第6話 ばいばい、スラ丸

 

 私がスラ丸を仲間にしてから、早いもので一週間が経過した。

 この一週間、ルークスとは別の修行メニューで、スラ丸も育てている。具体的に言えば、壁師匠に向かってひたすら体当たりさせているよ。

 雨の日も風の日も、日がな一日修行に明け暮れて、ルークスは目に見えて強くなった。実戦経験がないのに、職業レベルが5まで上がったからね。

 片やスラ丸は、全然成長していない。


「……もう駄目かも分からんね、スラ丸」


「!?」


 孤児院の庭で修行させていたスラ丸に、私は戦力外通告をした。

 スラ丸はショックを受けて飛び跳ねる。そして、自分はまだやれると訴え掛けるように、私の周りをコロコロと転がり始めた。


「無理だよ、スラ丸。こんなに頑張っても、キミは弱いままでしょ」


 壁師匠を使っても全く強くなれない時点で、戦力として数えられる日は訪れないと思う。

 どれだけ愛嬌を振り撒かれたって、スラ丸には根本的な可愛さが足りていないから、私の癒し枠として確保しておくことも乗り気になれない。


 スラ丸の取り柄である【浄化】も、かなり地味なんだよね。

 身体とか衣服の汚れを消すために使えるんだけど、一回で手のひら分の面積の汚れしか消せない。この子の魔力、余りにも少ないんだ。


「スラ丸には、二つの選択肢があります。野生に帰るか、ダンジョンでお宝を拾ってくるか、選んでください」


 私は地面に縦線を引いて、前者を選ぶなら左側、後者を選ぶなら右側に移動するよう命令した。

 スラ丸は僅かに逡巡してから、おずおずと右側に移動する。……正気かな?


 ダンジョンというのは、危険な魔物が徘徊している謎の地下構造体だよ。

 誰がどんな目的で作ったのか、あるいは自然発生したものなのか、その起源は明らかにされていない。

 ダンジョン内から魔物が外に出てくることもあるので、人類にとっては厄介な場所だ。……けど、それだけじゃない。魔物から得られる素材は、人類の糧になるからね。


 それと、ダンジョン内ではお宝が生成されるから、一攫千金を夢見て探索する人も多い。

 お宝が生成されるという時点で、何者かが人間を誘き寄せる気満々にしか思えないよ。当たり前だけど、か弱い私は絶対に同行しない。

 ダンジョンへ潜るのは、スラ丸一匹だけ。頑張れ!


「スラ丸、敵と戦う必要はないからね。無害なスライムとして、ダンジョン内を徘徊すること。それで、小さいお宝だけ持ち帰れば、上出来だから」


 私の指示を聞いて、スラ丸はやる気を示すように、その場で何度も飛び跳ねた。……正直、あんまり期待はしていない。

 私がマリアさんから聞いた話によると、この街、サウスモニカに存在するダンジョンは三つある。


 一つ目は『流水海域』──流氷が幾つも浮かんでいる冷たい海のダンジョンで、出現する魔物は他所に比べれば弱い方だけど、環境が人間にとっては厳しいとされている。

 地下構造体なのに海があるって聞いたときは、私の脳内が疑問符で一杯になったよ。ダンジョンに常識は通用しないみたい。


 二つ目は『無機物遺跡』──無数の廃墟がある地下都市のようなダンジョンで、出現する魔物は動く鉱物の塊だって。俗に言う、ゴーレムというやつ。

 中級者向けのダンジョンとして知られており、敵は硬いけどお金が安定して稼げるらしい。鉱山みたいなものだね。


 三つ目は『腐肉の洞窟』──床、壁、天井が腐った生肉で形成されている洞窟型のダンジョンで、出現する魔物は悍ましいゾンビたち。

 腐肉の洞窟を語る上で、まず欠かせないのが、シュールストレミングよりも遥かに酷い悪臭だ。

 ダンジョン全体が腐った生肉で形成されていることに加えて、ゾンビも身体が腐っている。しかも、誰も立ち入らないダンジョンだからと、スライムが処理し切れない分の街の生活排水が、全てここに流されている。

 その悪臭は結界によって、外部に漏れないようになっているけど……一度漏れ出せば、街中の人間が死に絶えると言われているほどだよ。


 次に語るべきは、旨味が殆どないこと。ゾンビの素材なんて、全然売れないみたい。

 一応、ダンジョン内でお宝は生成されているはずだから、一攫千金のチャンスはあると思う。けど、近場に二つも他のダンジョンがあるので、普通ならそっちへ行く。


 最後に語るべきは、ゾンビが単純に強いことだよ。光、火、水と弱点は多いらしいけど、それらの弱点を突けないと、中々倒せないって。

 それに、この世界のゾンビはB級ホラーみたいな歩くゾンビではなく、A級ホラーの走って群れて津波のように襲い掛かってくるゾンビだ。

 臭い、不味い、強い。そんな三拍子の最凶ダンジョン、それが腐肉の洞窟。


 ──さて、そんな場所の入り口に、私はスラ丸を引き連れてやって来た。

 信じ難いことに、孤児院の裏手にあるんだよね、ココ。

 孤児の社会的地位は低い。そのため、私たちが暮らす孤児院は、立地条件が最悪な土地に建てられている。


 入り口の周りはゾンビが苦手な水路で囲まれているし、臭気を遮る結界もある。

 きちんと対策されているから、悪臭と魔物の被害はないんだけど……稀に、太陽光に焼かれているゾンビや、水路に落ちて腐乱死体になっているゾンビが発見されるよ。言うまでもないけど、正気度が削られる。

 入り口の大きさは二十メートルくらいあって、地獄へ続いているような奈落の大穴だ。こっちも眺めているだけで、正気度が削られそう。


「スラ丸、任せたよ。お宝を拾ってくるまで、帰って来たら駄目だからね」


「!?」


 スラ丸は愕然とした様子を見せたけど、真顔の私が手を振ってお見送りすると、渋々ながらも転がって行った。

 スラ丸もまさか、腐肉の洞窟へ送り込まれるとは考えていなかったみたい。

 時折、歩みを止めてチラッとこちらに視線を向けてくるけど、私は命令を撤回したりしない。手を振って、静かにお見送りするだけだ。


 ちなみに、私はなんの勝算もなく、スラ丸を腐肉の洞窟へ送り込む訳ではない。

 ゾンビって、多分だけどスライムを襲わないんだよね。クリアスライムが浄化の力を持っているからか、あるいは他の理由があるのか、詳しい理由は分からない。

 なんにしても、生活排水と共に腐肉の洞窟へ流されていくスライムたちは、いつも何食わぬ顔で街に戻ってくる。


「あっ、そうだ。試しに使ってみようかな、【感覚共有】」


 私は特殊効果の五感付与を切った状態で、スラ丸の感覚を共有させて貰う。

 すると、スラ丸の周囲にある物体の輪郭を知覚することが出来た。

 スラ丸に視覚、嗅覚、味覚はない。ただ、触覚と聴覚だけが人間以上に発達していて、自分がプルプルと振動することで、反響定位を行っている。


 凄いことをしているなぁ……とは思うけど、反響定位の範囲は全然広くない。これなら、私と同等の五感を付与した方が、探索しやすくなりそう。

 それじゃあ、早速──って、危ない!! スラ丸に嗅覚を付与して、それを共有したら、私が殺人級の悪臭を嗅ぐことになっちゃう!


「ふぅ……。寸前で思い止まって、命拾いしたよ……」


 スラ丸に付与するのは、視覚だけにしておく。

 実行すると、知覚していた周囲の輪郭に突然色が付いて、スラ丸は大いに困惑した。それから数分ほど右往左往していたけど、悪いことではないと受け入れ、気を取り直して探索を開始する。


 腐肉の洞窟の中には、人型のゾンビが大勢いた。間引きとか誰もしないから、あちこちの通路で渋滞を起こしているよ。

 ゾンビたちは壁や床を形成している腐肉に齧り付いて、貪るように食事をしており、噛み千切られた場所からは赤黒い血が流れていた。……これはちょっと、目を背けたくなる光景だね。

 腐肉は所々が仄かに赤く発光しているので、光源には困らない。侵入者が奥へ奥へと進みやすいようになっているみたいで、これもまた不気味な要因の一つだった。


 スラ丸は戦々恐々としながらも、慎重にゾンビたちの足元を潜り抜けて、何事もなく順調に前進している。私の予想通り、ゾンビたちはスラ丸に攻撃する素振りを見せていない。

 しばらく進むと、ゾンビが数百匹は犇めいている大部屋に到着した。その部屋の中央には青銅の宝箱があって、スラ丸はそれに近付いていく。


 ──よしっ、触れる距離にまで近付けた。

 スラ丸が上蓋に向かって体当たりすると、なんの抵抗もなくパカッと開いたよ。中に入っていたものは、錆びている鉄の剣だ。


「おおっ、それでいいよスラ丸! ナイスだよ!!」


 錆びているとはいえ、貧乏な私からすれば、鉄の剣は十二分にお宝と呼べる代物だった。

 当然、それを持ち帰って欲しいと願う。……けど、残念。スラ丸が持ち運ぶには大き過ぎるね。

 スラ丸はなんとか持ち帰ろうと努力してくれたけど、無理なものは無理だった。ガッカリだよ。


 ──そして、次の瞬間。宝箱とその周囲の床が消えて、ぽっかりと穴が開く。

 罠だ! と察するも、時既に遅し。スラ丸は悲鳴を上げる暇も口もなく、その穴に呑み込まれてしまった。

 

「…………ばいばい、スラ丸。キミのことは忘れないよ」


 私はスラ丸との【感覚共有】を切って、ご冥福をお祈りした。




 ──数日後。私が食堂で夕食をとっている最中、隣の席のルークスが質問をしてきた。


「ねぇねぇ、アーシャ。最近さ、スラ丸を見てないんだけど、どこに行ったの?」


「宝探しだよ。……それよりも、ルークス。スラ丸が私に反逆したら、助けてくれる?」


「え……? う、うん。反逆なんてされないと思うけど、されたら勿論助けるよ」


 私はルークスの言葉を聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。大丈夫、私は一人じゃないんだ。

 罠に嵌ったスラ丸は死んだと思ったけど、目に見えない繋がりはずっと感じている。だから、定期的に視覚を共有して、現状を確認しているんだけど……スラ丸ね、腐肉の洞窟の下層で、逞しく生きているよ。


 あの子は腐肉だって食べられるから、飢え死にする心配はない。ゾンビに襲われないから、命の危険だってない。

 下層に現れる修道女の幽霊みたいな魔物、ゴースト。そいつもスラ丸には見向きもしていない。

 ただ、ゴーストは苦悶に満ちた悲鳴を絶え間なく上げているので、スラ丸の反響定位の邪魔になる。困ったスラ丸は、駄目元でゴーストに【浄化】を使った。

 威力は低くとも、相手は不浄な存在だから、追い返すことくらいは出来るだろうと期待してのことだ。


 その結果、ゴーストは一瞬で消滅。スラ丸の威力が低い【浄化】でも、一撃で倒せてしまうほど、それはゴーストにとっての弱点だったらしい。

 そうして消滅したゴーストは、その場に真っ黒な石を残した。

 スラ丸の体内にあるものとは、色が全然違う。けど、それも魔物の核となる石、『魔石』と呼ばれるものだよ。


 スラ丸は引き寄せられるように、ゴーストの魔石を体内に取り込んだ。すると、ゴーストの魔石が消化されて、スラ丸の魔石が僅かに大きくなった。

 スラ丸は自分の魔石の大きさに比例して、プニプニな身体も大きくなり、魔力だって少しずつ増えていく。


 これに味を占めたスラ丸は、延々とゴーストを狩り続けて、力を蓄えているのだ。

 この物語の主人公が、スラ丸であれば……多分、タイトルはこうだと思う。


『ご主人様の無茶振りで最凶ダンジョンの下層に落ちたけど、スライムだから大丈夫でした。ここで自分も最凶になって、ご主人様に復讐します』

 

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