第11話 決闘

 

 夜空に浮かぶ二つの満月に見守られながら、ルークスとトールは孤児院の庭で対峙する。

 二人は武器なしで、どちらかが気絶するか降参するまで戦うって約束したよ。

 マリアさんは止めようか迷っていたけど、今回は黙って見守るみたい。彼女の職業は僧侶で、回復系のスキルを持っているから、こういう無茶を許容することは少なくない。


 特に男の子は、孤児院を卒業すれば否が応でも、荒事に関わる機会が多くなる。そのため、痛みに慣れておくことは大切だって、考えている節があるね。

 私を含めた孤児仲間たちは、見物人になって声援を送り始めた。


「ルークス! 頑張って!!」


「トールなんかに負けるんじゃないわよ!! シュヴァインの仇を討ちなさい!!」


「ふぃ、フィオナちゃん……。ボク、無事なんだけど……」


 私、フィオナちゃん、シュヴァインくんを筆頭に、やっぱりルークスを応援する子が多い。けど、拳で語るタイプの男の子たちは、トールを応援している。


「トール兄ぃ!! 負けないでくれ!!」


「ルークスなんていつも通り、けちょんけちょんにしちゃえーーーっ!!」


 外野が喧しい中で、ルークスはトールから視線を外さないまま、私に話し掛けてくる。


「アーシャ、勝負を始める合図、お願いしてもいい?」


「えっ、私でいいの……? それなら手を叩くけど……」


 ちらりとトールを見遣ると、彼は無言で軽く頷いた。私はルークスの味方だけど、開始の合図に小細工を挟む余地はないから、問題ないって判断したのかな。

 ……まぁ、小細工なんて必要ないよ。壁師匠で鍛えたルークスが、負けるとは思えないからね。

 あんまり気負うことなく、パン! と私が手を叩いた瞬間、


「ウオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォッ!!」


 トールが大音量の雄叫びを上げた。大気がビリビリと震えて、外野は恐慌状態に陥る。

 こんなの、普通の人間の声帯から出せる音じゃない。だから、きっとスキルだ。

 私が腰を抜かしている最中、トールは拳を振り被りながらルークスに迫った。


「大きな声だけど、全然怖くないよ」


 ルークスは冷静さを保ったまま、最小限の足捌きでトールの拳を避けていく。

 職業レベルを上げている二人の喧嘩は、既に子供の喧嘩とは一線を画していた。

 トールの拳は唸りを上げて大気を引き裂いているし、ルークスの足捌きは目で追うのが疲れるほど素早い。


「チッ、ちょこまかと逃げンじゃねェ!! 臆病者がッ!!」


「逃げてるんじゃない。避けてるんだ! それに──反撃も出来るッ!!」


 回避に徹していたルークスが、トールの大振りの一撃に合わせて、見事なカウンターを決めた。

 でも、頬を殴られたトールは獰猛な笑みを浮かべて、怯まずに肩から突進する。

 体当たりを受けたルークスは突き飛ばされて、大きく地面を転がった。すぐに立ち上がって、体勢を立て直したけど……表情が歪んでいるから、どこか痛めたのかもしれない。


 戦士であるトールの強みは、筋力と体力。

 暗殺者であるルークスの強みは、敏捷性と器用さ。

 お互いに一発ずつ攻撃を当てた場合、有利になるのは戦士の方だと思う。


「オイオイ、テメェの拳は随分と軽いなァ!! 多少はやるようになったみてェだが、やっぱ俺様の方が上なンだよッ!!」


「くっ、この……っ!!」


 トールが想像以上に強い。レベルはルークスの方が上だと思うのに……いや、見通しが甘かったんだ。素手での戦いは暗殺者が苦手なルールだって、私は今更気が付いたよ。

 こんなことなら、事前にルークスに【再生の祈り】を使っておくべきだった。

 歯噛みしている私を他所に、ルークスは再び回避に専念して、なんとかトールの猛攻を凌ぐ。先程よりも動きが鈍いから、足を痛めているっぽい。


「ね、ねぇ、もう止めた方がいいんじゃないの……? このままだと、怪我じゃ済まなくなるわよ……?」


 フィオナちゃんがおずおずと、全員に言い聞かせるように提案した。

 トールはどう見ても頭に血が上っているから、このままだとやり過ぎると思ったのかも。


「ぼ、ボクが止めてくるよ……!! フィオナちゃんっ、もしも無事に戻れたら、ボクと……その……」


「こ、こんなときに何よ!? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさいよ……!!」


「あのっ、そのっ、て、手を繋いで……月でも、一緒に……見ない……?」


「一緒に、お月見……? ふ、ふぅん……。別に、いいけど……?」


 私は思わず、愕然とした。

 目の前で孤児仲間が激闘を繰り広げているのに、シュヴァインくんとフィオナちゃんが、口から砂糖を吐きそうなほど甘ったるい雰囲気を作っちゃったよ。

 私の独身アラサーの魂が、悲鳴を上げている。……それにしても、お月見デートって渋いね、シュヴァインくん。

 まさかとは思うけど、自分がお団子みたいな体型だから、


『ボクが今夜の月見団子だよ! フィオナちゃん、食べて!』


 ──とか、言い出さないよね? 駄目だよ、そういうのは大人になってからじゃないと。

 私が心の中で邪推していると、シュヴァインくんが【挑発】を使うべく前に出た。

 しかし、ここでルークスの動きに大きな変化があったので、一旦様子を見守る。


 ルークスは後ろ手に持った石を背中に隠したまま、手首の力だけで高々と放り投げて、【潜伏】で気配を消した。

 猛攻に夢中で視野が狭まっていたトールには、ルークスが投げた石は見えていない。


「な──ッ!? ルークス!! テメェっ、どこに消えやがった!?」


 トールは目の前でルークスが消えたことに戸惑い、額から冷や汗を垂らして周囲を警戒する。

 戦闘中にこんな消え方をされたら、堪ったものじゃないよね。

 激しい動きをするとバレるから、ルークスはあんまり動いていないはずだけど、その仕組みを知らないトールは迂闊に動けない。


「あ……っ」


 ルークスが投げた石の行方を追っていた私は、それがトールの背後に落ちたことで、思わず声を漏らしてしまった。

 トールは石が落ちた音に釣られて、咄嗟に振り向いたけど──当然、誰もいないよ。


 このタイミングで姿を現したルークスが、背を向けているトールに裸締めを行った。自分の腕を使って、相手の首を締め付ける技だ。

 ルークスが蹴っても殴っても、トールにはあんまり効かないけど、首を絞められたら流石にどうしようもない。


「て、テメェ……っ、放せェ……ッ!!」


「死んでも放すもんか……ッ!! オレのっ、勝ちだ……ッ!!」


 トールの方が筋力があるとは言え、ルークスは自分の全体重を利用しているから、そう簡単には振り解けない。

 これは、勝負ありだね。



 ──決闘の後、マリアさんが【治癒掌】というスキルを使って、ルークスとトールの怪我を治してくれた。

 このスキルには、手で触れた相手の怪我や病気を治す効果がある。重度の症状は治せないみたいだけど、みんな頻繁にお世話になっているよ。

 気を失っていたトールが起き上がったとき、不意打ちでルークスが襲われるんじゃないかと警戒したけど、意外にも彼は素直に負けを認めてくれた。


「ああクソっ!! 負けちまった!! ルークス……ッ、テメェは俺様に何をさせてェンだ!?」


「簡単なことだよ。まず、孤児院のみんなと仲良くすること」


「あァ゛!? この俺様に、雑魚どもと馴れ合えってか!?」


「馴れ合えとは言わないけど、いじめるのは駄目だよ。オレたちは、仲間なんだから」


 ルークスがそう諭すと、トールは目尻を吊り上げて、犬歯を剥き出しにしながら孤児仲間の方を見回した。

 みんなが『ひぃっ』と悲鳴を上げて後退る。

 私は大丈夫だよ。スキルが使われていないなら、トールはそんなに怖くない。


「…………チッ、わーったよ。少なくとも、手は上げねェ。それでいいだろ」


「うん、それでいい! 後はオレたちと一緒に、修行しよう!」


「ハァ? テメェの修行って、庭でやってるヤツだろ。あれで強くなれンのかよ……」


「大丈夫! あの修行のおかげで、オレはトールに勝てたんだから、絶対に強くなれるよ!」


 ルークスが勝手に話を進めているけど、私が主導している修行にトールを交ぜるなら、私の許可を取って貰いたい。

 慈善活動じゃないんだから、見返りもなく面倒を見たりしないよ。

 私がジトっとルークスを見つめていると、トールが不貞腐れながらも要求を呑んだ。


「しゃーねェな……。いいぜ、一緒に修行してやる。ただしッ、今日の借りは必ず返すからなァ!!」


「いいよ! 模擬戦はオレも大事だと思うから、いつでも受けて立つ!」


「模擬戦じゃねェ!! 男の誇りを賭けた決闘だッ!!」


 男の子二人でバチバチに盛り上がった後、ルークスがトールを引き連れて私のところにやって来た。


「アーシャ、そんな訳でトールの修行も一緒にお願い!」


「う、うーん……。まぁ、いいけど……トール、いつか私のお願いも聞いてね? 約束だよ?」


「チッ、忘れてなかったらな」


 トールは面白くなさそうに舌打ちしたけど、私がジッと目を合わせると、頬を赤くしてそっぽを向いた。

 この様子を見る限り、私との約束は忘れないんじゃないかな。それこそ、十年後とかでも覚えている重たいタイプかもしれない。

 とりあえず、修行の面倒を見るに当たって、私はトールのステホを見せて貰う。


 トール 戦士(7)

 スキル 【鬨の声】


 ルークスとの決闘で、トールが開幕に上げた雄叫び。あれは、戦士のスキル【鬨の声】だったみたい。敵を怯ませて、味方の士気を高める効果があるんだって。

 ルークス、トール、シュヴァインくん、フィオナちゃん。この四人で冒険者パーティーを組めば、孤児院を卒業した後でも、安定した収入を得られそうだね。

 

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