第10話 レベル10
──フィオナちゃんが修行仲間に加わってから、数日が経過した。
この日の夜。私が相も変わらず、不味い夕食を口の中に詰め込んでいると、隣に座っているルークスから、驚くべき報告が齎される。
「アーシャっ、聞いて聞いて! オレのスキルが増えたんだ!」
「えっ、本当に!? ステホ見せて!」
私はルークスに飛び付いて、ステホを見せて貰う。すると、確かに【潜伏】というスキルが増えていた。
これは自分の気配を消せるスキルみたい。消耗するのは体力でも魔力でもなく、精神力。これが切れるか、あるいは激しく動くと、潜伏状態が解除される。
暗殺者らしいと言えば、らしいスキルだね。
職業スキルと呼ばれる後天的に貰えるスキルは、職業を選んだ際に一つ、レベルが10の倍数になったときに一つ貰える。
ルークスは日頃の努力によって、暗殺者のレベルが10に到達していた。おめでとう、師匠として鼻が高いよ。
「これ、どんなスキルなのか分かってるんだけど……自分の目で見ると、何も変わってないように見えるんだ。アーシャ、ちょっと見て貰える?」
「それくらいなら、お安い御用だよ。かくれんぼでもして確かめよっか?」
「ううん、今から目の前でやってみるから、アーシャはオレを見失わないようにして」
ルークスのお願いを聞き入れて、私は目の前にいる彼をジッと凝視した。
こんなの見失う訳がない──と思ったのに、瞬きを一つしたところで、ルークスの姿が消えてしまう。
「えぇっ、消えた!? ルークス、どこにいるの? 全然見えないよ?」
「あはは、ずっと目の前にいるよ」
一歩も動いていなかったルークスが、朗らかに笑って姿を現した。
まさか、こんなに鮮やかに消えるなんて……。ルークスなら悪さはしないって信じられるけど、こんなスキルを悪人が持っていたらと思うと、ゾッとするね……。
まぁ、今は仲間の成長を素直に喜ぼう。
「す、凄い凄いっ!! 本当に見えなかった!! 潜伏って言うより、透明化って感じだよ!」
「えへへ……。そっか、そんなに見えなくなるんだ……!! 今度はさ、アーシャがオレに触った状態で、試してもいい?」
「うん、いいよ。ついでに心臓の音とか、呼吸の音も聞き取るようにするね」
私はルークスの胸に手を当てて、耳を澄ませながら再び凝視した。
彼が短く息を吸って、スキルを使うと、私の目に映らなくなる。……けど、手で触れている感覚は残ったままだ。心音と呼吸音も分かるよ。
そのことを伝えると、ルークスは若干気落ちした。
「心音はともかく、呼吸音は聞き取りやすいから、簡単にバレそうだね……」
「そうかな? 呼吸音なんて、結構近寄らないと分からないけど」
「いや、冒険者は体力を使うことが多いから、呼吸が乱れたときのことを考えると……」
魔物の討伐、素材の採集、誰かの護衛など、冒険者は大半の仕事で歩き回るので、確かに呼吸が乱れることは多そうだね。
【鎧通し】を使ったときも、ルークスは息が上がっていたから、現状だと【潜伏】は使い難いかも。
戦う、逃げる、守る。何をするにしても体力が重要なので、今後は走り込みを重視させるべきかな。
私はルークスの育成方針を修正してから、少しだけ気になったことをマリアさんに尋ねる。
「マリアさん、六歳で職業レベル10って、早いですか?」
「早いねぇ。あんた、まさかもうそこまで上がったのかい?」
「いえ、私じゃなくてルークスです」
マリアさんもルークスの努力を知っているから、納得の表情で頷いた。
「なるほどねぇ……。言っておくけど、そこから先は庭でやっている修行だけだと、伸び悩んじまうよ。あくまでも、レベルの話だけどね」
「え……? それなら、どうすればいいんですか?」
「実戦経験が必要さね。強い魔物と戦いまくるのが、一番手っ取り早いよ」
強い魔物と戦うのは大変だから、そこは誰かとパーティーを組んで、数的優位を作るのが基本らしい。
「ルークスはまだ六歳です。実戦経験なんて、早すぎますよね?」
「そりゃあそうさ。八歳になったら嫌でも独り立ちするんだから、それまでは身体作りをやらせな。レベルが上がらなくても、自力はある程度鍛えられるからね」
この後も、私はマリアさんから情報収集を行って、色々なことを教えて貰った。
魔物狩りでレベルが上がりやすいのは、戦闘職に限った話じゃなくて、生産職や支援職も同じみたい。
生産職や支援職が、どうやって魔物を狩るのか疑問だったけど、どんな形でも狩りに貢献出来ればいいんだって。
鍛冶師なら武具を作って、戦闘職に使って貰ったり、僧侶なら戦闘職を回復したりと、色々あるらしい。
ちなみに、大人の平均レベルは30程度。近いようで遠い数字だね。
スラ丸が頑張っているから、私もそろそろレベル10になるんじゃないかと期待して、ステホを確認してみる。
アーシャ 魔物使い(10) 魔法使い(8)
スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】
【魔力共有】
従魔 スラ丸
魔物使いのレベルが上がってる! ありがとう、スラ丸。
新しく取得したスキル【魔力共有】とは、私が従魔の魔力を使ったり、従魔が私の魔力を使えるという、便利そうなスキルだった。
でも、今のところ使う予定はないかも。私もスラ丸も、自分の魔力に使い道があるからね。
【他力本願】の影響で追加されている特殊効果は、私の魔法系のスキルを一つだけ、従魔たちと共有出来るというもの。
これは一度設定したら、変更出来ないみたいだから、慎重に選ばなきゃ……。
【土壁】を共有すれば、スラ丸の自衛手段が増える。これは悪くない選択肢かな。
【再生の祈り】は私が使えば、三日も持続するから、スラ丸と共有しても微妙かも。
「うーん……。もっといいスキルを取得するまで、待つべきかなぁ……」
現状、スラ丸は特に困っていないから、保留にしておこう。
私がそう決めて、ステホを懐に仕舞ったところで、食堂にトールがやって来た。彼の顔には青痣があって、腕には引っ掻き傷が付いている。
最近のトールは私をいじめなくなったけど、朝早くから夜遅くまで、路地裏で喧嘩に明け暮れているよ。
喧嘩相手は大人じゃなくて、他所の孤児院でヤンチャしている子供たちだって噂だけど、恨みを買うような真似はやめて貰いたい。
別にね、トールの身を案じている訳じゃないの。報復で私たちの孤児院が狙われたら、本当に困るからね。
「トール!! あんたまたこんな時間までほっつき歩いて!! 毎日毎日っ、いい加減にしなッ!!」
マリアさんが目尻を吊り上げて、トールを叱りつけた。
「うっせェなァ……。俺様だって遊んでるワケじゃねーよ。これはレベルを上げるための修行だぜ?」
トールが選んだ職業は戦士だから、喧嘩に明け暮れるのは悪くない修行方法かも。……恨みを買っていなければ、だけどね。
「修行にもやり方ってもんがあるだろう!? 少しはルークスを見習って──」
「ババア、アンタは俺らが八歳になったら、捨てるじゃねェか。だから、こっちはそれまでに、強くなろうって足掻いてンだ。捨てるアンタに、文句を言われる筋合いはねェよ」
トールがそう言い捨てると、マリアさんはショックを受けた様子で視線を落とした。
この場にいる孤児仲間たちも、『八歳で卒業』という孤児院のルールに思うところがあるのか、しょんぼりしてしまう。
それを見兼ねて、フィオナちゃんが勢いよく立ち上がった。
「ちょっと、トール!! そんな言い方ってないでしょ!? 孤児院の経営って大変なのよ!?」
うん、彼女の言う通りだ。孤児院には毎年、新しい子が入ってくるので、全員の面倒をいつまでも見ることは出来ない。
八歳まで面倒を見るというのが、マリアさんの精一杯なんだよ。
「そんな言い方ってなンだァ? 俺様は別に、ババアを責めちゃいねェよ。ただ、事実を言っただけだろォが」
「あたしたちは捨てられるんじゃなくて、卒業するの!! そこを履き違えるんじゃないわよッ!! 大体ねっ、あんたが外で喧嘩してると、あたしたちに火の粉が飛んでくるかもしれないでしょ!? 自分勝手も大概にしなさいよッ!!」
「あァ゛!? テメェ……ッ、俺様のやることに文句があンのか!?」
「あるわよ!! 文句だらけよ!! 馬鹿っ!! アホっ!! スライムっ!!」
フィオナちゃんはシュヴァインくんの背中に隠れながら、トールに罵詈雑言を浴びせた。
……あの、馬鹿とアホはいいけど、そこにスライムを並べるのはやめてね? スラ丸は優秀だから、スライムという言葉を悪口にしないで貰いたい。
私は内心でちょっと怒りながらも、シュヴァインくんの行動を見て驚いた。
彼はプルプル震えているけど、それでも両腕を広げてトールの前に立ちはだかり、フィオナちゃんを必死に守ろうとしている。
一体いつの間に、あんなに頼れる子に……!!
「退けよッ、デブ!! そこの馬鹿女、俺様に喧嘩を売りやがった!! デコピンの一発でもくれてやらなきゃ、気が済まねェぞ!!」
デコピンで済ませる辺り、トールの性根は腐っている訳じゃないと思う。
「ど、退かないよ……!! フィオナちゃんは、ボクが守るんだ……ッ!!」
「チッ、そうかよ。だったら──歯ァ食いしばれやッ!!」
苛立っているトールが拳を振り上げたところで、ルークスが静かに立ち上がる。
──なんだか、いつもと違うなって、誰もがそう感じた。
普段のルークスは影が薄いのに、今だけは妙な存在感を放っている。
みんなの目が、惹き付けられた。トールだって、例外じゃない。
注目が集まる中で、ルークスはトールを真っ直ぐに見つめて、堂々と口を開く。
「トール、オレと勝負しよう」
「テメェ……ムカつく目ェしやがって……。あァ、いいぜ。売られた喧嘩は全部買うって、決めてンだ」
「オレが勝ったら、トールはオレの子分だからね」
「俺様が勝ったら、テメェは奴隷にしてやるよ」
いつもの喧嘩とは違う、真剣勝負。
誰も割り込めない二人だけの世界が、そこにある気がした。
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