第13話 二度目の帰還

 

 スラ丸が私の魔力を湯水のように使ったから、私はぐっすりと眠ってしまった。

 夢の中で、暗闇に浮かぶ道の前に立つ。これは、スラ丸を進化させたときと同じ現象だけど、今回は一本道だよ。

 道の手前に立てられている看板には、『分裂』って書いてあるね。


「進化先が見当たらないから、ここがスラ丸の成長限界……?」


 進化条件を満たしていない可能性もあるけど……なんにしても、コレクタースライムが増えるなら、分裂させるのも悪くはない。

 私の魔物使いのレベルが13だから、使役出来る従魔の数も増えている。これならスラ丸を分裂させても、まだまだ従魔の枠に余裕があるんだ。


「よし、分裂させよう。スラ丸、行っておいで」


 私が決断するのと同時に、足元にスラ丸が現れて、目の前の道を転がって行った。


 ──緩やかに意識が浮上して、私は孤児院の庭にある木陰で目を覚ます。

 前までは魔力が空っぽになったら、半日くらい眠る羽目になっていたけど、今は【光球】による魔力の自動回復があるから、二時間もしない内に起きられる。

 まだ正午になったばかりの時間帯で、空が明るい。ルークスたちは相も変わらず、修行の真っ最中だよ。


「あっ、スラ丸が増えてる……!!」


 スラ丸は既に帰還していて、私の左右に一匹ずつ寄り添っていた。

 新しい方は『スラ丸二号』と名付けよう。最初のスラ丸は一号だね。

 二号は元気だけど、一号は核にダメージを負っており、そこそこ大きな罅が入っている。非力な私が小突いただけでも、死んじゃいそうなほどの重症っぽい。

 多分、ゾンビかゾンビリーダーに、殴る蹴るの暴行を加えられたんだと思う。


「スラ丸……。こんな状態で、頑張って逃げてたんだね……。核に入ったダメージ、私のスキルで治せればいいんだけど……」


 私は不安になりながらも、真摯な気持ちで【再生の祈り】を使った。

 宙に現れた暫定女神が、スラ丸に優しい光を浴びせる。

 すると、瞬く間に罅が塞がり、核は瑕疵一つない状態まで再生した。


「!!」


「どう致しまして。スラ丸が無事で良かったよ」


 スラ丸は身体を縦に伸縮させて、感謝の意を示した。この子に声帯はないけど、ボディーランゲージで多少は気持ちが伝わってくるね。

 とりあえず、【再生の祈り】を使うと現れる女神に、『暫定』と付けるのはもうやめよう。スラ丸を治してくれたから、立派な女神様だよ。

 大人になった私の姿をしているから、今後は『女神アーシャ』とでも呼ぼう。


 ──さて、スラ丸の怪我も治ったことだし、今回のダンジョン探索を振り返ろうかな。

 腐肉の洞窟に生息する魔物の分布は、第一階層がゾンビ、第二階層がゾンビとゾンビリーダー、第三階層がゴーストだった。


 スラ丸にとって危険なのが第二階層で、美味しい狩場なのが第三階層。これはどうしたものか……。

 行きと帰りに、ゾンビリーダーと遭遇する危険性を考えたら、第三階層へ向かわせるのは怖い。スラ丸に愛着が湧いちゃったから、尚更ね。


「うーん……。スラ丸、しばらくは第一階層を探索する?」


「!?」


 ゾンビから落ちる魔石は極小なので、ゴーストを倒していたときほどの成長は見込めない。

 お宝も第一階層のものは微妙だろうし、本当にそれでいいのかと、スラ丸が問い掛けてきた……気がする。


「いいんだよ、スラ丸。お宝よりも、キミの命の方が大切だからね」


「!!」


 スラ丸は照れたように身を捩っている。二号も一緒に。……あれ? 二匹もいるし、一匹くらい犠牲を覚悟して、第三階層へ向かわせてもいいのかな?


 …………いや、いやいやっ、やめておこう。命を粗末に扱っちゃいけないよ。

 私の手元には貴重品が増えていくから、スラ丸一号には私の道具袋になって貰おう。これで実質、ダンジョンの探索要員は一匹だけになる。


「今後の方針が決まったところで、今回の成果を確認しよっか」


 私がスラ丸にお宝を催促すると、まずは黄金のメダルを一枚だけ手渡された。

 ステホで撮影して調べてみると、物議を醸しそうなアイテムだと判明する。


 『魔物メダル』──シスターゴーストが落とした希少なメダル。聖女の墓標で落ちる全種類の魔物メダルを集めると、聖女の墓標の裏ボスに挑める。


 この説明で、まず引っ掛かるのは、聖女の墓標という部分。一般的に、腐肉の洞窟と呼ばれていたダンジョンは、正式名が違ったらしい。

 シスターゴーストとは、第三階層に生息しているゴーストの正式名で、修道女の幽霊みたいだからそんな名前なんだろうね。


 それと、私はダンジョンに裏ボスが存在することを始めて知った。裏があるなら表もあると思う。

 危なそうだから挑みたいとは思わないし、魔物メダルを集める必要はないかな。

 ……あ、でも、裏ボスがゾンビとかゴースト系だったら、聖水を大量に溜めておけば、簡単に倒せるかもしれない。頭の片隅にメモしておこう。


「スラ丸、次のお宝を出して」


 私が再び催促すると、スラ丸は一本の瓶を差し出してきた。中身は薄い赤色の液体だよ。これもステホで調べてみよう。


 『下級ポーション』──軽度の傷を治す回復薬。とても苦い。


 ポーションと言えば、ファンタジー世界の定番アイテムというイメージがある。けど、私は初めて実物を見た。

 マリアさんの職業が僧侶だから、孤児院では使う機会がないんだよね。一般家庭には常備されているらしい。

 私も使わないと思うから、これは売ってもいいかな。


「はい、次」


 スラ丸が次に差し出してきたのは、小粒の白い魔石が埋まっている銀の指輪だった。魔石の中には、見覚えのない文字が浮かんでいる。これもステホで撮影。


 『光る延長の指輪』──装備すると、スキル【光球】の持続時間が二倍になる。魔力の消耗量は変化しない。


 現時点で三日間も持続するし、そもそも夜になったら、邪魔だから消すんだよね……。

 ああでも、スラ丸二号は連続で三日以上、ダンジョンに潜り続けるから、この子に【光球】を付けるって考えたら悪くないんだ。

 魔力を自動回復させて、どんどんゾンビ狩りをして貰いたい。

 そんな訳で、この指輪は私が装備しよう。


「──と思ったけど、サイズが大き過ぎるかも」


 右手の小指に嵌めたかったけど、ブカブカで簡単に落ちそう。

 困ったな、と悩んだのも束の間。指輪が急に縮んで、違和感なく私の小指にフィットしたよ。

 ステホで調べたときは、そんな機能があるなんて書いてなかったんだけど……もしかして、マジックアイテムにデフォルトで備わっている機能なのかな。


 お洒落とは無縁の生活を送っていたから、指輪一つで気分が高揚する。宝石の指輪ほど美しくはないけど、孤児には過ぎた代物かも。

 上機嫌で鼻歌を口遊む私に、スラ丸が次のお宝を差し出してきた。

 それは、小粒の白い魔石が埋まっている銀の指輪だ。


「……あれっ、二個目!?」


 自分の小指に嵌めた指輪と見比べても、差異は見当たらない。しかし、ステホで撮影してみると違いが分かった。


 『光る延長の指輪』──装備すると、スキル【破壊光線】の照射時間が二倍になる。魔力の消耗量は変化しない。


 さっきと同じ名前のアイテムだけど、強化されるスキルが違う。スキル名からして、物凄く強そうだよ……。

 このスキルは十中八九、私とは無縁の攻撃魔法だね。【他力本願】のデメリットが恨めしい。


「これ、高く売れるといいなぁ……。売れたら果物を買ってあげるからね、スラ丸」


 スラ丸は私の口約束を聞いて、大喜びで飛び跳ねた。

 今回のダンジョン探索の成果は以上の四つ。お宝の確認が終わったところで、修行でヘトヘトになっているシュヴァインくんが、こちらに歩いてくる。


「あ、あの……師匠、何やってるの……?」


「スラ丸の冒険の成果を確認してたんだよ。この子をダンジョンへ送り込んでいるの、言ってなかったっけ?」


「えっ!? き、聞いてなかった……!! スラ丸って凄いんだ……」


「そうなの、とっても凄いの」


 私がシュヴァインくんにスラ丸を自慢していると、ルークス、トール、フィオナちゃんも休憩のためにやって来た。

 トールは目を眇めてスラ丸を睨み付け、開口一番に愚痴を零す。


「チッ、スライム如きがダンジョン探索してンのに、俺様たちはいつまで修行止まりなンだ?」


「修行止まりって、あんたまさかっ、もうダンジョンに潜りたいの!? 冗談でしょ!?」


 フィオナちゃんがシュヴァインくんの背後に隠れながら、向こう見ずなトールを小馬鹿にした。

 トールは恐ろしい形相でフィオナちゃんを睨み付け、地面に自分の拳を叩き付ける。


「冗談じゃねェ!! 俺様の力がありゃァ、魔物の十や二十は簡単にブッ殺せるだろォがッ!!」


 ズドン、と大きな音がして、局所的に地面が震えたよ。とんでもない筋力だ。

 私は六歳児なんて怖くないと思っていたけど、こんなに筋力が増しているトールは普通に怖い。フィオナちゃんを見習って、私もルークスの背中に隠れよう。


「んー……。オレも早く、ダンジョン探索したいけど、装備が整ってないと厳しいと思う」


 ルークスはトールの暴力に動じることなく、真っ直ぐな眼差しで自分の意見を言った。

 マリアさん曰く、仮にルークスたちがダンジョンへ潜るなら、レベル的には流水海域の第二階層までが、適正の狩場になるらしい。

 ただし、装備的には第一階層ですら難しいとか。


 魔物を倒すだけなら、私がルークスにプレゼントした渇きの短剣と、フィオナちゃんの魔法、それからトールの筋力で事足りるみたい。

 でも、流水海域はとにかく寒いので、防寒具が必要不可欠なんだって。

 お金を稼ぐために装備が必要だけど、装備を買うためにお金が必要だなんて、世知辛い世の中だよ。

 ここで、フィオナちゃんがふとした疑問を口に出す。


「ねぇ、アーシャ。孤児院を卒業した子たちって、どうやって稼ぐのよ? 必要最低限の装備すら買えないなら、冒険者は無理よね?」


「ダンジョンへ潜るだけが、冒険者の仕事じゃないよ。私もそんなに詳しくないけど、荷物運びとか、ネズミ捕りとか、落とし物を探したりとか、子供向けの依頼もあるってマリアさんが言ってた」


 フィオナちゃんは私が例に挙げた仕事を聞いて、訝しげな表情を浮かべた。

 流石は元商人の娘、この話の違和感に気付いたみたい。


「それ、生活費を稼ぐだけで、精一杯になりそうね……。装備を買い揃えるなんて、全然無理じゃない……?」


「う、うん……。だからその、言い難いんだけど……大半の孤児は自分自身を担保にして、奴隷商人からお金を借りるんだって……」


 私が齎した情報に、みんなが顔を顰めた。

 気持ちは分かるよ。私たちが生きていくのって、本当に大変だよね。

 シュヴァインくんはフィオナちゃんの手を握り締めながら、いつになくキリッとした表情で、私に訴え掛けてくる。


「し、師匠……っ!! ぼ、ボクはともかく、フィオナちゃんを担保になんて出来ないよ……っ!!」


「うーん……。それじゃあ、私のお宝が売れたら、みんなの装備を買ってあげる」


 私がそう伝えると、シュヴァインくん、フィオナちゃん、ルークスの順にお礼を言ってきた。


「師匠……!! ありがとう……!!」


「流石はアーシャね! 話が分かるじゃない!!」


「アーシャ、ありがとう! でも、本当にいいの? オレ、貰ってばっかりだけど……」


 私はルークスの柔らかい髪を撫でながら、慈母のような表情を意識して微笑み掛ける。


「いいのいいの。いつか恩返しすることを忘れなければ、今は甘えてくれていいんだよ」


 ……ところで、トールだけは私にお礼を言わないんだけど、どういうことかな?

 私が物言いたげな視線を向けると、トールは舌打ちしてそっぽを向いた。


「チッ、どうせ貸しなンだろ? 借りは百倍にして必ず返す! だから、礼は言わねェ」


 本当に百倍の恩返しをしてくれるなら、文句は一切ない。期待してるからね。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る