第23話 バリィさん

 

 ──街を出た私とバリィさんは、スイーっと動く結界に乗って、湿地帯の上を低空飛行している。

 この結界は正方形かつ無色透明で、時速は50㎞くらいだよ。

 傍から見ると、結界に乗っているなんて分からないだろうから、私たちが飛んでいる姿は奇妙に映ると思う。立ったまま身動ぎすることなく、空中で前進しているからね。


「結界師って、防御だけしか出来ない訳じゃないんですね……。こんなに便利な移動方法があるなんて……」


「これは【移動結界】ってスキルだな。防御用の結界じゃないから、結構脆いんだ。強い衝撃は与えないでくれよ」


「了解です。……もしかして、高所を飛ばないのは、それが理由ですか?」


「ああ、そうだ。魔物に対処する自信はあるが、万が一を考えるとな」


 高所で結界が壊されたら、地面に落ちたときに即死してしまう。……ただ、低空飛行であっても、貧弱な私が落ちた場合は即死だろうね。

 ちなみに、バリィさんが張れる結界の中で、これが唯一の動かせる結界らしい。

 脆いとは言っても、足先で軽く突っついてみた感じ、そこそこ厚みのある硝子くらいの強度があった。


 結界の外に広がっている景色は綺麗だけど、ずっと湿地帯が続いているから見飽きてしまう。時折、野性の魔物の襲撃があるけど、対処するのはバリィさんだし、私は暇なんだ。

 彼の対処方法は、スキル【対物結界】を使って魔物を閉じ込め、置き去りにするというもの。倒す必要すらないみたい。

 このスキルは物理防御に特化している結界で、色も形状も【移動結界】と同じだよ。


 低空とは言え、飛行している私たちを襲える魔物なんて、そう多くはない。

 アクアスワン以外だと、一メートルくらいある巨大な毒蛙──ポイズンフロッグと、五十センチもの大きさがある蚊──ランサーモスキートの襲撃が主だ。


 ポイズンフロッグは毒々しい紫色の身体と、物凄く伸びる舌が特徴的で、持っているスキルは【毒息】だった。

 バリィさん曰く、その毒を受けると、半日くらいで死んでしまうらしい。

 解毒手段は色々とあるから、対策さえ出来れば怖くないって。


 ランサーモスキートは槍みたいな形状をしている吻が特徴的で、持っているスキルは【加速】だった。

 これは瞬間的に素早く動けるようになるという、シンプルかつ強力なスキルだよ。人間であれば、敏捷性が高くなる職業を選んでいると、取得出来る可能性があるみたい。


「嬢ちゃん、あいつらをテイムするか? ポイズンフロッグもランサーモスキートも、結構重宝すると思うぞ」


「嫌ですよ!! 蛙と蚊なんて絶対に嫌っ!! 可愛がってあげられる自信がありません!!」


「そ、そうか……。ポイズンフロッグが吐く毒は範囲攻撃だし、ランサーモスキートは偵察に向いている魔物なんだが……」


 バリィさんがとんでもないことを言い出したので、私は過去一番の大声を出して拒絶した。

 話を聞く限り、確かに有用そうだけど……あんなに大きい蛙と蚊を仲間にするくらいなら、死んだ方がマシかも……。


 ──さて、そんな気持ち悪い魔物たちだけど、バリィさんの脅威にはなっていないので、私の緊張感がなくなってきた。

 結界の中は快適だし、ちょっとだけ眠い。眠気を覚ますために、会話を途切れさせないようにしよう。


「そういえば、バリィさんは魔力に余裕があるんですか? さっきから、スキルを何度も使っていますけど……結界って、魔法ですよね?」


「ああ、魔法だな。魔力には大分余裕があるぞ。それに、魔力を回復させるポーションもある。準備は万端だ」


 バリィさんが鞄から取り出して、態々見せてくれたのは、キラキラと微細な輝きを放つ青色のポーションだった。

 私が売り忘れた下級ポーションは赤色だから、色の違いこそあれ、見るからに等級が違う。


「それって、上級ポーションですか?」


「いや、これは中級だな。どの色のポーションも、上級までいくと希少性が跳ね上がるから、俺だって見たことがないんだ」


「へぇー……。高給取りのバリィさんでも、見たことがないんですね……」


 これからテイムしようと思っているアルラウネが、ポーションの素材を生産してくれるから、ポーションの等級については詳しいことを聞いておきたい。

 そんな私の気持ちを察して、バリィさんが説明してくれる。


「上級ポーションともなると、部位欠損やら魔力欠乏症やら、末代まで引き継がれる状態異常さえも治せるって話だ。人の手で作れるポーションが、中級までって言われているから、上級はダンジョン産のものしか存在しない」


「ま、末代まで、引き継がれる状態異常……? それはもう、呪いなのでは……?」


「ああ、そうだ。この国の王族が、まさにその呪いに掛かっているからな……。緑色のポーションが状態異常を治せるものなんだが、それの上級を国王に献上すれば、大きな領地と爵位が貰えるぞ」


 夢がある話だけど、そんなものを手に入れるのは、流石に望み薄かな。

 ちなみに、王族が呪われてしまったのは、聖女の墓標の裏ボスに挑んだことが原因らしい。百年以上も昔のことだって。

 当時の王様が、数千人規模の軍勢を率いて挑んだみたいだけど、結果は惨敗。軍勢は全滅して、裏ボスに呪われた王様が、一人だけ生き残ったとか……。


「状態異常に関しては、分かりました。それなら、魔力欠乏症って言うのは?」


「そっちは魔力の保有量が、永久的に減る症状のことだな。魂が傷ついた状態とも言われているぞ」


 魔力欠乏症。ゲーム風に言うなら、最大MPが減るってことだね。魔法を使う人にとっては、死活問題だよ。

 この後も、私はバリィさんとポーション談議を続けたから、最後に軽く纏めてみる。


 赤色の上級ポーションは、身体の部位欠損を治して、寿命を数年も伸ばしてくれる。

 中級だと重傷を治してくれるけど、失った手足が生えてくるようなことはない。

 下級だと軽傷を治してくれる。一応、重傷に対する応急処置にもなる。


 青色の上級ポーションは、魔力欠乏症を治してくれる。

 中級は魔力を即座に全回復してくれる。

 下級は魔力を即座に一割ほど回復してくれる。けど、吐き気や眩暈などの副作用がある。


 緑色の上級ポーションは、どんな状態異常でも治してくれる。

 中級、下級と等級が下がる毎に、治せる状態異常が減っていく。


 全てのポーションは同じ等級でも、品質次第で効力が変わったりするらしい。だから、これは目安程度に覚えておこう。


「バリィさん、中級ポーションってどれくらい貴重なんですか?」


「俺が持っているものは、金貨十枚くらいだな。まあ、作れる人間が極僅かだから、金を積めば買えるって訳でもないが……」


 一本で金貨十枚。日本円にすると、百万円。

 高給取りのバリィさんだって、そう何本も使える代物じゃないよね……。

 数に限りがあるリソース。それを節約させられる手段が、私にはある。


 アルラウネの巣の駆除って、どれだけ難しいのか分からないけど、私はバリィさんの勝算を高めるために、自分のスキルを開示しようと決めた。


「バリィさん。余計なお世話でなければ、とっておきの支援をしましょうか? 私のスキルなんですけど」


「ん……? そりゃ一体、どんなスキルなんだ?」


「えっと、二種類あって、片方が体力と魔力の自動回復。もう片方が怪我の自動回復です。持続時間はかなり長いですよ」


 私が開示したのは、特殊効果ありの【光球】と、特殊効果なしの【再生の祈り】だよ。勢い任せとは言え、こうして二人きりで街の外に出て、自分の命を預けている訳だからね。

 これはもう、十割の信頼を寄せていいと思う。


「んんん……? それなら是非とも、使って貰いたいが……マジでそんなスキルを持っているのか……? 嬢ちゃんって、魔物使いだったよな……?」


「女の子には秘密がいっぱいあるんです。内緒にしておいてください」


 私は適当なことを言いながら、手始めに【光球】を使った。

 すると、バリィさんは訝しげに首を傾げる。


「これは魔法使いのスキルだろ? このスキルに自動回復の効果なんて、なかったはずだが……。俺が知っている【光球】よりも、随分と明るいし、もしかして別のスキルか?」


「いえ、【光球】で合っていますよ。一般的なものと変わっている部分は、先天性スキルの影響なんです」


 私の手のひらからフワフワと出てきた光の球は、昼間なのに鬱陶しいほど輝いている。これを懐に入れておくよう伝えると、バリィさんは素直に従って、それから感心したような眼差しを向けてきた。


「先天性スキルには、呪い染みたものもあるって聞いたことがある……。だが、嬢ちゃんは大当たりを引いたみたいだな。【魔力共有】も引き当てているし、スライムの新しい進化先も見つけているし、幸運の女神か……?」


「いやぁ……。実は、私の先天性スキルにも、呪い染みた側面がありまして……」


 私はバリィさんに、自分が他者に攻撃出来なくなるという、大きなデメリットを教えた。

 虫一匹殺せず、普通の蚊に刺されても反撃出来ないと聞いて、彼は頬を引き攣らせる。


「そ、それは最悪だな……。嬢ちゃんは冒険者になろうだなんて、思わない方がいいぞ? 敵が後衛のところに抜けてくることなんて、珍しくないんだ。そのときに反撃出来ないとなると、呆気なく死んじまう」


「はい、分かりました……」


 金級冒険者の有難い忠告を胸に刻んでから、私は続けて【再生の祈り】を使ったよ。

 二十代前半になったと思しき、私の姿を彷彿とさせる女神が現れて、バリィさんに優しい光を浴びせる。……相も変わらず、演出が派手だね。


 ここまでの演出は、いつも通りだけど──女神アーシャは消える直前に、バリィさんに投げキッスを送った。……そんなサービス、いらないって。

 バリィさんはぽかんとしながら、女神アーシャを見送り、目を瞬かせながら私を見つめてくる。


「…………嬢ちゃん、本当に女神様だったのか?」


「誤解です。あれはただの、スキルの演出です」


「そ、そうか……。それにしても、途轍もない美人だったな……。息の根が止まるかと思ったぞ……」


 自己愛精神が旺盛な私でも、自分のことを『息の根が止まるほどの美人だ』とは思ってないよ。

 でも、人からそう言われると嬉しい。ニ十歳になった自分が、女神アーシャになれるように、美意識はしっかりと保っておこう。


 この後、バリィさんは恋煩いにでも陥ったのか、頻繁に宙を見つめて呆けるようになってしまった。【移動結界】が左右にフラフラするから、危険極まりない。

 私はコホンと咳払いして、彼を正気に戻すべく声を掛ける。


「バリィさん、自動回復の効果はどうですか? 何か一つでも体感出来ているなら、私としても嬉しいのですが」


「ん、ああ、そういえば……脇腹の古傷が、妙に痒くて熱いな……。大怪我にポーションをぶっ掛けたときの感覚と、似ている気もするが……」


 バリィさんがぺろんと衣服を捲ると、そこには傷一つない綺麗な腹筋があったよ。見るからに鍛えられていて、目の保養になる。


「古傷なんて、見当たりませんね」


「十年くらい前の傷だったんだが、それすら治るのか……」


 脇腹が抉れるくらいの大怪我だったらしい。古傷も相応に大きかったのに、それが綺麗さっぱり消えたことで、バリィさんは喜ぶよりも戸惑っている。

 思った以上に効力が高くて、私は冷や汗を掻いた。

 今まで大怪我なんて負ったことがなかったから、【再生の祈り】がどの程度の怪我まで治してくれるのか、把握していなかったんだ。


「これって、ポーションの等級で言えば、どれくらいの効き目ですか?」


「最低でも、上級の一歩手前くらいだな……。もしも、手足やら眼球の部位欠損まで治るなら……」


「部位欠損なんて、試す機会がないことを祈ります……」


 バリィさんが神妙な顔つきをしているので、結構な大事なのかもしれない。

 【再生の祈り】だけだと、こんなに効力は高くなかったと思う。【他力本願】があるからこそ、これだけの効力を発揮するようになったんだろうね。

 私という存在の価値が高まったけど、これは素直に喜べることじゃない。身の危険を感じるよ。


「自動回復の効果って、どの程度続くんだ?」


「えっと、【再生の祈り】が三日間、【光球】が六日間です。後者はマジックアイテムの指輪で、伸ばしていますね」


「マジか……。それ、人目に付くところでは、絶対に使わない方がいいぞ。それと、安易な人助けもやめておけ。あっという間に聖女として祭り上げられて、金と権力のために酷使されるのが目に見えているからな。果ては嬢ちゃんの女神像が、あちこちの教会に飾られちまう」


「め、女神像……。大惨事ですね、恥ずかし過ぎます……」


 私はスキルの演出を見て、なんだかゲームっぽいなぁ……って、呑気に考えていたけど……そっか、女神扱いされるのか……。

 人並みにチヤホヤされたい願望はあるけど、信仰心を向けられるのは重たい。塩梅って大切なんだよ。



 それにしても、『安易な人助け』……ね。

 今の私には無縁な話だけど、生活に余裕が出来たら危ないかも。善良な子供とか、可愛い小動物が困っていたら、見捨てるのは寝覚めが悪いから。


 ちなみに、助けた後の面倒までは見たくないっていう、生粋の偽善者精神が私の心には根付いている。

 例えば、自分の懐に余裕があるとき、道端に捨て犬がいたとしたら──近くのコンビニで餌を購入して、与えたいって考えるよ。

 でも、捨て犬を拾って一生面倒を見たり、汗水を垂らして懸命に飼い主を探したりするのは、面倒だなって思ってしまう。

 ティラを助け出して、面倒を見ていることに関しては、私が癒されたいとか、護衛要員になって欲しいとか、そういう打算故のことだからね。あれは善意じゃない。


 つまり、辻斬りならぬ辻ヒールで、軽率かつ安易な人助けをする可能性が、私にはあるってことだね。

 そういうのは、やめるべき。バリィさんに言われたことで、戒める切っ掛けになった。……私は結局、自分が一番大事なんだ。


「──うしっ、そんなスキルを見せられちまったら、俺も誠意を見せた方がいいよな」


 徐に、バリィさんが懐からステホを取り出して、私に差し出してきた。

 そこには、彼の大切な個人情報が表示されている。

 言うまでもないことだけど、これは自分の手札を曝け出す行為だよ。よっぽど信頼出来る相手にしかやらない。


 バリィ=ウォーカー 結界師(51)

 スキル 【対物結界】【対魔結界】【迷彩結界】【消音結界】

     【移動結界】【反射結界】


 スキルは一つ目から順番に、物理攻撃に強い結界、魔法攻撃に強い結界、周囲の景色に溶け込む結界、音を消して魔法を使えなくする結界、移動する結界。

 そして最後に、攻撃を跳ね返す結界。これが最強かと思ったけど、弱い攻撃しか跳ね返せないから、雑魚狩り用のスキルみたい。


 見た感じ、外れっぽいスキルが一つもないね。


「レベル51って、とんでもないことなのでは……?」


「俺は寄り道せずに、結界師一本でやってきたからな。このレベルは、ちょっとした自慢なんだ」


「なるほど……。それじゃあ、ウォーカーって言うのは? この国だとファミリーネームって、貴族しか持てませんよね?」


「ああ、金級冒険者になると、騎士爵が貰えるんだ。義務も実益もないから、本当に肩書だけだが、一応は貴族だな」


 騎士爵は一番下の爵位で、一代限りの肩書らしい。

 それでも立派な身分だから、私としては羨ましいよ。

 同じ孤児で、ここまで躍進している人を見ると、胸が熱くなるね。

 

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