第39話 集合
──翌日の早朝。ニュート様との約束通り、私のお店に彼の使者がやってきた。
その人は青白い鎧を身に着けて、背中に大剣を背負っている男性だ。年齢は五十代前半くらいで、おじさんじゃなくてオジサマって感じの人。
鎧には南を指し示す方位磁針の意匠が彫り込まれているから、自己紹介の前に使者だって分かったよ。
この意匠は、サウスモニカ侯爵家に所属していることを示す紋章だからね。
オジサマの身長は二メートルくらいあって、とっても逞しい身体付きをしている。まるで、筋肉の鎧を纏っているみたいだ。
顔立ちは精悍で、戦場で生き抜いてきた猛者の雰囲気がある。でも、私を見る目が優しげなので、ちっとも怖いとは思わない。
角刈りの髪には白髪が多いけど、元々の色は黒だったみたい。瞳の色も黒いから、親近感が湧くよ。
「若様に頼まれて来たんだが、おチビちゃんがアーシャって子で合っているか?」
「はいっ、私がアーシャです! 今日はよろしくお願いします!」
「あいよ。ま、お互い気楽に行こうや。俺のことはガルムって呼んでくれな」
「ガルムさんですね、了解です」
私が物怖じせずに、目を真っ直ぐ見て返事をすると、ガルムさんの表情が随分と柔らかくなった。第一印象はお互いに、結構いい感じだね。
「そんじゃ、早速だが行くとするか」
「はい! ……あ、私の従魔って、連れて行っても大丈夫ですか? コレクタースライムとヤングウルフなんですけど」
「コレクタースライムって、最近流行っている従魔か……。あれは鞄みたいなもんだし、大丈夫だろう。ただ、ヤングウルフは足手纏いになるから、やめておけ」
足手纏いだと言われて、私の足元にいるティラがしょんぼりしちゃった。まぁ、進化するまでは仕方ないね。
今この瞬間にも、スラ丸二号が闇の魔石をせっせと集めているから、もうしばらくの辛抱だよ。
今日のところはスラ丸だけを引き連れて、私はガルムさんの後に付いて行った。
「ダンジョン探索って、私は初めてなので緊張します……」
「俺を含めて、それなりに腕の立つ奴らが護衛に付くんだ。第一階層なら万が一もないぞ」
道中、ガルムさんに詳しい話を聞いてみると、今回同行してくれる護衛の数は四人で、平均レベルは40らしい。
ちなみに、騎士団に所属している人の職業は様々で、騎士以外にも魔法使いや戦士だっているみたい。
──多少歩いてから、私たちは街中にある無機物遺跡の入り口に到着したよ。
ここも流水海域の入り口と似たような、大きい縦穴だった。例の如く、石造の螺旋階段が下へ下へと続いている。
流水海域よりも冒険者の往来が激しく、出入りする人が後を絶たない。
大半の冒険者が大きな袋を背負っているけど、ちらほらとコレクタースライムを引き連れている人の姿も見える。
ニュート様は……うん、まだ来ていないね。庶民の私がお貴族様を待たせるなんて、そんな恐ろしいことになっていなくて安心した。
ダンジョンの入り口近辺では、パーティーメンバーの募集をしている人たちが沢山いて、魔物使いを求める声が一番多い。
どのパーティーでも、魔物使いはコレクタースライムさえいれば、年齢、性別、レベルを不問にして貰えるみたいだよ。
なんかもう、コレクタースライムが本体で、魔物使いがオマケみたいな扱いだね……。私の腕の中にいるスラ丸が、どこか誇らしげだ。
「こうして見ると、ここ数日で魔物使いの数が一気に増えたな。侯爵様の喜ぶ顔が目に浮かぶ」
「へぇー、侯爵様が……。やっぱり、コレクタースライムの経済効果って大きいんですか?」
「ああ、大きいぞ。鉱石の産地であるこの街だと、特にな」
コレクタースライムさえいれば、冒険者が無機物遺跡から拾ってくる一日当たりの鉱石の量が、数倍、あるいは数十倍になるらしい。
ルークスたちも大量のお肉を一度で持ち帰っていたけど、普通ならあんなに持ち運べないもんね。
「鉱石が沢山流通したら、値崩れが起きませんか?」
「いや、鉱石なんてあればあるだけ売れるぞ。この国は慢性的な鉱石不足だからな」
ガルムさんの話を聞いて、私は少し驚いた。
アクアヘイム王国が鉱石不足なんて、全然知らなかったよ。この街には無機物遺跡があるから、どうにも実感出来ない。
なんでも、鉱石の産地は無機物遺跡を合わせて、たったの二か所しかないんだって。
「値崩れが起きないなら、良いこと尽くめですね!」
コレクタースライムの存在によって、迷惑を被った商人たちもいるけど、彼らのことは頭の外に追い出しておく。
私が無邪気な笑顔を向けると、ガルムさんは渋い顔をした。
「実はな、そうとも言い切れない事情がある……。鉄が増えると、戦争が起こるんだ」
「え……? えっ!? 戦争!?」
「元々、この国には主戦派が多い。鉄が大量に増えて国が強くなったら、黙ってはいられんだろう」
……不味い。私が進化条件の情報を売ったから、戦争が起こっちゃう。巡り巡って、そんなことになるなんて、思ってもみなかったよ。
私が顔を青褪めさせていると、ガルムさんは私が戦争を怖がっているのだと勘違いして、気を遣ってくれた。
「心配する必要はないぞ。戦地はアクアヘイム王国のずっと北側だ。この街に戦火は降り掛からん」
「そ、そう、ですか……」
この街、サウスモニカは王国の南部に位置しているから、戦地は正反対の場所になるみたい。その点については安心したけど、やっぱり罪悪感が拭えない。
これから初のダンジョン探索だって言うのに、私のテンションは過去最低だ。
すっかり意気消沈していると、ニュート様が三人の護衛を従えてやって来た。
護衛の人たちは二人が青白い鎧を着ている男性で、年齢はどちらも二十代半ばくらい。武器は剣と盾で、奇を衒った部分は見当たらないかな。
もう一人は青白いローブを纏っている中性的な人で、十代にも三十代にも見える不思議な容姿を持っていた。
この人の髪型は、毛先が胸元まで届いているポニーテールで、その色は真っ白。狐目だから、瞳の色は見えないよ。
体格は細身だけど、背丈は百八十センチくらいありそう。ただ、猫背だから十センチくらい低く見える。
ローブ以外の目立つ装備は、右手に嵌めている闇を凝縮したような手袋と、長い茎が伸びている蓮の葉っぱ。
雨傘にでもなりそうな葉っぱの上には、黄色い蛙の置物が乗っていて、これが武具だとは思えない。けど、護衛としての立ち位置にいるんだから、きっと武具だよね。……もしかしたら、マジックアイテムかも。
「ガルム、ご苦労だった。そしてアーシャ、ワタシの妹のために骨を折ってくれたこと、深く感謝しよう」
「い、いえ、私の方こそ、テイムを手伝っていただけるなんて、望外の喜びですので……」
ニュート様に物凄く上から目線で、感謝されちゃった。貸し一つね、とか軽口を叩ける雰囲気じゃない。
彼の後ろにいる剣と盾を持った護衛の二人がね、『ニュート様に感謝して貰えるなんて有難く思えよ!!』って、圧を掛けてくるの。
実際にそう言われた訳じゃないけど、目は口ほどに物を言うんだ。
「一応、護衛の者たちを紹介しておこう。アーシャを迎えに行かせたのが、騎士団の長を務めているガルムだ。こっちの剣士二人はモーブとジミィで、もう一人は鬱陶しい羽虫だとでも思っておけ」
「ガルムさんが騎士団長……!? あっ、改めてっ、本日はよろしくお願い致します!」
「俺は団長と言っても、剣を振るうことしか脳がないぞ。あんまり畏まらんでくれ」
私を迎えに来た人が、そんな御大層な役職に就いているとは思わなかった。
ニュート様に紹介された面々に、私はペコペコと頭を下げておく。ガルムさんにも改めて、入念にね。こういう人とのコネは大事だよ。
えっと、モブと地味……じゃなくて、モーブさんとジミィさん。それから、羽虫さん。……え、羽虫?
「ニュートさまぁ、ちょぉっと酷いんじゃなぁい? 中央から派遣された僕のことぉ、敬っても罰は当たらないと思うのにぃ」
羽虫呼ばわりされた中性的な人は、ネットリした口調で文句を言う。
こうして喋り出しても、男性なのか女性なのか分からない。声まで中性的なんだ。……それにしても、中央から派遣ってどういうことだろう?
私が首を傾げていると、ガルムさんが簡単に教えてくれた。
「こいつの名前はアムネジア。宮廷魔導士の一人で、侯爵家じゃなくて王家に仕えている人間だ。何かと胡散臭いから、信用するなよ」
アクアヘイム王国の真ん中に王都があるから、『中央』とは王都のことを指しているらしい。
「信用するなって、そんな……」
信用しちゃいけない人なんて、どうして連れて来てしまったの?
私が困惑していると、アムネジアさんがヌルっと私に近付いてきた。
「キミぃ、アーシャちゃんだっけぇ? 本当に奇妙な子供だねぇ。少ぉし調べさせて貰ったんだけどさぁ、最近孤児院を卒業したばっかりでぇ、自分のお店まで持っているんでしょぉ?」
「え、ええ、まぁ、はい……。幸運に恵まれまして……」
ニュート様は孤児に対する当たりが強いイメージがあったから、暴露された瞬間に私はビクっとした。
でも、ニュート様の私を見る目に変化はない。その目から読み取れるのは、『路傍の石ころよりも使える』くらいの温度感かな。
「ふぅん……。幸運ねぇ……。まま、そっちはいいや。僕が何よりも疑問に思うのはさぁ、キミの言葉遣いなんだよねぇ」
「こ、言葉……? その、何か問題がありましたか……?」
「物心が付く前から孤児でぇ、しかもまだ六歳でしょぉ? それなのにぃ、キミの言葉遣いは丁寧過ぎるって話だよねぇ」
アムネジアさんの指摘に、ニュート様とガルムさんが『確かに……』と呟いた。
これ、いつか誰かに指摘されるって思っていたから、適当な言い訳を考えてあるんだよね。子供らしいやつ。
「言葉遣いは夢の中で勉強したんです。二十八個の机が整然と並んでいる教室で、教壇にはお婆ちゃん先生が立っていました」
変なことを言っている自覚はあるけど、前世の記憶があるって言うよりはマシだと思う。
ちなみに、私が伝えた勉強風景は、前世で実際に体験した国語の授業だよ。
「夢、ねぇ……。あやや、もしやもしや、スイミィさまみたいにぃ、夢に関する先天性スキルを持っているのかなぁ?」
なんだかアムネジアさんの私を見る目が、実験動物を見るような目に変わった気がした。狐目だから瞳は見えないけど、雰囲気で分かるんだ。
「そんなの持っていませんよ」
夢に関する先天性スキルは、ね。
とりあえず、この人のことは要注意人物として記憶しておこう。
狐目で胡散臭い人は裏切るって、相場が決まっているから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます