第20話 初期装備

 

 冒険者ギルドは大通りから外れた場所、流水海域と無機物遺跡の入り口付近に建てられていた。

 大通りから外れていても、ここの表通りは活気に満ちている。冒険者ばっかりだから、粗野な感じの賑やかさだけど、人目が多いと安心するね。


 この街には冒険者が多いので、彼らを纏めるギルドの建物も相応に大きい。

 そんな建物に、ルークスとトールが熱い眼差しを向けている。……悪いけど、今日はそっちに寄る予定はないよ。

 まずは防寒具から購入するべく、私たちは中古の防具を取り扱っているお店へと赴いた。


「──ごめんください、防寒具を買いに来ました」


「いらっしゃい。返品は受け付けていないから、しっかりと大きさを合わせなよ」


 店内に入って声を掛けると、恰幅のいい女性店員さんが返事をしてくれた。

 見るからに孤児だと分かる私たちを見ても、特に嫌な反応はしていないので、私はホッと胸を撫で下ろす。

 私たちは早速、ずらりと並ぶ中古の防具の中から、子供用の防寒具を物色し始めた。


 ここにあるのは、白い毛皮が使われている防寒具ばっかりだよ。中古だから、どれも薄汚れて灰色っぽくなっているけど、まだまだ全然使えるみたい。

 ロングコート、ズボン、マフラー、靴、手袋、帽子など、買わないといけないものが多い。

 ルークスは興味津々に、肌触りや伸縮性、重さ、強度なんかを確かめている。


「んー、頑丈な毛皮だけど、かなり重たいなぁ……。伸び縮みも全然しないから、成長したらすぐに大きさが合わなくなるよ」


「フフン、賢いあたしが名案を教えてあげるわ! 身体が大きくなることを見越して、大きめのものを買えばいいのよ!」


 あんまり賢くない提案をしたフィオナちゃんに、私は人差し指を重ねて×マークを向ける。


「それは駄目! 魔物と戦うのに、ブカブカの服を着てたら危ないよ。成長して大きさが合わなくなったときに、みんなのお金が貯まってなかったら、私がまた買ってあげるから」


「むぅー……。アーシャには借りばっかり増えていくわね……。あっ、そうだわ! お礼にね、シュヴァインの第二婦人になることを許可してあげる!」


「いや、いいです。謹んで、ご遠慮させていただきます」


 フィオナちゃんから、全く嬉しくない許可を貰ってしまった。

 ちらっとシュヴァインくんを見遣ると、彼はモジモジしながら頬を赤らめて、私を見つめ返してくる。


「ぼ、ボクは、師匠さえよければ……」


 この子豚くん、どうやらハーレムを形成しようと企んでいるらしい。

 彼の先天性スキル【低燃費】は、どんな消耗でも抑えてくれるチートスキルだから、チート+ハーレムでチーレム主人公になろうとしているに違いないよ。

 そんなの上手く行かないって、大人の私が教えてあげないと。


「シュヴァインくん、ハーレムなんて絶対に駄目だよ。逆のことを考えてみて? フィオナちゃんがシュヴァインくん以外にも、恋人を作ったら、キミはどう思うの? トールとか、トールとか、トールとか……」


「そっ、そんなの絶対に嫌だよ……!! よりにもよって、トールくんだなんて……!!」


「オイっ、アーシャ!! 俺様を三回も引き合いに出してンじゃねェよッ!! それから豚野郎ッ!! テメェっ、何が『よりにもよって』だァ!? ブッ殺されてェのか!?」


 トールがシュヴァインくんに掴み掛って、盛大に怒声を浴びせている。

 そして、そんな彼らの後ろから、フィオナちゃんが私に文句を言ってきた。


「ちょっと! あたしがトールなんかと恋人になる訳ないでしょ!? 二人目を選ぶならっ、絶対にルークスにするわよッ!!」


「ふぃ、フィオナちゃん……!? ぼ、ボクがいるのに、ルークスくんともお付き合いするの……!?」


「え、あ、違う違う。違うわよ? どうしても、二人目を選ばないといけないなら──って、話なのよ?」


 ショックを受けたシュヴァインくんが、瞳に大粒の涙を湛えて泣きそうになり、フィオナちゃんは慌ててフォローした。

 ほら、恋人が自分以外の誰かと付き合ったら、嫌な気持ちになっちゃうでしょ。それは私も同じだよ。

 ハーレムの危険性、分かってくれたかな?


 こんな感じで、私たちがわちゃわちゃしている最中、ルークスは一人で真面目に防寒具を選んでいた。


「んー……。出来るだけ軽いのを探しているんだけど、全然見つからないや。……ねぇ、アーシャ。流水海域って、本当に初心者用のダンジョンなの?」


「第一、第二階層に限った話みたいだけど、マリアさんはそう言ってたよ。何か気になることでもあるの?」


「うん……。こんなに動き難い装備が必要なダンジョンって、初心者には優しくないんじゃないかと思って……」


「それは……まぁ、確かに……」


 ルークスは敏捷性を重要視しているので、重たい防寒具は枷になってしまう。

 私も試しに、白い毛皮のロングコートを持ってみたけど、鉛が詰まっているんじゃないかと感じるほど重たかった。


 ステホで撮影してみると、マジックアイテムではない普通の装備だと判明。

 使われている毛皮は、スノウベアーという魔物のものらしい。名前と毛皮の色から察するに、北極熊みたいな魔物なんだと思う。

 アクアヘイム王国は雪国じゃないから、きっとダンジョンにいるんだろうね。


 この後、私はみんなが選んだ防寒具一式を購入した。

 鉛みたいに重たいけど、私とフィオナちゃんでも、動けないほどじゃない。こればっかりは慣れるしかないね。

 一式で銀貨十枚だったから、五人分で合計五十枚。中古で子供用というだけあって、かなり安かった。


 基本的に、私はダンジョン探索なんてしないけど、ダンジョン内へ魔物をテイムしに行くことがあるかもしれない。だから、自分用の防寒具も購入しておいたよ。一応ね。

 荷物は全部、スラ丸の中に仕舞っておく。それを見ていたフィオナちゃんが、スラ丸を突っつきながら、感心したように口を開いた。


「ふぅん……。スラ丸って便利ね。あたしたちがダンジョンを探索するときに、連れて行ってもいい?」


「いいけど、もう一回分裂させるまで待って欲しいかな。後数日で分裂すると思うの」


 スラ丸一号は私の荷物持ち、二号は聖女の墓標の探索用だから、みんなに貸し出すなら三号が必要だよ。

 スラ丸は【収納】だけじゃなくて、私と共有しているスキル【土壁】も使えるから、とっても役に立つと思う。


「それなら、オレたちが孤児院を卒業するのは、スラ丸が分裂したときにしよう」


 ルークスが卒業する日を決めたので、みんなの表情が引き締まった。

 私もその日までに、不動産屋へ行ってみよう。早ければ、明日にでも。


「アーシャ、買い物はこれで終わりか?」


「まだだよ。トールの武器と、シュヴァインくんの盾を買わないと」


 トールの問い掛けに答えた私は、みんなを引き連れて武器屋へ向かう。

 盾って防具だと思っていたんだけど、分類が武器らしくて、防具屋には売っていなかった。


「俺様は素手で十分だぜ? この拳一つで、誰にも負ける気がしねェからよ」


「驕るの禁止! 私の壁師匠に、一度も勝てたことないでしょ」


「あれはただの壁じゃねェか!! 勝ち負けなンざねェよ!!」


「壁師匠は壁である前に、みんなの師匠だよ。驕るなら、師匠を越えてからにして」


 トールは【剛力】という、分かりやすい身体強化系のスキルを取得して、しかも職業レベルの分だけ身体能力が上がっているから、随分と調子に乗っている。

 まだまだ子供だから、仕方ないけど……危なっかしいなぁ……。

 こうして気を揉みながらも、武器屋に到着。こっちの店員さんは、メタボな中年男性だった。


「いらっしゃい。お前さんら、新米冒険者か?」


「まだギルドに登録はしていませんが、その予定です」


「だったら、釣り竿を買っていけ。街の外へ行くにしても、流水海域へ行くにしても、魚さえ釣っておけば食うには困らんぞ」


 武器屋へ来たのに、釣り竿を買うよう勧められてしまった。

 差し出された釣り竿は、木材や金属板、魔物の骨や腱など、複数の材料を張り合わせて作られたものだよ。

 私たちは顔を見合わせて、どうしようかと相談する。


「オレは釣りってしたことないから、やってみたいなぁ……。でも、そもそもダンジョンの中って、魚が釣れるの?」


「海域って言うくらいだし、釣れるんじゃないかな……? 魔物がいる場所で、呑気に魚釣りなんて、危ないとは思うけど……」


 ルークスがやりたいと言ったので、私は釣り竿の購入を前向きに検討する。

 ただ、全員が魚釣りに夢中になって、魔物に奇襲でもされたら、目も当てられないよね。買うなら全員分じゃなくて、一本だけにしよう。


「釣り竿なンていらねェよ。俺様たちは、遊びに行くワケじゃねェだろ」


 トールは反対したけど、フィオナちゃんとシュヴァインくんは賛成の意見を出す。


「魚が釣れるなら、売ってお金に出来るし、遊びじゃなくて仕事じゃない? 魔物を狩ること以外の収入源、あってもいいと思うわよ」


「ぼ、ボクも、フィオナちゃんに賛成……!! それに、お魚は美味しいから……!!」


 お魚は美味しい。その一言が決め手になって、検討中だった私も購入しようと決めた。みんなが美味しい魚を釣ったら、是非ともご相伴に与りたい。


「おじさん、釣り竿を買います。幾らですか?」


「銀貨二枚だ。弓を作ったときの余りを材料にしたから、格安だぞ」


 これだけしっかりした作りで銀貨二枚なら、確かにお買い得だと思う。善意で売ってくれたのかもしれない。


「釣り竿の他に、戦士用の武器と、騎士用の盾を買うつもりなのですが、お勧めのものってありますか?」


「子供用となると、ちと難しいが……戦士は筋力を底上げするスキルを持っているか?」


 私の口からトールのスキルを他人に明かすのは、ちょっと躊躇われる。立派な個人情報だからね。

 私は彼を見遣って、話すかどうか一任した。


「──ああ、持ってるぜ。俺様が戦士だ」


「ふむ……。それなら大人用の、片手で持つ鈍器なんてどうだ? 坊主なら両手持ちの鈍器として使えるぞ」


 そう言って、店員さんが持ってきた武器は、鉄製のシンプルな鈍器だった。

 頑丈で手入れが簡単ということで、新米戦士に最適の武器らしい。お値段は銀貨十枚。これも中古だけど、問題なく使えるってお墨付きを貰ったよ。

 トールは鈍器を受け取って、使用感を軽く確かめてから、満足げに頷く。


「悪くねェな。この重さなら、魔物をプチッと潰せそうだぜ」


「なら、坊主の武器はそれで決まりだな。騎士の盾も、子供用を見繕えば良いのか?」


 店員さんが私たちの顔を見回したところで、シュヴァインくんが緊張しながら前に出た。


「ぼ、ボクが騎士です……!! 仲間たちを守れるような、凄い盾をください……ッ!!」 


「ほぅ、気弱そうに見えて、根性がありそうだな……。盾以外に何も持たないって言うなら、大人用のそこそこ大きい盾を両手で持つことをお勧めするが、どうする?」


「し、師匠……っ、ボクは一体どうしたら……!?」


「とりあえず、持ってみて使用感を確かめたら?」


 シュヴァインくんは私のアドバイスに従って、店員さんが持ってきた盾を装備させて貰った。

 盾もまた、鉄製のシンプルな代物で、私たち子供が身を屈めると、完全に隠れられるくらい大きい。

 厚みも結構あるので、機敏に動くことが難しくなる。ただ、シュヴァインくんには敵視を惹き付けるスキル【挑発】があるから、この盾でも十二分に役割を熟せそうだ。


「こ、これだと、本当に攻撃出来ないけど……どうしよう……?」


「シュヴァインは盾を持って、あたしを守るのが役目よ! 攻撃はあたしに任せなさい!!」


「そ、そっか、うん……!! フィオナちゃんが、そう言うなら……!!」


 シュヴァインくんはフィオナちゃんに背中を押されて、盾専門でパーティーに貢献することを決めた。

 盾も中古だけど、銀貨二十枚というお値段だよ。他の装備と比べると高いけど、鉄の塊がこの価格って考えたら、安いのかな。

 鉱物はこの街のダンジョン、無機物遺跡で沢山手に入るらしいから、産地ならではの価格だと思う。

 

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