第33話 帰還

 

 ルークスたちを乗せた流氷は、第二階層へと続く洞窟がある孤島を横切った。

 第一階層の魔物は簡単に倒せたので、このまま第二階層へ突入してしまうんじゃないかと心配したよ。でも、それは私の杞憂だったみたい。


 みんなは流氷に乗ったまま、帰路に就くことを選んだ。

 先ほどから、フィオナちゃんがずっと意気消沈しているからね。こんな状態で、ダンジョン探索なんて続けるべきじゃない。


「ペンギン……。あたしを庇って、死んじゃった……」


「ふぃ、フィオナちゃん……!! ごめん……っ、ボクが警戒していれば……!!」


 フィオナちゃんが悲しんでいる理由は、召喚された仲間ペンギンが死んじゃったからだよ。

 矢に撃たれた仲間ペンギンは、ドロップアイテムを残すこともなく、霞のように消え去ったんだ。

 シュヴァインくんが後悔の念に駆られているけど、あの襲撃に気付けなかったのは全員の責任だから、彼一人が悪い訳じゃない。


「あたしのペンギン、もう出てこないかも……」


 フィオナちゃんは耳飾りに触りながら、今にも涙が零れそうなほど瞳を潤ませている。

 彼女は一時的に、魔物使いになったようなものなんだよね……。

 従魔が自分を庇って死んでしまう。その状況は私にも、いつか訪れるかもしれない。それを思うと、胸が苦しくなるよ。


 みんなが悲しい気持ちになっている最中でも、散発的に魔物の襲撃があった。

 一度だけ、合計八匹ものアザラシとペンギンの集団に襲われたけど、その際はフィオナちゃんが【爆炎球】を放って、呆気なく一掃している。

 流石にこっちだと、【冷水弾】では消火出来ないほどの火勢だった。


「ペンギン、普通に燃やすのかよ……。テメェの精神構造はどうなってンだ……?」


 トールが気遣うような、あるいはドン引きするような目をフィオナちゃんに向けた。


「あたしの仲間ペンギンと、敵のペンギンを一緒にしないで! さっきの悪者たちとトールだって、同じ人間でも全然違うでしょ!?」


「はァ……。そうかよ、テメェが戦えンならそれでいい」


 パーティーの切り札であるフィオナちゃんが、ペンギン相手に戦えなくなるという事態にはならなかった。その辺は割り切れる子で安心したよ。


「──みんなっ、これ見て!! これっ、レアドロップだ!!」


 何度目かの魔物の襲撃を返り討ちにしたところで、ルークスがボロっちい杖を拾った。

 指揮棒みたいな短い杖で、朽ちかけの木製っぽい。先端には小粒の水の魔石が嵌っているから、一応はマジックアイテムに見えなくもないけど……。


 フィオナちゃんがステホで撮影してみると、それはペンギンのレアドロップ、脆い水の杖だと判明。

 この杖は一振りすると、魔法使いじゃなくても【冷水弾】を放てるマジックアイテムで、何回か使うと壊れてしまうらしい。


「こ、これ、あんまり高そうじゃ、ない……よね……? こ、これなら、解体してお肉を増やした方が……」


「いや、まだ分からないよ。シュヴァインは簡単に防いでいたけど、相手によっては必殺技になるかもしれないし」


 このパーティーの誰よりも多く、ペンギンの【冷水弾】を防いでいるシュヴァインくんは、そのスキル──延いては脆い水の杖を過小評価していた。

 でも、ルークスの言う通り、相手を選べばきっと通用する。

 別に必殺技にならなくても、牽制として使えるだけで意味があるから、それなりのお値段がしそうだよ。


 ──今回のダンジョン探索で、ルークスたちは三十匹近くの魔物を屠った。

 ペンギンもアザラシも弱い魔物だけど、第一階層を一周しただけで、これだけの数に襲われるって、かなりハードだと思う。 

 ルークスたちは私が支援して、レベル10になるまで修行をしていたから、割と余裕があった。……でも、普通に孤児院を卒業したばかりの子供が挑むには、どう考えても厳し過ぎるよね。

 その辺り、国の政策でどうにかして欲しいけど……望み薄なのかな。


 私が世の中を儚んでいる間に、ルークスたちはダンジョンから帰還して、冒険者ギルドに戻ってきた。

 フィオナちゃんが買取カウンターの上で、スラ丸をひっくり返して、受付のおじさんに堂々と成果を披露する。


「買取をお願いするわ!!」


「おっ、一丁前の成果だな。一人も欠けてねーし、上出来じゃねーか」


 おじさんはルークスたちを褒めて、ドロップアイテムの査定を手早く行う。

 アザラシとペンギンのお肉は一塊で銅貨十枚、魔石は一個で銅貨五十枚だった。

 一匹当たり、銅貨六十枚の収入になるってことだね。これに加えて、脆い水の杖が銀貨五十枚。


「えぇぇっ!? ぎ、銀貨五十枚ですって!? なんでそんなに高いの……!? これって、すぐに壊れちゃうのよね……?」


 フィオナちゃんが驚いて、杖とおじさんを交互に見遣った。


「そりゃあ高いぞ。これを十本ほど使えば、選べる職業が増えるからな」


 おじさん曰く、属性魔法を何度も使っていると、その属性に特化した魔法使いの職業を選択出来るようになるらしい。

 脆い水の杖を何度も使っていると、水の魔法使いになれるってことだね。


 この国は水資源が豊富で、生息している魔物は水属性の魔法が効き難い種族が多い。だから、水の魔法使いはあんまり人気がない。

 それでも、他所の国では需要があるので、この杖はギルドから纏めて出荷するんだとか。


 最後に、中身がない青銅の宝箱が銀貨三十枚で売れた。空っぽでも、大きな青銅の塊だから、複数の鍋とかに作り替えるみたい。


「凄いわ! 冒険者って儲かるのね!!」


「こ、これで、お腹いっぱい食べられそう……!! よかったぁ……!!」


 フィオナちゃんとシュヴァインくんがハイタッチして、キャッキャと笑みを溢れさせる。二人とも、仲間ペンギンのことで落ち込んでいたけど、大金を手にして喜びが勝ったみたい。

 硬貨がぎっしりと詰まった袋は、フィオナちゃんの手に委ねられた。このパーティーの財布の紐は、彼女が握るらしい。

 ここで、トールが疑念を挟む。


「フィオナで大丈夫なのかよ? 女って金遣いが荒いンだろ」


「それは偏見よ! そもそも、誰基準で話しているの!?」


「アーシャ」


 トールはなんの迷いもなく即答した。フィオナちゃんも異論がないみたいで、すぐに頷いて同意しちゃったよ。


「確かに、アーシャの金遣いは荒いわね! でもっ、それをあたしの金遣いと結び付けないで! あたしは商人の娘だったんだから、無駄遣いなんて絶対にしないわ!」


 最近は出費が多かったから、私の金遣いが荒いと思われるのも無理はない。でもね、


「──無駄遣いじゃないんだよ? 全部、必要経費だから」


 私が後ろから声を掛けると、フィオナちゃんがビクっと肩を震わせて振り向く。


「あ、アーシャ……!! ち、違うのよ? 今のは陰口とかじゃなくて……」


「うんうん、分かってる。別に怒ってないからね。それよりっ、みんなの冒険の成功を祝って、食事をご馳走するよ! パーッと飲み食いしよう!」


 みんなと合流した私は、彼らを引き連れて飲食店を探す。

 私が抱きかかえているスラ丸一号と、フィオナちゃんが抱きかかえているスラ丸二号、それからヤングウルフのティラも引き連れているから、従魔の連れ込みが大丈夫なお店を探さないとね。


 ちなみに、アルラウネのローズはお留守番だよ。一人ぼっちにすると拗ねちゃうけど、今日は特別な日だから我慢して貰った。


「オイ、やっぱり金遣いが荒いじゃねェか……」


「オレたちがアーシャに、ご馳走したいんだけど……」


 トールとルークスが後ろで何か言っているけど、気にしないよ。

 今日は私のお金でパーッとやるの。パーッとね。

 飲食店は冒険者ギルドの近くで見つかった。酒場として使われている場所だけど、味付けの濃い料理が美味しいらしい。従魔の連れ込みも許可されている。


 この国では飲酒に年齢制限なんてないけど、若い内からアルコールを摂取するのは健康に悪そうだから、私たちは飲まない。

 男の子たちはお酒に興味津々だったけど、飲ませないからね。


「そんな訳で、ジュースで乾杯しよう!」


 私は本日のお勧め料理と葡萄ジュースを沢山注文して、乾杯の音頭を取った。

 スラ丸とティラにも同じものをあげるよ。ジュースはローズのために、お持ち帰りもするんだ。


「ぶ、葡萄一粒で感動してた生活が、嘘みたいだよぅ……。これ、罰が当たらないかなぁ……?」


「当たるわよ!! こんなの絶対に罰が当たっちゃうわ!! ジュースって一杯で銀貨一枚もするのよ!? 水でいいわよ水で!!」


 シュヴァインくんが感極まって、涙を流しながらジュースを飲んでいる。塩っけが良いアクセントになっていそうだ。

 フィオナちゃんはジュースのお値段を確認して慄き、返品は出来ないかと店員さんに聞こうとして、トールに阻まれる。


「飲まねェなら俺様が貰ってやるよ!! テメェは水だけ飲ンでやがれッ!! オラっ、寄こせッ!!」


「ばっ、ざけんじゃないわよ馬鹿トールっ!! 飲むわよッ!! 全部自分で飲むんだからッ!!」


 みんなが騒がしくしている最中、ルークスはちびちびとジュースを飲んで、溶けたスライムみたいな状態になっていた。


「ふぅ……。美味しいねぇ……」


 しみじみとそう呟いて、彼は存在感を希薄にしている。

 冒険中は頼もしい感じだったけど、こっちの方がルークスらしい。

 みんなの様子を見る限り、今日の出来事が尾を引くことはなさそうで、私はホッと胸を撫で下ろした。初めての対人戦とか、仲間ペンギンの死とか、終わった後もずっと心配していたんだ。


「みんな、お金の使い道はどうするか決まったの? 私に返すとか、今は気にしなくていいから、自分たちで使ってね?」


「あ、やっぱりそう言うんだ……。えっと、一部は生活費に回すとして、シュヴァインの盾と防寒具に穴が開いたから、それの修繕をする予定だよ。それでも余ったら、装備の更新をしたいけど……」


 ルークスが私の質問に答えて、他のみんなに視線を向けていく。誰の装備を更新するべきか、悩んでいるんだろうね。

 このタイミングで、シュヴァインくんがおずおずと手を挙げた。


「あの……っ、それならボクに、提案が……その、フィオナちゃんの服、買ってあげられない、かなぁ……?」


「えっ、あたしの服!? 欲しい! 物凄く欲しいわ!!」


 みんな、防寒具とボロっちい服しか持っていないからね。

 男の子たちは服装に全く頓着していないけど、フィオナちゃんは結構気にしていたみたい。


「いいンじゃねェか? フィオナが一番死にやすいし、防御力が高い服にしとけよ」


 運ばれてきた熊のステーキ肉に齧り付きながら、トールはシュヴァインくんの提案に賛成した。

 ルークスは困った顔をしながら、私が着ている服に目を向ける。


「防御力が高くて、普段着にも出来るものって、アーシャの服みたいなやつ……? 確か、物凄く高価だった気が……」


「そうだよ。これは自動修復と防刃の効果がある、立派なマジックアイテムだからね」


 私の白いブラウスと濃紺色のスカートは、かなりの値打ちものだ。

 なんと、上下合わせて金貨十枚。マジックアイテム特有の、サイズが自動調整される機能もあるから、長く使えると考えれば納得のお値段だよ。


「そこまでの服は、流石にいらないわね……。頑丈な生地で作られた普通の服で十分だわ」


 こうして、フィオナちゃんの装備というか、普段着が更新されることに決まった。

 この後、みんなで暴飲暴食の限りを尽くしてから、私は次の質問を投げ掛ける。


「ルークスたちは泊まる場所、どうすることにしたの? 窮屈になると思うけど、みんなで私の家に泊まる?」


「金があンのに、これ以上世話になれっかよ。俺様たちは宿屋でいいだろ」


「えぇーっ、アーシャの家に泊めて貰いましょうよ!」


 トールは反対、フィオナちゃんは賛成。シュヴァインくんは流れに身を任せて黙っている。

 当初、みんなは安宿で寝泊まりをする予定だったんだけど、この調子でダンジョン探索が上手くいくなら、もう少し良い宿屋に泊れるんだよね。

 だから、私が気を揉む必要はない。それでも一応、こういう選択肢もあると提示してみた。

 パーティーリーダーのルークスは熟考の末に、一つ頷いてから結論を出す。


「フィオナだけ、アーシャの家に泊めてあげて欲しい。オレたちは三人で宿を使おう」


「お、女の子だけは、心配だよ……? ぼ、ボクも、師匠の家に……」


 純粋な善意だとは思うけど、シュヴァインくんがとんでもないことを言い出した。


「それは却下! 私とフィオナちゃんとシュヴァインくんの三人暮らしって、私だけ除け者になるやつだよね!? 私の家なのに!」


 私の家を彼らの愛の巣にされては堪らない。この二人がセットなら、ルークスにも泊まりに来て貰わないと、私の立つ瀬がないよ。

 私とルークスは恋人同士じゃないけど、仲良しだからね。フィオナちゃんとシュヴァインくんに、目の前でイチャイチャされても、ルークスさえいれば私の精神は保たれるんだ。


「の、除け者になんて、絶対しないよ……!! ボク、師匠も大好きだから……!!」


「ハーレム願望は引っ込めて!!」


 本当にシュヴァインくんは油断も隙もない。虎視眈々とハーレムを形成しようとしているの、もうお見通しだよ。

 私のお店は表通りに面しているし、従魔たちもいるから、それなりに安全だと思う。シュヴァインくんは心配せずに、宿屋で寝泊まりしてね。

 

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