第35話 図書館
──商業ギルドに登録して、正規の商人になった私は、午後から街の図書館へと赴いた。
そこは紙の香りが漂う広々とした空間で、高さが十メートルもある本棚が整然と並べられている。机や椅子なんかの調度品が高級感に溢れていて、上流階級の人が利用する場所っぽい。
今の私は身形が百点満点だから、すまし顔でもしていれば問題なく利用出来ると思うけど、内心ではビクビクだよ。
とりあえず、受付のお姉さんのところに行けばいいのかな。
「本を読みに来ました。受付をお願いします。それと、従魔は一緒でも大丈夫ですか?」
「入場料は銀貨三十枚になります。従魔の連れ込みは許可されていないので、こちらでお預かりさせていただきます」
「分かりました。……スラ丸、ティラ、大人しくしていてね」
私が入場料を支払った後、スラ丸とティラはしょんぼりしながら、受付のお姉さんに連れて行かれた。
ルークスたちもいないし、正真正銘の一人ぼっちで行動するのって、初めての経験かも……。
図書館の中で誰かに襲われるなんて、まずないことだと思うけど、どうしても心細くて不安になってしまう。
『早く調べ物を済ませて帰ろう!』という気持ちと、『銀貨三十枚も支払ったんだから、思う存分本を読もう!』という気持ちが、頭の中でせめぎ合っている。
「うーん……。お金が勿体ないから、沢山読んでおくべきだよね……」
お目当ての本を探して歩いていると、すぐに発見した。
職業関連の本棚に、魔物使いのための本が何冊もあったよ。それらを手に取って、ぺらぺらと頁を捲り、内容を確認していく。
ヤングウルフは高い社会性と忠誠心を持ち合わせている魔物で、一度でも進化すれば戦闘力が大きく伸びる。けど、進化していない場合、レベル1の魔物使いでも倒せるほど弱い。……まぁ、小犬みたいなものだからね。
そんな理由があって、ヤングウルフは新米の魔物使いに、従魔としてお勧めされている。だから、判明している進化条件も多かった。
『シーウルフ』──手足に水掻き、尻尾にヒレが付いて、水中を泳げる狼の魔物。ただし、肺呼吸のままなので、長時間の潜水は出来ない。
進化条件は水の魔石を沢山食べさせること。ペンギンが落とす魔石だから、安価で入手出来るよ。
シーウルフはアクアヘイム王国に、広く分布している。この国に生息しているヤングウルフの大半は、シーウルフの親から生まれてくるみたい。
進化して取得するスキルは【流水皮膜】──これは流れる水を体表に纏って、水中を素早く泳げるようになる他、威力が低い攻撃を受け流せるという効果もある。
私が冒険者だったら、迷わずシーウルフに進化させていた。流水海域での活動が得意そうだからね。
『アイスウルフ』──体毛が微かに冷気を放っている狼の魔物。その冷気は任意で抑えることが出来ないので、常に身体が冷たい。
進化条件は氷の魔石を沢山食べさせること。アザラシが落とす魔石だから、安価で入手出来るよ。
進化して取得するスキルは【氷牙】か【氷爪】の二通り。氷属性のダメージが追加される噛み付き攻撃か、切り裂き攻撃らしい。牙と爪、使用頻度が高い方のスキルが手に入る。
分かりやすく戦闘力が上がるから、悪くないんだろうけど……ティラのモフモフが冷たくなるの、嫌だよね。
『ロックウルフ』──体毛が石のような質感で、防御力がとても高い狼の魔物。ただし、敏捷性がヤングウルフよりも低い。
進化条件は土の魔石を沢山食べさせること。この街に存在するダンジョンの一つ、無機物遺跡で沢山手に入る魔石だから、水と氷の魔石に並んで安価だよ。
進化して取得するスキルは【岩石皮膜】──これは体表を岩のように硬くして、元々高い防御力を更に高くしてくれるみたい。ただし、元々低い敏捷性が更に低くなってしまう。
どう考えても、ロックウルフは防御特化の魔物だね。役割はシュヴァインくんと同じタンクだけど、スキル【挑発】を持っていないから微妙かも……。
敵視を集める道具、ヘイトパウダーを使えば活躍させられる。でも、突発的な有事の際に、道具を使っている暇があるか分からない。
そもそも、ティラのモフモフが硬くなるのって、私としては大きなマイナスポイントだ。
『シャドーウルフ』──暗い場所に溶け込むような、黒い体毛を持つ狼の魔物。不意打ちは得意だけど、正面切っての戦闘はあんまり得意じゃない。
進化条件は闇の魔石を沢山食べさせること。聖女の墓標で手に入る魔石だから、スラ丸に拾って来て貰えばタダで集められるよ。
進化して取得するスキルは【潜影】──これは影の中に潜って、身体を物理的に隠せるという効果があるみたい。影の中に誰かを連れ込んだり、道具を仕舞ったりすることは出来ないって書いてある。
他にも幾つかの進化先があったけど、すぐに進化条件を達成出来るとしたら、この四種だけかな。
「消去法で、シーウルフかシャドーウルフだけど……うーん……」
直接的な戦闘力は、シーウルフの方が若干高いっぽい。【流水皮膜】で防御力が上がるからね。多少だけど。
シャドーウルフの利点は、従魔の連れ込みが禁止されている場所にも、同行させられそうなこと。私の影に潜ませれば、そう簡単にはバレないと思う。
勿論、これはルール違反だけど、私はルールよりも我が身が大事だからね。
今、こうして一人ぼっちの心細さを体感していると、どんどんシャドーウルフが魅力的に思えてきた。【他力本願】のデメリットで、他者に攻撃出来ないという事実が、私の心を脆弱にしているよ……。
「──うん、決めた。ティラはシャドーウルフに進化させよう」
他に調べておくべきことは……身近でテイム出来そうな魔物の情報かな。
お店の商品を増やせる生産系の従魔と、私の身を守るのに適した戦闘系の従魔。どっちも欲しい。
この条件で調べてみると、無機物遺跡に生息しているブロンズミミックと、ブロンズボールという魔物の情報が目に付いた。
ブロンズミミックは青銅の宝箱に擬態している魔物で、【宝物生成】というスキルが使えるみたい。
世の中には、お宝の場所を探知出来るスキルやマジックアイテムが存在するから、そういうものを持っている人を誘き寄せるための、餌を作るんだろうね。
【宝物生成】は魔力の消耗が激しいので、野生のブロンズミミックは一か月に数個とか、その程度の生成速度になるらしい。
私には魔力を譲渡する手段と、回復させる手段があるから、お宝の生成速度はそこそこ早くなるはず……。
生成されるお宝は、ダンジョン産の青銅の宝箱に入っているものの中から、完全にランダム。その種類は数千とも数万とも言われている。
ブロンズボールは青銅の球体そのものの形をした魔物で、【浮遊】というスキルを使って宙に浮かべるみたい。
大きさは一メートルくらいで、攻撃手段は敵の頭上から落下するというもの。
青銅の塊であるが故に、相当重たいから、動きは結構遅いみたい。でも、防御力が高いし、何より不眠不休で活動出来るという点が、非常に魅力的だった。
ブロンズゴーレムという人形の魔物も、青銅の身体を持っていて不眠不休で活動出来るんだけど、こっちは地面に足が付いているから、建物の中に入れると床が抜けそうで怖い。
「ブロンズミミックとブロンズボールをテイムするとして、無機物遺跡にはどうやって行こうかな……?」
私のお目当ての魔物は、無機物遺跡の第一階層にいるんだけど、そこは流水海域の第二階層に匹敵する難易度らしい。
バリィさんに護衛を頼めば楽勝だけど、あんまり頼り過ぎるのもどうかと思うし……ここは一つ、ルークスたちに頼んでみよう。当然、みんなの成長を待ってからね。
そこまで決めて、パタンと本を閉じると、服の裾を誰かに引っ張られた。
視線を向けてみると、一人の幼女と目が合う。
彼女の髪は青色で、立っている状態でも毛先が床に届きそうなほど長い。しかも、少しだけクルクルしている癖っ毛だから、手入れが大変そう。……それなのに、隅々まで艶々だよ。
もうね、これだけで良家のお嬢様だって分かる。
瞳の色は右が灰色、左が金色のオッドアイで、肌の色は雪のように真っ白。着ている服は金糸で彩られた、白い絹のローブ。
……やっぱり、どう見ても、市井の子供じゃないよね。
背が私よりも頭一つ分小さいから、五歳くらいだと思う。けど……この子、ジト目で虚無を体現しているような、恐ろしいまでの無表情だ……。
生きることを諦めた人が、丁度こんな顔をしているんじゃないかな。
「えっと、どうしたの? もしかして、迷子?」
私がおずおずと声を掛けると、幼女は小さく頭を振る。それから、私が手に持っている魔物使い関連の本と、私の顔を交互に見遣った。
「……スイ、迷子ちがう。……あなた、魔物使い?」
「う、うん。私は魔物使いだよ。貴方のお名前は、スイちゃんって言うの?」
「……スイはスイミィ」
スイミィちゃんは表情を微動だにさせないまま、簡潔な自己紹介をしてくれた。
どうしよう、迷子の自覚がない迷子かもしれない。受付のお姉さんに預けるべきか、私が保護者を探して上げるべきか、悩ましいところだよ。
「スイミィちゃん、ご家族と一緒に来たの? 逸れちゃったなら、探すの手伝うけど」
「……スイ、迷子ちがう。……あなたに、お願いがある」
「と、唐突だね……。安請け合いは出来ないけど、とりあえず聞かせて?」
「……ミミックで、これのセット、作って欲しい」
スイミィちゃんはのんびりした口調で、そう言いながら、自分の頭に付けている髪飾りを指差した。
それは、ペンギンを模した青い石があしらわれている髪飾りだ。
うーん……。この意匠には見覚えがある。
アレだよね、ルークスたちが流水海域で見つけたマジックアイテム、気儘なペンギンの耳飾り。アレと同じ意匠だよ。
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