第43話 ブロンズミミック

 

 ──鮮やかな夕焼け空を見上げながら、私は新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。無事に目的を達成したので、ダンジョンから出て来たところだよ。


 テイムしたブロ丸は、私の後を浮かびながら付いてくる。片やタクミは、手足もないのに飛び跳ねるという、なんだかシュールな移動方法で付いてくる。

 どっちも可愛さとは無縁だけど、早くも愛着が湧いてきた。家に帰ったら、沢山磨いてあげよう。


 ……まぁ、帰る前にやるべきことがあるんだよね。


 私はニュート様たちに連れられて、侯爵家のお屋敷へと向かうことになった。

 私がタクミから、気儘なペンギンの首飾りを取り出すときに、スイミィ様は私の隣にいたらしい。だから、彼女に立ち会って貰わないと。

 ちなみに、二人きりになるための作戦は、残念ながら思い付いていない。


「あの、少し気になったんですけど、スイミィ様がペンギンの装飾品セットを欲しがっている理由って、何かあるんですか?」


 道中、私はニュート様に何気ない質問をしてみた。

 マジックアイテムの装備枠を三つ分も埋めて、仲間ペンギンを任意で召喚出来るだけって、かなり微妙な効果だよ。

 スイミィ様は侯爵令嬢なんだし、もっと有用なマジックアイテムを買い与えて貰えると思う。


「ワタシとスイミィの母が、元冒険者でな……。まだ駆け出しの頃に、仲間ペンギンに命を救われた経験があるそうだ。それ以来、仲間ペンギンは一度も姿を現さないまま、母上は一流の冒険者になって装備を更新した」


「あっ、奇遇ですね! 私の友達も、仲間ペンギンに助けられていましたよ!」


「話の腰を折るな。それで、母上は父上と結婚して冒険者をやめた後も、仲間ペンギンにもう一度会いたいと言っていた。スイミィはその願いを叶えてやろうとしているんだ」


「な、なるほど、そんな事情が……」


 スイミィ様は自分が死の運命を背負っていて大変なのに、親孝行をしようとしているみたい。どうしよう、泣ける。

 前世の私なんて、なんの苦もなく生きていたのに、親孝行とは無縁だったよ。しかも、アラサーだったし……。幼女に人間性で負けているんだ。

 私が瞳を潤ませていると、アムネジアさんが遠い目をしながら、しみじみと話し始めた。


「お二人の母親、リリアさまは国一番の冒険者でしたねぇ……。なぁんと言ってもぉ、白金級まで上り詰めたドラゴンスレイヤーでしたからぁ」


「白金級!? しかも、ドラゴンスレイヤーって……」


 アムネジアさん曰く、ドラゴンとは生まれながらに、生態系の頂点に君臨するような種族だとか。

 それを討伐した人が侯爵夫人だなんて、私の貴族のイメージが崩れちゃう……。


 より詳しい話を聞いてみると、リリア様が討伐したのは『生命と業火を司る赤色のドラゴン』だって。

 万物に命を与える息吹と、万物を灰塵に帰す息吹。その二つだけが、赤色のドラゴンが持っているスキルだったらしい。

 スキルを二つしか持っていないのに、赤色のドラゴンはこの国の最難関ダンジョン、熱砂の大地のボスとして出現する。裏じゃなくて、表のね。


「ニュートさまが持っている剣があるでしょぉ? リリアさまはねぇ、あれでドラゴンを倒したんだよぉ」


「こ、こんなに細い剣で……?」


 私はアムネジアさんが教えてくれたことを半信半疑で捉えた。

 一刺しでゴーレムを瞬く間に凍らせていたから、強力なマジックアイテムだということは知っているよ。途轍もない存在感だってあるし。

 ……でも、ドラゴンを倒すには、流石に心許ないように見える。


 ドラゴンなんて実際に見たことないけど、その逆鱗を素材にして作られた道具、ドラゴンパウダーの威力は知っているんだ。

 あれを鑑みるに、ドラゴンって常軌を逸した魔物なんじゃないかな。

 それに、きっと物凄く大きいだろうから、人間が使う細剣なんて、蚊の吻みたいなものだよね。


 頭の中でそんなことを考えながら、私が細剣に不躾な目を向けていると、


「アーシャ、気になるのならステホを使え。撮影を許す」 


 ニュート様が許可してくれたので、私はいそいそとステホを取り出して、パシャっと撮影した。

 このマジックアイテムの名前は『一刺しの凍土』で、その効果は突き刺した対象を凍結状態にするというもの。更に、氷属性のスキルの威力が三倍になるという、とんでもない効果まで備わっている。

 今までにステホで調べたことがあるマジックアイテムとは違って、これには伝説なるものまで表示されているよ。


『穏やかな気候の地域に、百年間も存在した極寒の凍土。その中心に突き刺さっていたのは、今にも折れそうな美しい細剣だった』


 うん、なんか凄そう……。伝説級の装備、みたいな扱いなのかも。

 一刺しで凍結するのは知っていたけど、スキルを強化する効果まで備わっているとは思わなかった。

 単一のスキルじゃなくて、全ての氷属性のスキルを強化するというのが、シンプルに強いよね。


「ありがとうございます、ニュート様。目の保養になりました」


「そうか。……ワタシはいつか、この剣を使って、母上に並びたいんだ」


「え……? 並ぶって、もしかして……ドラゴンを倒しに行くつもりですか?」


「……いや、口が滑ったな。忘れてくれ。侯爵家の嫡男であるワタシには、叶わぬ望みだ」


 ニュート様は頭を振って、小さく溜息を吐いた。

 将来的に侯爵家を継ぐ人間が、ドラゴン退治へ赴くなんて許されないよね。

 家出でもすれば、挑むことは叶うかもしれないけど、彼はそんな無責任な人間には見えない。良くも悪くも、貴族らしい子だから。


 ──しばらく歩いた後、私たちは街の中央にある侯爵家のお屋敷に到着した。

 それは荘厳かつ気品のある建物で、お城みたいに大きい。敷地も広くて、数千人規模の騎士団が駐屯出来ると思う。自然公園がそのまま庭になっている感じだよ。


「お貴族様のお屋敷に上がるのは、初めての経験なのですが、何か気を付けるべきことはありますか……?」


「常識の範疇で振る舞えば、凡そは問題ない。多少の無礼は見て見ぬ振りをしてやるから、そう案ずるな」


 ニュート様が私を安心させようとしてくれたけど、彼が言う常識って、貴族にとっての常識だったりしない?

 私の一挙手一投足が、不敬罪で死刑になる可能性をはらんでいる。そう考えると、足が小鹿みたいに震えてきた。


 ……まぁ、それでも、ここまで来て『日を改めましょう!』とは言えないよね。

 過度に怯えると、それはそれで失礼だと思われそうだし、覚悟を決めるしかない。私はニュート様の三歩後ろを歩いて、出来るだけ上品に見えるよう、背筋をスッと伸ばした。

 そして、すまし顔をしながら、お屋敷の中に足を踏み入れる。


 内心はビクビクしたままだけど、窓硝子に映る私の姿は、そう悪いものじゃない。

 屋敷の廊下には毛が高い絨毯が敷かれていて、所々に壺や絵画なんかの美術品が、鬱陶しくならない程度に飾られている。

 こ、こんなところで粗相をしたら、終わるね……。私の第二の人生が、早々に終わっちゃうよ……。


「それじゃぁ、僕はお暇させて貰うねぇ。さよぉならぁ」


「俺もここまでだな。騎士団の方に、顔を出さなきゃならん」


 アムネジアさんとガルムさんが護衛の任務を終わらせて、途中で別れることになった。


「お二人とも、本日は誠にありがとうございました」


 私は丁寧に腰を折り曲げて、深い感謝を示しておく。

 モーブさんとジミィさんは引き続き、ニュート様の護衛に就くみたい。

 この後、私たちは屋敷の中をそれなりに歩いて、スイミィ様の部屋に到着した。


 ニュート様がコンコンと扉をノックすると、スイミィ様のお付きのメイドさんが扉を開けて、私たちを招き入れてくれた。

 室内に入って、私は少し驚いたよ。

 侯爵令嬢の自室なんだから、無駄に華美なのかと思ったけど、広い部屋に天蓋付きのベッドがぽつんと置いてあるだけ……。本当に、それ以外のものが見当たらない。


「……おかえり、兄さま。ようこそ、姉さま」


「ああ、戻ったぞ」


「お邪魔します。……あの、スイミィ様。もしかして、姉さまって私のことですか?」


 私はただの庶民だから、侯爵令嬢に姉呼ばわりされるのは恐れ多い。誰を不快にさせるか分からないし、背中に冷や汗を掻いちゃった。

 スイミィ様は少しだけ目尻を下げながら、おずおずと私に是非を問う。


「……そう、姉さま。スイ、姉さまが欲しかった。……ダメ?」


 無表情な彼女の顔が、それだけで物凄く悲しげに見える。ここで駄目だなんて、口が裂けても言えないよ。


「わ、私も妹が欲しかったので、嬉しいです……」


「……姉さま、ありがと」


 どうやら、私はこの子に懐かれたみたい。

 本当に妹が欲しかった訳じゃないけど、別に悪い気はしないかな。……まさかとは思うけど、私が義理の姉になった夢とか、見てないよね?

 私の将来の夫疑惑が浮上したニュート様が、スイミィ様に不満げな眼差しを向けて、小さく鼻を鳴らした。


「フン、兄は不要か?」


「……ちがう。兄さまと姉さま、別腹だから」


 甘いものは別腹、みたいなニュアンスだね。

 ニュート様がちょっとだけ拗ねちゃったから、話題を変えよう。


「あの、部屋にベッドしか見当たりませんけど、他の家具は置かないんですか?」


「……立つ鳥、跡を濁さず」


「お、おふぅ……。なんか、すみません……」


 立ち去る者は、跡が見苦しくないよう始末してから、出立するべき。

 そんな戒めの言葉をスイミィ様の口から聞くと、かなり気まずくなる。

 それって、いつ死んでもいいように、準備しているってことだもんね……?


 この話題は駄目だ。というか、これ以上余計なお喋りをすると、次にどんな地雷を踏んでしまうか分からない。

 これは早いところ、目的を果たすのが吉かな。


「えっと、それでは……早速ですが、従魔にお宝を作って貰おうと思います。スイミィ様、私の隣に立ってください」


「……ワクワク、ドキドキ」


 スイミィ様は自分の口から出す擬音で、興奮していることをアピールした。けど、無表情でジト目のままだよ。


「タクミ、お願い。お宝を作って」


 私はスキル【魔力共有】を使って、タクミに魔力を分け与えた。

 タクミは自分が唯一持っているスキル【宝物生成】を使って、蓋──もとい、口をモゴモゴさせる。


 ……ああ、魔力がぐんぐん吸い取られて、段々眠くなってきたよ。お宝を一つ作るだけでも、かなりの消耗を強いられるね。

 完成した頃には、寝落ち寸前の状態になってしまったけど、私は気力を振り絞って、タクミの中からお宝を取り出す。


 それは、ペンギンを模した青い石があしらわれている首飾り。スイミィ様が夢で見たものと同じ、気儘なペンギンの首飾りだった。

 後は耳飾りさえあれば、セット効果が発揮される。それはフィオナちゃんから、借りられるかもしれない──と、そのことを伝える前に、私は深い眠りに落ちた。

 

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