第27話 アルラウネ

 

 ローズクイーンの魔石は美しい翠色で、直径が二メートルもあった。

 この色は土属性の魔石の中でも、非常に上質な代物である証拠みたい。

 それと、この魔石の中には、一匹のアルラウネが閉じ込められている。


 その魔物の大きさは一メートルくらいで、顔立ちが普通のアルラウネとは異なり、宇宙人ではなく人間寄り。……というか、人間の童女にしか見えないよ。

 肌は極僅かに緑がかった白色で、波打つ長髪はエメラルドグリーン。下半身は大きな深紅の薔薇で、その色合いはローズクイーンの薔薇を彷彿とさせる。

 眠るように瞼を閉じているから、生きているのか分からない。


「バリィさん、これは一体……?」


「俺も見るのは初めてだが……見ての通り、魔物入りの魔石だな。相棒は魔物がどうやって生まれるのか、知っているか?」


 バリィさんに問い掛けられて、私の脳裏には『交尾』の二文字が思い浮かんだ。

 けど、六歳の子供の口からそれを出すのは、ちょっと憚られると思って、カマトトぶることにしたよ。


「ええっと、雌雄が揃ったら、コウノトリさんが運んでくるんですよね?」


「交尾な。そういうパターンもあるが、それだけじゃない。他にもスライムみたいに分裂したり、スキルによって生み出されたり、普通の動植物が変異したり、強い思念と魔力が結び付いて生まれるってこともあるんだ」


「へぇー……。それで、この魔石の中にいるアルラウネは、どういうパターンで生まれたんですか?」


「多分だが、強い思念と魔力が結び付いたパターンだな。強大な魔物が死に際になって、体内の魔石に自分の分身とも言える魔物を生み出すことは、稀にあるって話だ」


 バリィさんの言う通りなら、この魔物はローズクイーンということになるけど、見るからに弱そうなアルラウネだよ。

 これは分身を生み出したって言うより、転生したと言った方がしっくりくる。


「ローズクイーンは死にたくないって、強く思ったんですかね……?」


「さぁな、どんな思念だったのかは分からないぞ。もっと戦いたいと思ったのかもしれないし、別の思いがあったのかもしれない」


 ローズクイーンがもっと戦いたいと思っていたら、このアルラウネもそういう思考を持っている可能性が高い。だとすれば、いつか再び、ローズクイーンに進化しそうだ。

 その場合、私とは相容れないよね……。でも、生きたいと思っているだけなら、私と共存してくれるかも……。

 深紅の薔薇から生えている上半身が、人間に近い見た目をしているから、共存の意志がある可能性を捨て切れない。


「あの、このアルラウネをテイムしたいんですけど、試してもいいですか?」


「ああ、構わないぞ。魔石を砕けば、中の魔物が活動を始めるはずだから、俺がガツンとやってやるよ」


「ありがとうございます! あっ、でも、魔石を砕いちゃっていいんですか? それをすると、価値が下がったりとか……」


「そんなことは気にするな。このアルラウネ、欲しいんだろ?」


 私は首を何度も縦に振って、力強く肯定する。

 この子があの美しいローズクイーンの転生個体だったら、物凄く欲しい。

 さっきはテイムに失敗しちゃったけど、今ならいける気がするんだよね。



 ──これは後から知ったことだけど、ローズクイーンの魔石は砕かなければ、白金貨十枚相当の価値があったらしい。しかも、魔物入りの魔石は非常に珍しくて、好事家なら十倍の値段を付けていたとか。

 砕いた魔石は大きく価値が下がって、白金貨一枚程度になってしまう。バリィさんってば、本当によく許可してくれたよ。


 彼が腰に佩いていた剣を鞘ごと抜いて、ガツン、ガツンと魔石を何度も殴打した。そうして魔石が砕けると、中にいたアルラウネが地面に倒れて、パチッと瞼を開く。

 その瞳を見て、私とバリィさんは訝しげに眉を寄せた。

 目の前にいるアルラウネの瞳孔は、どういう訳か金色で縦に長い。なんだか瞳だけ、爬虫類っぽいよ。普通のアルラウネも、ローズクイーンも、こんな瞳は持っていなかったのに……変だよね?


 私たちが首を傾げていると、アルラウネがこちらを見つめて──


「な、なんじゃ、其方ら? いや、そもそも、此処はどこ……? 妾は誰じゃ……?」


「しゃ、喋ったああああああああああっ!? えっ、バリィさん!! アルラウネって喋るんですか!? しかも人語で!!」


 アルラウネが流暢に喋ったので、私は慌ててバリィさんに問い掛けた。


「喋るアルラウネなんて、俺も聞いたことがないな……。上半身が人型だから、喋れても違和感はないが……」


 こんなイレギュラーが発生した原因を探るべく、私はステホでアルラウネを撮影した。……この子、何故か即座にカメラ目線で、グラビアアイドルみたいなポーズを取ったけど、気にしないでおく。


 判明した種族名は、やっぱり『アルラウネ』だったよ。でも、持っているスキルが【草花生成】と【竜の因子】の二つ。

 前者は普通のアルラウネが、最初から持っているスキルだけど、後者は明らかに違う。バリィさんにも見て貰ったけど、こんなスキルは知らないとのこと。

 ステホで【竜の因子】の詳細を確かめると、『少しだけドラゴンの力が使える』と書いてある。


「うーん……。これはどういうことでしょう?」


「正直、よく分からないな……。アルラウネとドラゴンなんて、接点があるとは思えないが、どうしてこんなスキルを持っているんだ……?」


 バリィさんがアルラウネに尋ねてみたけど、彼女は頗る人間らしい動作で、やれやれと頭を振る。


「妾に聞かれても、困ってしまうのぅ……。妾ね、右も左も分からん状態なのじゃよ? 見ての通り、生まれたてのピチピチ幼女じゃ」


 イェーイ、とアルラウネは両手でダブルピースを作って、気が抜けるようなアピールをしてくる。この魔物、本当になんなの……?

 というか、幼女にしてはさ、妙に喋り方が年寄り臭いよ。


 ──ここで、私はふと思った。

 この子が【竜の因子】を持っている原因って、もしかしてドラゴンパウダーじゃないの?

 ローズクイーンが飲み込んだアレが、ドラゴンとの接点と言えば接点だよね。……まぁ、確証を得る方法がないから、推測止まりの話かな。


「ねぇ、アルラウネ。物は相談なんだけど、私にテイムされてくれない?」


「ていむぅ? なんじゃそれ」


「私の仲間──ううん、家族になるってことだよ」


「家族……? うーむ……。いきなり家族と言われても、のぅ……」


 アルラウネは難しい顔で悩んでいる。

 嫌がっている様子はないけど、テイムされた後のことが想像出来ないみたい。


「私にテイムされたら、寂しくないよ? ほら、周りを見て。私にテイムされなかったら、貴方はこの場所で、一人ぼっちで生きていくことになるの」


「ふーむ……。それは……ちっとだけ、心細いのじゃ……」


「そうでしょう、そうでしょう。それにね、今私にテイムされると──なんと! 豪華特典として、特別仕様の【光球】を付けてあげるよ」


 私はそう言って、燦然と輝く【光球】を出して見せた。特殊効果は勿論付けてある。これがアピールポイントになるか分からないけど、植物にとっては気持ちの良い光なんじゃないかな。


「ほほぅ、この光は中々に乙なのじゃ! これなら……いや、しかし、光だけでは足りんかのぅ……。美味しい水もなければ、お腹は膨れないのじゃよ」


「えっと、水を出すスキルは持ってないんだけど、聖水ならあるよ」


 私はスラ丸から聖なる杯を取り出して、魔力を注ぎ込むことで聖水を生成する。

 それをアルラウネに飲ませると、彼女はパッと花が咲くような笑顔を浮かべてくれた。


「うむっ、美味なのじゃ!! これを毎日飲ませてくれるなら、妾はテイムされてやってもよい!!」


「分かった、約束する! 私の名前はアーシャだよ。これからよろしくね、ローズ!」


「ローズ? なんじゃそれ」


「貴方の名前だよ。ぴったりでしょ?」


 下半身が薔薇だし、前世はローズクイーンだったからね。

 この子の名前は『ローズ』以外に思い付かない。

 ローズは自分の名前を何回か反芻して、にぱっと笑ってくれた。


「うむっ、ローズ! 善き名前なのじゃ! これから良しなに頼むぞ、アーシャよ!」


 この瞬間、私たちは目に見えない絆で結ばれた。テイム成功だよ。


 アーシャ 魔物使い(14) 魔法使い(12)

 スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】

     【魔力共有】【光球】

 従魔 スラ丸×2(分裂可能) ティラノサウルス ローズ


 ステホで確認してみたところ、魔物使いと魔法使いのレベルが上がっていた。

 ローズクイーンとの戦闘で、バリィさんをサポートしたからね。経験値のお零れを貰えたみたい。

 生産系の魔物をテイムしたから、私は無事に独り立ち出来そうだし、スラ丸二号が分裂出来るようになったから、ルークスたちも独り立ちだね。

 孤児院を卒業する日が、いよいよ目前まで迫ってきた。


「バリィさんも、レベルアップしましたか?」


「ああ、2も上がったな。……あの死闘を考えれば、『だけ』って言った方がいいか?」


「そ、そうですね……。だけ、かもです……」


 バリィさんの【移動結界】を使って、草臥れながら帰路に就いた私たちは、しみじみと今回の苦労を分かち合う。それでも、お互いの口元には、満足げな笑みが浮かんでいるよ。結果良ければ、全て良しだね。


「──ところで、ローズはどうして、さっきから俺をジッと見つめているんだ?」


 道中、何故かバリィさんの横顔に、ローズが熱い眼差しを送っていた。

 バリィさんがそれを疑問に思って、質問すると──


「うーむ……? どうしてだか、自ずと目が惹き寄せられてしまうのじゃ。其方を見ていると、胸がドキドキするのぅ……。これは一体、どういう現象であろうか?」


「胸がドキドキだと……? それは病気かもしれないな……」


 ローズは自分でも原因不明だと言って、バリィさんも調子外れなことを抜かしたよ。……それはどう考えても、恋なのでは?

 そう指摘するべきか否か、私は大いに悩んでしまう。

 人間と魔物という、種族の垣根を越えた恋愛。ロマンがあるとは思うけど、現実的かどうか、微妙なところだよね。

 

 ローズがバリィさんに対して、恋愛感情を抱いているとなると──もしかして、ローズクイーンが抱いていた強い思念って、恋慕だったりする?

 そうだとすれば、その思念から生まれたローズが、人間に近い見た目をしているのも、納得出来るかも……。


 バリィさんとローズクイーンは、殺し合いをした間柄だけど……どんな形であれ、本気でぶつかり合うことで芽生える感情はあるはずだ。

 戦闘中のバリィさん、格好よかったからね。敵が惚れちゃっても、不思議じゃないよ。

 

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