第34話 商業ギルド

 

 食後にルークスたちと別れてから、私はフィオナちゃんを連れて帰宅した。


「アーシャ、もう眠いわ……。あたしはどこで寝ればいいの?」


「二階の部屋に寝台があるから、それを使って。私も一緒に使うから、隅っこに身体を寄せてね」


 フィオナちゃんは精神的な疲れが溜まっているみたいで、電池が切れたように眠りに就いた。

 私のスキル【光球】によって、体力と魔力なら自動回復するんだけど、精神的な疲れを取るために睡眠は必要なんだ。

 ちなみに、私はまだ寝ない。お土産のジュースを持って、ローズの様子を見に行かないと。


「──アーシャよ! 妾を置いて遊び惚けるとは、よいご身分じゃのぅ!!」


「ごめんね、お土産あるから許して。……ところで、その人はどちら様?」


 案の定、ローズはプリプリ怒っていたけど、今はそれよりも重大な事件が発生しているよ。

 なんと、ローズが自分の蔦を使って、ちょっとメタボな冴えないおじさんを拘束していたのだ。しかも、亀甲縛りで宙吊りという、あられもない姿で。


「誰かは知らんが、此奴は勝手に壁を乗り越えて、妾の庭に侵入したのじゃ。……むっ、この甘い水! 美味じゃのぅ!!」


 ジュースを飲んだローズはご満悦になって、機嫌を直してくれた。それはいいんだけど、侵入者の存在は不味い。

 おじさんは気絶中だから、このまま衛兵に突き出せばいいのかな……?


 ただ、少し気になる点がある。このおじさん、着ている服が結構上等なんだよね。落ち着いた緑色の服で、生地は絹と綿を合わせたものっぽい。

 こんな服、泥棒が着るとは思えないよ。


「このおじさんが暴れても、ローズなら対処出来る?」


「うむっ、余裕なのじゃ! 見ての通り、こうして捕えておるからの」


「それなら、叩き起こして話を聞いてみるね」


 私はおじさんの頬に往復ビンタをかまして、無理やり目覚めさせる。


「いっ、痛い痛い!! なんや!? 敵襲か!?」


「おはようございます。貴方が侵入した家の主です。手短に、ご用件をどうぞ」


「家主ぃ……? ハッ、せや!! ワイは調査に来た家で、魔物に捕まってしもうたんや!!」


 おじさんは訛りのある口調で、『調査に来た』なんて言い出した。

 やっぱり泥棒じゃなさそうだけど、あんまり良い予感はしない。


「その魔物は私の従魔です。それで、調査ってなんの調査ですか?」


「不当な商売が行われているかどうかの調査や!! ワイは天下の商業ギルドの職員様やで!! 平伏せぇや!!」


「えぇぇ……。不当なんて言われても、心当たりがありません。私は真っ当に商売していますよ?」


「真っ当な商売ぃ!? ジブンは阿呆なん!? 商業ギルドに登録していない分際でっ、真っ当も何もないやろ!?」


 おじさんは高圧的な態度で、唾を飛ばしながら私を非難してくる。

 ここまでの話を聞いて、私は一つ察してしまった。


「もしかして……商売をするなら、商業ギルドに登録しないといけない、とか……?」


「当たり前やろ!! そんなん常識やで!?」


「し、知りませんでした……。いやでも、調査のために不法侵入って、おかしくないですか?」


「ワイはこの店を開いとる馬鹿が、調査の目を掻い潜るために、居留守を決め込んどるって思ったんや!!」


 だから引き摺り出すつもりだったと、おじさんは悪びれもせずに語る。

 不法侵入されたことに納得は出来ないけど、これは私の方が悪いのかな……。


「私は知らなかっただけで、法には従う所存です。今から登録すればいいんですよね?」


 私が恭順の意を示すと、おじさんは少しだけ考え事をしてから、ニチャァっとあくどい笑みを浮かべた。


「常識知らずのド阿呆が!! 罰金を払わんとアカンに決まっとるやろ!? 白金貨一枚、キッチリと耳を揃えて払って貰うで!!」


「白金貨一枚!? そんなに取られるんですか!?」


「当たり前やろ!! ったく、ホンマにモノを知らんガキやな!! 親の顔が見てみたいで!!」


 罰金を取られてもおかしくはないけど、白金貨一枚は流石に嘘だと思う。

 うーん……。仕方ない、ここは虎の威を借る狐になろう。


「私の保護者は金級冒険者のバリィさんですけど、顔が見たいですか?」


 私の切り札は効果覿面だった。おじさんは分かりやすく硬直して、顔を青褪めさせながら脂汗を滲ませる。


「…………き、金級、冒険者?」


「そうです。知っていますか? 金級冒険者」


「そ、そら勿論でっせ……。ははは……」


 金級冒険者は肩書だけとは言え、騎士爵を貰えるお貴族様だよ。

 実力も折り紙付きで、暴力装置みたいな存在だから、態々敵に回したい人はいないと思う。


「天下の商業ギルドの職員様、でしたっけ? えっと、お名前は?」


「あ、いや、それはその……ワイはほら、取るに足らない人間でして……」


 おじさんはすっかり萎縮してしまったから、この辺で手打ちにしておきたい。

 私も本当にバリィさんを引っ張り出して、彼に迷惑を掛けたくはないからね。こんな、くだらないことで。


「私って最近、物忘れが激しいんです。貴方との先程までの会話は、全て忘れてしまいました。それで、私はどうすればいいんですか?」


「しょ、商業ギルドに登録してくれたら、それで……。ははは……」


「罰金は?」


「き、金貨十枚でっせ……。ワイの懐から、出しときましょか……?」


「いえ、自分で払います」


 彼の目を見た感じ、金貨十枚の罰金は本当みたいだから、きちんと支払うよ。手痛い出費だけど、こればっかりは仕方ない。

 このおじさんが詐欺師である可能性を考慮して、実際に支払うのは商業ギルドに行ったときだね。


「ほ、ほな、明日の朝にでも、商業ギルドに来てくれたら……」


「分かりました。手続きの程、よろしくお願いします」


「ま、任されたで……!! ワイの手に掛かれば、チョチョイのチョイや……!!」


 これで話が付いたから、おじさんの拘束を解いて帰って貰う。

 私は彼のトボトボした後ろ姿を見送って、今日という一日を終わらせた。


 


 ──翌朝。まだ寝ているフィオナちゃんを起こさないように、私はそっと家を出た。スラ丸とティラを連れて行くけど、商業ギルドは従魔を連れ込んでも大丈夫だろうか?


「ティラ、建物の外で待機することになっても、良い子で待っててね」


「ワンワン!」


 ティラは尻尾をブンブン振って、元気の良い返事をしてくれた。

 うぅ……っ、ティラと離れるのは不安だよ……。この子はスキル【気配感知】を持っているから、不審者の接近を事前に知ることが出来る。


 実際に不審者が近付いてきた場合、とにかく沢山吠えさせるから、私たちには人目が集まるという寸法だ。

 人目が集まっている状況で、大胆に行動を起こせる犯罪者なんて、街中には早々いない。こうやって、私は厄介事を遠ざけている。


「そうだ、ティラを進化させることも考えないとね」

 

 ティラノサウルスなんて大層な名前を付けたので、強い魔物に進化させたい。

 魔石を買って食べさせるだけなら、簡単なんだけど……ヤングウルフがどんな条件で、どんな魔物に進化するのか、きちんと調べておこう。

 この街には図書館があるから、午後はそこに行こうかな。


 そんなことを考えながら歩いていると、商業ギルドに到着した。

 大通りの目立つ場所にあって、この街だと四番目に大きい建物だよ。

 一番大きいのは街の真ん中にある領主様の屋敷で、二番目が教会の大聖堂、三番目が図書館となっている。

 

 商業ギルドの建物は、従魔の連れ込みが許可されていたので、二匹と一緒にお邪魔する。こうして、ロビーに足を踏み入れると、受付カウンターの前で揉め事が起きていた。


「ふざけんじゃねぇよ!! あんな従魔の存在を許しちまったら、こちとら商売上がったりだ!!」


「そうだそうだ!! 我々のような【収納】持ちの商人が、今までどれだけギルドに貢献してきたと思っているんだ!? こんなときこそギルドの力で、我々を助けるべきではないのか!? あの従魔を今すぐ駆除してくれ!!」


 商人と思しき十数人の男女が、怒りを露わにしながらギルドの女性職員に詰め寄っている。


「そのご依頼は商業ギルドの管轄外です。他を当たってください」


 女性職員は毅然とした態度で返事をした。取り付く島もないとはこのことだよ。

 ……それにしても、なんらかの従魔の存在が、問題になっているらしい。

 あの商人たち、スキル【収納】を持っているみたいだから、ちょっと嫌な予感がするね。

 私がスラ丸を背中に隠して、息を潜めていると、昨日の侵入者──もとい、天下の商業ギルドの職員様が駆け寄って来た。


「これはこれはっ、金級冒険者を保護者に持つ店主様! ようこそおいでくださいました!」


「事実を陳列しただけの呼び方、やめてください。私の名前はアーシャです。様付けも不要ですよ」


「ほ、ほんなら、アーシャはんって呼ばせてな……? 早速やけど、登録しましょか……」


 揉め事が起きている場所から離れた受付カウンターで、おじさんは平身低頭なまま対応してくれた。

 商業ギルドに登録していれば、この国で商売をすることが許される。

 行商だけなら金貨一枚、露店を開くなら金貨二枚、店舗を持つなら金貨十枚の年会費が必要みたい。


 とりあえず、今年の分を支払っておく。

 すると、ステホをバージョンアップして貰えたよ。友達登録を行える人数が増えたり、ギルドからの広報を受信する機能が追加された。

 この広報では、例えば国の西部で飢餓が発生したとか、東部で強大な魔物が出現したとか、商売に役立ちそうな情報を逸早く教えて貰えるらしい。


 それと、ステホに『銅の天秤』のマークを表示させられるようになった。これは商人であることを証明するマークだね。

 商業ギルドに沢山お金を納めると、天秤の色が銀とか金になるみたい。……まぁ、私は銅のままでいいや。


「おじさん、あっちで起きている揉め事って、何が原因なんですか?」


「ああ、あれは魔物使いに仕事を奪われた商人連中やな……。何が原因かって聞かれたら、アーシャはんも連れているコレクタースライムが原因やで」


 おじさんに詳しい話を聞いてみると、揉め事を起こしている彼らは【収納】を使って、露店の余り物なんかを安値で買い叩いていた連中だった。

 それだけじゃなくて、様々な割のいい仕事があったみたいだけど……今ではその全てが、コレクタースライムを従魔にしている魔物使いたちに、奪われているらしい。


 その希少性と利便性によって、今まで散々幅を利かせてきたのが、【収納】持ちの商人だった。でも、同じスキルを持つスライムが現れたことで、希少性がなくなったんだ。


 コレクタースライムへの進化条件はとても簡単で、進化前のクリアスライムは魔物使いであれば、職業レベルが1でもテイム出来る。

 そんな訳で、【収納】を利用した仕事は、今までの比じゃないくらい安価になったとか……。


 しかも、国としては【収納】持ちが多いのは助かるとのことで、『魔物使いになろうキャンペーン』が大々的に実施されるらしい。

 教会で転職するには金貨十枚のお布施が必要なんだけど、魔物使いへの転職に限り、無料でやって貰えるみたい。


 コレクタースライムへの進化条件、見つけたのは私なんだよね……。あの商人さんたちには、申し訳ないことをしてしまったかも……。

 でもね、広めたのは私じゃないんだよ。私はあくまでも、進化条件を見つけて、その情報をノワールさんという商人に売っただけ。実際にそれを広めたのは、彼女だからね。


「私は悪くない……。私は悪くない……」


 コレクタースライムを分裂させると、分裂した個体たちの【収納】が同じ異空間に繋がるから、距離を無視して遠くの物を行き来させることが出来る。

 誰かがこの仕組みに気が付いたとき、行商人も仕事を失いそうだけど……わ、私は悪くないよ……!!

 

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