第54話 拉致
私はピエールとは初対面だけど、セバスとは何度か顔を合わせているから、すぐに気付かれる。
「貴様は……確か、アーシャだったか?」
「そ、そうです! 貴方がどうして、スイミィ様を攫ったのか知りませんが、やめてください!」
とりあえず、何も知らないという体で対話を試みた。
少しでも時間を稼いで、騎士団が駆け付けてくれるのを待つんだ。
私のそんな姑息な手はお見通しなのか、セバスは鼻を鳴らして踵を返す。
「やめろと言われて引き下がるなら、最初からこんなことはしていない。ピエール、行くぞ」
「うッス。……およ? この子、かなりの別嬪ッスよ?」
「この大事なときに、余計なものに目移りし過ぎだ。売り物は一人で十分だろう。増やすと管理が面倒になる」
「非力な子供ッスから、もう一人くらい大丈夫ッスよ。今後の活動を考えれば、資金は幾らあっても困らないッス」
ピエールに商品価値を見出されて、私はゾッとした。
どうしよう、と次の言葉を考えた直後、ピエールの爪先が私の腹部にめり込む。
「おぇ──ッ!?」
動きが速すぎて視認出来なかった。蹴られたと理解した瞬間に、私は膝から崩れ落ちて、一歩も動けなくなってしまう。
ティラが再び、私の影の中から飛び出しそうになったけど、『まだ駄目ッ!!』と強く念じる。言葉にしなくても、心が繋がっているから伝わってくれたよ。
こうして、私はシュヴァインくんの上に重ねられて、ピエールに拉致されることになった。……最悪だ。ルークス、トール、フィオナちゃんがやられて、私とシュヴァインくんは奴隷として売られそう。
スイミィ様も助けられなかったし、私たちは完全敗北したと言える。
──いや、まだだ。生きているんだから、まだ終わりじゃない。
すぐにお腹の痛みが収まって、冷静な思考を取り戻せた。
折れそうな心を希望で補強するべく、私は自分が切れる手札を頭の中に並べる。
まずは、影の中に潜ませたままのティラ。
それから、各種スキルと装備しているマジックアイテム。
これらをどう使えば、事態が好転するのか分からないけど、何も出来ないなんてことはない……はず、だよね……?
セバスの視点では、私が魔物使いだって把握していると思う。
ルークスとトールは接近戦を仕掛けていたし、シュヴァインくんとフィオナちゃんは各々の職業スキルを使っていたから、魔物を嗾けたのは消去法で私しかいない。
ここで、スラ丸とブロ丸の姿を見せたという事実が、活きてくるかもしれない。
セバスは私がブロンズミミックをテイムしていることも、多分だけど把握している。
魔物使いが四匹目の魔物を従えるには、普通ならレベル30も必要だから、私みたいな子供がそこまで上げているとは考えないよね。
伝説級の装備と騎士団の力を使って、レベル上げを頑張っているニュート様ですら、レベル20には届いていないんだ。
つまり、ティラの存在はセバスたちにとっての想定外。
私が彼らの懐に身を置いていたら、獅子身中の虫になれるかも……。
と、そんな希望的観測に縋りながら、私が自分を元気付けていると、街の片隅にある場末の宿屋に到着した。
空気がジメジメしていて、治安が悪そうな場所だけど、宿屋の外観は良くも悪くも普通に見える。その中に入ると、一階は酒場になっていて、そこにいた人たちが口々にセバスへ声を掛けた。
『元気そうで安心しました』とか、『また会えて良かった』とか、好意的な言葉ばっかりだよ。
どうやら、ここにいるのは仲良しサーカス団のメンバーらしい。
セバスは彼らに、かなり慕われているみたいだね。悪人たちのアットホームな雰囲気とか、私は全く求めていない。
「座長、戻ったのかい。首尾は上々……でもない? 随分とお疲れみたいだねぇ」
「予期せぬ邪魔が入ってな……。もう済んだことだ。それよりも、ジェシカ。私が留守の間、ご苦労だった」
「なぁに、アタイは大したことなんざしてないよ。拾って貰った恩を返しただけさ」
サーカス団の公演で見た、魔物使いのジェシカ。彼女もこの場にいて、親しげにセバスと話している。
彼らのやり取りを見ていると、複雑な気持ちになってきた。だって、仲良しサーカス団という名前の通り、本当に仲良しっぽいから……。
犯罪者集団なら、もっと殺伐としていて欲しいよ。悪役然としていない悪人って、恨みや敵意を向け難いんだ。
「姐さん、この子供たちの監視、お願いするッスよ。青い髪の子が大事な人質で、他は売り物にする予定ッス」
「ああ、そうかい……。分かったよ」
「おデブちゃんは怪我をしているんで、手当ても頼むッス」
ピエールはジェシカに私たちの身柄を預けて、セバスと一緒に他の団員たちと今後の話し合いを始めた。
私が聞き耳を立てる前に、ジェシカは私たちを荒縄で縛り、宿屋の地下室へと連行する。
周りを見た感じ、お酒の貯蔵庫かな。ここにはジェシカの従魔、イビルスネークの姿があったよ。
「──ん? 怪我をしているって話だけど、掠り傷一つないじゃないか……。鎧と服に短剣が刺さった痕跡なら、あるんだけどねぇ……」
ジェシカが気絶しているシュヴァインくんの鎧と服を脱がせて、傷の手当てをしようとしたけど、傷は完全に塞がっていた。
私は定期的に、仲間たち全員に【再生の祈り】を使っているからね。あの程度の怪我は問題ない。
当たり前だけど、そのことをジェシカに説明してあげようとは思わないよ。
ルークスたちも、大丈夫だとは思うんだけど……毒が身体を麻痺させるだけじゃなくて、ダメージも与えるものだった場合、かなり心配だ。
毒が自然に抜けるまで、継続ダメージと回復が交互に繰り返されて、苦しむことになりそう……。
「ま、手間が掛からないなら、それでいいか。そんで、アンタたちは怪我とかしてないかい?」
犯罪者であるジェシカに気遣われるのは釈然としないけど、その言葉にはそれなりの温かみがあった。
私とスイミィ様は顔を見合わせて、お互いの無事を確認してから頷く。
「私たちは大丈夫です。それより、貴方はそんなに悪い人には見えないのですが、どうしてこんな悪事に手を貸しているんですか……?」
「どうしてって……まあ、隠すことでもないか……。アタイは元々、戦争孤児だったんだ。そんで、座長に拾って貰った。その恩を返すためなら、善悪なんて気にしない。それだけの話さ」
ジェシカ曰く、セバスは宮廷魔導士として働いていた頃、戦争孤児を助けるために慈善活動をしていたらしい。
他にも、戦争に巻き込まれた村の復興支援とか、戦死した仲間の遺族に自腹で見舞金を配ったりとか……。
そうして積み重ねた善行、名声があったから、ニュート様の教育係に収まることが出来たのかな。
「孤児を助ける……。そんな善人が、どうしてこんな……」
セバスが悪人に堕ちた理由なら、ジェシカに問うまでもない。アムネジアさんから聞いた話で、説明が付くからね。
ただ、ここはジェシカを絆して利用するべく、出来るだけ会話をしておきたい。
彼女は生粋の悪人じゃなさそうだから、隙があると思うんだ。
「座長にも色々とあったんだよ。酷いことが、色々ね」
「酷いこと……。それ、気になります。教えて貰えませんか?」
「ああ、構わないよ。座長がただの悪人だって思われるのは、少し面白くないからねぇ……。あれは十五年前のことで──」
しんみりしているジェシカの口から語られたのは、アムネジアさんから聞いた話をなぞるものだった。
国のために働いていたのに、魔力欠乏症になった途端、第一王子に切り捨てられた。それで、愛国心が憎悪に裏返ってしまった。そういう悲劇だよ。
セバスは力を取り戻すために、【生命の息吹】のスキルオーブを欲している。力を取り戻した後は、やっぱり復讐だって。
ここまで聞いて、いつの間にか意識を取り戻していたシュヴァインくんが、むくりと起き上がる。
「ぼ、ボクが……っ、そのスキルオーブを使って、セバスさんに命をあげます……!! だからっ、女の子二人は無事に解放するって、約束してください……!!」
「はぁ……。坊や、その男気は買うけどね? そりゃ無理ってもんだよ」
「ど、どうして……!?」
「スキルオーブを使い逃げされたら、堪ったもんじゃないだろう? 出来るだけ忠誠心の高い奴に使わせて、命を譲渡して貰うってのが、一番堅実なのさ」
例えば、アタイとかね。と、ジェシカは小声で付け足した。
彼女には、セバスに命を捧げるほどの忠誠心があるみたい。
「ぼ、ボクなら、きっと沢山の命をあげられます……!! ボクには、先天性スキルがあるから……!!」
シュヴァインくんはジェシカに自分のステホを見せながら、先天性スキル【低燃費】の詳細を必死になって伝えた。
自分なら生命力の消耗を抑えることで、何度も【生命の息吹】を使えるはずだと、そう訴え掛けて……。
この場には彼の一番大切な人、フィオナちゃんがいないのに、それでも自分の命を捨ててまで、私とスイミィ様を助けようとしている。
私もスイミィ様も、シュヴァインくんの自己犠牲の精神に胸を打たれて、思わず涙が溢れてきた。
私なんて、この期に及んでも、自分のスキルを交渉材料にしようとは思えないのに……。
もしかしたら、【再生の祈り】を使えば、魔力欠乏症を治せるかもしれない。
でも、それでセバスに感謝されて、全てが丸く収まるなんて、あり得ないと確信している。
復讐心に駆られた鬼が、どんな形で私を利用するのか想像が付かないけど、碌な未来は待っていないと思うんだ。
「先天性スキル、か……。それなら、可能性はあるね。座長に相談してくるから、少し待ってな」
ジェシカはシュヴァインくんの男気を称えるように、彼の頭を優しく一撫でして、地下室から立ち去ろうとした。
けど、途中で足を止めて、言い忘れていたことを私たちに伝える。
「一応言っておくけど、ステホで外部と連絡を取ろうなんて、考えるんじゃないよ? アタイの従魔が見張っているからね」
彼女はそう言い残して、今度こそ立ち去った。
とぐろを巻いているイビルスネークが、美味しそうな獲物に狙いを定めているような目付きで、私たちを凝視している。
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