第40話 ブロンズボール
──私たちはガルムさんを先頭にして、無機物遺跡の探索を開始する。
目的はブロンズミミックのテイムだけど、折角だからブロンズボールもテイムしたい。
螺旋階段を下りた先には、荒廃した地下都市が広がっていた。サウスモニカの街を無人にして、数百年放置したような状態に見えるよ。
水路は枯れ果てて、朽ちた建物は植物や苔に侵蝕されている。
流水海域みたいに空がないから暗いけど、植物や苔が淡く光っているから、自前の光源を用意しなくても探索は出来そう。
勿論、用意出来るならした方がいい。そう思って、私が【光球】を使おうとしたら、アムネジアさんが先に使ってくれた。
「ねぇねぇねぇ、アーシャちゃん。宮廷魔導士の魔法を見た感想をどうぞぉ?」
「う、うーん……。感想と言われましても……普通?」
アムネジアさんに感想を求められたけど、この人の【光球】は良くも悪くも普通だった。
私が使う【光球】よりも光量が少ないし、特殊効果もないっぽい。それでも、十分周囲を照らしてくれる。
「キミもさぁ、光属性の魔法が使えるんでしょぉ? なぁにが使えるのかなぁ?」
「えっ、どうして分かるんですか……?」
「キミぃ、もしかして馬鹿ぁ? その指輪を見ればぁ、だぁれだって分かるでしょぉ」
私の指には、光る延長の指輪というマジックアイテムが嵌っている。
これは【光球】の持続時間を伸ばしてくれる代物だよ。見る人が見れば、私が光属性の魔法を使うって、推測されてしまうみたい。
「ぶ、ブラフでこの指輪を装備している可能性もありますし、馬鹿呼ばわりは酷いと思います……」
「ほほぉ……。ふぅん……。確かにそうだねぇ……。それでぇ、キミの場合はブラフなのかなぁ?」
「い、いえ、違いますけど……。私も【光球】が使えます……」
私が素直に自白すると、アムネジアさんに鼻で笑われた。この人、嫌いだ。
こうして、お喋りに興じながら探索していると、あちこちに冒険者がいることが分かったよ。安定して稼げる人気の狩場だから、混雑しているみたい。
第二階層では鉄の塊の魔物が出現するから、そっちは第一階層よりも混雑しているとか……。
王国の南部で生まれ育った冒険者の大半が、無機物遺跡の第一、第二階層で通用する実力を身に着けた段階で、冒険しない冒険者になるみたい。
安定した生活を手に入れたら、危険な冒険なんてしたくないよね。
私が大勢の冒険者に共感していると、ガルムさんがピタっと立ち止まった。それから、背負っていた大剣を静かに引き抜く。
「お前ら、敵さんのお出ましだ。第一階層は雑魚ばっかだが、あんま気を抜くなよ」
モーブさんとジミィさんも剣を抜いて、油断なく盾を構えたよ。
一拍置いて路地裏から現れたのは、ブロンズゴーレムが二体とブロンズボールが三体だ。……魔物の数え方は、『匹』で纏めようかな。
ブロンズゴーレムの見た目は銅で作られたマネキンで、その身体はガルムさんよりも一回り小さい。頭はあるけど目も鼻も口も耳もないから、のっぺらぼうだね。
ブロンズボールは図書館で調べた通り、一メートルくらいの銅の球体だった。ふわふわと浮かんでいて、移動速度は大したことがない。不意打ちでもされない限り、この魔物に潰されることはなさそう。
私は一つ、ニュート様にお伺いを立てる。
「あの、ブロンズボールをテイムしてもいいですか?」
「別に構わないが……魔物使いが従えられる魔物の数は、有限ではなかったか? ミミックを捕まえられなくなったら、ここへ来た意味がない」
「それは大丈夫です。ミミックもきちんとテイム出来ます」
「む……。つまり、アーシャのレベルは20か……。同年代でワタシよりもレベルが高いとは、驚きだな……」
ニュート様は私の返事を聞いて、大いに感心している。でもね、それは勘違いだよ。人前だからステホの確認は控えるけど、私のレベルはこんな感じ。
アーシャ 魔物使い(14) 魔法使い(12)
スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】
【魔力共有】【光球】
従魔 スラ丸×3 ティラノサウルス ローズ
普通の魔物使いはレベル1で一匹、そこからレベル10毎に一匹ずつ従魔の数を増やせる。
だから、ニュート様は私が連れてきたスラ丸と、テイム予定の魔物を合わせて、『合計三匹の魔物を従えられる=レベル20』だと誤解したんだ。
私の場合は事情が違って、どういう訳かレベル1毎に、一匹ずつ従魔を増やせてしまう。
先天性スキルの【他力本願】が原因だとは思うけど、ステホで調べた限りだと、そんなことは書かれていない。だから、確証がないんだよね。
「レベル20……? いや、今はいいか。とりあえず、ブロンズボールを一匹だけ残せばいいんだな?」
「はいっ、お願いします!」
ガルムさんは私がヤングウルフを従えていることも知っているから、訝しげに眉を寄せた。
スラ丸とティラ、そこにブロンズボールとミミックが加わったら、普通であればレベル30の魔物使いだからね。
私の年齢でレベル30なんて、信じ難いと思う。実際、そんなに高くない訳だし。
なんて言い訳しようか考えていると、ガルムさんが二匹のブロンズゴーレムを瞬く間に斬り捨てた。しかも、縦と横に両断している。
大剣を使っているのに、攻撃の動作が目視出来ないほど素早い。完全に人外の領域だよ。
モーブさんとジミィさんも、難なく一匹ずつブロンズボールを仕留めてくれた。ガルムさんほどじゃないけど、彼らも十分強い。
「それじゃあ、早速……」
私は生き残ったブロンズボールをテイムするべく、目に見えない繋がりを伸ばす。……ぺしっと弾かれたけど、強烈な拒絶ではなかった。何度も続けていれば、根負けしてくれそう。
二度、三度と続けている間に、ブロンズボールが私の頭上へ移動しようとする。当たり前だけど、護衛の面々がそれを許すはずがない。
ガルムさんが片手で押さえ付けてくれたから、私はテイムに集中出来るよ。
そして──根気強く三分ほど粘り、ようやくブロンズボールをテイムすることに成功した。
この子の名前は、ブロ丸にしよう。ブロンズの球体だから、ブロ丸。我ながら安直すぎるけど、分かりやすくていいよね。
「おっ、敵意がなくなったな。成功したのか?」
「はいっ、おかげさまで! ありがとうございました!」
ガルムさんが手を離すと、ブロ丸はふよふよと私の方へ飛んできて、身体を擦り付けてくる。……銅の塊だし、あんまり可愛くない。
スラ丸も対抗意識を燃やして、私に身体を擦り付けてくる。丸っこい魔物同士、仲良くするんだよ。
「そんな魔物をテイムして、一体何になる……? そいつは弱いし生産性もない、浮かぶだけの球体だろう?」
欲しかった魔物をテイム出来て、私が上機嫌になっていると、ニュート様が水を差してきた。
モーブさんとジミィさんが呆気なく倒しちゃった魔物だし、そんな疑問が出てくるのも分かる。でもね、
「この子は凄いんですよ。不眠不休で食事要らずなので、ずーっと警備を任せられるんです」
「警備を任せたところで、弱いのだから敵を返り討ちには出来まい」
「ま、まぁ、そうなんですけど……頑張って進化させます!」
弱いのはもう仕方ないよ。魔物使いって基本的に、自分より強い魔物はテイム出来ないからね。
他者に攻撃出来ない私が、ブロ丸より強いかどうかは諸説あるけど、今回は忍耐力で勝ったと思う。
私がテイムに熱中していた間に、ブロンズボールの死骸がドロップアイテムに変わっていた。なんの意外性もなく、銅のインゴットだよ。それと、小粒な土属性の魔石も落ちている。
ガルムさんが両断したブロンズゴーレムは、どうやら解体扱いになったみたいで、ドロップアイテムになっていない。
解体すると大量の銅が手に入るけど、普通なら持ち運ぶのが大変そう。
スキル【収納】がなかったら、これを持って螺旋階段を上ることになるんだよね……。魔物使いを求めているパーティーが、あれだけ多かったのも、大いに納得がいくよ。
「ニュート様、回収は任せてください。私は足手纏いなので、せめて運搬に協力します」
「回収は任せるが、全てアーシャのものにして構わない。ワタシたちは普段から、ドロップアイテムなど拾っていないからな」
ニュート様は太っ腹なことに、分け前を求めなかった。
ダンジョン探索をしているのに、ドロップアイテムは拾わないって、レベル上げにしか興味がないってことかな?
やれやれ、これだからお金持ちは……いつか金欠で泣いちゃえ。
──この後も、私たちは探索を続けて、戦闘の度にスラ丸が銅を蓄えていった。
ニュート様も細剣でブロンズゴーレムを貫いて、なんの苦もなく倒している。
彼が強いって言うより、武器が強すぎるよ。ストンと刺さった瞬間に、刃から放たれる冷気が相手を凍結させているからね。
この細剣、今にも折れそうな頼りない見た目なのに、『自分は途轍もないマジックアイテムなんだ!!』と主張しているような、肌に突き刺さる存在感がある。
「退屈だねぇ……。僕の出番がないからぁ、眠くなってきちゃったよぉ」
「アムネジア、そんなに働きたいのなら、次の戦闘は貴様がやれ」
不満を漏らしたアムネジアさんに、ニュート様が冷たい目を向けて命令した。
宮廷魔導士とやらの実力が見られるのは、ちょっとだけワクワクする。私もこう見えて、魔法使いの端くれだからね。
……そういえば、私の従魔が多すぎること、ガルムさんは全然聞いてこない。気になっているとは思うけど、詮索するつもりはないのかな。
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