第24話 アルラウネの巣

 

 ──日が暮れる前に到着したのは、湿地帯の上に広がっている大森林だった。

 水面が草木の緑と木漏れ日を反射して、幻想的な光景を映し出している。

 生命の宝庫と言った感じの場所で、魔物以外の小さな生物が、あちこちで生を謳歌しているよ。角が立派な金色のカブトムシとか、捕まえてお土産にしたら、ルークスが喜びそう。

 この場の雰囲気を堪能するように、私は深く呼吸して、ゆっくりと一息吐く。


「ふぅー……。凄い場所ですねぇ……。生命力が溢れている感じがします」


「実際、小さな生命が大量にいるからな。これだけの生物が集まっているのは、こいつらを脅かす魔物が、ここにはいないからだ」


「あっ、本当ですね……。魔物が全然見当たりません」


 【移動結界】に乗ったまま、バリィさんと一緒に周辺を見て回ったけど、魔物の姿どころか痕跡すら見当たらないよ。

 安全だから、喜ばしいこと……なのかな? まぁ、これはこれで不気味だね。


「この状況は、アルラウネの巣が大きくなり過ぎた証拠だな。あの魔物は外敵を攻撃するが、小さい生物は捕食も排除もしないんだ」


「へぇー……。そうは言っても、その巣も見当たりませんけど……」


「ああ、だからこそ不味い……。巣はもっと奥にあるんだろうが、森の手前にすら他の魔物が入り込まないほど、その巣は魔物たちに危険視されているんだ」


 私はバリィさんの話を聞いて、ごくりと固唾を呑み込んだ。


「な、なるほど……。そういう見方も出来るんですね……」


 アルラウネがそんなに強い魔物なら、私がテイムするのは難しいと思ったけど、巣には弱いアルラウネもいるらしい。

 そもそも、アルラウネは弱い個体が一般的で、強くなる個体は珍しいのだとか。

 魔物が強くなるには、魔石を食べて進化しないといけない。それなのに、生産系の魔物は敵を倒す手段が少ないから、中々進化しないんだって。


「この分なら、空を飛ぶ魔物もいないか……。よし、高度を上げて探すぞ」


 バリィさんが森林の上空は安全だと判断して、結界の高度をぐんぐん上昇させる。結界は四方八方が硝子張りのようなものなので、その中にいる私は腰が抜けそうになった。

 別に高所恐怖症という訳じゃないけど、こんなの誰だって怖いと思う。

 スラ丸を抱き締めてプニプニすることで、どうにか恐怖を紛らわしていると、急速に寒くなってきた。


「バリィさん! 寒いっ、寒いですよ!」


「そうだな……。これも高度を上げるのが嫌な理由の一つだ」


 結界は強風を防いでくれるし、凍死するほどの冷気も防いでくれる。けど、無害な空気は通過するみたい。

 そんな訳で、上空ではギリギリ凍死しない程度の冷たい空気が、結界の中に入り込んでくる。

 酸欠で死ぬよりはマシだけど、なんの慰めにもならないよ……。


 私たちが震えている間に、結界は高度千メートルくらいの位置に到達した。

 上空から森林を見渡すと、すぐに異常だと分かる一帯を発見。そこには、直径が二百メートルくらいある真っ赤な薔薇が、ドン!と鎮座している。


 その薔薇は完全に開花している訳ではなく、中心部が蕾の状態の三分咲きだよ。

 周囲には鞭を思わせる無数の茨が生えていて、それらの大きさも相当なものだと分かる。また、巨大な薔薇を中心にして、周辺には色とりどりの小さな薔薇が咲き乱れていた。


 ……いや、小さいとは言っても、巨大な薔薇と比較しての話だね。それらのサイズは全て、一メートル前後もあるよ。

 そんな一メートル級の薔薇のめしべからは、緑色の肌をしている人型の上半身が生えているので、あれがアルラウネだと一目で分かった。

 全ての個体の上半身が、女性の形をしているけど、肌の質感が植物のままで、顔立ちも人間には似ていない。私の感想としては、目と口が異様に大きい宇宙人、かな。


「一匹だけ、縮尺がおかしいのが交ざっていますけど……あれも、アルラウネですか……?」


「アルラウネが何度も進化を繰り返した個体だ。普通のアルラウネと、同列には出来ないが……分類上はアルラウネだな……。ステホで撮影してみな」


 バリィさんに促されて、私がステホで撮影してみると──直径二百メートルの薔薇は、『ローズクイーン』という名前の魔物だった。

 持っているスキルが、七つもある……。

 魔物は最初に一つスキルを持っていて、進化する度に一つずつスキルが増えるから、六回も進化しているということだね。

 人間で言えば、職業レベルが60相当の強敵になるらしい。


「そのぉ、言い難いんですけど……あれって、バリィさんよりも格上の魔物では……?」


「それな」


「いやいやいやっ、『それな』じゃないですよ!! どうするんですか!?」


「こんな大物が現れるなんて、俺にとっても予想外だったが……安心しろ! 人間様には色々な武器があるんだ。ステホだって、その一つだぞ」


 バリィさんの言う通り、確かにステホは武器だ。それも、とびっきりのやつ。

 何せ、撮影しただけで魔物のスキルが分かるからね。これって、物凄く大きなアドバンテージだよ。


「うーん……。ローズクイーンに動きはないですし、じっくりと敵のスキルの対策を考えますか?」


「ああ、それがいいな。知恵を貸してくれ、嬢ちゃん」


 私とバリィさんは、ローズクイーンのスキルを一つずつ確認して、対策を考えることにした。


 一つ目のスキルは【草花生成】──これこそが、アルラウネが生産系の魔物たる所以だね。

 アルラウネは魔力が続く限り、このスキルを使って自分の身体から、幾らでも草花を生やせるみたい。

 通常サイズのアルラウネが戦闘中に草花を生やしても、そんなに意味はないと思う。でも、ローズクイーンほどの大きさになると、その花弁が盾として機能するから、かなり厄介かも。

 対策らしい対策は、特に思い付かない。……というか、バリィさんって防御力は凄いけど、攻撃力が不足してない?


 二つ目のスキルは【強打】──これはシンプルに、強力な打撃を放つスキルらしい。威力は大体、通常攻撃の二倍だって。

 ローズクイーンの巨躯から繰り出される打撃が、威力二倍……?


「バリィさんの結界で、耐えられますか……?」


「任せておけ! 俺の全力っ、六重の【対物結界】なら!! 二発は耐えられるぞ!!」


「それって、二発も耐えられるんですか? それとも、二発しか耐えられないんですか?」


 微妙なニュアンスの違いだけど、一応確認しておくね。


「……二発も、だ。防御に特化している結界師だからこそ、二発も耐えられる」


 きっと、それは偉業なんだと思う。……でも、正直に言ってしまうと、頼りない。ローズクイーンにとって、【強打】は別に、必殺技じゃないと思うよ?

 敵が気軽に使える小技。それを二発しか耐えられないって、それはもう勝てないってことじゃない?

 バリィさんが【対物結界】を連発して、見事に耐えたとしても、持久戦に縺れ込むだけ……。ローズクイーンの体力が少ないとは思えないから、その展開は厳しそうだね。


 三つ目のスキルは【魅惑の花粉】──これは、無差別に魅了状態をばら撒く花粉らしい。魅了状態に陥ると、敵の利益になる行動を自ら進んで取るようになる。

 他者を洗脳するようなスキルもあるなんて、この世界の恐ろしさは留まるところを知らないよ。

 まぁ、このスキルの対策は簡単だ。戦闘中に、結界の外に出ないこと。

 元々出るつもりはなかったけど、改めて用心しておく。……私が用心したところで、どうこう出来る話じゃないけどね。


 四つ目のスキルは【統率個体】──自分と同種かつ下位の個体に、強制力のある命令を出せる。

 ローズクイーンの場合だと、周辺のアルラウネたちが命令に従うってことだね。

 多分だけど、聖女の墓標にいたゾンビリーダーも、このスキルを持っていたんだと思う。

 対策は特に必要ない。ローズクイーンが暴れたら、他のアルラウネなんて、余波で吹っ飛ぶんじゃないかな。


 五つ目のスキルは【暴君】──自分と同種かつ下位の個体から、ありとあらゆるリソースを奪える。

 このスキルを使われると、周辺にいるアルラウネの数だけ、ローズクイーンの体力や魔力が回復してしまう。

 生命力まで奪えるなら、私がテイムする予定のアルラウネが、これで全滅するかもしれない。それは困るけど……残念ながら、気にしている余裕はないかな。今は勝つことだけを考えよう。

 【暴君】の対策は、アルラウネを駆除することだね。ローズクイーンと戦いながら、そこまでやっている余裕はなさそう。


 六つ目のスキルは【光合成】──これは常時発動型のスキルで、太陽光を浴びていると、体力と魔力の回復が早くなる。

 持久戦になると厳しそうだから、日中に戦うとすれば速戦即決しかない。あるいは、夜を待って戦うことも対策になる。


「夜に戦うなら、私が【光球】を沢山使って、視界を確保しますよ。自動回復の効果がない状態にも出来るので、利敵行為にはならないはずです」


「それは助かるな。それじゃ、決戦は今夜で決まりだ」


 七つ目のスキルは【刺殺領域】──これは、詳細が不透明だったよ。ステホによると、『無差別に刺して殺す』らしい。そうとしか書かれていないから、今一よく分からないね。

 とりあえず、スキル名から察するに、殺傷力が高い範囲攻撃だと思う。



 ──対策が思い付かない部分も多々あるけど、バリィさんは殺る気満々だ。

 そんな彼に、私はおずおずと仕切り直しを提案する。


「あの、本当に戦うんですか? 仲間を集めたりした方が、良いのでは……?」


「切り札を使ってみて、駄目ならそうするつもりだ。奴が空を飛べない以上、逃げることはいつでも出来るしな」


 バリィさんはそう言って、腰に付けている鞄の中から、小さな袋を取り出した。

 それには『火気厳禁』という、物騒な文字が縫い付けられているから、爆発物かもしれない。


「それが切り札……? そんな小さい袋に、一体何が……」


「これはな、ドラゴンの逆鱗を素材にした燃える粉、ドラゴンパウダーだ。今回の討伐依頼を受けたときに、ギルドから支給されたんだよ」


 ドラゴンって、ファンタジーな最強生物の定番だよね。

 逆鱗とは、ドラゴンの身体を覆う無数の鱗のうち、一枚だけ逆さに生えているものらしい。それを素材にした粉に、どれだけの威力があるのか、私には皆目見当が付かない。

 でも、バリィさんは自信ありげだから、きっと物凄い代物なんだと思う。


「ローズクイーンを燃やすなら、【光球】は必要ないですか?」


「いや、ドラゴンパウダーは急所にぶち込みたいから、それまでの光源は欲しいな」


「なるほど……。それなら、近付かないと駄目なんですね……」


 ドラゴンパウダーを上空から投下して勝てるなら、話は簡単だったんだけど、そうはいかないみたい。途轍もなく貴重な代物だから、可能な限り効果的な使い方をしたいんだって。

 バリィさんはそう説明した後に、言葉を続けた。


「──それに、火災とローズクイーンを閉じ込めるための、大きな結界を張る必要もあるんだ。俺が結界を張れる距離には、限度があるから、尚更近付かないとな」


「もしかして、森林火災は駄目な感じですか?」


「ああ、駄目だな。この国だと、森は貴重な資源だぞ」


 強力な切り札があるなら、バリィさんじゃなくてもアルラウネの巣を駆除出来そう。でも、被害を最小限に抑えるなら、バリィさんが適任なんだろうね。


「ローズクイーンが燃え尽きる前に暴れたら、結界が壊されて火災が広がりませんか?」


「そう、それが問題だ。あの大きさを囲うとなると、何度も張り直せるような魔力なんてない」


 それならどうするのかと、私が疑問に思っていると……バリィさんは更にもう一つ、鞄から小さな袋を取り出した。

 こっちには『敵視誘導』という文字が縫い付けられているよ。


「まさか、切り札その二……?」


「いや、こっちは切り札って言うほど、大したものじゃないな。魔物が苛立つ香りの粉で、普通の道具屋に売っているものだ」


 敵視を集められる【挑発】みたいなスキルは、前衛の誰もが持っている訳じゃない。そこで、後衛を守るために重宝するのが、この粉──『ヘイトパウダー』だとバリィさんが教えてくれた。


「なんだか嫌な予感がするんですけど、それを今からどう使うんです……?」


「俺自身に振り掛けて、ローズクイーンと一緒に大きな結界の内側に入る。そこで奴が、内側から大きな結界を攻撃しないよう、俺に攻撃を集中させるんだ」


 遣り甲斐のある仕事だと言わんばかりに、バリィさんは獰猛な笑みを浮かべて、ローズクイーンを見据えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る