第18話 新しい従魔

 

「──そういえば、アーシャさんは良家のご令嬢ですか?」


 ノワールさんとの別れ際、私は彼女にそんな質問をされた。


「い、いえ、違いますけど……?」


「そうですか……。誤魔化しているにしろ、本当に違うにしろ、孤児として振る舞うのであれば、多少は工夫した方が宜しいかと」


「私は正真正銘の孤児ですよ。工夫なんて言われても……」


「頭から埃を被るなり、顔を汚すなり、爪を割るなり、色々と方法はあります。今のチグハグな姿は、無用な厄介事に巻き込まれる原因になりそうですから、お気を付けください」


 チグハグな姿というのは、瑕疵一つない身体と、雑巾みたいな衣服の組み合わせのことだよね。

 最近の私は三日置きに、自分自身に必ず【再生の祈り】を使っているから、それが孤児らしくない身体になった原因だ。


 下手な変装で貧民に化けている令嬢。他人にそう思われてしまうと、確かに碌なことがなさそう……。

 でも、虫刺されがすぐに治るので、この再生効果は二度と手放せない。

 私は蚊に刺されても反撃出来ないから、奴らが満足するまで血を吸われ続けるんだよ。

 【再生の祈り】を取得するまでは、常に身体のどこかが痒みに苛まれていた。もう、あんな生活には戻りたくない。


「ご忠告、痛み入ります。色々と考えておきますね」


「ええ、そうしてください。貴方とは、また取引をする機会がありそうですから」


 ノワールさんとの取引は私も望むところだけど、スラム街の中央に足を運ぶのはしんどいなぁ……。

 この地下空間は街の方へ伸びているから、街中から直接来ることも出来そうだけど、そっちの入り口は教えて貰えなかったよ。

 私はノワールさんに別れを告げて、マリアさん、バリィさんと並んで帰路に就く。この二人には、改めてお礼を言っておこう。


「お二人とも、今日は本当にありがとうございました。これは心付けです。受け取ってください」


「いや、俺は依頼を受けただけだからな。報酬以上の金は受け取らないぞ」


「あたしゃ依頼料を返して貰うだけで、充分さね。一気に大金が手に入ったとは言え、一生遊んで暮らせる訳じゃないんだから、その金は大切にしな」


 二人に金貨を二枚ずつ渡そうとしたら、固辞されてしまった。

 バリィさんはともかく、マリアさんにまで断られると困る。これも親孝行の一環なんだよ。


「それじゃあ、心付けじゃなくて、寄付にします。孤児院の運営費用にしてください」


「いいや、それもいらないよ。羽振りの良い孤児院なんて、危ないからねぇ」


「危ない……? あっ、もしかして……強盗に狙われるとか、そういうことですか?」


「その通りさね。だから、孤児院を卒業した子たちからの寄付とか、仕送りとか、そういうのは全部断っているんだよ」


 マリアさんの話を聞いて、私は冷や汗を掻いた。

 善意の寄付が、悪い結果を招き寄せることもあるんだね……。

 孤児院が治安の良い場所に建てられていたら、そんな心配をする必要はなかったと思う。

 やっぱり、それなりの暮らしをするなら、家の立地条件だけは妥協出来ないよ。胸に刻んでおこう。


 私の家、スラ丸のご褒美、ルークスたちの初期装備、買わないといけないものが色々ある。この分だと、あっという間に今日のお金がなくなりそうだ。

 スラ丸のダンジョン探索は、収入が安定するか分からないし、切実に他の収入源も欲しい。十歳からは市民税を支払わないといけないから、それまでに安定した生活基盤を整えたいね。

 ひぃひぃ言いながら、その日暮らしをするなんて、私は絶対に嫌だよ。


「──そういえば、十歳から支払わないといけない市民税って、幾らなんですか?」


「毎年金貨二枚さね。真面目に働かないと、かなり厳しい額だよ」


 聞き忘れていたことをマリアさんに教えて貰ったけど、予想を上回る答えじゃなくて安心した。

 様々な情勢次第で、税金が増えることもあるみたいだから、油断は出来ないけどね。


 こうやって喋りながら、もうすぐ闇市を抜ける──というところで、キャンキャンと小犬のような鳴き声が聞こえてきた。

 そちらに目を向けると、後ろ足を紐で縛られて宙吊りにされている小犬……いや、子供の狼かな? と、その子に鉈を振り下ろそうとしている男性の姿があった。


「ちょっ、ちょっと待ったぁーーーっ!!」


 か弱い子供狼が、円らな瞳を悲しげにウルウルさせている。だから、私は思わず男性を制止してしまった。


「なんだガキ、肉を買いに来たのか?」


「に、肉……? えっ、まさか、お肉屋さん……?」


「そうだが? ちょっと待ってろ、今すぐバラしてやっから」


 男性はそう言って、悪びれることなく再び鉈を振り上げ──


「やっぱり待ってくださいッ!!」


「な、なんだよ……? 営業妨害か……?」


 精肉作業を邪魔された男性が、私の保護者であるマリアさんに、困ったような目を向けた。

 マリアさんも私の突然の奇行に、かなり困惑しているよ。

 多分だけど、店先でお肉が解体される光景って、珍しいものじゃないんだと思う。


「アーシャ、どうしたんだい? 肉を買うなら、アザラシかペンギンの肉の方が安いよ?」


「アザラシかペンギン!? あ、いや、物凄く気になるけど、今はそっちじゃなくて……そこで宙吊りになっている子に、助けを求められた気がして……」


 思わぬ動物の名前が出てきて、驚いちゃったけど、今は狼のことが気になる。この子、一心に私を見つめてくるんだよね。


「嬢ちゃんは魔物使いだからな。助けてやればテイム出来そうだが、どうする?」


「助けます!! おじさんっ、その子を生きたまま売ってください!!」


 バリィさんに問われて、私は即答した。

 狼の毛は灰色でゴワゴワしているけど、お手入れすればモフモフになりそうだ。

 育てれば強くなると思うし、私の癒し兼護衛要員として、大いに期待出来る。


「こっちとしては、売れるならなんでもいいが……銀貨二十枚だ。払えるのか?」


「嬢ちゃん、足元見られてるぞ。ヤングウルフなんて、肉と毛皮込みでも銀貨五枚ってところだ」


 バリィさんが相場を教えてくれたけど、値下げ交渉はしない。へそを曲げられて、やっぱり売らないって言われたら、とっても困るからね。


「払います!! お釣りをください!!」


 私が男性に金貨を差し出すと、彼は『もっと吹っ掛ければよかった……』と言わんばかりの表情をして、お釣りを返してくる。

 取引が成立したので、私は狼と目を合わせてテイムを行った。

 目に見えない繋がりを求めると、あっさりと応じてくれたよ。

 この子には強くなって貰いたいから、相応の名前を付けてあげよう。


「よろしくね、キミの名前は今日から……ティラノサウルス!! 愛称はティラだよ」


「ワンワン!」


 ティラは大喜びで、尻尾をブンブン振っている。そうでしょう、嬉しいでしょう。

 この子の大きさは五十センチ程度なので、ご飯を沢山食べさせて、名前負けしないくらい大きくするんだ。

 スラ丸が不満そうに、高速でプルプル震えているけど、私は気にしない。……多分、自分とティラの名前の格差に、思うところがあるんだろうね。


「アーシャ、きちんと世話してやるんだよ。食事はアンタが用意するんだからね」


「了解です! 任せてください!」


 私はマリアさんに返事をしてから、ステホでティラを撮影してみた。

 すると、種族名は『ヤングウルフ』で、【気配感知】というスキルを持っていることが判明する。

 これは第六感みたいなもので、周囲の存在の気配が分かるスキルらしい。

 このスキルのおかげで、獲物や外敵の存在を逸早く感知出来るので、ヤングウルフは生存能力が高い。そのため、大陸に広く分布しているとか。

 新しい仲間を引き連れて、私たちは今度こそ闇市からお暇する。


「バリィさん、道中でアクアスワンが襲ってきたら、テイムを試みてもいいですか?」


「ん……? 嬢ちゃん、もう職業レベルが20なのか……?」


「いえ、違いますけど……なんで20?」


「なんでって、三匹目をテイムするには、レベル20になっていないと無理だろ?」


 バリィさんの言葉を聞いて、私は頭の上に疑問符を乱舞させた。

 この場にいないスラ丸二号も合わせると、既に三匹の従魔がいるんだけど、私のレベルは13だよ。つまり、まだ十匹分の従魔の枠が空いている。


「ええっと、レベル20なら、二十匹の魔物をテイム出来るはずですよね……?」


「いやいやいや、レベル1で一匹、レベル10で二匹、レベル20で三匹だぞ?」


 一般的な魔物使いの場合、最初に一匹、それからレベルが10の倍数毎に、テイム出来る魔物の数が一匹ずつ増えていく……らしい。

 私とは随分と違うね。これって、【他力本願】の隠された影響かな?

 まぁ、私にとっては好都合なだけだから、細かいことは頭の片隅に追い遣ろう。

 とりあえず、このことをバリィさんに教えておく。


「私はレベル1毎に、従魔の枠が一匹分ずつ増えていくみたいです。多分、先天性スキルのおかげですね」


「おいおい、マジかよ……。そりゃ凄いな……。それ、あんまり吹聴しない方がいいぞ」


「分かりました。でもっ、バリィさんは信頼していますから!」


「お、おう。信頼を裏切らないように務めるさ」


 私が瞳をキラキラさせて好意を向けると、バリィさんは気恥ずかしそうに頬を掻いた。

 この反応を見るに、やっぱり善人そうだよね。かく言う私は、本当に彼のことを一から十まで信頼している訳ではない。

 あくまでも、『従魔の数を増やせる先天性スキルを持っている』と教えただけで、【他力本願】の全てを話すつもりはないんだ。

 ……でもね、九割方は信頼しているから、この人に向けている好意は嘘じゃないよ。


 ちなみに、私が十割の信頼を寄せている相手は、この世界だとルークスとマリアさんだけかな。

 マリアさんがそんな私を一瞥して、『それでいい』と言うように小さく頷いた。きちんと私に警戒心が備わっていることを察して、安堵しているっぽい。


「それで、アクアスワンですけど……」


「ああ、テイムしたいんだったか。別に構わないが……あの魔物、気性が荒い上に鳥頭だから、お勧めはしないぞ?」


「むむむ……。それなら、やめておこうかなぁ……」


 どうしても欲しい訳じゃないし、私はアクアスワンを諦めることにした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る