第17話 取引成立
コレクタースライムへの進化条件は、クリアスライムにマジックアイテムを三個以上収集させること。
私が話した情報の真偽を確かめるために、ノワールさんはすぐさまステホを使って、誰かと連絡を取った。
それから、待つこと十数分。彼女に折り返しの連絡があって、『コレクタースライムへの進化が確認された』との一報が齎される。
床に適当なマジックアイテムを三個置いて、魔物使いがスライムに、それを拾い集めろと命令。たったそれだけで、本当に進化したので、ノワールさんは興奮を隠さなくなった。
「スライムにマジックアイテムを三個以上収集させるなんて……非常に簡単ですけど、誰もさせようとは思いませんね。野生のスライムは能動的にマジックアイテムを集めたりしませんし、今まで未発見だったのも納得です。この情報は物流に革命を起こしますよ。魔物使いの地位は元々低くはありませんでしたが、今まで以上に重宝されることでしょう。アーシャさん、こちらが約束の代金になります。お受け取り下さい」
「あ、ありがとです……」
ノワールさんの気迫に気圧されながらも、私はおずおずと白金貨五枚を受け取った。……スラ丸の中に仕舞っておくけど、大丈夫かな? 落としたり、盗まれたりしない?
私がスラ丸に、白金貨を死守するよう命令している横で、バリィさんが目を眇めながらノワールさんを見据えた。
「一応、確認しておきたいんだが……アーシャ嬢ちゃんを亡き者にして、その情報を独占しようだなんて、考えていないだろうな?」
「無論、考えておりません。既にこの情報は、国中に伝達するよう手配済みなので、無用な心配です」
「動きが早いな……。国中の商人に、情報を売り始めたってことか?」
人の口に戸は立てられない。だから、一人、二人と情報が知られたら、後は加速度的に広まっていく。それが世の常だよね。
その前に可能な限り、ノワールさんは情報を売り捌こうとしているのかな?
私もバリィさんも、そう考えたんだけど、ノワールさんから返ってきた答えは違った。
「いいえ、無償で提供しています。商人に限らず、王侯貴族や市井の者たちにも」
「はぁっ!? 白金貨五枚も払って買い取った情報だろ!? それを無償で提供だと!?」
「物流が加速すれば国が富み、国が富めば商機が増え、商機が増えれば当方が富む。それに、今回の情報の無償提供によって、当方の名声が高まります。上手い具合に国王様のお耳に入れば、褒美まで貰えるかもしれません」
ノワールさんの視野は物凄く広い。こういう人が大成するんだろうね。
「なんだかなぁ……。そう聞くと、嬢ちゃんの情報が白金貨五枚って、安いんじゃないかと思えてくるな……」
「実際に安いでしょう。大変素晴らしい買い物が出来ました」
バリィさんの呟きに、ノワールさんがクスリと笑みを零した。
マリアさんが、これで良かったのかと私に目で問い掛けてきたから、コクコクと頷いておく。
「私は全然構いません。棚から牡丹餅です」
「そうかい。なら指輪も売って、さっさと帰るさね……。あたしゃもう、この一連の流れで十歳は老け込んじまった……。本当に疲れたよ」
マリアさんに言われて思い出したけど、指輪を売るのが本命だったね。
ノワールさんに査定をお願いすると、彼女は自分のステホで指輪を撮影した。
「──ほぅ、これも良い品ですね。白金貨三枚で買い取りましょう。如何ですか?」
「売ります! 是非買い取ってください!!」
私が即決すると、バリィさんが苦笑しながら口を挟んでくる。
「嬢ちゃん、値上げ交渉とかしなくてもいいのか?」
「いいんです。過ぎたるは猶及ばざるが如し、ですからね」
ちょっと難しい言葉を使って、煙に巻いたけど……本音を言えば、怖くなっただけだよ。
今日一日で、信じられないほど稼いじゃったからね。欲張ると痛い目に遭いそう。
取引が成立して、私はノワールさんから受け取った白金貨三枚も、いそいそとスラ丸の中に仕舞う。
これで合計、白金貨八枚……。スラ丸を持つ手が震えてきた。私の緊張が伝わって、スラ丸もプルプルと震えている。
「アーシャさん。折角ですから、何か買っていただけると幸いです。欲しいものはありませんか?」
「あっ、じゃ、じゃあ、家が欲しいです……!! それから服と、果物も……」
ノワールさんがセールストークを始めたので、私は衣食住を所望した。
彼女はマントの中に隠していた鞄から、次々と衣服を取り出す。……あの鞄、見た目以上に物が入るマジックアイテムかも。
「家と果物の持ち合わせはありませんが、衣服なら色々とありますよ。全てマジックアイテムです」
「わぁお……。ど、どれもお高そうですね……」
この場所では、金貨以上の取引しかされないみたいだから、衣服も当然のように高価な代物だった。
これは失敗したかも……。高価な衣服なんて、求めてないよ……。
「街中で家をお買い求めになるのであれば、相応の装いをしなければなりません。良い家に住むには、良い服を着る必要があります」
「そういうものなんですか……?」
「はい。領主様は街の景観を大切にしておりますから、大通りに近い場所で暮らすのであれば、身なりはとても重要です」
人もまた、街の景観の一部ということみたい。ノワールさんに教えて貰ったことは、頭の中にきちんと留めておこう。
私は衣服の購入に乗り気になって、片っ端からステホで撮影していく。
マジックアイテムと言われるだけあって、耐熱、耐冷、耐水、耐電、防刃、防弾、自動修復など、それぞれの服に何かしらの特殊効果が付いていた。
デザイン性を重視するか、特殊効果を重視するか、悩ましいところだけど……デザイン性はどれも悪くないし、特殊効果を重視しようかな。
何着も買うつもりはないから、自動修復がとても魅力的に思える。
こうして、考え抜いた末に選んだのは、控え目にフリルがあしらわれた白色のブラウスと、濃紺色のスカートの組み合わせ。
ブラウスは長袖で、スカートは膝丈だよ。
過度に目立たず、それでいて高価な服だと一目で分かるくらい、仕立てが素晴らしい。生地の質感を確かめると……シルク多め、ウール少なめっぽい。この生地なら、着心地は申し分ないと思う。
特殊効果は上下共に、自動修復+防刃が付いていて、とっても良い感じ。
買う前に汚すのは怖いから、試着させて欲しいとは言えないけど、マジックアイテムだからサイズは自動調整されるはず……。
「うん、決めました。これが欲しいんですけど、お幾らですか?」
「上下合わせて、金貨十枚になります」
ノワールさんがにっこりと微笑んで、私も同じように微笑み返した。
金銭感覚がおかしくなりそうだけど、金貨十枚って日本円に換算すると、百万円だよね……?
どうしよう、断りたい。物凄く断りたい。結構気に入っちゃったけど、断りたいよ。
ちらりとマリアさんを見遣ると、無我の境地みたいな顔をしていた。こんな大金のやり取り、付いて行けないって思っていそう。
今度はバリィさんを見遣ると、私が予想だにしていなかった角度から心配される。
「嬢ちゃん、装備するタイプのマジックアイテムには、制限があるんだ。きちんと考えて買い物しろよ?」
「えっ、制限……? な、なんですか、それ……?」
「マジックアイテムってのは、五つまでしか装備出来ない。これは常識だぞ」
そんな常識、私は知らなかったよ。かなり重要な情報だけど、どうして孤児院では教えてくれなかったのかな?
ちょっと不満げな目をマリアさんに向けると、彼女はばつが悪そうな顔をして頬を掻いた。
「孤児でマジックアイテムを五つも装備する奴なんて、早々現れないからねぇ……。すっかり忘れちまってたよ……」
「あー……。まぁ、私たちは貧乏だから……うん、仕方ないですね……。話を戻しますけど、バリィさんから見て、この衣服の評価はどんな感じですか?」
「正直に言っちまうと、論外だな。軽くて丈夫な防具は、魔法使いなんかに重宝されるが……それなら、上下一体になっているマジックアイテムのローブこそが、最適解だ。上下に分かれているその服は、装備枠を二つも使うことになるから、俺なら絶対に選ばない。しかも、高いしな」
バリィさんは私が選んだ衣服を酷評した。
うーん……。装備制限の話を聞いた後だと、私としても微妙に思えてきたよ。
私は既に、【光球】を強化する指輪を身に着けているから、装備枠は残り四つ。この衣服を着たら、残り二つになってしまう。
装備なんて、適宜変更すればいいんだろうけど、ちょっと面倒かも。
「アーシャさん、彼は冒険者の視点で物を言っています。デザイン性を考慮すれば、この服がこの値段というのは、間違いなく適正価格ですよ。街中の良い場所で暮らすのに、この上なく相応しい装いでありながら、自動修復と防刃が付いている点を考慮してください」
ノワールさんのセールストークを聞いて、私の心は再び購入する方に傾いた。
私は冒険者になりたい訳じゃないから、これは買うべきかも……。
「よしっ、買います! お釣りをください!」
スラ丸から白金貨を一枚だけ取り出して、震える手で支払いを済ませ、金貨九十枚のお釣りを受け取る。
こうして、私が衣服を買った後で、ノワールさんは一足の靴をテーブルの上に置いた。編み上げの黒いロングブーツで、爪先の部分が丸っこくなっている。
「そちらの衣服に相応しい靴です。こちらは金貨二十枚になりますが、如何でしょうか?」
「…………」
服を買わせてから、靴を出してくる辺り、商売上手だなって思う。良い服には良い靴を合わせないと、バランスが悪いからね……。
でも、金貨二十枚の靴なんて、流石にご遠慮したい。
角が立たないように、断るための材料を探して、この靴をステホで撮影してみる。
すると、自動修復+落下速度低下という、二つの特殊効果が付いていると判明。
後ろから覗き見していたバリィさんが、興奮気味に声を上げる。
「おおっ! 嬢ちゃん、これはお買い得だぞ! 落下速度低下は落とし穴対策になるからな!」
「いやあの、街中に落とし穴はないですよね……?」
「そりゃそうだが、ダンジョンでは最も多い罠だぞ。俺の靴にも同じ特殊効果が付いているんだが、これで命拾いしたこともある」
冒険者からすれば、大きな価値がある装備だということは分かった。けど、私はダンジョン探索なんてしないよ。スラ丸の上前を撥ねて生きていくって、決めているからね。
靴はマジックアイテムではなく、普通のものを買おう。きっと、銀貨だけで買えるはず……。そう思って、お断りしようとしたところで、ノワールさんが口を挟んでくる。
「魔物使いであれば、ダンジョンへ潜りたくなる日が、必ず訪れます。ダンジョンとは魔物の宝庫。あの魔物をテイムしたい、この魔物をテイムしたい。そう思ってしまうのは、魔物使いの性ですから」
「な、なるほど……。従魔を増やすために、ですか……」
聖女の墓標に生息している魔物は、絶対にいらない。けど、流水海域と無機物遺跡の方は、結構気になる。
スラ丸には戦闘力がないから、私の護衛用の従魔をどうしようか、ずっと考えていたんだ。アクアスワンみたいに、街の外にいる魔物をテイムしてもいいんだけど、選択肢は多い方がいいよね。
「よしっ、分かりました! 靴も買います!!」
「お買い上げ、誠にありがとうございます」
靴のお支払いも済ませて、私の初めての商談は恙なく終わった。
新しい衣服と靴は、スラ丸の中に仕舞っておく。本格的にこれらのお世話になるのは、孤児院を卒業してからかな。
卒業前に装備していると、孤児院で浮いちゃうからね。女の子の嫉妬が凄いことになりそう。
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