第48話 セバスの過去

 

 私はアムネジアさんに胡乱な目を向けながら、素直に気になったことを尋ねる。


「あの、どうして私が密告者だって当たりを付けたのか、参考までに教えて貰えますか?」


「屋敷で働いている人間がさぁ、セバスは怪しいって密告していたらぁ、彼はもぉっと疑われているんだよねぇ……。つまりぃ、団長さんが最近出会った部外者の誰かが、吹き込んだってことでしょぉ?」


 なるほど、と私はアムネジアさんの推理に納得した。

 そういうことなら、私が密告者だって思っている人は、他にもいるかもしれない。……ああ、余計なことしちゃったかも。


「ええっと、セバスさんは今日も、普通に働いているんですか?」


「働いているねぇ。彼は元々さぁ、国のために粉骨砕身の働きをしていた宮廷魔導士だったからぁ、それなりに信頼されているんだよねぇ……。キミと僕の密告程度じゃぁ、拘束も解雇もして貰えないよぉ」


 アムネジアさん曰く、セバスは元宮廷魔導士という、御大層な肩書を持っているみたい。

 それは確かに、私程度の密告だと──うん? ちょっと待って。


「私と、アムネジアさんの密告……? えっ、アムネジアさんも何か、密告したんですか?」


「そぉだよぉ。セバスはさぁ、宮廷から追い出された後の経歴が、随分と不穏だったからねぇ……。その辺を侯爵様と団長さんにぃ、密告したんだけどぉ……気になるぅ?」


「宮廷から、追い出された……。ま、まぁ、気にならないと言えば、嘘になります……」


「僕もキミの密告内容、気になるんだよねぇ。ここは一つ、情報交換なんてどうかなぁ?」

 

 アムネジアさんの提案に、私は腕を組んで逡巡する。

 私の中でセバスの怪しさが補強されても、好奇心を満たす以上の意味はないんだよね。私とアムネジアさんの密告内容は、ガルムさんが既に知っている訳だから、後の対処に私は関わらないんだ。

 好奇心は猫をも殺すって言うし、セバス関連の問題からは、もう距離を取った方がよさそう……。


「すみません、お断りしま──」


「今ならセバスの情報に加えてぇ、出血大サービス!! この腕輪を進呈しちゃおっかなぁ」


「お屋敷の庭にある森で、セバスさんとピエロが密会していました」


 アムネジアさんが、光る延長の腕輪を進呈すると言ったので、私は即座に情報を差し出すことにした。

 その腕輪があったら、指輪と合わせて【光球】の持続時間が五倍になる。十五日だよ、十五日。


 新商品の希望の光を棚に並べてから、早いもので三日が経過したんだけど、そこそこ売れているんだ。

 ベテラン冒険者を中心に、知る人ぞ知る便利アイテムとして認識されつつある。

 ポーションみたいな即効性はないけど、自動回復はどう考えても有用だからね。


「ピエロ、ピエロねぇ……。それだけぇ?」


「いえ、怪しい会話もしていましたよ。【生命の息吹】のスキルオーブを手に入れるために、一騒動起こす……みたいな」


「ははぁ……。なるほどねぇ、やっぱりセバスは未練たらたらなのかなぁ」


 アムネジアさんは一人で納得したように頷いている。

 私はセバスのことを全然知らないから、未練とか言われてもピンとこないよ。


「ご高齢だから、もっと長生きしたいとか、そういう……?」


「いやぁ、魔導士としての自分、延いては強い自分に対する未練だねぇ」


 この後、私はアムネジアさんから、かなり不愉快な話を聞かされた。


 

 ──セバスが宮廷魔導士だった当時、彼は国のためによく尽くすことで知られる、とても高名な人物だったらしい。

 なんでも、若い頃から戦争や魔物の討伐で、多大な戦果を挙げていたとか。


 そんな彼の転落が始まったのは、十五年前。

 隣国との負け戦の最中、自軍の総大将だった第一王子を逃がすために、セバスは殿を務めて、切り札のスキルを使った。


 それは、途轍もない威力を誇る風属性の大魔法だったけど……一度でも使えば、魔力の最大保有量が激減してしまうという、大きなデメリットがあった。

 しかも、一時的にではなく、永久的に。

 所謂、魔力欠乏症という状態だよ。


 セバスは第一王子を逃がして、自分も這う這うの体で生還したけど、魔力欠乏症に陥ってしまったから、二度と魔導士として活躍出来なくなった。

 第一王子はそんなセバスを労わず、それどころか敗戦の責任を全て押し付けて、働けなくなった貴様に用はないと、宮廷から追い出したそうだ。


 この悲劇は王侯貴族の間だと有名な話みたいで、サウスモニカ侯爵やガルムさんも知っているのだとか。彼らから見れば、セバスは憐れな忠臣なんだ。


「ひ、酷い話ですね……。あの、そんなの、許されていいんですか……?」


「王族のすることはさぁ、なぁんでも許されるんだよねぇ……。本当にぃ、なぁんでも」


 知り合ってからずっと、アムネジアさんは飄々とした態度を崩さなかった。でも、ここでそれが崩れたよ。

 彼の言葉は心底不満げで、辟易しているように聞こえた。

 宮仕えだから、見たくないものが見えちゃうんだろうね。これは私の偏見だけど、王族なんて酒池肉林の限りを尽くしているに違いない。


「封建社会の闇ですね……。うぅっ、民主主義が恋しい……」


 民主主義が完全無欠なものだとは思わないけど、独裁者の横暴に苦しめられることはないから、私としてはそっちの方がいい。

 そんな気持ちから、私が小声でぼそっと漏らした独り言に、アムネジアさんが耳を大きくして反応する。


「みんしゅしゅぎぃ? みんしゅ……民、主……? 民が主権を持つってことぉ!? なにそれぇ、詳しく教えて欲しいなぁ!!」


「く、詳しくも何も、そのままの意味ですよ……。国民の多数決で、国家の方針を決めるんです……」


 アムネジアさんは瞳を輝かせたり、困惑したり、悲しそうにしたり、目まぐるしく表情を変えながら、疑問を口に出す。


「多数決ぅ? この国の人口、百万人以上なんだけどぉ、その全員から決を採るってぇ……ことぉ?」


「ええ、まぁ、そうです……。あの、口が滑っただけなので、忘れてください。私は反体制側の人間じゃないので……」


「いやぁ、忘れられないねぇ……。国民もそんなに賢い訳じゃないけどぉ、そこは教育を義務付けるとか……? うぅん……。血統に委ねるよりは、マシなのかなぁ……」


 封建社会の中で生まれ育ち、そこで生涯を終えるのが当たり前だと思っていた人に、私はよくない思想を与えてしまったのかもしれない。


 ……ま、まぁ、世の中ってそう簡単には変えられないよね。大丈夫、こんなのただの戯言だよ。


「アムネジアさんっ、話が脱線していますよ! セバスさんは宮廷から追放された後、どうなったんですか?」


「あぁ、それならぁ──」


 私は脱線した話を無理やり戻して、続きを聞かせて貰う。

 セバスが宮廷から追放された後、アムネジアさんは彼を憐れんで、多少の便宜を図ろうとしたみたい。同じ宮廷魔導士の誼だね。


 それで行方を探したら、セバスは早々にならず者たちを纏めて、傭兵団を結成していたそうだ。

 その後の動向が気になって、定期的に調べていたら、その傭兵団はアクアヘイム王国の不利益になる行動ばかりしていたことが判明。


 例を挙げると、麻薬組織の用心棒とか、国を腐敗させている役人の護衛など。


 ……とは言っても、大勢にそこまで影響を及ぼさない弱小傭兵団だったから、誰も問題視していなかった。

 そもそも、魔力の大半を失った魔導士の行方に、アムネジアさん以外が興味を抱くことはなかったらしい。


 セバスは追放された恨みを晴らすように、傭兵団を率いて活動していた。でも、何故か七年ほど前に、サウスモニカ侯爵家で働き始めた。

 王国に対する恨みを忘れて、心機一転でめでたしめでたし。だとしたら、何も問題はなかったんだけど──そこから、私が盗み聞きした内容に繋がる訳だね。


「この話さぁ、侯爵様にも団長さんにも教えてあげたのにぃ、信じて貰えなかったんだよねぇ」


「なるほど……。むしろ、アムネジアさんの信用を落としたんですね」


 アムネジアさんは嘆き悲しむように、自分の額を手で押さえているけど、胡散臭い表情のままだ。密告したときも、こんな表情を浮かべていたのなら、信じて貰うのは難しいと思う。


 この人、自分を信じて欲しいなんて、欠片も思っていないんじゃないかな……?

 私の密告内容を知りたがったのも、ただの好奇心な気がする。

 王族に愛想が尽きて、何をするにも不真面目になった宮廷魔導士。それが、アムネジアという人物なのかもしれない。


 ──ここで一つ、私は腑に落ちないことを尋ねる。


「それで、どうしてセバスさんは、【生命の息吹】を必要としているんですか? 関連性がよく分からないのですが……」


「魔力欠乏症ってさぁ、魂にダメージを負った状態なんだよねぇ。あのスキルならぁ、それを治せる見込みがあるって、思ったんじゃないかなぁ?」


「実際に治せるかどうか、確証はないんですね」


「そうだねぇ……。でもぉ、僕は治せると思うなぁ。ドラゴンは溶岩や土塊に命を吹き込んでぇ、眷属の魔物を生み出したって話があるからねぇ……。それってさぁ、生命力と一緒にぃ、魂も分け与えているって、考えられるでしょぉ?」


 アムネジアさんの話を聞いて、私は何度か頷いた。

 ダメージを負った自分の魂は、他者の魂を分けて貰うことで、回復するかもしれない。その可能性にセバスが縋ろうとするのは、十分あり得そうな話だね。


 ……そういえば、青色の上級ポーションがあれば、魔力欠乏症は治せるって聞いたことがある。それは手に入らないのかな?

 セバスの過去には同情するけど、侯爵家で妙なことを企むんじゃなくて、正攻法で治す努力をして貰いたい。


 上級ポーションはダンジョンで手に入るらしいから、頑張ってダンジョン探索をするとか、お金を貯めながら人脈を広げて、入手出来る機会を窺うとか、誰にも非難されない方法が色々あると思うんだ。

 まぁ、こんなことを面と向かって言う勇気は、私にはないんだけど……。


「それじゃあ、話はこれで終わりですね。約束の腕輪、ください」


「分かってるよぉ! それじゃぁ、何かと気を付けてねぇ! ばいばぁい!」


 私とアムネジアさんの情報交換は、これで終わり。腕輪はしっかり貰ったよ。

 白色のブラウス、濃紺色のスカート、編み上げのロングブーツ、光る延長の指輪、光る延長の腕輪。

 これで、マジックアイテムが五つ。遂に装備上限に達してしまった。

 いつでも付け替えられるから、なんの問題もないんだけど、きちんと覚えておこう。

 

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