仕方ないけど、今後のために【火炎弾】の命中精度を上げる練習、沢山やらないと駄目だね。
私が見守っている最中にも、更に騎士団の増援がやって来て、一人、また一人と、手練れ揃いのサーカス団員たちが討伐されていく。
この調子なら、ルークスたちは生き残れそうだよ。
……そういえば、スラ丸一号がルークスたちと一緒にいないんだけど、どこに行ったのかな?
不思議に思って、ブロ丸に周辺を見渡して貰うと──見つけた。どういう訳か、ニュート様の頭の上に、スラ丸一号が乗っている。
よ、よりにもよって、そんなところに……どうして……?
私の脳裏に浮かぶのは、『不敬罪』の三文字。
従魔の罪は魔物使いの罪として扱われるので、私の首と胴体が泣き別れしちゃうかも……。
現在、ニュート様は騎士たちに手助けして貰いながら、敵の首魁であるセバスと交戦中だ。
セバスが二つの竜巻を放つと、ニュート様が氷の壁を出して防御する。このスキルの名前は【氷壁】だろうね。
これも氷属性のスキルだから、一刺しの凍土のおかげで強化されている。けど、竜巻にガリガリ削られているよ。
それでも、【氷壁】を破壊する頃には、竜巻の勢いも大分削がれていた。後は騎士たちの盾で、簡単に防げるみたい。
スラ丸も【土壁】を使って、地味に援護している。
それは私と共有中のスキルで、スラ丸が使っても強度は低めだけど、多少は竜巻の威力を削ぎ落せているっぽい。
ニュート様はスラ丸を払い落とさないし……役に立っているなら、不敬罪の心配はしなくてもいいのかな……?
「セバス!! いい加減に観念しろッ!! こちらの増援はまだまだ残っているが、貴様らは目減りする一方だぞ!!」
「黙れ小童がッ!! 私は宮廷魔導士……ッ!! 古今無双の大英雄だッ!! この程度の窮地ッ、数え切れぬほど踏み越えてきたわッ!!」
ニュート様とセバスは口論しながら、魔法の応酬を繰り広げる。二人とも、白熱して一歩も引く様子がない。
ニュート様が使っているスキルは、【氷塊弾】と【氷壁】の二つだけ。恵まれた環境で育てられているとは言え、レベル20には届いていないからね。手札が少ないんだ。
でも、一刺しの凍土を装備しているから、攻防共に高水準だよ。
セバスは魔力欠乏症なのに、まだ魔力の底が見えてこない。
突風と竜巻以外のスキルを使っていないから、その二つの燃費を良くするようなマジックアイテムでも装備しているのかも。
……まぁ、だとしても、そんなに長丁場にはならないと思う。
騎士団の増援が更に駆け付けて、その中に支援スキルを使える人たちがいた。
彼らのスキルによって、騎士団員たちの攻撃力や防御力、敏捷性など、様々な能力が底上げされていく。
「姐さーーーんッ!! 人質を早く連れてくるッスよーーーッ!!」
ガルムさんと戦っているピエールが、宿屋の中にいるジェシカを急かした。
残念だけど、どれだけ急かしても無駄だよ。
イビルスネークのことで、頭がいっぱいになっているジェシカ。彼女は今、一心不乱になって、地下室に押し入ろうとしている。
しかし、二重の【土壁】は依然として、壊れる気配がない。……念のために、五重にしておこう。
「悪いことはするもんじゃないな!! 確かな腕を持っていようが、つまらん死に方をする!! こうして、なッ!!」
ガルムさんはピエールの強さを認めている。
それでも、彼我の実力はガルムさんに軍配が上がっていた。
彼が小枝のように、軽々と振り回す大剣。それをピエールは必死に躱しているけど、風圧で皮膚が裂けて出血を強いられているよ。
些細なミスで容易く死ぬことは、ピエールの援護をしていたサーカス団員が、身を以て証明している。
逆に、ピエールの短剣を用いた攻撃は、ガルムさんの鎧こそ貫いているものの、鋼のような──否、鋼よりも硬い筋肉によって、全て防がれている。
鎧より筋肉の方が硬いなら、その鎧は必要ないよね……。
他のサーカス団員が、ガルムさんの暴威に巻き込まれて逝く光景は、彼の言う『つまらん死に方』だと思えてしまう。
真っ当に生きていれば、こんな理不尽の塊みたいな人と、敵対することはなかったのに……。
私は真っ当に、体制側に阿って生きていく。改めて、そう心に誓ったよ。
「な──ッ!? か、返せスライムッ!! 私の装備を返せえええええええぇぇぇぇッ!!」
ちょっと目を離した隙に、ニュート様とセバスの戦いが新たな局面を迎えていた。
どうやら、スラ丸が一瞬だけセバスの腕に張り付き、【収納】を使って何かを奪ったみたい。すぐに反撃されたけど、透かさずニュート様と騎士たちが、スラ丸を守ってくれた。
「よくやった。何を盗んだのか知らないが、あの慌て様は只事ではないだろう」
ニュート様に褒められて、スラ丸はモジモジと照れ臭そうに身体を揺らす。それから、再びニュート様の頭の上に──って、そこを定位置にするのはやめて!?
私は思わず頭を抱えたけど、ニュート様は文句を言わなかった。
彼にとってのスラ丸は、勝手に色々やってくれる便利なマジックアイテムとか、その程度の認識なのかもしれない。
「おのれッ、おのれぇ……ッ!! スライム風情がまたしても邪魔をするだと!? 今の私は……ッ、こんな……こんな低位の魔物にすら煩わされるほど、落ちぶれたと言うのか……!?」
なんらかの装備を奪われたセバスは、魔法を使う度に顔色が悪くなっていった。多分だけど、魔力が切れ掛かっているんだと思う。
先程まで二つ同時に出していた竜巻が、今では一つだけになっているから、物凄い弱体化だね。
しばらく攻防を続けて、周囲のサーカス団員が軒並み力尽きた頃──セバスも膝から崩れ落ちて、気を失った。
「若様、こっちも終わりました。これから宿屋の中に突入しますが、どんな罠があるか分からんので、若様はここで待機してください」
「ワタシも同行したいが、魔力切れが近い……。大人しく従おう」
ガルムさんはピエールを縦に両断して、見事に勝利を掴み取っていた。そんな彼の指示に、ニュート様は素直に従う。
ここで、無事だったルークスたちが、ガルムさんのもとに駆け寄った。
「あのっ、オレたちも中に入りたいです!! 仲間が中にいるはずだからッ!!」
「駄目だ、屋内戦は人数が多いと邪魔になる。足手纏いだから待っていろ」
ガルムさんに素気無く断られたけど、ルークスたちは尚も食い下がる。そんなことをしていたから、騎士団の人たちに取り押さえられてしまった。
私は心の中で、みんなに『ありがとう』とお礼を言う。こんなに必死になって、助けようとしてくれるんだから、本当に有難い限りだよ。
スラ丸一号だけは痴れっと、ニュート様の頭からガルムさんの頭に乗り移って、宿屋に突入するメンバーの一員になっていた。
ブロ丸はルークスたちと一緒にいるから、ここからはスラ丸の視点を共有させて貰う。
「──おいっ、貴様!! そこで何をやっている!?」
騎士団の精鋭五人を率いて、ガルムさんが宿屋に突入すると、すぐにジェシカの姿を発見した。
ジェシカは蛙とカタツムリの従魔と協力して、私の【土壁】を壊そうとしている真っ最中だったよ。
「き、騎士団!? 外の連中は何やってんだい!?」
「セバスは捕らえて、残りは全員始末したぞ!! 後は貴様だけだッ!!」
「そんな馬鹿な……ッ!? くっ、アンタたち!! こいつらにスキルをお見舞いしてやりなッ!!」
ジェシカの命令に従って、ポイズントードが背中から大量の毒霧を噴射し、パニックマイマイが殻の模様を光らせて、ぐるぐると動かす。
ガルムさんたちは目を瞑って息を止めながら、紫色の毒霧に真正面から突っ込み、そのまま二匹の魔物を斬り捨てた。
ジェシカは鞭を振るって最後の抵抗を試みたけど、従魔を失った魔物使いの強さなんて、大したことがない。
鎧袖一触でガルムさんに両断されて、実に呆気ない最期を迎えたよ。
純粋な悪人じゃないとか、涙を禁じ得ない過去があるとか、サーカス団の人たちにも十人十色の物語があったはず……。
でも、だからどうしたと言わんばかりに、体制側の暴力に押し潰されてしまった。
「まぁ、世の中って、こんなものだよね……」
私は感傷に浸るでもなく、この結末を冷静に受け止めた。
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