第7話 スラ丸の帰還

 

 ──突然だけど、孤児院で出される食事は美味しくない。

 ブニブニして獣臭い謎のお肉と、ピリ辛な水草が入ったスープ。これが朝晩と二回に分けて出てくる。

 味付けは塩のみで、たまに入っている小魚の切り身に贅沢を感じるけど、これも別に美味しい訳じゃない。前世の食生活と比べると、雲泥の差だよ。


 私以外の孤児は、比較対象になる美味しい食事を知らないので、食事とはこういうものだと思い込んでいる。

 だから、不満そうな顔で食事をしているのは、私だけ……。

 そんな私の食生活にも、ほんの僅かな楽しみがある。それは、マリアさんが月一で調達してくる一房の葡萄だった。


「ガキどもっ、喜びな!! 今日はデザートがあるさね!! 一人一個だから、横取りなんてするんじゃないよ! 特にトール!!」


「チッ、クソババア!! 一々名指しすンじゃねェ!!」


 朝食をとった後、マリアさんがトールを注意してから、葡萄を一粒ずつみんなに配っていく。

 貴重な甘味を貰えて、子供たちが喜色満面の笑みを浮かべた。

 一人で一房食べるなんて贅沢は出来ないけど、一粒だけでも幸せを噛み締めることが出来る。


「うーん……。この葡萄、もしかしたら使えるかも……」


 みんなが葡萄を口に放り込んでいく中、私はそれをジッと見つめていた。

 この葡萄を差し出せば、スラ丸のご機嫌を取れるかもしれない。【感覚共有】を使ってスラ丸に味覚を付与し、甘いものを食べさせてあげれば、きっと喜んでくれると思う。


 無論、私は葡萄を自分で食べたい。けど、成長したスラ丸に復讐されるのが怖いから、この葡萄は命綱として取っておくことにした。

 今現在、スラ丸は私との繋がりを辿って、ダンジョンの出口を目指している。何事もなければ、今日中に帰って来ちゃうよ。


「あ、アーシャちゃん……。ぶ、葡萄、た、食べない、の……?」


 私の隣に座っている孤児仲間の少年が、私が食べていない葡萄を物欲しそうに見つめながら、ぼそぼそと喋り掛けてきた。

 彼は丸顔で目や鼻も丸く、身体まで丸っこいという、太っちょな六歳児。名前はシュヴァインくんだ。やや短めの髪は緑色で、瞳は山吹色。私よりも背が低くて、いつもオドオドしているから、頼りない印象を受ける。

 でも、道端に咲いている野花を人に踏まれない場所へ移したり、泣いている子供の傍に何日でも寄り添ったりと、優しさに定評があるんだよ。


「今は食べないだけだよ。あげないからね」


「そ、そっか……。い、いらなくなったら、ボクに言ってね……?」


 ご覧の通り、シュヴァインくんは食い意地が張っている。……実は私、彼のことを疑っているんだ。

 みんなと同じ食生活を送っているはずなのに、この孤児院で太っているのは彼だけなんだもの。……盗み食い、してるんじゃないのかなって。


「アーシャ、今日も修行させて! お願いっ!」


「うん、分かった。それじゃあ、庭に出よっか」


 ルークスにお願いされて、私は壁師匠を庭に用意した。最近は垂直の壁を駆け上がる修行も始めたので、高さマシマシの壁師匠だよ。

 ルークスが修行をしている間、私は【感覚共有】でスラ丸の様子を確認するのが、ここ最近の日課になっている。


 スラ丸の視点の高さが以前の二倍になっているので、身体の大きさも二倍っぽい。

 それと、スラ丸は身体の中に、お宝と思しきものを幾つか溜め込んでいる。短剣とか宝玉とか、金目のものが数点。復讐は怖いけど、お宝は楽しみだね。


「──あのっ! ぼ、ボクも、修行! さ、させて、貰えたり……しない……?」


 突然声を掛けられて、私の肩がビクッと跳ねた。振り向くと、オドオドしているシュヴァインくんの姿がある。


「……え? 修行って、ルークスがやってるやつだよ? シュヴァインくん、本気なの?」


「ほ、本気だよ……!! ボク、守りたい子が、いるんだ……!!」


「ふぅん……。一応言っておくけど、修行を頑張っても、ご褒美とかないよ? 葡萄もあげないよ?」


「う、うん……っ、わ、分かってるから……!!」


 シュヴァインくんは吃っているけど、その眼差しと声色からは、とても強い意志が感じられた。

 心意気は買う。でも、ルークスがやっている修行は暗殺者用だから、彼には合わないかも……。


「うーん……。そもそも、どうして私に声を掛けたの? 修行なら一人でも出来るよね」


「る、ルークスくんが、目に見えて、強くなってるから……。あれ、アーシャちゃんの、お陰かなって、思って……」


「なるほど。……まぁ、育ててあげるのは吝かじゃないよ。それで、シュヴァインくんは私に、どんな恩返しをしてくれるの?」


「ど、どんな……? えっと、ど、どうしよう……?」


 私は子供が相手でも、ガッツリと見返りを求めるよ。壁師匠で稼がないと、将来が行き詰まっちゃうから。

 肩を縮こまらせているシュヴァインくんは、どうやって恩返しするか思い付かないみたい。なので、助け船を出してあげよう。


「ルークスは私を守ってくれるって、約束してくれたよ」


「そ、それなら、ボクもそれで……」


「シュヴァインくんには、守りたい人がいるんだよね? それって私なの?」


「ち、違うよ! ボクが守りたいのは、フィオナちゃんで……!! で、でもっ、アーシャちゃんも、守ろうかと……」


 フィオナちゃんとは、赤い長髪をツインテールにしている女の子だ。私たちと同い年の孤児仲間なんだけど、気が強くてツンツンしているから、私は近寄らないようにしている。

 彼女がシュヴァインくんと一緒にいるところ、かなり頻繁に見掛けるから、相思相愛なのかなぁ……。


 リア充……うっ、頭が……!!


「私とフィオナちゃんが同時にピンチになって、片方しか守れないなら、キミはどっちを守るの?」


「え……あ、う……それ、は……」


 目の前のリア充を困らせたくて、ちょっと意地悪な質問をしてしまった。

 シュヴァインくんが泣きそうになっているので、私は慌てて謝る。


「ご、ごめんごめんっ、答え難いよね! いいよ、その場合はフィオナちゃんを守っていいから! ね、だから泣かないで!」


「う、うん……。ありがとう、アーシャちゃん……」


「それじゃあ、シュヴァインくんも今日から私の弟子ということで。とりあえず、ステホを見せて貰える?」


「し、師匠……!! お願い、します……!!」


 私はシュヴァインくんのステホを見て、彼の職業とスキルを確認する。


 シュヴァイン 騎士(1)

 スキル 【低燃費】【挑発】


 騎士というのは、誰かを守ることに長けた職業だよ。

 彼が最初に貰った職業スキルは【挑発】で、これを使うと敵視を自分に集められる。RPGであれば、パーティーに一人は欲しい前衛の壁役だね。

 少し気になるのは、もう一つのスキル【低燃費】──これは私の【他力本願】と同様に、先天性のスキルらしい。

 詳細を確かめてみると、自分が使う様々なエネルギーの消耗を抑えられるという、常時発動型のスキルだった。


 シュヴァインくんが太っているのは、盗み食いをしているからだと疑っていたけど、このスキルが原因でカロリーが減り難いみたい……。疑ってごめんね。

 スキルを使うのに必要な魔力や体力、その他諸々の消耗を抑えられるので、物凄く有用なスキルだと思う。……まぁ、太りやすくなるというデメリットがあるから、私は羨ましいなんて思わないけど。


「──よし、決めた。シュヴァインくんにも走り込みをやって貰うとして、当たり強さを鍛えるための修行もしよっか」


「が、頑張るよ……!! ボク、立派な騎士に、なるから……!!」


 前衛の壁役は身体を張って敵を止めないといけないから、当たり強さが重要だよね。壁師匠に向かって体当たり、一日千回を目標にして貰おう。

 シュヴァインくんに指示を出してから、私は再び【感覚共有】を使って、スラ丸の様子を確かめようとした。丁度そのタイミングで、トントンと肩を叩かれる。今度は誰かな?


「──って、スラ丸!? 帰って来たの!?」


 私の後ろには、身体の大きさが二倍になっているスラ丸の姿があった。

 怒っている様子は……ない、と思う。恭しくお宝を差し出してくる辺り、主従関係は継続していると見て良さそう。


「スラ丸、ご苦労様。私はスラ丸のこと、信じてたよ」


 労いの言葉を掛けてから、ステホでお宝の記念撮影をしておく。

 まず最初は、青い宝石が嵌められている銀の杯。見るからに値打ちものだね。

 撮影した瞬間に、その杯の詳細が表示された。どうやら、ステホで鑑定出来るのは魔物だけじゃなかったみたい。


 『聖なる杯』──魔力を込めると聖水が生成される。

 試しに握ってみると、身体からグッと魔力が抜けて、杯の中が水で満たされた。

 これが聖水だと言われても、普通の水にしか見えない。指で触れたり軽く舐めたりしても、やっぱり普通の水だ。

 この水もステホで撮影したら、何か分かるのかな?


 『聖水』──不浄を祓う水。

 あっさりと判明した。多分だけど、ゾンビとかにダメージを与えられる水だよね。

 聖水が売り物になるなら、それを生成出来る杯は大金に化けそう……。今の私が大金を持っても、絶対に管理出来ないので、聖なる杯は隠し持っておく。


「スラ丸、次のお宝を出して」


 私が命令すると、スラ丸は身体の中から一本の短剣を取り出した。

 その刃は銀色に輝いており、ゾッとするほど美しい。両刃で刃渡りは十五センチ程度。柄は赤黒くて禍々しく、刃の美しさと見比べると、余りにも醜い。


 『渇きの短剣』──刃が血液を吸収して、耐久度が回復する。

 撮影してみると、便利な武器だと判明。これはルークスにあげよう。きっと喜んでくれると思う。


「スラ丸、次」 


 私が催促すると、スラ丸は最後のお宝を取り出した。

 それは、手のひらサイズの宝玉だった。神々しい輝きと、無数の白い象形文字を内包しているよ。

 早速ステホで撮影してみると、驚くべきアイテムであることが判明。


 『スキルオーブ』──額に押し当てると、スキル【再生の祈り】を取得出来る。

 職業レベルを上げること以外で、後天的にスキルを取得出来る方法があるなんて、全く知らなかった。

 私はなんの躊躇いもなく、スキルオーブを自分の額に押し当てる。すると、それは一瞬だけ白い光を放って、額に吸い込まれた。


 アーシャ 魔物使い(7) 魔法使い(5)

 スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】

 従魔 スラ丸(分裂可能・進化可能)


 スラ丸が暴れていたおかげで、魔物使いのレベルの上がり方が凄い。

 ルークスのために壁師匠を出し続けているから、魔法使いのレベルもしっかりと上がっているよ。

 スラ丸の進化に関しては、とりあえず後回しで。


「さて、肝心の新スキルは──」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る