第32話 耳飾り

 

 ルークスたちは釣り上げた宝箱を囲んで、ドキドキしながら中身を確認した。

 宝箱の大きさは八十センチくらいで、力持ちのトールじゃないと釣り上げられないほど、重たかったんだけど……その中に入っていたのは、小さな耳飾りが一つだけ。ペンギンを模した形の青い石があしらわれている、可愛らしい代物だよ。

 青い石はちょっと安っぽくて、宝石とは呼べないものかな。


「……え、これだけ? こんなにテンションが上がったのに、これしか入ってないの!? せめて宝石が付いている装飾品を寄こしなさいよッ!!」


 フィオナちゃんはすっかりお冠だ。パッと見た感じ、この耳飾りはお宝っぽくないからね。宝箱の大きさとも全く見合ってないし、納得出来ない気持ちは分かる。


「ぼ、ボク、食べ物がよかったなぁ……」

 

 シュヴァインくんはお腹を鳴らして、しょんぼりしてしまった。

 まだマジックアイテムの可能性があるから、気落ちするのは早いと思う。高値で売れたら、食費になるからね。と、そんな私の考えをルークスが代弁してくれる。


「待って待って、まだ安物だって決まった訳じゃないよ! これが高く売れたら、シュヴァインもお腹いっぱい美味しいものが食べられるから、気落ちするのは早いって!」


「テメェこそ待てよ、ルークス。美味い飯より、アーシャに借りを返すのが先じゃねェのか?」


「あっ、そうだった……!!」


 私に色々と借りがあること、トールはきちんと憶えているね。

 まぁ、今の私は生活に余裕があるから、その耳飾りはみんなの生活費とか、冒険者としての活動資金にして貰いたい。……二束三文にしか、ならないかもだけど。


「アーシャなら、あたしたちの生活が安定するまで、お礼なんて受け取らないと思うわよ?」


 フィオナちゃん、よくお分かりで。彼女の言葉を肯定するように、スラ丸がプルンと軽く震えた。


「そうだとしても、甘えっぱなしは悪いから……纏まったお金が手に入ったら、装備分だけでも返そう」


 ルークスの決定にみんなが頷いたけど、私は金銭以外の形で借りを返して貰いたい。とは言っても、現状だと何かして欲しいことがある訳じゃないし、保留で。

 スラ丸視点でみんなを見守りながら、そんなことを考えていると、フィオナちゃんがステホで耳飾りを撮影した。


「こ、これは……!! こんなに安っぽい見た目なのにっ、マジックアイテムよ!! 『気儘なペンギンの耳飾り』だって!!」


「それを装備すると、強くなれンのか?」


「ええ、そうよ! これを装備していると、戦闘中に極稀にペンギンが召喚されて、一緒に戦ってくれるらしいわ!! 数は一匹で、共闘時間は五分だって!!」


「ただのゴミじゃねェか! 無駄にテンション上げてンじゃねェよ!!」


 なんとも微妙なマジックアイテムだと判明して、トールがフィオナちゃんを怒鳴り付けた。

 フィオナちゃんは耳飾りを死守するように、両手でギュッと握り締めて、シュヴァインくんの背後に隠れる。


「馬鹿っ、馬鹿トール!! ゴミなんて言うんじゃないわよ!! ペンギンはあたしの魔法を相殺出来るんだからっ、とっても凄い奴だわ!!」


「寝惚けたこと抜かしてンじゃねェぞ!! ペンギンは誰がどう見ても雑魚だろォがッ!! いやそもそもッ、それ以前の問題だぜ!? 極稀にってことは、俺様たちの意思で召喚出来ねェンだろ!? 全く当てになンねェ!!」


 私は珍しく、トールの意見に同意しちゃった。

 任意で召喚出来れば、そんなに悪くないマジックアイテムだけど、『極稀に』という部分が全てを台無しにしている。

 自分の命を守る装備が当てにならないって……それはもう、ただのお守りだよね。


「その効果だと、やっぱり安物かなぁ……。どうしよう、フィオナが装備する?」


「するッ!! あたしが装備するわ!!」


 ルークスの問い掛けにフィオナちゃんは即答して、耳飾りをいそいそと自分の耳にくっ付けた。穴をあけるタイプじゃなくて、挟むタイプの耳飾りだ。

 ペンギンが使うスキルって、フィオナちゃんが使うスキルとは相性が悪いから、召喚されても邪魔になりそう……。私がそう思った数秒後、前言を撤回する事態が訪れる。


 ──ヒュン、とフィオナちゃんの後方で、何かが風を切る音がした。それと同時に、ドン!と彼女の身体が突き飛ばされる。


「キャッ!? な、なに!? なんなの!?」


 すっかり周囲の警戒を怠っていたみんなが、ハッとなって視線を向けた先。そこには、脇腹に矢が刺さっているペンギンの姿があった。

 その子は普通のペンギンとは違って、白と青のツートンカラーだよ。

 どうやら、この子がフィオナちゃんを突き飛ばしたみたい。


「──ッ、敵襲!!」


 驚愕に満ちた一瞬の空白。その直後に、ルークスの鋭い声が耳朶を打つ。

 矢が飛んできた方向を確認すると、先ほど絡んできた四人組みの男性の姿があった。

 彼らは小さめの流氷に乗っていて、ルークスたちが乗っている流氷に接近中だ。

 弓矢を使っているのは、彼らの中の一人。そいつは次々に矢を放ってくるけど、シュヴァインくんが盾を構えてフィオナちゃんを守り、ルークスは危なげなく回避、トールは鈍器で打ち落として、事なきを得た。


「ギャハハハッ! なーに仕留め損なってんだ!? スキル使えよ、スキル!」


「わりぃ、ガキ相手だと思って舐めてたわ」


 仲間に叱咤された弓使いが、氷の上で片膝を突いて、姿勢を安定させながら弦を引く。

 弓矢が微かな光輝を帯びて、彼の周りの空気がピンと張り詰め──数秒の溜めの後、空気を突き破る音速の矢が放たれた。


 スラ丸が咄嗟に【土壁】を使ったけど、音速の矢はそれを貫通して、シュヴァインくんの盾すらも貫通。そのまま彼の肩に突き刺さる。


「ぐぅっ、い、痛い……ッ!!」


「シュヴァイン!? あいつらっ、絶対に許さないわよッ!!」


 フィオナちゃんが怒りを露わにして、魔力を漲らせながら両手を掲げた。

 すると、彼女の頭上に、直径が五メートルもある炎の球が現れる。必殺のスキル【爆炎球】だ。


「やべぇ!! あのガキっ、大技を使いやがるぞ!!」


「クソッ!! 俺の矢を防いでんじゃねーよ!! 死ねッ、死ねッ!!」


 弓使いがフィオナちゃんに向かって矢を放ってくるけど、スキルによる攻撃じゃない。どうやら、音速の矢を放つには溜めが必要らしい。


「フィオナちゃんは……っ、ボクが守るんだ!!」


 シュヴァインくんは負傷しているのに、それでも歯を食いしばって盾を構え、飛来する矢からフィオナちゃんを守り抜く。


「シュヴァインっ、あんたなら守ってくれるって、信じていたわよ!!」


 フィオナちゃんは防御や回避という、守りの思考を頭の外に追い遣って、十二分に魔力を籠めた【爆炎球】を放つ。

 それは放物線を描いて、緩やかに飛んでいくけど、小さめの流氷に乗っている男たちに、逃げ場なんてないよ。


 ──着弾。それと同時に爆発が巻き起こり、男たちは火達磨になりながら吹き飛んで、海に落ちていった。


「まだ終わってない!! トールッ!!」


「わーってる!! もう油断はしねェよッ!!」


 ルークスとトールが走り出して、流氷の隅で武器を構えた。

 どう見ても終わったと思うけど、どうして……?

 そう疑問に思った私は、甘かった。この世界の人間は頑丈だ。あんな攻撃を食らって、冷たい海に落ちても、まだ生きている。


 ルークスたちが乗っている流氷に、二人の男が泳いで追い付いた。槍使いと剣士だけど、前者は槍を海の中に落としたみたいで、武器を持っていない。それに、二人とも大ダメージを負っている。


「こ、降参だ!! 助けてくれよぉ!!」


「俺はやめようって言ったんだ!! それなのに他の奴らが……っ、俺は悪くねぇ!! 信じてくれ!!」


 彼らは命乞いしながら、流氷に乗り込もうとした。けど、ルークスが槍使いの首に短剣を突き刺し、トールが剣士の頭を鈍器でカチ割ったよ。

 二人とも全く躊躇しなかったから、私は『ひぇっ』と小さく悲鳴を漏らしてしまう。


 怖い……。でも、正しい判断だよね……?

 生かしておくのは、リスクが大きいから……。

 正しい。きっと正しいって、私は震えながら自分に言い聞かせた。


 改めて思うけど、私は冒険者に向いていない。躊躇うことが自分と仲間の命を脅かすって、頭では理解しているのに……咄嗟の判断で人間の命を奪うことなんて、出来そうにないよ。


 ──敵の弓使いと斧使いは海に沈んだままで、浮上してくることはなかった。

 流氷がある程度進んだところで、ルークスたちは肩の力を抜く。


「危なかった……。とりあえず、一安心──じゃない!! シュヴァインっ、怪我は大丈夫!?」


「う、うん……。思ったより平気で……痛みとかは、もう全然ないから……」


 ルークスが慌ててシュヴァインくんに駆け寄ったけど、シュヴァインくんは自分でも不思議そうな表情で肩を回している。

 強がっている様子はないし、本当になんともなさそうだよ。

 先ほどまで刺さっていたはずの矢は、氷の上に転がっていた。トールがそれを拾って、鏃に血が付着していることを確認し、訝しげにシュヴァインくんを睨む。


「シュヴァイン、テメェ……!! 自分で矢を引っこ抜いたのか……ッ!?」


「えっ、い、いやっ、違うよ……!! 勝手に抜けたんだ……!!」


「勝手にィ……? 服を脱いで傷口を見せやがれッ!!」


「こ、ここで脱ぐのぉ……!? 寒いし恥ずかしいし、嫌だよぅ……」


 シュヴァインくんが赤面してモジモジしているので、トールがブチ切れて無理やり服を脱がしに掛かる。


「このブタ野郎ッ!! 重傷だったらどうすンだカスッ!! つべこべ言わずに脱げやァ!!」


 言動は酷いけど、これでも心配しているんだろうね。

 そうして、裸にひん剥かれたシュヴァインくん。彼の肩には、掠り傷一つ付いていなかった。

 私はこの結果を見ても、あんまり驚かない。みんなには私の支援スキル、【再生の祈り】を掛けていたからね。

 肩に刺さっていた矢は、傷が治る過程で内側から押し出されたんだと思う。


「これもアーシャのおかげかな……。助けられてばっかりだよね、本当に」


「そっか、師匠のスキル……。スラ丸にも助けて貰ったし、ありがとう師匠……!!」


 ルークスはすぐに、私のスキルの効果だと当たりを付けて、柔らかい笑みをスラ丸に向けた。シュヴァインくんもスラ丸に向かって、感極まった眼差しを向けながら、お礼を言ったよ。

 私が覗き見していることは知らないはずだけど、スラ丸の視界越しに目が合って、なんだか気恥ずかしくなる。


 ……それにしても、初めてのダンジョン探索なのに、大惨事の一歩手前まで行っちゃったね。

 スラ丸の【土壁】がなかったら、あの矢はシュヴァインくんの肩を貫通して、フィオナちゃんに刺さっていたかもしれない。

 魔法を使うには集中力が必要だから、彼女が痛みを感じたら【爆炎球】が使えなくなって、みんなは危険な白兵戦を強いられたはず……。

 多分、相手は格上だったから、厳しい戦いになったと思う。

 今更だけど、嫌な汗が止まらないよ。


 ちなみに、スラ丸が持っているスキルは【浄化】と【収納】の二つだけで、本来であれば【土壁】は使えない。

 これは私のスキル【他力本願】の影響で、【魔力共有】に追加されている特殊効果の恩恵だ。私の従魔たちは、私が持っている魔法を一つだけ共有出来る。その一つに選んだのが、【土壁】だったんだよね。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る