第52話 子供たちの戦い

 

 少しの間、ニュート様はセバスと睨み合ってから、渋々と声を絞り出す。

 

「…………分かった。貴様が望むものを持ってくる。ここで待っていろ」


「賢明な判断ですな、坊ちゃま。しかし、ここで待つというのは些か難しい。再び騎士団が厳戒態勢を敷くと、逃げられなくなってしまいます」


 セバスはそう言ってから、場末の宿屋の場所をニュート様に伝えた。このままスイミィ様を攫って、そこで待機するらしい。

 ニュート様は一人で外出して良い身分じゃないけど、誰かを同行させることはセバスが許さなかった。


 スキルオーブを手に入れたら、屋敷を抜け出して一人で来いということだね。

 唯一の例外は、既に誰かがスキルオーブを使っていた場合、【生命の息吹】を取得した人物を同行させること。


「スイミィに僅かでも傷を付けたら、貴様は必ず殺す……ッ」


「ははは、怖い怖い。心得ましたとも。では、一旦お別れですぞ」


 ニュート様の宣言を朗らかに嗤って聞き流し、セバスはスイミィ様を抱えたまま、部屋の窓から飛び出した。

 私はブロ丸に、こっそりとセバスの後を追うよう指示を出す。


 やっぱり侯爵家の敷地内は手薄になっていて、警備に穴があったよ。セバスはそこを上手く通り抜けて、軽やかな足取りで敷地の外へ出る。

 それから、スイミィ様を布袋に押し込めて、裏路地や民家の屋根の上を駆け抜けて行った。


 移動が遅いブロ丸は、途中でセバスを見失ったけど、宿屋の場所は聞いておいたから、そちらへ向かわせよう。

 さて、問題はこれから、どうすればいいのか……。

 スイミィ様が人質に取られている以上、私が誰かに密告するのは軽率だよね。


 仮にガルムさんに密告したとして、その後の彼の動き次第では、『ニュート様が約束を破った!』とセバスに思われるかもしれない。そうなったら、スイミィ様が殺されちゃう。


 でも、私一人で悩んだって、良い考えなんて思い付かないし……。

 フィオナちゃんの肩を借りて歩きながら、私がウンウン唸っていると、ルークスがみんなに声を掛けた。


「マンティス、もう見つからないね。この辺で引き上げよっか」


「賛成! あたし、出番がなくて退屈だから、眠くなってきちゃったのよね」


「チッ、つまンねェ……。湿気た祭りだったぜ」


 フィオナちゃんが賛成して、トールは愚痴を零し、私たちは撤収することになったよ。男の子たちは小さくても紳士なので、私とフィオナちゃんを家まで送り届けてくれる。


 ──その道中、シュヴァインくんがいきなりハッとして、スキル【挑発】を使った。


「そ、そこの貴方……っ!! 止まってください……!!」 


 裏路地を走り抜けようとしていた人物が、ピタッと立ち止まって、シュヴァインくんを睨み付ける。


「問答無用で【挑発】とは、一体なんのつもりですかな?」


「──ッ!?」


 私は彼の顔を見て、心臓が止まるかと思った。

 セバスだ。布袋を担いでいるセバスが、シュヴァインくんのスキルで強制的に足を止められたんだ。

 よりにもよって、こいつと鉢合わせるなんて、こんなことある?


「そ、その袋の中から……っ、『助けて』って、声が聞こえたから……!! 中身っ、見せて貰えますか……!?」


 シュヴァインくんは怯えながらも、セバスから決して目を逸らさずに、とんでもない要求を突き付けた。

 ちなみに、私には助けを求める声なんて、全く聞こえなかったよ。ルークスたちに目を向けてみると、みんなにも聞こえなかったみたいで、訝しげに首を傾げている。


 それでも、仲間を信じて臨戦態勢を整える姿を見て、なんだか胸が熱くなった。

 セバスからしたら、こんな子供たちに絡まれるなんて、想定外もいいところだよね。


「この袋の中には、侯爵家に纏わる大切なものが入っております。どうあっても、中身をお見せする訳には参りませんぞ」


「こ、侯爵家……!? で、でも、あの、その……」


「わたくしめは、侯爵家の執事で御座います。早く【挑発】を解かねば、侯爵家への敵対行為と見なし、親類縁者を連座で処刑致しましょう」


「処刑!? あ、あぅあぅ……っ、ど、どうしよう……!?」


 シュヴァインくんがおろおろと戸惑って、私の方を振り向いた。


 ごめんっ、そこで私を当てにしないで! 私はセバスに顔が割れているし、スイミィ様と仲が良いことも知られていると思う。

 ニュート様がセバスの犯行を私に洩らして、私が助けに来たなんて勘違いされたら、スイミィ様の命が危ない。


 そんな訳で、私は身を屈めて、フィオナちゃんの影に隠れるしかないんだよ。我が身の不甲斐なさに泣けてくる。

 ここで、フィオナちゃんが目を見開いて、何かに気が付いた。


「あっ、どこかで見たことあるって思ったら……!! この人っ、職業選択の日に貴族のボンボンと一緒にいた執事よ!!」


「あァ、そういやそうだなァ……!! この俺様を野良犬呼ばわりしやがったクソジジイだッ!! 上等じゃねェか!! 派手に喧嘩売ってやろうぜッ!!」


 トールはセバスの脅し文句に一切怯まず、獰猛な笑みを浮かべてセイウチソードの切っ先を彼に向けた。うちのトールはただの野良犬じゃなくて、狂犬なんだ。

 これが権力者を余計に怒らせると思って、シュヴァインくんが全身から滝のように汗を掻く。それでも【挑発】を解いていないから、根っこの部分では譲るつもりがないらしい。


「シュヴァイン、落ち着いて。余計なことは考えなくていいから、どうしたいのか教えてくれる?」


「る、ルークスくん……っ、ぼ、ボク……助けたい……ッ!!」


 ルークスの芯のある言葉に励まされて、シュヴァインくんが純粋な気持ちを吐露した。

 ルークスは彼に微笑み掛けてから、ゆらりと身体を動かして、一言。


「──じゃあ、やろう」


 その瞬間、トールが【鬨の声】を使って、雄叫びを上げながらセバスに突っ込んでいく。


「ウオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ──ッ!!」


「この──ッ、クソ餓鬼どもがぁッ!! 英雄である私に楯突くなどッ!! 身の程を知れええええぇぇぇぇぇいッ!!」


 子供如きに侮られたと思ったのか、セバスは怒り心頭で手のひらを突き出し、そこから凄まじい突風を放った。

 トールの身体が軽々と宙を舞ったけど、大怪我を負わせるような攻撃じゃない。相手を吹き飛ばすだけの魔法、だと思う。


「貴方の攻撃は、ボクが受け止める……!! か、掛かってこい……っ」


 セバスがトールに追撃しようとしたタイミングで、シュヴァインくんが再び【挑発】を使って、セバスの敵視を自分に向けさせた。


「ぐっ、忌々しいッ!! そんなに死にたければ貴様から殺してやるッ!!」


 布袋を落としたセバスが、宙を引っ掻くように両腕を交差させる。すると、大きさが五メートルくらいの竜巻が二つも発生した。

 それらは石畳と民家の壁を削りながら、急速にシュヴァインくんへと迫る。


 幾ら防御力が高い彼でも、こんなのが当たったら一溜まりもない。私は間髪を入れずに、【土壁】を使って竜巻を遮った。

 石材を切り刻むような竜巻の猛威に晒されても、私の【土壁】は無傷で健在。

 その雄姿を目の当たりにして、シュヴァインくんが瞳を輝かせる。


「か、壁師匠……!! ありがとう……!! ボクっ、いつか貴方みたいに、硬くなってみせます……っ!!」


「おのれぇ……ッ!! おのれおのれおのれおのれッ!! こんな餓鬼どもすら瞬殺出来ないほどっ、私は落ちぶれたと言うのかああああああぁぁぁぁぁッ!?」


 凄まじい殺気が私たちを襲うけど、同時に飛んでくる魔法は全て、シュヴァインくんの盾か私の【土壁】で防げる。

 セバスは元宮廷魔導士で、もっと強力な魔法だって使えるはず……。でも、それは全盛期であればの話。今は魔力欠乏症に陥っているから、竜巻以上の大技は使えないんだと思う。

 存在感だけは英雄みたいだけど、それに見合った実力はないんだ。


 ……もしかして、これなら勝てる?


「チッ、何度突っ込ンでも吹き飛ばされちまう!! あの突風、発生が速すぎて隙がねェ!!」 


 セバスに肉迫することが出来ないから、トールは舌打ちして悪態を吐いた。

 守りには余裕があるけど、防戦一方だから決め手に欠くね。


 ……まぁ、別に焦らなくても大丈夫かな。

 騎士団がこの騒動を聞き付けて、この場に駆け付けてくれるのは、どう考えても時間の問題だよ。

 しかも、セバスのリソースが切れるのだって、私たちより早そう。


 私が冷静に、そう考えていたら──


「仕方ないわねっ、あたしも攻撃に参加するわ!! 周りに被害が出たら、一緒にごめんなさいしてよねっ!!」


 遂に我らが最強のアタッカー、フィオナちゃんが参戦した。

 彼女は魔力を練り上げながら、頭上に両手を掲げて、必殺技の【爆炎球】を使おうとする。


「不味いっ、その魔法は……!? クソッ!! 餓鬼の癖にぃッ!!」


 セバスはフィオナちゃんの魔法を見て、苦虫を噛み潰したような顔をした。 

 この魔法は元宮廷魔導士でも、脅威に感じるみたい。広範囲、高火力でシンプルに強力だからね。


 やっちゃえ! と思ったけど、ちょっと待って欲しい。

 そんなの撃ったら、スイミィ様まで巻き添えに──あれ? セバスの足元にあった布袋が、消えている。

 行方を捜して周囲を見回すと、私の後ろにルークスが立っていて、その横には布袋から顔だけを出しているスイミィ様の姿が……。


「……姉さま、やっほ」


「こ、このタイミングで、物凄く肩の力が抜ける挨拶ですね……」


 どうやら、気配を消していたルークスが、隙を見てスイミィ様を回収してくれたらしい。相変わらず、良い仕事をしてくれるね。

 私はホッと安堵の溜息を吐いて、フィオナちゃんが放った【爆炎球】の行方を見送った。


 それは放物線を描いて、セバスに向かっていく。

 ここで、セバスの表情が一転。苦虫を噛み潰したような顔はブラフだったと言わんばかりに、頬が裂けるような笑みを浮かべた。


「クハハハハハハハッ!! 無知蒙昧な大馬鹿者めぇッ!! 嵐は炎を呑み込むことを知らんのかぁッ!?」


 セバスが二つの竜巻を【爆炎球】にぶつけると、竜巻が炎を喰らって大きく燃え盛り、明らかに威力が増した状態で私たちに迫ってきた。

 

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