第28話 卒業

 

 ──ローズをテイムして街に帰還した次の日、私は予定通りに家を購入した。

 冒険者ギルドの近くにある、表通りに面した商店だよ。二階建ての石造住宅で、一階部分が店舗、二階部分が1DKの居住空間になっている。


 家の裏手には庭があったから、ローズはそこに根を下ろした。ここには商品の在庫を置くための倉庫があったけど、これは撤去してある。うちにはスラ丸がいるから、必要ないんだよね。

 裏庭と裏路地を隔てているものが、朽ち掛けの木の柵しかなくて、ちょっと不安だったので、これは壁師匠──もとい、【土壁】に置き換えた。


 そうそう、ローズと言えば【竜の因子】だけど、試しに使って貰ったんだ。

 すると、ローズの頭に赤い角、肩や背中に赤い鱗が生えて、薔薇の花弁には燃える炎みたいな模様が現れたよ。

 上半身が竜人になって、パワーアップするスキルみたい。……竜人なんて見たことないから、イメージの話だけど。


 この状態だと、全ての能力が五割増しになる。しかも、火が弱点ではなくなり、身体が燃えなくなっていた。

 バリィさん曰く、こんなスキルを持ったまま、ローズクイーンに再び進化したら、どんな金級冒険者でも手に負えなくなるらしい。

 まぁ、あんな大きさの魔物はうちでは飼えないから、そこまで進化させるつもりはないよ。


 さて、商店を購入したことで、私には商売を行う義務が発生した。

 商品として陳列棚に並べたものは、ローズの花弁と葉っぱ、それからスラ丸二号が拾ってきたお宝だよ。

 私のスキル【魔力共有】と【光球】を使いながら、ローズのスキル【草花生成】で花弁と葉っぱを量産出来るので、商品の補充は余裕綽々。

 まだ開店していないから、きちんと売れるか不安だけど、後は天命を待つだけだね。


 ちなみに、お店の名前は無難なところで、『アーシャの雑貨屋』にしておいた。

 バリィさんが一足早い開店祝いに、お店の看板をプレゼントしてくれたから、準備は万端なんだ。




「──ルークス、トール、アーシャ、シュヴァイン、フィオナ。少し早いけど、本当に卒業するのかい?」


 孤児院の玄関にて、マリアさんに名前を呼ばれた私たちは、一人ずつ返事をしていく。


「うんっ、オレは卒業するよ! 今すぐにでも、色んな冒険がしたいんだ!」


 ルークスはキラキラした眼差しで、自分の夢を真っ直ぐに語った。

 若々しい好奇心が眩しくて、私とマリアさんは目を細めてしまう。


「世話ンなったな、ババア。…………それと、色々悪かった」


 トールは言葉数が少ないけど、その言葉には間違いなく、感謝の気持ちが籠っていた。ぼそっと小声で、何か付け加えた気がするけど、私には聞こえなかったよ。

 孤児院随一の問題児だったんだから、きちんと自立して、マリアさんを安心させてあげてね。


「ぼ、ボクも、卒業する……!! 不安なこと、沢山あるけど……みんなと一緒だからっ、大丈夫……!!」


「シュヴァインが卒業するんだし、勿論あたしも一緒に行くわ。マリアさん、お世話になったわね」


 シュヴァインくんとフィオナちゃんも、今更やめるとは言わなかった。

 最後に、みんなの視線が私に集まったから、改めて決意を表明しておこう。


「私っ、必ず幸せになります! 約束します!! マリアさんっ、今まで本当に、ありがとうございました!!」


 みんな不安はあると思うけど、それを表に出さないよう、胸を張って孤児院を後にする。私たちが不安そうにしていたら、マリアさんが心配しちゃうからね。


 貧しい孤児院では、お別れパーティーみたいなものはなかったよ。

 でも、私たちの背中が見えなくなるまで、マリアさんがお見送りしてくれたことは、一生忘れないと思う。




 ──孤児院を卒業して、心機一転。私たちは晴天の下を歩いて、冒険者ギルドの前に到着した。


「オレたちは冒険者ギルドで、登録を済ませてくるよ。その後はすぐにダンジョン探索だけど、アーシャはどうするの?」


「私は自分のお店の営業を始めるよ。スラ丸三号は約束通り、みんなに預けておくね」


 私はルークスの問い掛けに答えてから、スラ丸三号を彼に手渡した。

 昨晩のうちに、二号を分裂させたんだよね。

 みんなには【再生の祈り】と【光球】による支援もしているので、余程の無茶をしなければ、ダンジョン探索は問題ないはず……。

 きちんと稼いで生活出来るのか、挫折を味わって孤児院に出戻りするのか、ここが分水嶺なんだ。頑張って貰いたい。

 私はルークスたちを見送ってから、スラ丸とティラを連れて、自分のお店に戻った。


「遅いのじゃ! 妾っ、寂しかったのじゃぞ!」


「ごめんごめん、お留守番してくれてありがとね」


 私は留守を任せていたローズに、聖水を与えてご機嫌を取る。それから、お店の入り口に『営業中』の看板を出したよ。

 当店で取り扱っている商品を書いた木の板も、一緒に外へ出しておく。何が売っているのか分からないと、誰も来てくれないかもだし。


 私はスラ丸をプニプニしたり、ティラをモフモフしたり、ローズとお喋りしたりしながら、のんびりと店番をする。

 危険な冒険なんて求めていないから、こういう落ち着いた時間が、ずーーーっと続いてくれればいいのに。


「──お、開店してるな。相棒、商売の方は順調か?」


「バリィさん! いらっしゃいませ! バリィさんが最初のお客さんなので、商売が順調とは言い難いですね」


 バリィさんがひょっこりとお店にやって来たよ。

 様子を見に来てくれたのかな……と思ったけど、ちゃんとしたお客さんとして来店したみたい。


「早速で悪いんだが、アルラウネの花弁をあるだけ売ってくれ。大森林のアルラウネが全滅したから、品薄で収集依頼が途切れないんだ」


「その大森林って、私たちが行ったところですよね……?」


「ああ、そうだ。今なら花弁はあればある分だけ売れるから、暫くは相棒の天下だな」


 ハハハ、とバリィさんは朗らかに笑っているけど、結構な大事なんじゃないかな。アルラウネの花弁はポーションの素材だから、これはポーションが品薄になるということでもある。

 ポーションは街の大半の人がお世話になっている傷薬で、冒険者にとっても必需品だからね。


「ある分だけ売りますけど、そういえばアルラウネの花弁って、相場はどれくらいなんですか……?」


 花弁一枚で下級ポーションが数本作れるみたいだから、凡その価値は想像が付くけど、詳しい市場調査はしていなかった。


「品質と大きさにもよるが、ローズのものなら花弁一枚で、銀貨十枚ってところだ。品薄の今なら倍で売れるから、俺にもその値段で売ってくれ」


「いやいやっ、銀貨十枚で売りますよ! 人の、というか世間の弱みに付け込んで、売値を倍にするのは、ちょっと……」


「……相棒、商人には向いてなさそうだな」


 バリィさんに呆れられたけど、こればっかりは性分だから仕方ない。

 というか、故意じゃないとはいえ、大森林を燃やしたのは私たちなんだよね。

 それが原因で花弁が品薄になって、私が花弁を高値で売るって、そんなの良心の呵責に耐えられないよ。


 在庫の花弁五十枚をバリィさんに買い取って貰って、私は金貨五枚を手に入れた。元手が魔力だけでこれは、濡れ手に粟としか言い様がない。

 魔物使いって、やっぱり人生の勝ち組だ。きちんと稼ぐことが出来て、万々歳だね。


「お買い上げ、感謝です!」


「こちらこそ、どうもな。それと、こっちがあの魔石の分け前だ」


 バリィさんはそう言って、金貨がジャラジャラしている袋をカウンターに置いた。音からして、二十五枚くらい入っていると思う。

 あの魔石って言うのは、ローズクイーンの魔石のことだよ。


「私はローズをテイムさせて貰っただけで、十分なので……これを受け取る訳には……」


「俺としては、想定以上の危険に巻き込んじまった負い目があるんだ。頼むから受け取ってくれ」


「むむむ……。そういうことなら、有難く頂戴します……。あっ、そうだ! お礼に私の支援スキル、掛けてあげますよ!」


 私は毎度お馴染みの支援スキルをバリィさんに掛けた。

 彼は女神アーシャとの再会で、だらしなく頬を緩めたけど、すぐにハッとなって表情を引き締める。それから、コホンと一つ咳払いをして、真面目な話に移った。


「なぁ、もしよかったら、定期的に相棒の支援スキルを掛けて貰えないか? 勿論、金は払うぞ」


「バリィさんになら、全然構いませんけど……知らない人に広められると、困りますよ?」


「ああ、誰かに吹聴するような真似はしないさ。俺はソロの冒険者だしな」


「それじゃあ、料金はお友達価格で、一回に付き銀貨一枚にします!」


 この後、それは安過ぎるとバリィさんが騒いだけど、私は一歩も譲らなかった。

 『お友達価格』という体に縛り付けて、これでもかと恩を売り、私が困ったときに助けて貰うんだ。

 頼りにしていますよ、バリィさん。

 

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