第8話 大きな進歩
【再生の祈り】──これは、肉体の損傷を継続的に治してくれるスキルだった。
ゲーム風に言うなら、再生状態のバフを付与するスキルだね。
これも【他力本願】の影響で、特殊効果が追加されている。
それは、まさかの若返り……。権力者に知られたら、飼い殺しにされちゃうよ。
六歳児の私が若返ると不味いから、特殊効果を切った状態で試しに使ってみよう。
「誰に祈ればいいのか、分からないけど……お願いします、私を再生してください」
私は地面に膝を突いて、手を組みながら祈りを捧げた。
すると、二十代前半になった私の姿を思わせる何者かが、純白の羽衣を纏って宙に現れた。神々しい後光が差しているので、なんだか女神っぽい。
暫定女神が私の頭に手を翳すと、優しい光が降り注いだ。
そして、一言も喋らずに、彼女はスーッと消えてしまう。
「アーシャ! 今の誰だったの!? アーシャのお姉さん!? 凄い綺麗な人だったね! ピカーってしてたから、女神様かな!?」
修行をしていたルークスがこちらに駆け寄ってきて、好奇心いっぱいに質問を繰り出した。
「今のはただの、スキルの演出だよ。ごめん、ちょっと眠いから、質問はまた後で……」
私は抗い難い睡魔に襲われて、呆気なく意識を手放す。これが魔力切れの弊害なんだって、感覚的に理解出来たよ。
──微睡に沈んでいくと、スラ丸との見えない繋がりに引っ張られて、私の意識は暗闇に浮かぶ道の上に誘われた。
その道は四つに分岐していて、それぞれの手前に一枚ずつ、看板が立てられている。
左から順番に、『分裂』『ミートスライム』『カーススライム』『コレクタースライム』って書いてあるけど、これは一体……。
「あっ、もしかして、スラ丸の進化先……!? 分裂は進化せずに、クリアスライムのまま数が増えるのかな……?」
この分岐は私が選べるみたいだけど、各選択肢の詳細が知りたい。そう願うと、手元にステホが現れた。
一瞬だけ戸惑ったけど、これで『分裂』の看板を撮影してみると、この選択肢の詳細が判明する。予想通り、この道を選ぶとクリアスライムのまま、スラ丸が分裂するみたい。
分裂させると、強さが半減したスラ丸が二匹になる。この場合、私が使役出来る従魔の枠も、しっかりと二匹分潰されてしまう。
……まぁ、分裂は真っ先に候補から外そう。クリアスライムを増やしたいなら、野生の子をテイムすればいいからね。
私は立て続けに、他の三つの看板もステホで撮影した。
『ミートスライム』──粘液と生肉を足して二で割ったような、美味しい身体を持つスライムで、お肉を沢山食べると現れる進化先。
この魔物は臭そうだから、やめておこう。スラ丸が食べてたのって、腐肉の洞窟の床とか壁だから……。
『カーススライム』──体内に呪いを蓄えたスライムで、闇の魔石を沢山食べると現れる進化先。
闇の魔石って、ゴーストが消滅した際に落とす真っ黒な魔石のことだと思う。
この進化先は戦闘力が高くなりそうだから、一考の余地があるけど……私まで呪われないか、大いに心配だよ。
『コレクタースライム』──体内に多くの物を収納出来るスライムで、マジックアイテムを三個以上収集すると現れる進化先。
聖なる杯、渇きの短剣、スキルオーブ。これらがマジックアイテムと呼ばれるものだったんだろうね。
スラ丸には今後も腐肉の洞窟に潜って貰うから、これが一番無難かな。クリアスライムのままだと、大きいお宝は回収出来ないけど、コレクタースライムならどうにかなりそう。
「よしっ、決めた! コレクタースライムにする!」
私が決断すると、どこからともなくスラ丸が現れて、コレクタースライムの道を転がって行った。
その後ろ姿を見送りながら、私の意識は徐々に浮上していく。
──中途半端な時間に寝てしまったので、起床したのは深夜だった。きちんと布団の中で寝ていたから、ルークスが運んでくれたんだと思う。
私を含めた孤児仲間が、みんなで寝ている場所は、孤児院の二階にある大部屋だよ。起きているのは私だけで、辺りは静まり返っている。
「あ、そういえば、スラ丸は……?」
視線を軽く巡らせると、スラ丸が私の枕元に居座っている姿を発見した。
進化しているはずだけど、身体は小さくなったね。街中にいるクリアスライムと、あんまり見た目が変わらない。
違いと言えば、核になっている魔石が一回り大きくて、若干灰色っぽい半透明になっていること。前は白くて微かに発光していたんだけど、今は全く光っていないよ。
前までのスラ丸の魔石は光属性っぽかったから、これは無属性の魔石かな?
ステホでスラ丸を撮影してみると、きちんと『コレクタースライム』という種族名が表示された。
持っているスキルは【浄化】と【収納】の二つ。
前者はクリアスライムから引き継いだスキルだけど、威力が上がっている。以前までは手のひらを綺麗にするのがやっとだったのに、今では全身を綺麗にして貰えるよ。
後者が進化してから取得したスキルで、これを使うと異空間にものを仕舞うことが出来る。所謂、アイテムボックスというやつだね。
異空間の中は時間が止まっていて、生物は入らない。広さは現状だと、高さ、幅、奥行きがそれぞれ十メートルくらい。スラ丸の成長と共に、広くなるんだと思う。
ちなみに、人間であれば、商人が取得出来る可能性のあるスキルの中で、【収納】は一番の大当たりだと言われている。
「これは運気が上がってきたかも……!! そうだ、スラ丸。お宝発見のご褒美があるんだよ」
「!?」
私はポケットから、若干萎びている葡萄を取り出した。そして、【感覚共有】でスラ丸に味覚と嗅覚を付与してから、その身体に葡萄を押し付ける。
スラ丸は体内に葡萄を取り込むと、初めての甘味に感極まって、プルプル震えながら蕩けちゃった。
よしよし、じっくりと味わってね。
「さて、もう眠くないし、どうしようかな……」
私は小声で独り言を漏らし、窓の外に浮かんでいる満月を見上げた。
月は二つ。青い月と、赤い月だよ。
これを見る度に、ここが異世界なのだと強く実感して、深い郷愁に駆られてしまう。
……お父さんとお母さん、元気にしてるかな?
前世の私は一から十まで、親不孝な娘だった。働かなかったし、孫の顔も見せてあげられなかったし、親より先に死んじゃったし……。
今世では親がいないから、またもや親孝行とは無縁の人生になりそうで、ほろりと涙が零れる。
……あ、でも、マリアさんが私の育ての親なんだよね。生みの親に拘らなければ、親孝行は出来そうだ。
私は子供部屋をこっそりと抜け出して、マリアさんが寝ている部屋へと向かう。
「マリアさーん、寝てますかー……? うん、寝てるね。では早速……」
寝ているマリアさんに、こっそりと【再生の祈り】を使う。今度は特殊効果を追加した状態で。さぁ、若返れ!
私の魔力がごっそりと抜けて、暫定女神の大人アーシャが現れ、マリアさんに優しい光が降り注ぐ。
「──ん、んん? なんだい、もうお迎えが来ちまったのかい……。あたしゃまだ、ピチピチの六十代だってのに……」
ぼんやりと目を覚ましたマリアさんが、スキルの演出を見て妙な勘違いをしている。まだ死なないから、安心してください。
お仕事を終えた暫定女神が消えて、マリアさんは再び眠りに就く──かと思いきや、カッと目を見開いて上体を起こした。
「い、今のはなんだい!? 夢!?」
「わっ、び、びっくりしたぁ……!!」
「あん? アーシャ……? こんな時間に何してんだい?」
マリアさんが私の存在に気が付いて、訝しげな眼差しを向けてきた。
どうしよう、スキルのことを説明する? いやでも、若返り効果は厄ネタっぽいから、心配を掛けてしまうかも……。うん、やめておこう。
ただ、なんの用事もないというのは不自然なので、適当な話題を捻り出した。
「えーっと、どうしても気になることがあって、眠れなくて……あの、スキルを後天的に取得出来る方法って、職業レベルを上げること以外で、ありますか?」
「ハァ……? 呆れたねぇ。スキルを三つも持っているのに、まだ欲しいのかい? まったく、欲張りな子だよ……」
「い、いやっ、そういう訳では……」
「まぁ、方法ならあるにはあるよ。スキルオーブを使えばいいさね」
スキルオーブの存在は、一般的に知られているらしい。私が知りたいのは、その価値だ。
「それって、どれくらいの価値がありますか?」
「青天井だよ。極稀に、ダンジョンで見つかるんだけどねぇ……。この街のダンジョンから、最後にスキルオーブが出たのは、もう何年も前のことさ」
供給は少ないけど、需要なら幾らでもある。だからこその青天井。
数年前に発見されたスキルオーブには、【冷水連弾】という攻撃魔法が内包されており、それはオークションに掛けられて、白金貨三十枚で売れたらしい。
スキルの名前からして、冷たい水をいっぱい飛ばすのかな?
白金貨は一枚で、金貨百枚分の価値がある。
金貨一枚が日本円で、十万円相当だとして……白金貨一枚、一千万円……それが三十枚だから……三億円!?
凄い、宝くじの一等だよ。スラ丸がスキルオーブを見つけたの、本当に大金星だったね。
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