第22話 不動産屋
私が部屋から出ると、外で待っていたバリィさんが感嘆の声を漏らした。
「おおー……。見違えたな、嬢ちゃん。どこからどう見ても、良家のお嬢さんって感じだぞ」
「ありがとうございます! これで、大通りに面した家を売って貰えるといいんですけど……」
衣服を着替えただけで、この街全体から感じられる空気が、どことなく柔らかくなった気がした。
汚れた雑巾みたいな色の服は、自分が孤児だと主張しているようなものだったからね。街中を歩いていると、『何か悪さをするんじゃないか?』と疑う視線が、あちこちから向けられていたんだ。
私はバリィさんの隣に並んで、胸を張って大通りを歩く。ロングブーツの履き心地もいい感じだよ。流石は金貨二十枚。
そういえば、この靴には落下速度が低下するという、街中では不要な特殊効果が備わっている。
この場で試しに、軽くジャンプしてみると、落下中だけ足の裏に掛かる空気抵抗が増した。……これ、ちょっと楽しいかも。
「嬢ちゃん。気持ちは分かるが、遊んでいると置いて行くぞ」
「あっ、すみません……。つい」
子供らしく、新しい遊びに夢中になっちゃった。
中身は大人なのに、恥ずかしい……。私は赤面しながら、駆け足でバリィさんの後を追い掛けて、不動産屋に到着する。
すぐに女性の店員さんがやって来て、私とバリィさんを見比べてから、私に声を掛けてきた。
「──お嬢様、ようこそおいで下さいました。本日のご用件をお聞かせ願えますでしょうか?」
物凄く丁寧な対応に、思わず面を食らってしまう。
多分これ、本当に良家のお嬢様だと思われているやつだよ。
バリィさんに声を掛けなかったのは、保護者じゃなくて護衛だと思ったから?
まぁ、貧乏人だと侮られるよりは、ずっとマシだね。私は訂正しないまま、すまし顔で用件を伝える。
「家を買いに来ました。求めている物件は、大通りに面していて、治安がいい場所です」
「なるほど……。十五歳未満の方が家をご購入になる際は、保護者の同意が必要なのですが……」
お金があっても、すんなりとは売ってくれないらしい。
結局、マリアさんが付いて来てくれないと、駄目だったのか……。
しゅん、と私が落ち込むと、バリィさんが自分のステホを店員さんに見せた。そこには、剣と靴が重なった金色のマークが表示されている。
戦うことと、歩くこと。冒険者を象徴するその意匠は、冒険者ギルドに所属していることを示すものだよ。
マークの色が等級を表しているみたいで、バリィさんは金級だから金色だね。
「俺が保護者だ。身分の証明はこれでいいか?」
「し、失礼致しました!! まさか金級の冒険者様とは……ッ!! どうぞっ、こちらへお座りください!!」
慌てて謝罪した店員さんが、私たちをソファに座らせてくれた。
バリィさんの装備って、お金が掛かっているように見えないから、外見だけだと凄い人だって分からないよね。
「バリィさん、ありがとうございます」
「おう、この程度ならお安い御用だ」
こっそりとバリィさんにお礼を言ってから、私は家選びを始める。
店員さんが持ってきてくれた資料に目を通すと、大通りに面している空き家の間取りと、その値段が記載されていた。
空き家はどれも、商店として使う大きな建物で、値段は最低でも白金貨二十五枚。大きく予算オーバーだね……。
「あの、普通の民家はありませんか……? 私の予算、白金貨七枚しかないんですけど……」
「大通りに面している空き家は、今のところそれだけしかありませんので……」
「うーん……。それなら、大通り以外で治安のいい区画って、ありますか?」
「ご予算の範囲内ですと、冒険者ギルド周辺の物件がお勧めですよ」
店員さん曰く、冒険者は荒くれ者が多いけど、ギルドの近くで犯罪行為に及ぶ馬鹿なんて、早々いないらしい。
ギルドの周辺には酒場が多くて、夜中でも騒がしいみたいだけど、そこは一長一短。騒音被害があるのと同時に、防犯に一役買っているんだって。
賑やかな場所で、生粋の犯罪者が活動するとは思えないから、納得だね。
私は大通りの華やかな景観に憧れていたけど、冒険者ギルド周辺の活気がある雰囲気だって、全然嫌いじゃないよ。身分を気にしなくて済むお店が、近くに沢山あるから、気楽に暮らせると思う。
これは前向きに検討してみようかな。
「それじゃあ、そっちの物件の資料を見せてください」
「畏まりました。少々お待ちください」
冒険者ギルド周辺にも、表通りと裏通りがあって、表通りの方が治安がいい。
ただ、資料を見る限りだと、表通りの空き家は商店しかなかった。……というか、表通りって基本的に、何らかの商売を行うための建物しかないみたい。
商店は普通の民家に比べると、倍くらいお値段が違うよ。
うーん……。買えないこともないけど、どうしようかなぁ……。
「商店って、同程度の大きさの民家と比べると、かなり割高ですよね? 何か理由があるんですか?」
「建物が普通の民家と比べて、頑丈であることが理由になります。耐火性、耐震性共に、お値段相応ですよ」
自分が住む家だから、頑丈であるに越したことはない。特に、耐震性が高いというのが素晴らしいね。前世は日本で暮らしていたから、震災の恐ろしさはよく知っているんだ。
よしっ、商店を購入しよう! そう決めて、資料に目を通していると、目ぼしい建物を見つけた。
そんなに大きくない二階建ての一軒家で、一階が一人で切り盛り出来るくらいの店舗、二階が居住空間になっている。しかも、裏庭付き。
お値段は白金貨七枚なので、ギリギリ予算の範囲内だよ。
本格的な商売をするつもりはないから、一階が無駄になるけど、ルークスたちに使って貰えばいいかな。
「この建物を現地で確認してもいいですか? 問題が見つからなければ、購入しようと思います」
「畏まりました。……一応、確認しておきますが、商店を購入する場合は、何かしらの商売を行う義務が発生します。ご存知でしょうか?」
「えぇっ!? し、知らなかった……!!」
店員さんから、驚きの情報が飛び出してきたよ。
……まぁでも、よくよく考えてみれば、当たり前なのかな。表通りの商店が、どこもかしこも本来の目的で使われなくなったら、街全体が困っちゃうよね。
うーん……。スラ丸を働かせて、せこせこ稼ごうと思っていたのに、私自身が商売をしないといけないなんて……。そもそもの話、何を売ればいいのか……。
いざというときは、スキルを使って支援効果を売り出そうと思っていたけど、それは最後の手段だから置いておく。
スラ丸が拾ってきたお宝を商品棚に並べる? ……いや、商品の数が少なくて、あっという間に店じまいだよ。そんな雑な商売をしていたら、追い出されちゃうかも。
私が腕を組んで、ウンウン唸っていると、バリィさんが助け舟を出してくれた。
「嬢ちゃん、生産系の魔物でもテイムしたらどうだ? 魔物に作らせたものを売れば、それなりの商売が出来ると思うぞ」
「生産系の魔物!? そんなのいるんですか!? 詳しく教えてください!!」
「お、おう、凄い食い付きだな……。ええっと、有名所だとアルラウネとか、トレントとか、ミミックだな」
アルラウネとは、大輪の花から人型の胴体が生えている植物系の魔物で、その花弁がポーションの素材になるらしい。
葉っぱを乾燥させれば茶葉になるから、一匹で二度美味しい魔物なんだって。
トレントは動く樹木の魔物で、果樹のトレントであれば、普通の果物よりも美味しいものを実らせてくれるとか。
野性のトレントの場合、実らせる果物の中に、全く見分けが付かない毒入りの果物を混ぜるみたい。でも、テイムしてしまえば、『毒を入れるな』と命令して、安全に収穫出来る。
ミミックは宝箱に擬態している魔物で、獲物を誘き寄せるための餌──お宝を生成出来るらしいよ。
これらの話を聞いて、私は興奮を抑えきれずに、腕をブンブン振ってしまう。
「す、凄いですね……!! 魔物使いって、不労所得が約束された勝ち組の職業じゃないですか……ッ!!」
「テイム出来れば、の話だな。それと、何を生産させるにしても、魔力が必要になる。だから、魔物使いの大当たりスキル【魔力共有】を引き当てられないと、大量生産は難しいって話だ」
「──ッ!? も、持ってます!! 私っ、そのスキル持ってます!!」
バリィさん曰く、魔物使いのスキル【魔力共有】は、商人で言うところの【収納】に匹敵する価値があるらしい。
私の場合、魔力が自動回復する【光球】の特殊効果もあるから、生産系の魔物との相性は抜群だと思う。
「となると、問題はどうやってテイムしに行くか、だが……実はな、俺の午後の予定って、アルラウネの巣を駆除しに行くことなんだ」
「ハイっ、行きます!! 私も付いて行きます!!」
ここまでピースが揃っているなら、行かない訳がない。
大きな波が来ているなら、乗れるだけ乗るんだよ。
即決した私に対して、バリィさんは苦笑しながら確認を取る。
「別に構わないが、金級冒険者に出された依頼だから、かなり危険だぞ?」
「あっ、ですよね……。私が行くと、ご迷惑でしょうか……?」
「自分を守る結界の中に、嬢ちゃんも入れるだけだから、俺の手間は大したことないな。……ただし、結界が破られたら、俺と一緒に死ぬことになるぞ」
「なるほど、一蓮托生ですね……。分かりました。バリィさんの結界を信じます!」
急遽予定を変更して、私はバリィさんと一緒に、アルラウネの巣へ向かうことになった。
傍から私たちのやり取りを聞いていた店員さんが、おずおずと尋ねてくる。
「あのぉ、物件の方は、如何なさいますか……?」
「そっちはアルラウネをテイムしてから買います! 取っておいてください!」
アルラウネをテイム出来なかったら、バリィさんに泣き付いて、別の魔物のテイムに付き合って貰おう。
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