第49話 お墓参り

 

 ──アムネジアさんと別れた後、私は当初の予定通りにスイミィ様と再会した。

 彼女もブロ丸も元気そうで、一先ずは安心したよ。


「これが気儘なペンギンの耳飾りです。私の友達が快く貸してくれました」


「……感謝。母さま、きっと喜ぶ」


 スイミィ様は私から受け取った耳飾りを優しく撫でて、自分の耳にくっ付けた。

 これで、髪飾り、首飾り、耳飾りの三点セットが揃ったから、仲間ペンギンをいつでも呼び出せるようになったね。


 今はスイミィ様の部屋で二人きりなので、【再生の祈り】も掛け直しておいた。これでまた、三日間は彼女の安全性が増す。

 スキルオーブを巡る一騒動が、スイミィ様の死の運命と関係あるのか分からないけど、何事もなく済んでくれることを祈るばかりだよ。


「……姉さまも、一緒に行く。母さまのところ」


「えっ、私も……!? な、何かこう、弁えないといけない礼儀作法とか、ありますか……?」


「……ない。気楽でいい。……兄さまも、一緒に行く」


 スイミィ様はそう言って私の手を引っ張り、扉の外で待機していたお付きの人たちも引き連れて、ニュート様の部屋に向かった。

 彼は勉強中だったみたいで、セバスの講義を受けていたから、必然的に私はセバスと遭遇してしまう。


 この人、ニュート様の教育係って話だったよね……。

 私は何も知りませんという体を装って、素知らぬ顔をしておこう。

 セバスが私を気にしている様子はないから、密告の件は知られていないと思っていいのかな。


「スイミィ、どうかしたのか? ワタシは見ての通り、勉強中だが……」


「……母さまのところ、一緒に行く」


「別に構わないが、今である必要はあるのか?」


「……スイ、今がいい。お願い」


 ニュート様は妹のお願いに弱いみたいで、やれやれと頭を振りながらも、文句を言わずに椅子から立ち上がった。

 ここで、セバスが咳払いを挟み、スイミィ様を呼び止める。


「お嬢様、勉強が終わるまで待っていただけませんか? ここ最近、坊ちゃまの勉強中に訪ねていらっしゃることが多くて、やや困っておりますぞ」


 どうやら、ニュート様とセバスが二人きりになる時間を減らすために、スイミィ様は頑張っていたらしい。

 ニュート様はセバスに対して、全く警戒心を抱いている様子がないから、心配になっちゃうよね。

 もしも、私がスイミィ様の立場だったら、同じように立ち回っていたと思う。


「……兄さま、お願い」


 スイミィ様はセバスを無視して、子供らしく我儘を押し通そうとする。


「ああ、分かった。……爺、すまんな。勉強を怠るつもりはないが、スイミィの願いは出来るだけ叶えてやりたいんだ」


「左様でございますか……。坊ちゃまはお嬢様を大切にしていらっしゃいますからな……。致し方ありません、ここは目を瞑りましょう」


 セバスは朗らかに笑っている風だけど、目の奥が笑っていないように見える。

 どんな事情があれ、ニュート様の勉強時間が減るのは確かだから、教育係として内心では怒っているとか?

 ……いや、違うかな。そういう思いやりが籠った目じゃない。何かを画策しているような、不穏な目付きだ。


「アーシャ、三日ぶりか。元気そうだな」


「はい、ニュート様もお元気そうで何よりです」


「スイミィの願いを叶えてくれたこと、改めて感謝しよう」


「きょ、恐縮です……」


 リリア様のもとへ向かう道すがら、私はニュート様に労って貰えた。ここから、ご褒美の話に移るのかと思ったけど……沈黙。

 信賞必罰は大切なのに、そんな体たらくだと立派な為政者になれませんよ?


 ……まぁ、別にいいんだけどね。ブロ丸とタクミをテイム出来たから。


 私たちはしばらく歩いて、庭の一角にある花園へとやって来た。

 色とりどりの百合の花が、あちこちで微風に揺られている。上品で優雅な香りが鼻をくすぐって、少しだけ気分が良くなった。

 リリア様は花を愛でているのかな、と思っていたら、辿り着いたのは一つの墓石の前。


『リリア=サウスモニカ。安らかに、ここに眠る』


 墓石に彫り込まれている文字を見て、私はどんな顔をしていいのか分からなくなった。

 リリア様が故人だったなんて、知らなかったよ……。

 スイミィ様は墓石に触れながら、口元に小さな笑みを浮かべる。


「……母さま。ペンギン、見せにきた」


 彼女の意思に応じて、三つの装飾品が淡い光を放つ。すると、地面に魔法陣が浮かんで、そこから仲間ペンギンが飛び出してきた。

 フィオナちゃんを助けた仲間ペンギンと同じで、白と青のツートンカラーだ。

 スイミィ様は仲間ペンギンを墓石の前に立たせて、感無量と言わんばかりの眼差しを向けている……気がする。ジト目だけど。


「きっと、母上も喜んでいることだろう。スイミィ、親孝行が出来て良かったな」


「……ん、これでもう、思い残すこと、ない」


「滅多なことを言うな。お前の人生は、まだまだこれからだ」


 ニュート様はスイミィ様の頭に手を置いてから、叱るように、あるいは励ますように、ポンポンと優しく叩いた。

 そんな兄妹の様子を見て、すっかり絆されてしまった私は、彼らの前途が平穏無事であることを切実に願う。




 ──侯爵家のお屋敷からお暇して、私は自分の家に帰ってきた。

 しんみりした空気を引き摺ったまま、従魔たちに癒して貰ったり、日課を熟したり、店番をしたりしていると、あっという間に日が暮れたよ。


「アーシャっ、サーカスの時間!! 早く行こう!!」


「あ、もうそんな時間なんだ……。うんっ、行こう!」


 ルークスたちが私を迎えに来たから、ローズに留守を任せて外出する。例の如く、スラ丸とティラは私のお供だ。

 みんな、一般市民に見えるような普通の服を買ったみたいで、孤児らしさがなくなっていた。冒険者用の装備は、スラ丸三号の中に仕舞ってあるらしい。


「フィオナちゃん、これ返しておくね。スイミィ様、とっても感謝してたよ」


「それなら良かったわ! あたしも早く、仲間ペンギンに再会したいわね……」


 私は忘れない内に、フィオナちゃんに耳飾りを返却した。

 彼女は大切そうに、ペンギンを模した青い石の部分を撫でて、『おかえり』と囁く。


「し、師匠……!! こ、これ、見て欲しい……!! ボクの新装備……!!」


 普段は自己主張なんて全然しないシュヴァインくんが、珍しくテンションを上げて、私との距離を詰めてきた。

 その手には、スラ丸の中から引っ張り出した鉄の鎧を持っている。

 新品ではないけど、多少の傷があるだけで、防具としてはきちんと使えそうだ。


「おおーっ、シュヴァインくんの防具を買ったんだね。良い判断だと思うよ」


「敵の攻撃を一番受けるのはシュヴァインだから、満場一致で決まったんだ」


 ルークスがどこか誇らしげに、そう教えてくれた。パーティーメンバー全員に、仲間を思いやる心があって、リーダーとしては鼻高々なんだろうね。

 正直、トールは自分の装備を優先したがると思ったけど……意外って言ったら、失礼かな?


「アーシャ、テメェ……。口に出さなくても、目を見りゃァ何が言いたいのか分かっちまうぞ……ッ!!」


「ごめんごめん、馬鹿にするつもりはないんだよ? ただ、少し意外だなぁって……」


 トールがチッと舌打ちして拗ねちゃった。

 折角の楽しいお出掛けの日なのに、雰囲気を悪くしてしまうのは申し訳ない。私はみんなからチケットを貰った身だし、余計にね。

 仕方ないから、トールと手を繋いであげることにした。嬉しいでしょ?


「……あァ゛!? テメェっ、なンのつもりだッ!?」


「広場の方は人混みが凄いから、迷子にならないように」


「ざけンなッ!! 俺様は迷ったりしねェよッ!!」


「違う違う、私が迷子になるかもって話だよ。迷子になった私を探すのは手間だし、最初から逸れないようにした方が、賢いと思わない?」


 私が手を繋ぐ理由というか、言い訳を与えると、トールの表情に羞恥と憤怒が入り混じった。

 羞恥は分かるよ。私は美少女だから、年頃の男の子としては、照れ臭くなっちゃうよね。でも、憤怒が分からない。そこは喜ぶところだと思う。


 今の会話のどこに、怒る要素が……?

 そう疑問に思ったところで、ふと気が付く。トールの視線が私を飛び越えて、フィオナちゃんに向けられていることに。

 私もフィオナちゃんの様子を確かめると、彼女はニマニマと揶揄うような笑みを浮かべながら、トールを見つめていた。


「うぷぷ……。良かったわねっ、トール!」


「何が言いてェンだ、テメェはよォ……!?」


「えー、何ってそれは、あたしの口から言ってもいいのー?」


「うるせェ!! もう喋ンなッ!! オイっ、ブタ野郎!! そいつはテメェの女だろォが!! 黙らせとけッ!!」


 トールの怒りがシュヴァインくんに飛び火したので、彼は頭を抱えて狼狽えた。


「ぼ、ボクにそんなこと言われても……!! あ、あのっ、フィオナちゃん……。トールくんのこと、そっとしておこう……?」


「ま、それもそうね。人の恋路の邪魔は良くないわよね。反省反省っと」


「ああクソッ!! テメェはもう黙れっつってンだろッ!!」


 孤児院で暮らしていた頃、トールは私のことが好きだった。

 面と向かって告白された訳じゃないけど、『好きな子には意地悪しちゃう理論』に基づく推測だよ。トールは私に、頻繁に意地悪していたからね。


 そんな意地悪も鳴りを潜めて、私のことを未だに恋愛対象として見ているのか、ちょっと分からなかったけど……彼の反応を見た感じ、まだまだ好きみたい。


 ごめんね、子供は私の恋愛対象にならないんだ。

 トールだと、十年後ですらまだ早い。二十年後……いや、十五年後に厳正な審査をするから、それまでに男を磨いておいて貰いたい。


「アーシャが迷子になりそうなら、オレも手を繋ぐよ! しっかり握ってて!」


 ルークスが私の空いている方の手を取ってくれた。みんな子供だから、微笑ましい絵図にしかならない。

 これが十五年後だったら、中々に見栄えする逆ハーレムかも……。


 こうして、私たちは和気藹々としながら、サーカス団の大きな天幕が設置されている広場に到着した。

 夕日が沈んで、辺りが暗くなったけど、すぐに誰かの【光球】があちこちに浮かぶ。夜の広場は瞬く間に、お祭りのような雰囲気に包まれたよ。

 私も一つ、【光球】を適当に浮かべておいた。こういう些細な協力って、大事だと思うんだ。


 広場にはサーカス団だけじゃなくて、音楽隊とか吟遊詩人とか手品師とか、色々な人たちの姿がある。出店も沢山並んでいるよ。

 ここにいるだけで、なんだか心が躍り出しそうだった。

 

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