第42話 死の運命
アムネジアさんがサウスモニカの街へ来た理由。
それがなんらかの地雷だったみたいで、私は見事に踏み抜いてしまった。
話題を変えるために尋ねただけで、どうしても知りたい訳じゃないから、自分の口から出した言葉を引っ込めたいよ。
私がしゅんとしていると、アムネジアさんがヘラヘラしながら手を挙げた。
「ニュートさまぁ、僕から説明してもいいですかねぇ?」
「フン、好きにしろ」
アムネジアさんがニュート様から許可を貰って、自分がこの街へ来た理由を私に教えてくれる。
「サウスモニカ侯爵がねぇ、死の運命を変えたいって王様に泣き付いてぇ、事態の解決を図るためにぃ、僕が派遣されたんだよぉ」
「し、死の運命……? 侯爵様、ご病気か何かですか……?」
「違う違ぁう。死ぬのは侯爵様じゃなくてぇ、スイミィ様なんだよねぇ。それも病気じゃなくてぇ、魔物に殺されちゃうんだよぉ」
スイミィ様が魔物に殺される。そんな物騒な事件を聞かされて、私の顔は強張った。彼女はまだ子供なのに、そんな運命を背負っているの?
アムネジアさんの話が真実なのか、ニュート様の顔色を窺って確かめる。……彼は思い詰めた表情をしているから、嘘じゃないみたい。
「ワタシの妹が、【予知夢】というスキルを持っていることは、アーシャも知っているだろう? ……スイミィがあのスキルで最初に見た夢は、自分が死ぬ瞬間だった」
「えっ!? そ、そんな……っ」
ニュート様から余りにも辛い話を聞かされて、思わず息が詰まる。
スイミィ様が人形のような無表情になってしまったのは、そんな悪夢を見たことが原因なのかもしれない。
『祝福と呪いは表裏一体』──私の脳裏に、図書館で読んだ書物の一文が思い浮かぶ。
未来が分かるという、非常に強力な先天性スキル。
その祝福に見合った呪いは、死の運命を背負わされること。……あの本には確か、呪いは試練でもあるって書いてあったよね。試練なら、乗り越えられる?
スイミィ様が見た未来って、変えられないことはないはず……。だって、私がミミックをテイムしないって決めちゃえば、彼女が見た夢は実現しない訳だし。
「その顔さぁ、キミも死の運命は覆せるってぇ、思ったんでしょぉ」
私が希望を持ったところで、やれやれと頭を振るアムネジアさんに、そんなことを言われた。
先天性スキルの呪いはそんなに甘くないと、言外にそう指摘されたように感じる。
「ニュート様、私に出来ることは少ないですけど、協力出来ることがあったら言ってください」
「そうか……。感謝する。であれば、街中でカマキリの魔物を見つけたら、すぐに衛兵か冒険者ギルドに知らせてくれ」
ニュート様は上から目線ではなく、真摯な眼差しで感謝を伝えてきた。
これだけで、彼が妹のことをとても大切にしているのが分かる。
「分かりました。……けど、カマキリの魔物、ですか? 街中で?」
「ああ、そうだ。スイミィを殺すのは、黒いカマキリの魔物。それも、街中での襲撃らしい」
スイミィ様が夢で見た内容は、それだけ。
そのカマキリが野生の魔物なのか、それとも誰かの従魔なのか、街のどこで襲われるのか、屋内なのか屋外なのか、日時はいつなのか、昼なのか夜なのか、その辺りは全く分かっていない。
夢の中での出来事は、朧げな部分が多いみたいだよ。
そんな事情があって、この街ではカマキリの魔物の持ち込みは、絶対に禁止されているんだって。知らなかった。
「アムネジアさんが皆さんに邪険にされているのは、問題の解決策を見つけられなかったから、ですか……?」
「そうそう、そうなんだよねぇ。こぉんな問題さぁ、『気を付けましょう』って言う意外にぃ、ないでしょぉ?」
私もそう思うけど、心情的には同意したくない。
娘を死なせたくないという一心で、侯爵様は王様を頼った。その結果派遣されたのが、胡散臭い雑用係──もとい、宮廷魔導士のアムネジアさん。
もしも私がスイミィ様の家族だったら、邪険にするに決まっている。それが八つ当たりだって、分かっていてもね。
…………あっ、どうしよう、困った。私にしか出来ないこと、一つだけ思い付いちゃった。
【再生の祈り】をスイミィ様に使っておいたら、死亡率が結構下がりそうじゃない? でも、その場合は私がこのスキルを持っていることが、権力者にバレるかもしれない。
こういうとき、生粋の善人なら迷わず、自分に出来ることをするんだろうね。
保身が第一の私は、厄介事を嫌ってウジウジ悩んでしまう。
安易な人助けはしないって、決めていたんだけど……私の心は弱いから、見捨てたら罪悪感に苛まれそう。
子供とか小動物の不幸って、目を逸らし難いんだ。
人を助けるのにも勇気がいるけど、人を見捨てるのにも勇気がいる。この苦悩がとっても凡人らしくて、我ながら自分が情けないよ。
うーん……。どうにかして、スイミィ様と二人きりになれる機会を作れれば、こっそりとスキルを使えるかな……。
けど、【再生の祈り】の持続時間は三日間だから、三日置きに二人きりにならないといけない。
彼女は侯爵令嬢で、しかも死の運命を背負っている。きっと過保護に育てられているよね。そんな子と、どうやって私が三日置きに密会出来るの……?
私が思い悩んでいる間にも、ダンジョン探索は順調に進んだ。
そして──しばらくしてから、私たちの進むべき道をなぞるように、【微風】が吹き抜ける。
「あぁっ、ようやく見つけたよぉ! いやぁ、興味本位で付いて来たけどぉ、もうヘトヘトでウンザリぃ。早くテイムして帰ろぉ」
「ご苦労。貴様が賓客になってから、初めて役に立ったな」
【微風】の道案内に従って、フラフラと歩き出すアムネジアさん。そんな彼に、ニュート様が労いついでに嫌味を言った。
そういえば、アムネジアさんは普段から、ニュート様の護衛だった訳じゃないんだよね。
スラ丸の視点でルークスたちの冒険を見守っていたとき、流水海域に来ていたニュート様の護衛メンバーに、アムネジアさんの姿はなかったから。
「──あれが、ミミックですか? 本当に宝箱にしか見えませんけど」
百メートルほど歩いてから、屋根が崩れている廃墟に入ると、そこには銅の宝箱が鎮座していた。私の目から見ると、魔物かどうかの区別が付かないよ。
「気を付けろよ、おチビちゃん。不用意に近付くと、身体を食い千切られるぞ」
「ひぇっ! わ、分かりました……!! でもあの、テイムしようとしても、ウンともスンとも反応がありません……」
ガルムさんに注意されて、そそくさと彼の背中に隠れながら、私は目に見えない繋がりをミミックに伸ばした。
しかし、硬い壁にでもぶつかったかのように、跳ね返されてしまう。
これは拒絶されたって言うより、対話出来ないものに話し掛けた感じかな。
「ミミックの擬態は自分の心まで偽る。獲物を捕食する瞬間まで、自分が魔物だってことを忘れているんだろう」
そう言いながら、ガルムさんがミミックを軽く蹴飛ばすと、この魔物はパカっと蓋を開けて本性を現した。
宝箱の内側には鋭い牙が何本も生えていて、それを剥き出しにしながら、勢いよく飛び掛かってきたのだ。
私にとっては恐ろしい光景だけど、ガルムさんにとっては児戯にも等しかったみたいで、何一つ気負うことなくミミックをひっくり返し、逆さまにした状態で地面に押さえつけた。
「お、お見事です……!! 流石は騎士団長様……!!」
「この程度のことで褒められても、あんま嬉しくないな……。ほら、さっさとテイムしちまえ」
「了解です。では、早速──」
むむむっ、と唸りながら、私は再び目に見えない繋がりを伸ばした。
今度は手応えがあったけど、二度、三度と拒絶される。……まぁ、根気強く求めれば、仕方なく従魔になってくれそうな感じだよ。
こうして、十分ほど時間を掛けてから、私は無事にブロンズミミックをテイムすることに成功した。
この子の名前は……タクミにしよう。漢字にすると『匠』で、職人という意味だね。凄いものをバンバン作って貰いたい。
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