第56話 立て籠もり

 

 大剣を構えているガルムさんと、冷気を纏った細剣を構えているニュート様。

 魔力を漲らせているセバスと、手の指の隙間に短剣を挟んでいるピエール。


 誰が先に動いてもおかしくない。そんな睨み合いが続く中で、ルークスたちがガルムさんに加勢する。

 フィオナちゃんだけ、まだガルムさんのことを怖がっているけど、ルークスとトールはすぐに恐怖を克服したみたい。


「オレたちも手伝います!! あいつらをぶっ飛ばして、仲間を助けないと!!」


「よォ……!! クソジジイにクソピエロ!! 借りを返しに来たぜッ!!」


 男の子二人は手酷くやられたにも拘わらず、気炎を揚げて武器を構えた。

 フィオナちゃんはセバスに苦手意識を持ったのか、ちょっとだけ腰が引けているよ。シュヴァインくんという、いつも彼女を守ってくれる騎士もいないし、気弱になってしまうのも無理はないかな。


「ねぇ、あたしには期待するんじゃないわよ……? あたしとあの執事、魔法の相性が悪いんだから……」


「それなら貴様は下がれ。セバスと相性が悪いということは、火属性なのだろう? であれば、ワタシの魔法とも相性が悪い」


 ニュート様はフィオナちゃんを下がらせて、冷たい魔力を漲らせた。それに呼応するように、細剣が纏っている冷気も爆発的に増える。

 一刺しの凍土。氷属性のスキルの威力を三倍にするという、破格のマジックアイテムだ。


 剣を使っているのに魔法使いなのかと、フィオナちゃんが訝しげな目を向けたけど、彼は実際にスキルを使って証明する。

 細剣の切っ先をセバスに向けると、そこから【氷塊弾】が放たれた。大人アザラシが使っていたスキルだけど、その大きさは三倍もある。


「餓鬼が……っ、舐めるなあああああああああああああッ!!」


 目を血走らせたセバスが、両手から突風を放つ。でも、氷の塊を吹き飛ばすことは出来ず、弾道を逸らすだけで精一杯だった。

 辛うじて被弾は免れたけど、いつまでも突風で対応していると、そう遠くないうちに当たると思う。


 ここで、ガルムさんの後方から上空へ向かって、三つの白い光が打ち上がった。これはモーブさんの仕業だね。

 ピエールはその光を見て、面白くなさそうに眉を顰める。


「救難信号……。こっちには人質がいるってのに、仲間を呼んだんスか……」


「まず貴様らを追い詰めないことには、対等な交渉など出来んだろう? どうだ、貴様らの命と人質の命、交換しないか?」


「ハハッ、お断りッス。もうこっちの命を握った気になってんスか?」


 ガルムさんから持ち掛けられた交渉。それをピエールは鼻で笑い、宿屋の方に向かって手招きした。

 すると、中からぞろぞろと、サーカス団の人たちが現れる。その数は五十人ほどで、みんな武装しているよ。


「しばらくは多勢に無勢か……。モーブ、ジミィ、お前ら毒を食らったな? 動けるか?」


「ポーションを使ったので、なんとか……。普段の半分程度しか、動けそうにありませんが……」


「半分も動けるなら上等だ。若様を守れ。他のチビっ子たちは、悪いが自分の身は自分で守ってくれ。厳しければ、いつ逃げても構わんからな」


 ガルムさんは捲し立てるように指示を出してから、単身で敵の集団に突っ込んでいった。

 ピエールと半数以上のサーカス団員がガルムさんに応戦するけど、残りはルークスたちに向かってきて、人数差のある乱戦が始まってしまう。


 ただ、早くも三名の騎士団員が駆け付けてくれて、人数差が少しだけ縮まったよ。街中に散っている騎士団員は、まだまだ大勢いるはずだから、時間を稼ぐことが出来れば、あっさりと逆転するね。


「姐さん!! 人質を連れてきて欲しいッス!! こいつらに自分たちの立場を分からせるッスよ!!」


「あいよ! 任せときな!!」


 この場に出ていたジェシカは、ピエールに頼まれて踵を返した。

 私はここが正念場だと判断して、【感覚共有】を切る。

 スラ丸とブロ丸には、ルークスたちに力を貸すよう命令しておいたよ。


「──シュヴァインくん!! そこの蛇と戦うよ!!」


「は、はいっ、師匠……!!」


 私が鋭い声で指示を出すと、シュヴァインくんは即座に反応して、イビルスネークと向き合った。

 現状、この地下室にいる敵はイビルスネークだけだから、こいつさえどうにか出来れば、幾らでも時間を稼げるんだ。

 私はここに立て籠もるべく、出入り口を二重の【土壁】で塞ぐ。私たちが人質として使われなければ、後は騎士団が上手くやってくれるはずだよ。


「シャアアアアアアアアッ!!」


 イビルスネークは私たちの行動を見て、待ってましたと言わんばかりに襲い掛かってきた。

 私は【土壁】を使って、この大蛇を閉じ込めようとしたけど、壁が生成される前にするりと逃げられてしまう。

 この魔物が持っているスキルは、【毒牙】と【蛇眼】の二つ。


 前者は急所にさえ当たらなければ、【再生の祈り】による効果でどうにかなると思う。

 後者は睨み付けた相手を硬直させるスキルだから、私とシュヴァインくんが距離を取っていたら、纏めて動けなくなるということはない。

 そう考えて、シュヴァインくんと少し距離を取っていたんだけど……イビルスネークは眼球をぎょろりと剥き出しにして、私が予想していなかった特技を使う。

 左右の眼球を別々に動かして、左目を私に向けながら、右目をシュヴァインくんに向けたのだ。


「「──ッ!?」」


 イビルスネークが血みどろ色の瞳を怪しく光らせると、私たちの身体は動かなくなった。

 心臓は動いているし、呼吸も出来るから、【蛇眼】だけで相手を殺せたりはしないみたい。だけど、それはなんの慰めにもならない。


 イビルスネークは鋭い牙を剥き出しにしながら、まずはシュヴァインくんに向かっていく。丸々と太っているから、一番美味しそうだもんね。

 今の彼は盾を持っていないし、鎧も剥ぎ取られた状態で、簡単に急所を狙われてしまう。


 硬直状態だと目を瞑ることが出来ないから、私はシュヴァインくんが死んじゃう瞬間を目撃しそうになり──その前に、私の影の中からティラが飛び出した。


 そして、音もなく振るわれた爪が、イビルスネークの片目を切り裂く。


「キシャアアアアアアアアアッ!?」


 私もシュヴァインくんも囮で、本命はティラの奇襲だよ。

 イビルスネークは悲鳴を上げて怯み、慌てて後退したけど、すぐに戦意を取り戻した。

 今までは容易く仕留められる獲物として見られていたけど、今は対等な敵として見られている。そのことが、ひしひしと肌で感じられて、とても怖い。


「ティラっ、ありがとう!!」


「ワンワン!!」


 動けるようになった私はティラに感謝しながら、十を超える【光球】をイビルスネークに向かって投げ付ける。

 まだ片目が残っているから、これで目潰しだ。敵は眼が関係しているスキルを持っているんだから、最初からこうすれば良かった。


 私たちの目も眩むけど、シュヴァインくんは光に手を翳しながら、イビルスネークに向かって全速力で突っ込む。


「ぼ、ボクだって、攻撃出来るんだ……!! う、うおおおおぉぉぉ……っ!!」


 彼は控え目な雄叫びを上げながら、イビルスネークを殴り付けた。その動作はトールを参考にしていることがよく分かる。

 でも、シュヴァインくんにトールみたいな馬鹿力はないから、あんまりダメージはなさそう。

 イビルスネークは目が見えていないはずだけど、正確にシュヴァインくんの位置を捕捉して、長い身体を振り回すことで反撃した。

 魔物の蛇にも、熱を感知出来るピット器官が備わっているのかもしれない。


「お願いっ、ティラ!! 止めを刺して!!」


 私は離れた場所から光に手を翳して、イビルスネークとティラの姿を視界に収める。

 この状態で【感覚共有】を使って、ティラに私の視界を見せることで、ティラの視界不良を解消した。


 吹き飛ばされるシュヴァインくんと入れ替わって、ティラがイビルスネークに飛び掛かり、柔らかい喉元に噛み付く。

 イビルスネークは片目を切り裂かれたことで、それなりに弱っているはずなんだけど……盛大にのた打ち回って、ティラを何度も床や壁に叩き付けた。


 それでも──ティラは相手の息の根が止まるまで、決して口を放さなかったよ。


「ワオオオオオオオオオォォォォォォォン!!」


 ティラは仕留めたイビルスネークの身体の上に乗って、マウントを取りながら遠吠えをキメる。


「ティラぁ……!! 本当に頑張ったねぇ……っ、ハッ!? そうだ!! 怪我はない!?」


 私はティラに駆け寄って、身体をわしゃわしゃしながら怪我の有無を確認した。

 血痕はあれど、傷は一つも見当たらない。【再生の祈り】って、やっぱりチートスキルだね。

 吹き飛ばされたシュヴァインくんも無事だし、スイミィ様も巻き込まれずに済んだ。これで一息吐けるよ。


 ──窮地を脱したことで、今更ながら外から聞こえてくる声に気が付いた。


「こ、この壁はなんだい!? 餓鬼どもッ!! 中で何してんだい!? アタイのイビルスネークをどうしたのさ!?」


 ジェシカが【土壁】を叩きながら、胸が詰まるような声色で怒鳴り散らしている。

 魔物使いと従魔の間には、目に見えない繋がりがあるから、ジェシカはイビルスネークが死んだことを感じ取ったはず……。

 彼女は敵なんだけど、同じ魔物使いとして同情してしまう。


「し、師匠……。外の人、どうするの……?」


「どうもしないよ。私たちはここに立て籠もって、助けがくるのを待つの」


 私はシュヴァインくんの問い掛けに答えて、膝を抱えながら座り込む。

 ジェシカに対する同情で、自分が馬鹿なことを仕出かさないように、助けがくるまでジッとしていよう。

 外ではジェシカの従魔が壁を壊そうとしているけど、微動だにしていないよ。


「アタイの大切な家族を殺さないでおくれよ……!! もう手遅れならっ、せめて顔を見させておくれよぉ……!!」


 ジェシカの怒声は次第に悲痛な声に変わって、私の同情心がどんどん膨れ上がっていく。

 ……騎士団が雪崩れ込んできたら、彼女はそのまま斬り殺されちゃうのかな。

 ジェシカの生死には全く心が動かされないけど、『従魔を失った魔物使い』という境遇には、物凄く心が動かされる。


 ど、どうしよう……。ジェシカが死ぬ前に、なんとかイビルスネークと会わせてあげられたら──って、駄目! ああもうっ、こういう考え方が駄目なんだよ!

 敵に情けを掛けるのは強者の特権だ。私みたいな弱者には、そこまで配慮出来る余裕がない。身の程を弁えよう。


「……姉さま。あの壁で、スイたち囲えば……かんたん、だった?」


「え……? あっ、イビルスネークとは戦わずにってこと!?」


「……そう、それ」


 私の隣に座っているスイミィ様に、とても賢い指摘をされてしまった。

 確かに【土壁】で私たちを囲えば、イビルスネークと戦う必要はなかったね。

 敵の戦力を削れたし、無駄な戦闘だったとは思わないけど、危ない橋を渡っちゃったよ。反省しよう。

 

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