第14話 宝売りの少女

 

 ──日課になっているルークスたちの修行。それが終わって、夜になった。

 私は夕食をとった後、マリアさんの部屋を訪れる。

 お宝をどこで売ればいいのか、聞いてみないとね。


「そんな訳で、マリアさん。これが売れる場所、教えてください」


 とりあえず、今売ろうと思っているものは、魔物メダル、ポーション、指輪の三つだよ。指輪はスキル【破壊光線】を強化するやつ。

 マリアさんは自分のステホでこれらを撮影して、小さく溜息を吐いた。


「よくもまぁ、こんなものが手に入ったねぇ……。まず、魔物メダルだけど、これは売れないよ。流水海域のボスが落とすメダルだったら、話は違ったけどね」


「ボスって、魔物メダルを集めて挑める裏ボスですか?」


「いいや、表のボスさね。ダンジョンの奥にいるんだよ。それ以外の魔物メダルは、供給過多でゴミ扱いさ」


 更に詳しい話を聞くと、裏ボスはどうやら、大規模な軍勢を派遣しなければ倒せないほど強大らしく、魔物メダルを買い取ってくれるのは国だけなんだとか。

 魔物メダルは極稀にしか手に入らないけど、そもそも需要が殆どないという、残念な代物みたい。


「これ、黄金っぽいんですけど、素材としての価値は……」


「ないね。魔物メダルは破損させると塵になるから、素材に出来ないのさ」


「ぐぬぬ……っ、残念です……」


 売れないと判明してしまった魔物メダルだけど、捨てるのは勿体ないから、スラ丸の中に仕舞っておく。体内じゃなくて、【収納】による異空間の中にね。


「流水海域のボスの魔物メダルだったら、国が白金貨五十枚で買い取ってくれるんだけどねぇ……」


「白金貨、五十枚……? 白金貨五十枚!? なんでそんなに!?」


「国王様が、裏ボスを倒したがっているって話さね。討伐出来れば、途轍もないマジックアイテムが手に入るとか……」


 マリアさん曰く、それは戦争の引き金になりそうな代物らしい。

 金額の大きさとか戦争とか、話についていけないよ。


「スケールが大きい話ですね……。ちょっと気になったんですけど、ダンジョン内の魔物って、狩り過ぎたら絶滅したりしますか?」


「いいや、しないねぇ。ダンジョン内の魔物はどれだけ倒しても、時間を置くと再出現するんだ。これは常識だよ」


 不思議な現象だけど、ここはファンタジー世界だからね。そういうこともあるのだろう。

 聖女の墓標に生息しているゾンビたち。奴らも無限湧きかと思うと、少し鳥肌が立った。孤児院を建てる場所、もう少しどうにかならなかったのかな……。

 マリアさんも孤児院の立地には思うところがあるのか、ムッと顔を顰めた。けど、文句を呑み込んで、ポーションを手に取りながら話を戻す。


「次はポーションだけど、これは普通に売れるさね。下級だから、銀貨三枚ってところだよ」


「可もなく不可もない値段ですね。流水海域で必要な防寒具って、それで買えますか?」


「流石に足りないねぇ……。例え中古でも、一式で銀貨二十枚は必要さ」


 一人分で銀貨二十枚って、かなり重たい出費だよ。

 最低限、パーティーの壁役になるシュヴァインくんには、盾を持たせたいから……少なく見積もっても、合計で金貨一枚くらいは必要っぽい。

 これはもう、指輪の売値次第だね。この指輪が今回のお宝の中で、一番高価だと思う。


「ドキドキ、ワクワク……」


「期待しているところ悪いんだけど、この指輪を売るのは難しいかもしれないよ」


「えぇっ、どうしてですか!?」


「十中八九、そいつは相当な値打ちものさね。孤児が売りに行くと、盗品扱いされる可能性が高い」


 マリアさんの確信めいた予想を聞いて、私は思わず頭を抱えてしまった。

 孤児という立場が重い。重すぎる……。私、犯罪者予備軍じゃないのに……。

 身分証明書になるステホを貰ったから、私も立派な市民になったつもりだった。でも、市民税を一度も納めていない今の状態は、市民(仮)みたい。

 自立して、税金を納めて、初めて一人前の市民になれるということだね。


「マリアさんが私の代わりに、売りに行ってくれたりは……」


「それも難しいよ。あたしゃこの街で、貧しい孤児院を運営していることで有名なのさ。いよいよ切羽詰まって、盗みを働いたと思われちまう」


「そ、そんなぁ……。あっ、そうだ! スラ丸の凄さを説明すれば、お宝を拾ってきたことの証明になったり……」


「無理さね。聞く耳を持って貰えないよ。……いいかい? 商人ってのは、強欲な生物なんだ。そんな奴らのところに、貧乏人が高価な指輪を持ち込んだら、難癖を付けられて奪われちまう。世の中ってのは、そういうもんさね」


 やり手の商人って、信用を大切にするイメージがあったけど、そういう倫理観は養われていないらしい。

 勿論、みんながみんな、酷い訳じゃないと思う。中には優しい人だって、いるはずだよ。……ただ、酷い人の方が、ずっと多いという話だ。

 それでも私は諦め切れずに、マリアさんに食い下がった。


「し、真偽を見分けるスキルとか、きっとありますよね!? そういう人の前で、証言すれば……」


「確かに、審問官がそういうスキルを持っているさね。でも、審問官が真実を話すなんて、そんな保証はどこにもないよ。あいつら、賄賂を貰ったら平気で嘘を吐くからね」


 うわぁ……。眩暈がするほど酷い話だよ。そんなことが罷り通るなら、真偽を見分けるスキルなんて、無価値だと思う。


「この指輪……売る方法は、本当にないんですか……?」


「…………ないことも、ないんだけどねぇ」


 マリアさんの歯切れの悪さに、そこはかとなく嫌な予感がしたけど、引き下がる訳にはいかない。


「あるなら教えてください! 是非っ!!」


「うーん……。正直、教えたくないんだけど、最近のあんたは悪い意味で大人びているからねぇ……。勝手に調べて、勝手に行きそうで、困っちまうよ……。教えてやるから、絶対に勝手な行動はしないって、約束しな」


「は、はい……。言い草に引っ掛かるものはありますけど、分かりました。約束します!」


 大人びているというのは、精神年齢がアラサーになったから当たり前だ。

 私は自分が大人だと思っているから、言動の節々にそれが現れているんだと思う。……まぁ、前世の私は自堕落な駄目ニートだったので、大人は大人でも、頼りない大人だったよ。

 そんな私の雰囲気を感じ取って、マリアさんは私を『悪い意味で大人びている』と、表現したのかも……。


 大人らしく知恵を働かせるけど、脇が甘くて最後には失敗する。そんな自分の未来が、ありありと脳裏に思い浮かんだ。

 この予感を戒めにして、色々と自重しながら生きていこう。マリアさんのおかげで、早めに気付けて良かった。


「おや、ちょっと顔付きが引き締まったねぇ……」


「はい、お陰様で。……それで、この指輪を売る方法は?」


「……非合法な手段で集められた代物が、売買される場所。闇市へ持って行くことさね」


 闇市には恐ろしいルールがあったり、恐ろしい人物が取り仕切っていたりと、色々な理由があって、理不尽に売り物を奪われる心配はないみたい。

 その代わりに、割安で買い叩かれることは珍しくないって。

 出来るだけ、高く売りたいんだけど……熟考の末、私は指輪を闇市へ流そうと決めた。




 ──この街、サウスモニカは堅牢な外壁に囲まれている。

 外壁の内側で暮らすには市民権が必要なんだけど、税金を支払えない人は毎年後を絶たない。

 そういう人たちは奴隷になるか、あるいは壁の外で暮らすことになる。


 そして、壁の外に集まった貧民たちの居場所が、無法地帯のスラム街だ。

 闇市はそんなスラム街にあるので、私とマリアさんだけで行くのは非常に危ない。そこで、マリアさんが冒険者ギルドに、護衛依頼を出してくれた。

 相手に支払う報酬は銀貨二十枚。私の指輪がそれ以上の値段で売れたら、きちんと耳を揃えて返さないとね。


「ところで、マリアさん。どんな人が依頼を引き受けてくれたんですか?」


「さぁ? それは分からないけど、日給で銀貨十枚以上の護衛依頼だからねぇ。素行が悪かったり、実力が不足している奴は来ないはずだよ」


 闇市へ行くと決めた日から、既に五日が経過している。

 今現在、私とマリアさんは外壁近くの正門の前で、護衛依頼を引き受けてくれた冒険者を待っていた。

 ちなみに、スラ丸も一緒だよ。二号は聖女の墓標へ送り込んだから、一号だけね。


 今日は空が曇っているけど、雨は降っていない。鉛色の雲の隙間から、何本もの日差しが差し込んでいるから、午後は晴れると思う。

 まだ午前中だけど、街中の大通りは活気付いていた。

 私は人混みを眺めながら、今か今かと冒険者の到着を待ち望む。


「マリアさん、護衛の人はイケメンだと嬉しいですね」


「ああ、そうさねぇ。二十代半ばで、爽やかな笑顔が似合う好青年だと最高だよ」


「ほほぅ、結構な年下が好きなんですね。意外です」


 マリアさんは六十代だから、流石に二十台のイケメンを捕まえるのは難しいと思う。

 でも、夢を見るのは自由だよね。私たち女の子は、何歳になっても乙女心を持ち続けるんだ。


「フン、そういうアーシャはどうなんだい?」


「私も爽やかなイケメンが好きですよ。でも、必死になるべきときは、爽やかさを投げ捨てられる人がいいです。年齢はあんまり気にしません」


 護衛依頼を引き受けてくれた冒険者が、仮にイケメンだったとしても、恋愛に発展することは全く期待していないし、望んでもいない。ただ、目の保養になればいいと、思っているだけだよ。

 こうして、私たちがイケメン談議に花を咲かせていると、一人の青年が声を掛けてきた。


「おいおい……。子供と婆さんが二人して、なんつー会話してんだよ……。声を掛け難いだろ……」


 彼は二十代半ばで、髪と瞳が茶色。顔立ちは地味で、特徴がないのが特徴という人物だった。……うん、現実はこんなものだよね。

 彼は中肉中背で、身体がそれなりに鍛えられている。程良く筋肉が付いているのは、ポイントが高いよ。

 装備はオーソドックスな剣と盾に、動きやすそうな革の鎧。パッと見た感じ、可もなく不可もない冒険者に見えるね。


「──ッ!? あんた……どうして……」


 やって来た青年を見つめるマリアさんの反応には、奇妙な驚きが混じっていた。

 どうやら、この二人は顔見知りみたいで、青年の方が気軽に挨拶する。


「よぉ、婆さん。久しぶりだな。良いのか悪いのか分からんが、俺が依頼を受けさせて貰ったぞ」


「バリィ……。あんたはもう、金級の冒険者だろう……? なんでこんな、チンケな依頼を受けたのさ?」


「たまたま時間が空いていたんだ。気にしないでくれ」


 青年冒険者の名前はバリィさん。金級という階級はよく分からないけど、なんだか凄そうだね。

 マリアさんは口をへの字に曲げて、面白くなさそうにしている。……ただ、バリィさんを本気で邪険にしている様子はないし、内心では喜んでいるように見えた。


「あの、お二人はどういうご関係なんですか……?」


「どうもこうも、俺は婆さんの孤児院で世話になっていたんだ。嬢ちゃんの先輩ってこったな」


「おおーっ、なるほど! あ、私はアーシャです! 今日はよろしくお願いします!」


「おう、俺はバリィだ。職業は結界師だから、大船に乗ったつもりで守られてくれ」


 バリィさんは自信に満ち溢れた笑みを浮かべて、自分の胸をドンと叩いた。

 結界師。聞いたことがない職業だけど、名前からして護衛に向いていそうだよ。


「……それで、マリアさんが口を曲げているのは、どういうことでしょう?」


「それは……アレだ。婆さんは孤児院を卒業した奴と関わるの、すげー嫌がるんだ」


「えっ? ど、どうしてですか?」


 悲しくなる情報を聞かされて、私は思わず狼狽してしまう。

 バリィさんはばつが悪そうに頬を掻いて、それからマリアさんを見遣った。多分、説明を引き継いで欲しいのだろう。

 マリアさんは溜息を吐いて、しんみりとしながら口を開く。


「卒業した子供たちに、孤児院に囚われて欲しくないからさ。人並みの人生を送りたいなら、孤児院出身ってのは、重荷になっちまうんだよ」


 孤児に対する世間の目が厳しいのは知っていたけど、人生の汚点みたいな扱いをされるほどのこと?

 なんだか納得出来なくて、私が頬を膨らませていると、バリィさんが苦笑しながら肩を竦めた。


「孤児院育ちってのは、倫理観が欠如していると思われがちだ。誤魔化せるなら、誤魔化した方がいいぞ」


「むぅ……。そう、ですか……」


 納得したくないけど、先達の言うことは聞いた方がいいんだろうね。

 実際問題、この街での孤児の犯罪率は結構高い。うちの孤児院だって、無関係じゃないよ。トールが外でやっていた喧嘩も、普通に悪いことだから。


 はぁ……。せめて胸を張って、生きられるようになりたいなぁ……。

 

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