第50話 サーカス団
私たちがサーカス団の天幕に入って、少しだけ待っていると、鞭を持ったボンデージファッションの女性が舞台上に現れた。
「──皆様っ、仲良しサーカス団の公演へようこそ!! 今宵の胸躍る一時をどうかお楽しみください!!」
開演を宣言した彼女の姿が煽情的だから、会場にいる紳士たちが大興奮で騒ぎ始める。
「ジェシカは最高に色っぽいな! あの姿を拝めるだけで、ここに来た甲斐があった!」
「あの姉ちゃんは魔物使いだとさ! あんな人になら、オイラもテイムされてぇなぁ!」
観客の声を聞いて、舞台上に立つ女性の名前がジェシカであることと、職業が魔物使いであることが判明した。
彼女の年齢は三十代前半くらいで、紫色の豊かな髪と鋭い目を持っている。なんだか毒々しくて、攻撃的な雰囲気を醸し出しているけど、その身体は大人の色気が物凄い。
会場中の成人男性が、ジェシカさんの危ない魅力の虜になっているよ。
「シュヴァイン、あんたまでメロメロになってないでしょうね?」
「な、なってないよ……!! ボクにはフィオナちゃんしか、見えてないから……!! あと、たまに師匠……」
フィオナちゃんが成人男性たちの反応を見て、むっとしながらシュヴァインくんに詰め寄ったけど、彼は模範解答を述べて事なきを得た。……いや、最後の一言は余計だったよ。
「そうよねっ、それはそうよ!! あんなオバサンなんて、眼中にあるはずないわ!!」
よかったね、フィオナちゃん。でも、ジェシカさんをオバサン呼ばわりするのは、やめてあげよう?
あれくらいの年齢だと、普通に傷付くんだ。私にも身に覚えがある。
「最初のショーはこちらっ、アタイの従魔たちの火の輪くぐり!! 篤とご覧あれっ!!」
ジェシカさんが舞台上に鞭を打ち付けると、舞台袖から三匹の魔物がやって来た。
目玉模様が全身にある赤黒い大蛇、背中が火山みたいな形状になっている紫色の蛙、殻の模様が渦巻くように動いている黄緑色のカタツムリ。
私が苦手なタイプの魔物ばっかりだよ。どの子も二メートル前後の大きさがあって、結構強そうに見える。
大蛇は自分の身体をバネに見立てて、用意された火の輪をぴょーんとくぐり抜けた。恐ろしい姿をしているのに、なんともコミカルな動きで、観客たちから笑みが零れる。
蛙は飛び跳ねるのが得意だから、空中で一回転する余裕を見せながら、スタイリッシュに火の輪をくぐり抜けた。これは普通に拍手喝采だね。
最後はカタツムリだけど……流石に無理じゃない?
誰もがそう思っていると、大蛇と蛙がカタツムリを持ち上げて、放り投げることで火の輪をくぐらせた。
「わぁっ、凄い凄い! アーシャ、スラ丸にもああいう芸を覚えて貰おうよ!」
「いや、覚えさせてどうするの……? 私、サーカス団には入らないよ」
ルークスが興奮して、キャッキャと燥いでいる。
私も楽しいけど……サーカス団に触発されて、スラ丸に芸を覚えさせようとは思わない。
スラ丸はね、転がれるだけで凄いんだよ。普通のスライムは、転がって移動なんてしないんだから。
この後、ジェシカさんは従魔たちに玉乗りをさせたり、空中ブランコをさせたりと、色々な芸を披露してくれた。
多くの観客たちが、その様子をステホで撮影している。折角だし、私も撮影しておこう。
記念撮影のつもりだったけど、ついでに舞台上の従魔たちの種族名と、持っているスキルまで知ることが出来た。
大蛇の魔物は『イビルスネーク』で、持っているスキルは【毒牙】と【蛇眼】。
前者は自分の刺突攻撃に毒を付与して、後者は睨み付けた相手を硬直させるというスキルだよ。
蛙の魔物は『ポイズントード』で、持っているスキルは【毒息】と【毒噴射】。
どっちも似ているスキルだけど、毒を吐く勢いが全然違うみたい。
同様の蛙の魔物、ポイズンフロッグが街の外に生息しているから、トードはそれの進化先か、あるいは亜種だろうね。
カタツムリの魔物は『パニックマイマイ』で、持っているスキルは【堅牢】と【混乱光】。
前者は防御力が上がる常時発動型のスキルで、後者は目視すると混乱状態を誘発させる光を放つらしい。
状態異常に偏っている従魔の編制は、敵に回したら非常に厄介そう。
別に敵対する訳じゃないから、気にしても仕方ないことだけど──って、そう思ったのに、雲行きが一気に怪しくなった。
ジェシカさんの演目が終わって、サーカス団の人たちが代わる代わる曲芸を披露する最中、
「あの人の投擲っ、凄すぎる!! 速さも威力も精度も、とんでもないよ!!」
一人のピエロが大玉に乗りながら、他のサーカス団員に放り投げて貰った鉄板に、次々と短剣を投擲していく。
ルークスが同じ短剣使いとして、そのピエロに尊敬の眼差しを向けているよ。
どの鉄板もド真ん中が貫かれているから、並大抵の技量じゃないのは素人目にも分かった。合計で百枚もの鉄板に短剣を命中させたピエロは、お道化るように一礼してから、舞台袖に引っ込む。
「…………今の、あのピエロだ」
セバスと密会していたピエロで、間違いない。
私の額から、嫌な汗が滲み出した。……静かに深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。みんなに心配を掛けたくないからね。
放置するべきなのか、何か行動を起こすべきなのか、公演中に私は自問自答を繰り返す。
ガルムさんに伝えるとか? いやでも、ピエロを見つけたからって、私の言葉だけで即座に逮捕とはならないと思う。
セバスとピエロの密会だって、目撃者は私だけだし……。もっと何か、悪さをしている決定的な証拠が欲しい。
私はみんなに聞こえないように、コソコソとスラ丸に話し掛ける。
「スラ丸、サーカス団の舞台裏を探りに行ってくれない? たまたま迷い込んだスライムを装ってさ」
「!!」
スラ丸は小さく、然れど力強く、縦にぷるんと揺れ動いた。これは了承の意だ。
このサーカス団が一騒動起こそうとしているなら、何かを隠し持っているかもしれない。例えば……爆弾とか?
私の貧相な想像力だと、そんなものしか思い浮かばないけど、あり得ない話じゃなさそう。
街のあちこちで爆発が起きたら、騎士団が出動するはずだし、そうなったら侯爵家のお屋敷は手薄になる。その隙に、セバスがスキルオーブを探すとか……。
私は嫌な想像に駆り立てられながら、スキル【感覚共有】を使った。
送り出したスラ丸はミッションを遂行するべく、転がらずにのそのそと移動している。……いいよ、スラ丸。素晴らしい。どこからどう見ても、普通のしょぼいスライムだよ。
スラ丸がサーカス団の天幕の裏手から、そろっと何食わぬ顔で侵入すると、いきなりイビルスネークと遭遇してしまった。どうやら、この子は見張りっぽい。
シュルルルル、と威嚇するような音を出すイビルスネーク。『これ以上先へ進むのは許さない!』と、そう言わんばかりの眼力に、弱っちいスラ丸は萎縮してしまう。
しかしっ、スラ丸はただのスライムではない! 野生だった頃に、『転がる』という移動方法を自ら編み出した天才スライムなんだ!
「……そ、それは!?」
「アーシャ? どうかしたの?」
「あ、ううん、なんでもないの。ほら見て、あのジャグリングが凄いよ」
私の反応を見て、ルークスが訝しげに首を傾げた。
私はすぐさま、舞台上でジャグリングを披露しているサーカス団員を指差して、彼の意識をそっちに向けさせる。
……いやぁ、スラ丸が取った行動を見て、思わず驚きの声が出ちゃったよ。なんと、スラ丸はイビルスネークに、大量の腐肉を差し出したのだ。
腐肉の出所は聖女の墓標で、スラ丸二号を介して幾らでも手に入る。
イビルスネークは大喜びで腐肉を喰らい、お腹いっぱいになって眠りに就いた。
スラ丸はミッションの続行を決意して、舞台裏の奥へ進み──次なる門番、ポイズントードと遭遇する。
今回は威嚇抜きに、すぐさま攻撃された。ポイズントードが天井付近まで跳躍して、スラ丸に圧し掛かり、べちゃっと潰してしまったのだ。
役目を終えたポイズントードは、スラ丸から視線を逸らす。
スラ丸はその隙に、べちゃっとなった状態のまま、ポイズントードの脇を抜けて前進した。
不定形のスライムとは言え、今の一撃は無傷じゃ済まなかったよ。核である魔石に、少しだけ罅が入っている。
でも、スラ丸には【再生の祈り】の恩恵があるから、即死じゃなければすぐに治るんだ。
「ふぅ……。今のはヒヤっとした……。無茶なことをさせて、ごめんね……」
小声でスラ丸に謝ったけど、帰還命令は出さない。
大蛇と蛙の従魔が厳戒態勢を敷いているんだから、舞台裏には何かあると思うんだ。
そうして、引き続きスラ丸の視点で、舞台裏の様子を窺っていると──今度はパニックマイマイと遭遇した。
これまた威嚇抜きで、相手は殻の側面をスラ丸に向けて、黄緑色の渦巻き模様を光らせながら、ぐるぐると高速回転させる。
それを見ていると、私の頭まで徐々にぐるぐるしてきたよ。
ぐるぐるぐるぐる……。これ、不味いかも……。
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