第5話 初めてのテイム
──ルークスの修行が始まった次の日。
私は質素な朝食をとった後、マリアさんのところに出向いて質問をしていた。
「あの、従魔が欲しいんですけど、私でも捕まえられる魔物っていますか?」
「スライム。今のアーシャがテイムするなら、スライム一択さね。何処にでもいるし、捕まえるのも簡単だし、食費も掛からないよ」
マリアさんに即答されて、私は思わず砂を噛んだような顔をしてしまう。
スライムは街中のゴミ箱、トイレ、水路、それから外の湿地帯にも沢山生息している魔物だよ。このスライムが水の汚れを食べてくれるから、この国の水はどこも綺麗なんだって。
とても有難い魔物なんだけど……正直、従魔にする価値が見出せない。
スライムの戦闘力は皆無に等しくて、出来ることはゴミ処理だけ。そんなことは野生のスライムが勝手にやってくれる。
「私、強くてモフモフしている従魔が欲しいんです」
「贅沢言うんじゃないよ。そもそも、魔物使いがテイム出来るのは、自分よりも弱い魔物だけさね」
「え……っ、えぇっ!? そうなんですか!? それだと私、スライムすら倒せないから、テイムも出来ないのでは……!?」
「相手よりもレベルが高いとか、魔力が多いとか、凄いスキルを使えるとか、そういう部分を見せつけるだけで良い場合もあるさね」
テイムに必要な強さの基準は、腕っぷしだけじゃない。それは助かるけど……どうせ今の私じゃ、強い魔物なんてテイム出来そうにない。
私は仕方なく、マリアさんの勧めに従って、スライムをテイムしに行くことにした。
孤児院の外に一人で出るのは怖いので、まずはルークスに声を掛けよう。
「──と、そんな訳で、ルークスの力を貸して欲しいの」
「分かった! 任せて!」
ルークスは二つ返事で、私に付いて来てくれたよ。お礼に今日の壁師匠は、二重にしてあげよう。意味があるか分からないけどね。
私たちが孤児院の近くにある水路を見て回ると、早速水底にいるスライムを発見した。
身体は不定形で、若干だけど白み掛かった半透明。目も鼻も口もなく、体長は三十センチ程度。体内に極小の白い魔石があって、それを失うとスライムは死んでしまう。
「改めて思うけど、物凄く弱そう……」
「ねぇ、アーシャ。ステホでスライムを撮ってみたら? どんな魔物なのか、それで分かるらしいよ」
「どんな魔物かって、スライムはスライムじゃないの?」
「ええっと、オレも詳しくは知らないけど、スライムにも色々な種類がいるんだって」
ルークス曰く、ステホには魔物の図鑑機能が搭載されているらしい。
私は言われた通り、スライムを撮影してみる。すると、『クリアスライム』という名前と、この子が【浄化】というスキルを持っていることが判明した。
正式名も持っているスキルも知らなかったので、思わず感心してしまう。
スキルの詳細も確認出来たよ。【浄化】とは、汚いものを消せる魔法だ。この種類のスライムが沢山生息しているから、この国の水は綺麗なんだろうね。
「同種のスライムにも個体差があるだろうし、凄いスライムとか、どこかにいないかな?」
「んー……。凄いかどうか分からないけど、変なスライムなら見たことあるよ」
「変なスライム……? 変って、どんな感じで変だったの?」
「なんか、身体を丸くして、転がって移動してた。コロコローって感じで」
ルークスが目撃した変なスライムは、かなり奇妙な個体だった。スライムって、ナメクジみたいに這って移動するのが一般的だからね。
身体を丸くして転がるって、創意工夫だよ。もしかしたら、その個体はスライムの癖に、知能が高いのかも……。
「今の私が使役出来る従魔の数って、一匹だけだから、どうせテイムするならその子がいいかな……。ルークス、そのスライムの居場所を教えて」
「多分、決まった居場所はないと思う。あちこちの水路を転がっているから、きっと待ってればくるよ」
「ほほぅ、なるほど。それじゃあ……待っている間に、ルークスは修行でもする?」
「うんっ! する!!」
水路から離れる訳にはいかないので、この場で出来る修行をさせよう。
ここには孤児院の庭ほどのスペースがないから、小さめの壁師匠を地面に敷いて、その上でルークスに跳躍して貰う。
「これも脚力アップの修行だよ。走り込みは速力重視だけど、こっちは跳躍力重視の修行かな」
「おおーっ、ありがとう!! 壁師匠っ、お世話になります!!」
ルークスは壁師匠に一礼してから、ぴょんぴょん飛び跳ね始めた。まだまだ子供の無邪気な遊びに見えるので、とても微笑ましい。
私は後方腕組み師匠面で指示を出しているけど、暗殺者の正しい育て方なんて知らない。でもね、そう的外れな修行ではないと思う。
「着地のときに、出来るだけ足音が消えるよう心掛けて。どんな動作でも、極力静かにね」
「うんっ、分かった! そういえば、アーシャは一緒に修行しないの?」
「しないよ。だから、ルークスは私の分まで強くなって、私を守ってね」
「分かった! 絶対に守る!!」
物凄く安請け合いされた気がしないでもないけど、ルークスはいつだって真剣だから、この約束も本気で守ろうとしてくれる……よね? 信じるよ、私。
それにしても、六歳児に守って貰おうとする私の、なんと情けないことか……。
本当はね、私もルークスと一緒に修行した方がいいんだ。逃げ足を鍛えられるから。でも、やらない。
足が太くなったら嫌だし……何より私には、激しい運動を生活習慣に取り込めるほどの根性がない。そんな根性があったら、アラサーでニートなんてしてなかったよ。
「──あっ、転がってるスライム! 本当に来たよ!」
一時間ほど待機していると、水路の底を転がっているスライムがやって来た。
ステホで撮影してみたけど、特別なスキルを持っている訳でもないし、『頭が良い』という備考もなかった。転がっているのは個性の範疇で、それはステホを使っても確かめられないってことだね。
とりあえず、小さめの【土壁】で四方を囲い、転がるスライムを閉じ込める。
「アーシャ、テイムってどうやるの?」
ルークスが修行を中断して、興味津々で私の隣に立ち、そんな質問をしてきた。
「え、どうって……どうやるんだろう……?」
スキルはそれを持っていると認識した瞬間に、手足を動かすのと同じ感覚で使えた。けど、魔物をテイムする方法は分からない。
ステホを確認しても、魔物使いのマニュアルみたいなものは見つからなかったよ。
こうなったら、手探りしかない。まずは念じてみよう。
私はスライムをジッと凝視して、『仲間になれー』と念じる。スライムに目はないけど、あちらも私を見ている気がした。
それから、スライムは何度か【土壁】に体当たりして、諦めたようにベチャっと身体を崩す。
その瞬間、目に見えない繋がりが私とスライムの間に生まれて、テイムが成功したことを確信した。
「やった!! 今日からキミの名前はスラ丸だよ! よろしくね、スラ丸!」
丸まって転がるから、スラ丸。安直過ぎるかなと思ったけど、これからも従魔を増やしていく予定なので、安直じゃないと忘れてしまいそう。
スラ丸の出番なんて、すぐになくなりそうだし、尚更ね……。
この子の魔力は【浄化】を一回使うと切れる程度で、体当たりは貧弱な私ですら、マッサージに感じる程度の威力。こんな体たらくでは、主要キャラクターを務めることなんて出来ない。
ちなみに、スラ丸が仲間になったことで、私の魔物使いのレベルが上がったよ。
このタイミングで判明したんだけど、どうやら『職業レベル=使役可能な従魔の数』になっているみたい。
つまり、もう一匹テイム出来るんだけど……スライムなんて、一匹で十分かな。
アーシャ 魔物使い(2) 魔法使い(1)
スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】
従魔 スラ丸
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