第53話 救援
燃え盛る竜巻を見据えながら、トールがフィオナちゃんを怒鳴り付ける。
「フィオナっ、テメェ!! 余計なことしやがって!!」
「わ、悪かったわよ!! こんなことになるなんて思わなかったの!! アーシャっ、どうにかして!!」
フィオナちゃんは涙目になりながら、私に助けを求めてきた。
この竜巻を防ぐのは大変そうだよ。今まで以上に気合いを入れて、私がスキルを使おうとしたら──なんと、ここで仲間ペンギンが召喚された。
フィオナちゃんが装備している耳飾りか、それともスイミィ様が装備している髪飾りか首飾り、どれが発動したのか分からないけど、絶妙なタイミングだね。
仲間ペンギンは『ヒーロー参上!』と言い出しそうなポーズを取って、カッと大口を開けると、燃え盛る竜巻に向かって渾身の【冷水弾】を放った。
そして──【冷水弾】は一瞬で蒸発し、竜巻は全く衰えないまま、こちらへと迫ってくる。
「「「…………」」」
私たちがなんとも言えない視線を仲間ペンギンに向けると、この子は一仕事終えたように額の汗を拭って、スタスタと立ち去った。
「いやいやいやっ、何しに来たの!?」
「きっと応援しに来てくれたのよ!! ほらっ、アーシャ!! 早く壁師匠を出して!!」
余りにも役立たずだったから、思わずツッコミを入れちゃったよ。
そんな私をフィオナちゃんが急かす。そうだ、私がなんとかしないと!
【土壁】を正面に出して、燃え盛る竜巻を受け止めたけど、火の手が回り込んできてしまう。慌てて左右と後方、それから上部にも【土壁】を出して、私は即席の箱を作った。
「竜巻を防げても、炎熱までは防げまいッ!! このまま蒸し焼きにしてくれるわッ!!」
セバスは燃え盛る竜巻を維持して、土の箱を外側から熱し続ける。
そんなことをされたら、中はあっという間にサウナ状態だ。この中にはスイミィ様もいるのに、お構いなしの攻勢……。とても正気とは思えない。
彼女って、大切な人質なんだよね?
「ど、どうするの……!? このままじゃボクたち、死んじゃうよ……!!」
「ブタァ……。ンなこと言って、テメェが一番余裕そうだなァ……」
トールがシュヴァインくんに文句を言いたげだけど、それ以上の声を出す余裕はなさそう。
シュヴァインくんはスキル【炎熱耐性】を持っているから、まだまだ耐えられる。でも、他のみんなは汗を掻きながら、呼吸を荒くして、とても辛そうだよ。
ああ、私も意識が朦朧としてきた……。どうしよう、どうしたら──
「あっ、そうだ……!! ブロ丸っ、助けて……!!」
私は一縷の望みに賭けて、スキル【感覚共有】を使い、自分の聴覚を通してブロ丸に救援を求めた。
セバスが向かう先にブロ丸も向かっていたので、既に私たちの近くまで来ている。
ブロ丸は私との目に見えない繋がりを辿って、この現場に到着すると、一も二もなく上空から落下してきた。狙いはセバスの脳天だ。
「──むっ!? この魔物は……っ」
激突する直前でセバスはブロ丸に気が付き、身を翻して回避しようとした。
ずっと隙が見当たらなかったから、やっぱり駄目だった──かと思いきや、セバスが足を動かした先には、プニプニで丸い物体が転がっている。
彼はそれに足を取られて、回避に失敗した。
ブロ丸の重たい身体が、セバスの右肩に直撃して、老骨を砕く。
「ぐああああああああああっ!! く、クソっ、一体何が──馬鹿なッ!? スライムだと!? ふ、ふざっ、ふざけるなあああああああああッ!!」
セバスは肩を押さえながら、自分が踏ん付けたものの正体を確認して、今にも血管がぶち切れそうな形相を浮かべた。
彼が踏んだのは、ただのスライムじゃない。私がサーカス団の舞台裏を探りに行かせた、スラ丸一号だよ。
混乱状態が解けてから、きちんと私のもとに帰って来て、窮地を救ってくれたんだ。この子の優秀さには、本当に頭が下がる。もう足を向けて寝られないね。
セバスが激痛によって集中力を切らせたことで、燃え盛る竜巻は霧散した。
「トールっ、行くよ!!」
「わーってる!! 一々指図すンじゃねェ!!」
私が新鮮な空気を求めて【土壁】を消すと、ルークスとトールが即座に走り出して、隙だらけのセバスに急接近する。
セバスはなんとかスキルを使おうとしたけど、明らかに発生が遅い。
これは勝負が決まったと、そう確信した瞬間──裏路地の暗闇から、数本の短剣が飛来して、ルークスとトールの身体に突き刺さった。
「「「──ッ!?」」」
みんなの声にならない悲鳴が重なって、地面が消えたような絶望感に襲われる。
ルークスとトールは間一髪で急所を守ったけど、糸が切れた人形のように倒れ込んだ。……多分、即効性の毒。
時間は私たちの味方で、粘っていれば騎士団が到着すると思っていたのに、暗闇から姿を現したのはピエロだった。
「座長、大丈夫ッスか? 子供相手にやられるなんて、らしくないッスよ」
「ピエール……!! すまん、助かった……」
セバスにピエールと呼ばれたピエロは、肩を竦めてからポーションを使う。
これでセバスが回復して、形勢は完全に逆転してしまった。
スラ丸とブロ丸が体当たりを仕掛けたけど、セバスの突風によって呆気なく吹き飛ばされる。
「それじゃ、さっさと逃げるッスよ。騎士団が騒ぎを聞き付けて、こっちに向かっているッスから」
「ああ、分かった。だが、人質の確保を忘れるなよ」
「うッス──って、このおデブちゃんはなんなんスか? 邪魔なんスけど」
ピエールがスイミィ様を捕らえるべく、駆け足で近付いて来たけど、シュヴァインくんが盾を構えて彼の前に立ち塞がった。
「と、通さない……!! ぼ、ボクが守っ──」
「はは、ウザいッス」
シュヴァインくんが啖呵を切る前に、ピエールが高速で腕を左右に振って、四本の短剣を投擲した。
それらは空中でぶつかり合い、弾かれた二本が盾の後ろにいるシュヴァインくんを直接襲う。鉄の鎧を貫通して、彼の肩と脇腹に短剣が突き刺さったけど、鎧の厚みの分だけ傷は浅い。
シュヴァインくんは膝を屈することもなければ、泣き言を漏らすこともなかったよ。彼の小さな背中が、とても大きく見える。
「シュヴァイン!? このっ、よくも──」
「貴様は引っ込んでいろ!! 無知な魔法使いめッ!!」
フィオナちゃんが【火炎弾】を撃ったけど、セバスは蛇のように動く突風を放つ。それは炎を呑み込んで、こちらに迫ってきた。
私が咄嗟に【土壁】を使うも、その突風は壁を迂回して、フィオナちゃんに火傷を負わせながら吹き飛ばす。
「や、やめろぉっ!! お前たちの相手は、ボクだ……っ!!」
シュヴァインくんが【挑発】を使って、セバスとピエールの敵視を集めた。
片一方だけでも格上なのに、二人同時なんて相手に出来る訳がない。
もう駄目だと思って、私の心が折れ掛けたとき、ピエールがきょとんとしながら首を傾げた。
「……ん? おかしいッスね。格上に【挑発】を使うのって、精神的に厳しいはずなんスけど……座長とジブンに、同時掛けッスか……?」
「その餓鬼は先ほどから、私に連続でそのスキルを使っている。情けない見た目に反して、忌々しいほどの精神力の持ち主だ」
「それ、根性があるってだけじゃ、説明が付かないッスよね? スキルが根性論で使えるなら、誰も苦労しないッス」
ピエールとセバスの会話を聞いて、私はピンときた。
恐らく、シュヴァインくんが持っている先天性スキル【低燃費】が、精神力の消耗を押さえているんだと思う。……まぁ、それが判明したところで、状況が好転するとは思えない。
「ピエール、今はどうでもいいことだ。さっさと人質を確保して撤収するぞ」
「レアモノは高く売れるんで、おデブちゃんも捕まえて良いッスか?」
「……作戦に支障はない、か。良いだろう、早くしろ」
セバスの許可が下りたことで、ピエールは嬉々としてシュヴァインくんを気絶させると、スイミィ様と一緒に担ぎ上げてしまった。
私の影が蠢いて、ティラが飛び出そうとしたけど、後ろ手で制止する。今はまだ、ティラの出番じゃない。ここで出ても、無駄死にさせるだけだから。
「ま、待ってください……っ!!」
私はなけなしの勇気を振り絞って、セバスとピエールに声を掛けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます