第9話 恋敵じゃありません
私が自分とマリアさんに【再生の祈り】を使ってから、早いもので三日が経過した。このスキルの効果は、ここで消えたので、持続時間が三日だと判明。
自傷は怖くて出来ないから、効力の程はあんまり分かっていない。
ただ、目に見えて髪が艶々になっている。お肌に関しては以前から卵肌だったけど、こちらにも磨きが掛かったよ。
髪もお肌も、日常生活を送っているだけでダメージが蓄積されていくから、それを克服出来ただけでも大満足だ。シャンプー、リンス、トリートメント、化粧水を買うお金がないから、二十年後くらいが怖かったんだよね。
今の私が着飾れば、お貴族様の令嬢に見えなくもないはず……。別に目指さないけど、大変気分がいい。
「アーシャ、なんだか綺麗になったね! 前から綺麗だったけど、最近は凄いよ!」
「ありがとう、ルークス。貴方も素敵よ」
フフフ、と大人の余裕が垣間見える笑みを浮かべて、私はルークスの賛辞に感謝した。素直な子供は可愛いね。
そういえば、マリアさんに掛けた若返り効果だけど、こっちは目に見える変化がなかったよ。彼女は今日も、いつも通りのお婆ちゃんだ。
それでも、私は朝食の時間に確認を取ってみる。一応ね。
「マリアさん、最近ちょっと若返りましたか? 具体的には、この三日くらいで」
「ああ、やっぱり分かっちまうかい? 実は三歳ほど若返ったんだよ。ったく、街の男どもにナンパされたら、どうしちまおうかねぇ……」
マリアさんがニヤニヤして、ご機嫌になっている。彼女の言葉を信じるなら、一日で一歳分の若返り効果があったのかな。
これが親孝行になったのなら、私も嬉しい。……けど、三歳若返った程度で、ナンパはされないと思う。指摘はしないけどね。
今日も今日とて、不味い食事をお腹に詰め込んでから、私はルークスとシュヴァインくんのために、庭に壁師匠を立てた。
その後、スラ丸を引き連れて孤児院の裏手に回る。
「──スラ丸。またダンジョンへ送り込むけど、異論はある?」
私の問い掛けに、スラ丸は身体を左右に揺らす。多分だけど、異論はないみたい。
魔石は売れるらしいので、食べずに拾い集めておくよう命令して──いや、それはやめておこうかな。搾取し過ぎると、反逆されるかもだし。
「お金持ちになったら、また葡萄を食べさせてあげるから、頑張ってね」
「!!」
スラ丸にご褒美の約束をしたら、俄然やる気になってくれた。葡萄一つでご機嫌が取れるのは、スライムに味覚を付与出来る私の強みかな。
腐肉の洞窟だとスラ丸は怪我をしないと思うけど、折角なので【再生の祈り】を使って支援しておく。
つい先ほど、壁師匠を立てたばかりなので、魔力が大分減ってしまった。これ以上魔力を使うと眠ってしまうから、今日はもうのんびりして過ごそう。
こうして、私が庭の木陰で休んでいると、あんまり喋ったことのない孤児仲間が話し掛けてくる。
「ちょっと、アーシャ! あんた……最近、あたしのシュヴァインに色目使ってるでしょ!?」
林檎のように赤い長髪と、橙色の瞳を持つ少女、フィオナちゃんだ。髪型はツインテールで、中々に険しい目付きをしている。
「大きな誤解だよ、フィオナちゃん。私はシュヴァインくんに恋愛感情なんて、欠片も抱いてないから」
「あんた、シュヴァインに魅力がないって言うの……ッ!? ぶっ飛ばすわよ!?」
「うわぁ……。これ、面倒臭いやつだ……」
「誰が面倒臭いですってぇ!? いいわっ、上等じゃない!! その喧嘩、買ってあげるわよっ!!」
フィオナちゃんは私の胸倉を掴んで、ガクガクと身体を揺さぶってくる。ごめんね、口が滑っちゃった。
シュヴァインくんと相思相愛な彼女には、彼が絶世の美少年に見えているらしい。
私から見れば、シュヴァインくんは幼過ぎるし、太っちょだし、頼りないし、本当に守備範囲外なんだよ。
素直にそう伝えたいけど、フィオナちゃんは自分の彼氏が低く見られるのも我慢出来ないみたい。だから、言葉選びに難儀してしまう。
……あ、閃いた。私はルークスが好きってことにしておけば、角が立たないかな。
「フィオナちゃん、私にはルークスがいるんだよ。最近、私がシュヴァインくんと話す機会が多いのは、修行を見て欲しいってお願いされたからなの」
「むっ、確かにルークスもいい男よね……。でも、あんたがルークスをキープしつつ、シュヴァインも狙っている可能性が……」
「いやいやいやっ、ないよ!? 六歳でキープなんて発想が出てくるの、怖いよ……!!」
元々、フィオナちゃんは大きな商会の一人娘で、五歳までは英才教育を受けていたらしい。だからその分、大人びているのかな。
ちなみに、その商会は破産して一家が離散。フィオナちゃんは一人、孤児院に捨てられたという事情がある。
孤児院での生活を始めた頃は、見ていられないくらい意気消沈していたんだけど、そんな彼女を励まして元気にしたのが、何を隠そうシュヴァインくんだった。
「……ま、そうね。あんたにはルークスがいるから、シュヴァインは狙ってない。それ、信じてあげるわ」
「う、うん……。どうも……」
フィオナちゃんは私の隣に座って、勝手にお喋りモードになったよ。
「あたしね、心配なの。シュヴァインはイケメンで性格もいいから、いつ悪い虫が付いても不思議じゃないでしょ?」
「ソ、ソウダネ……」
少なくとも、この孤児院でシュヴァインくんに懸想しているのは、フィオナちゃんだけだと思う。
だから、そんなに心配しなくてもいいんじゃないかな……と思ったけど、そう伝えると、また煩くなるんだろうなぁ。
「それでね、あたしはもっと綺麗になりたいの。分かるでしょ?」
「ウ、ウン……。ハイ、ワカリマス……」
「なら──教えなさいよッッッ!! あんたが髪も肌も綺麗にした方法を教えなさいよぉッ!!」
フィオナちゃんが突然、鬼の如き形相で詰め寄ってきた。怖いよ、情緒不安定なの?
私は再びガクガクと揺さぶられながらも、なんとか彼女を落ち着かせる。
「お、落ち着いて! 条件次第っ、条件次第で教えるというか、フィオナちゃんにもやってあげるから……!!」
「条件ですって!? お金ならないわよッ!?」
「私は無償で何かをするのが嫌なだけで、見返りを求めているの。別にお金じゃなくてもいいよ」
「なら、何が欲しいのよ!? あたし、何も持ってないわ!!」
フィオナちゃんは一文無しで、所持品にも金目のものはない。
「うーん……。それなら、身体で払って貰おうかな」
「あ、あんた、まさかソッチの人……!? この国は性的少数者に寛容だけど、あたしにソッチの趣味はないわよ……!?」
「うん、私にもないから安心して。そうじゃなくて、労働力になって貰おうかなって、思ったんだよ」
アクアヘイム王国は性的少数者に寛容。そんな話、初めて聞いた。
私には偏見とかないから、大変結構なことだと思う。
「つまり、あたしに何をさせたいの? 身体を売るつもりはないわよ?」
「子供に身売りさせるほど、私は鬼じゃないよ。とりあえず、何が出来るのか知りたいから、ステホを見せて貰える?」
「いいわよ、はいこれ」
私はフィオナちゃんのステホを見て、彼女の職業とスキルを確かめた。
フィオナ 火の魔法使い(1)
スキル 【火炎弾】
「火の魔法使い……? これって、普通の魔法使いとは違うの?」
「ええ、そうよ。この職業は取得出来るスキルが、火属性の魔法に絞られるの」
「へぇー、そんなのがあるんだね」
私にはなかった選択肢だから、ちょっとだけ羨ましい。一芸に特化した魔法使いって、プロフェッショナルって感じで格好いいよ。
【火炎弾】というスキルは名前の通り、火炎の弾丸を飛ばせる攻撃魔法だった。弾丸の大きさは親指サイズから拳大まで、自分の意思で調整出来るみたい。
壁師匠に撃ち込ませて、フィオナちゃんにも修行して貰った方がいいかな。
将来的には、ルークス、シュヴァインくん、フィオナちゃんの三人で、冒険者パーティーを組んで貰いたい。どうせみんな、冒険者を目指すだろうから。
私は街に残って、支援スキルを掛けたり、従魔を貸し出したりして、上前を撥ねながら生きていくんだ。あくまでも、予定だけど。
「──それで、あたしはどんな仕事をすればいいの?」
「えっと、私は魔物使いだから、テイムを手伝って欲しいかも」
「テイムぅ? それ、難しい仕事ね……。あたし、魔物と戦ったことなんてないわよ」
「別に今すぐじゃなくていいよ。壁師匠を貸してあげるから、十分に修行して強くなってからで」
私の依頼を引き受けてくれるなら、髪の艶とお肌の潤いを先払いしよう。
フィオナちゃんは壁師匠がなんなのか、全く分かっていなかったので、その辺りを軽く説明した。すると、この依頼を快く引き受けてくれたよ。
「分かったわ! そういうことなら引き受けてあげる!! だから早くっ、あたしに艶と潤いを頂戴!!」
「一応、先に言っておくけど、フィオナちゃんは元々艶も潤いも足りてるから、劇的な変化はないと思うよ?」
「あたしは少しでも綺麗になれるなら、努力は惜しまないの! いつまでもシュヴァインに相応しい女でいたいからねっ!!」
シュヴァインくん、本当に愛されているなぁ……。微笑ましくもあり、胸焼けもしてしまう。ご馳走様でした。
私はフィオナちゃんに【再生の祈り】を使って、魔力を空っぽにすることで不貞寝した。純愛モノは独身アラサーの胸を苛むよ。
ちなみに、フィオナちゃんの修行は非常にシンプルだ。攻撃魔法を只管、壁師匠に向かってぶっ放すだけだからね。
魔法使いにも体力は必要だと思うから、走り込みもして貰いたいけど、そっちには消極的。運動は好きじゃないんだって。
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