第19話 帰宅
私たちは無事に、街の中まで帰ってきた。
バリィさんとは正門を潜ったところでお別れだ。
「うし、依頼完了だな。婆さん、嬢ちゃん、元気でな」
「態々ありがとね、バリィ。アンタも身体には気を付けるんだよ」
「バリィさん、ありがとう御座いました! 困ったことがあったら、遠慮なく連絡しますね!」
「おう、いつでも連絡してくれ。つっても、王都へ行くことが多いから、すぐに駆け付けられるかは分からんが……。王侯貴族からの護衛依頼が多いんだ」
私は冗談めかして厚かましいことを言ったけど、バリィさんは嫌な顔一つせずに受け入れてくれた。
でも、そっか……。やっぱり護衛依頼で、稼いでいるんだね。
世の中は危険がいっぱいだから、結界師はさぞや重宝されるんだと思う。
──さて、一息吐いたばっかりだけど、まだ日が高いから買い物に行きたい。
スラ丸へのご褒美とティラの餌、それからルークスたちの装備、それぞれどこに売っているのか、マリアさんに聞いておこう。
「マリアさん、果物とお肉と防寒具って、どこに売っていますか?」
「どれも大通りに幾つかあるけど、冒険者ギルドの近くにある店がお勧めさね。そっちなら身なりが汚くても、ものを売って貰えるからね」
冒険者は良くも悪くも実力主義なので、生まれや身分を気にする人は少ないみたい。
だから、そのギルドの周辺にも、そういう風潮が広がっているのかな。
「ルークスたちと一緒に、お買い物に行こうと思っているんですけど、マリアさんも付いて来てくれたり……」
「しないよ。孤児院を長々と留守にする訳にはいかないし、アンタばっかり贔屓する訳にもいかないんだ。分かるだろう?」
「はい……。分かります……」
闇市に付き添ってくれたことが例外だっただけで、マリアさんは基本的に、誰かに肩入れしたりしない。他の子供たちの不平不満が溜まるからね。
闇市は私が危険性を理解しないまま、勝手に行動してしまうと思ったから、付いて来てくれただけだよ。
「ところで、ルークスたちに装備を買ってやるつもりかい?」
「そうです。とは言っても、面倒を見るのは初期装備だけですけど」
「そうかい……。なら、もうダンジョンへ潜るのかい……?」
「多分ですけど、そうなりますね」
ルークスたちは修行を積んで、随分と強くなった。
レベル10って言ったら、流水海域の第二階層でも通用するらしい。そのため、装備さえ用意出来れば、第一階層で安全に稼いでいけると思う。
年齢的に、精神が未熟なところはあるけど、自立するまでの期間が明確に決まっているからか、そっちも結構な速度で成長しているよ。
安全マージンをしっかりと取るよう言い含めれば、きっとみんな、大丈夫。
その辺りのことをマリアさんに伝えると、彼女は心配しながらも納得してくれた。……しかし、その後に、予想していなかったことを告げられる。
「そういうことなら、もう自立して貰うことになるさね。アンタたちだけで、やっていけるかねぇ……」
「えぇっ!? わ、私たち、まだ六歳ですけど……っ、早めの卒業ってことですか……!?」
「ああ、そうだよ。子供たちの間で格差が大きくなり過ぎると、心が歪んじまう子が出てくるからね」
ルークスたちだけが装備を揃えて、お金を稼ぎ始めたら、それを羨む子は必ず出てくる。……というか、大半の子がそうなる。逆の立場だったら、私でも羨ましく思うもの。
そんな子供たちの面倒まで、私が見るというのは……ちょっと頷き難い。
孤児仲間には十人十色の個性があって、私とは反りの合わない子も当然いる。
狡賢い子とか、意地悪な子とか、長い付き合いをしたいとは思えない。
トールは意地悪だったけど、あれは好意の裏返しだから、まだ許容出来るんだよね。ルークスとの決闘の後は、私にちょっかいを掛けてこなくなったし、性根が腐っている訳じゃないんだ。
「うーん……。話は分かりました。みんなと相談してみます」
ルークスたちはともかく、私は早期の卒業が決定している。
大金を持っているし、スラ丸の稼ぎがあるし、いざというときは【再生の祈り】を使って稼げばいいからね。
若返り効果は誰にも見せないけど、それを抜きにしても、三日間も持続する再生効果は高値で売れるはず……。実際にどこまでの怪我が治るのか、依然として不明なままだけど、髪と肌が綺麗になるんだから十分だよね。
私は孤児院に到着してから、相も変わらず庭で修行をしているルークスたちを集合させた。
「──と、そんな訳なんだけど、みんなはどうする?」
「オレは今すぐ卒業してでも、早く冒険者になりたいよ! ワクワクしてきた!」
私から事情を説明すると、ルークスが真っ先に早期の卒業を選択した。
彼は瞳をキラキラさせて、輝かしい冒険者生活に思いを馳せている。
……あの、世の中って、甘いことばっかりじゃないからね? 実力的には申し分ないはずなのに、心配になってきちゃったよ。
「俺様も当然、今から冒険者になるぜッ!! 魔物をブッ殺しまくって、誰にも負けねェ最強の自分になるンだ!!」
やはりと言うべきか、トールも早期卒業を選択。この中の誰よりも、克己心が強いからね。
ティラがトールの『魔物ブッ殺す』発言に怯えて、私の後ろに隠れてしまった。ここはワンワン吠えて、威嚇するくらいの負けん気を見せて貰いたい。
「ぼ、ボクは、フィオナちゃんがいいなら、それで……」
シュヴァインくんは主体性がなくて、フィオナちゃんに一任した。
意見が割れてパーティーまで割れると、みんなの生存率が下がると思うから、ここは一致団結して欲しい。
「自立出来るなら、早いに越したことはないけど……あたしたちって、どこで暮らせばいいのよ?」
「安宿でいいだろォが。駆け出しの冒険者は、そうやって暮らすのが常識だぜ」
孤児院から卒業した後の住処を気にするフィオナちゃん。そんな彼女に、トールが平然と答えを返した。
「そんなの絶対に嫌よ! 安宿って、大部屋で知らない人たちと一緒に寝るのよ!? しかも不潔な人ばっかりと!!」
「ハァ? そンな細けェこと、気にしてンじゃねェよ。馬鹿がよ」
「細かくないッ!! 汚くて臭い人の隣で寝るなんてっ、絶対にあり得ないんだからッ!! 大体ねっ、トール!! あんたも二、三日に一回しか水浴びしないでしょ!? それも前々から嫌だったの!! あたしとパーティーを組むならっ、毎日水浴びしなさいよッ!!」
「チッ、女はめんどくせェなァ!! 俺様のことが気に入らねェなら、テメェは孤児院で一生燻ってろ!!」
このパーティー、早くも駄目かもしれない……。フィオナちゃんとトールの相性が最悪だ。
この二人が言い争いを始めたので、ルークスが私に困り顔を向けてくる。……けど、ここはルークスが収めないといけない場面だよ。リーダーはキミなんだからね。
「──二人とも、落ち着いて。えっと、フィオナ以外は安宿暮らしでも大丈夫?」
「ったりめェだろ!! なンなら野宿でも構わねェよ!!」
「ぼ、ボクはどこでも……うん……」
男子たちが意見を一致させたところで、ルークスは私の答えも求めてきた。
そういえば、私がどこで暮らすのか、言ってなかったね。
「私は家を買うから、お構いなく」
「「「家を買う!?」」」
みんながギョッとして、私を見つめてきた。
まさか、私が白金貨を持っているとは、夢にも思うまい。
「どの程度の大きさの家が買えるか、分からないけどね。みんなが寝泊まり出来る部屋があれば、お泊りしに来てくれてもいいんだけど、あんまり期待しないで」
私の従魔がこれからも増えることを考えれば、家のスペースに余裕はないんじゃないかな。
まぁ、不動産屋で話を聞いてみるまで、確かなことは分からない。案外、みんなで一緒に暮らせるかもしれないし。
そうなった場合、トールには毎日必ず水浴びさせるよ。フィオナちゃんと同じく、私だって汗臭いトールには思うところがあったんだ。
ちなみに、ルークスとシュヴァインくんは、毎日きちんと水浴びしている。
「ビックリしたけど、アーシャの事情は分かったよ。それじゃあ、最低でもフィオナだけは宿の個室で暮らせるように、頑張って稼ごう!」
ルークスが結論を出すと、トールが不満を漏らす。
「オイ、同じパーティーなのに、一人だけ特別扱いすンのか?」
「一人だけじゃないよ。仲間はみんな、特別なんだ。困っている仲間には、出来るだけ配慮しよう」
ルークスに真っ直ぐな眼差しと言葉を向けられて、トールはたっぷり十秒ほど口をへの字に曲げた後、渋々ながらも頷いた。
「…………チッ、わーったよ。それでいい」
うんうん、助け合いは大事だよね。
なんだかんだで、このパーティーはルークスを中心に、上手く纏まってくれる。それが分かって、私は満足しながら頷いた。
「よしっ! それじゃあ気を取り直して、お買い物に行こっか!」
私、ルークス、トール、シュヴァインくん、フィオナちゃん、それからスラ丸とティラ。この一行で、冒険者ギルドの周辺にあるお店へと向かう。
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