第4話 壁師匠

 

 職業選択の儀式が終わって、私たちは無事に孤児院まで帰ってきた。

 帰路を辿っている最中、私はずっとステホと睨めっこをしていたけど、どうして職業が二つもあるのか、答えが見つからない。

 ズルをしたと思われるのも嫌なので、神父様には話さなかったけど、ちょっと不安だよ。


「マリアさん、実は……私の職業が二つもあるんですけど、これって大丈夫なんですか……?」


「二つぅ……? ありゃ、本当だね。職業が二つもある奴なんざ、初めて見たよ……」


 こっそりとマリアさんにステホを見せたら、彼女も困惑してしまった。


「神父様には言わなかったんですけど、不味かったですか……?」


「そうさねぇ……。まぁ、二つあることで誰かが不利益を被る訳でもなし。気にしなくていいんじゃないのかい?」


「そう、ですかね……」


 もしかしたら、選べる職業が一つ多いのは、前世の私の分かもしれない。ほら、前世では無職だったから、今世では二人分働きなさいって神様が言っているのかも。


「肝心のスキルはどうなんだい? 最初に一つ、何か貰っているだろう?」


「あ、まだ確認してませんでした」


 私はステホを握り締めながら、スキルを確認したいと念じた。

 こうすることで、ステホに浮かび上がる文字が変化する。


 【他力本願】【感覚共有】【土壁】


 職業が二つあるし、スキルも二つあるよねって期待したけど、何故か三つもある。

 一つ目のスキル【他力本願】の詳細を確かめると、攻撃系以外のスキルの効力が増して、更には特殊効果も追加されると書いてある。要するに、スキルを改良するスキルだね。

 その代わりに、攻撃系スキルの取得不可、他者への攻撃不可というデメリットがあって──


「これが原因じゃんッ!!」


 私は思わず、ステホを床に叩き付けそうになった。私が呪いだと思っていた現象は、十中八九このスキルが原因だよ。

 蚊に刺されても、黙って見ていることしか出来ない無力感。それを思い返しながら、地団駄を踏んでいると、マリアさんが私のステホを覗き込んできた。


「スキルが三つってことは、二つが職業スキルで、一つは先天性スキルかい……。こりゃ珍しさの大安売りさね」


「先天性スキルって、生まれ持ったスキルってことですか……。そんなものがあるんですね……」


 どうしよう、全然嬉しくない。デメリットがなければ、諸手を挙げて喜んだのに。


「職業が二つなんて見たことないが、先天性スキルなら何度か見たことがあるさね。大抵、なんらかの欠点があるスキルだよ」


「うへぇ……。その、スキルを削除することって……」


「無理さね。諦めて上手く付き合っていきな」


 マリアさんにそう諭されて、私はガクッと項垂れた。……でもまぁ、悪いことばっかりじゃないよ。攻撃系以外のスキルが強化されるんだから。


 気を取り直して、次は【感覚共有】というスキルの詳細を確かめる。

 これは魔物使いの職業スキルで、従属させた魔物──『従魔』と私の感覚を共有出来るらしい。自分の従魔以外には使えないし、私と従魔の距離が遠すぎても使えないけど、かなり便利だと思う。

 このスキルに【他力本願】の影響が及んでいて、感覚を共有出来る距離が大きく伸びていた。

 更に、追加されている特殊効果は、五感を持たない従魔に対して、私と同等の五感を付与出来るというもの。


「目がない、耳がない、鼻がない魔物でも、私と同じように、見て、聴いて、嗅ぐことが出来るんだよね……? これ、凄いかも……」


 このスキルに関して少し怖いのは、私が従魔の痛覚を共有してしまうことだ。

 痛覚がない従魔に痛覚を与えたら、弱体化することになるかもだし、よく考えて使わないとね。

 どの感覚を共有するのかは私が選べて、特殊効果はON/OFFの切り替えが出来る。だから、あんまり深刻になることでもないけど、きちんと留意しておこう。


 最後に確認するのは、魔法使いの職業スキル【土壁】の詳細。これは名前の通り、土の壁を出す魔法だった。

 魔法でも体技でも、スキルという大枠に入るんだけど、これらの違いは消耗するリソースだよ。魔力を消耗するか、体力を消耗するか、みたいな感じ。


 【土壁】は【他力本願】の影響で、強度が増している。これは予想通りだったけど、追加されている特殊効果が斜め上だった。

 この特殊効果に名前を付けるとしたら、壁師匠。誰かが私の【土壁】を利用して修行すると、その効率が上がるみたい。

 例えば、剣士が剣で【土壁】に攻撃したら、剣士のレベルアップが早くなるってことだね。


「これでルークスを鍛えてあげるとか、悪くないのでは……?」


 私はルークスのことが好きだ。恋愛感情は皆無だけど、親愛の情ならバケツ一杯分は溜まっている。

 彼にこの世界で生き抜いて貰うために、後方腕組み師匠面をすることにしよう。

 そう決意したところで、私のステホを覗き込んでいるマリアさんが、渋い顔をしながら呟く。


「ほほぅ……。土壁とはまた、地味なもん引いちまったねぇ……」


「もしかして、外れスキルですか?」


「いいや、悪くはないさね。ただ、魔法使いに何よりも求められるのは、攻撃力だからねぇ……。攻撃魔法が使える上で、土壁も使えるってんなら、重宝されるよ」


「残念ながら、攻撃魔法は私とは無縁ですね……」


 マリアさんは【土壁】に低評価を入れたけど、私は特殊効果込みで満足している。

 早速、ルークスを呼んで庭に出よう。 


「──と、そんな訳で、今日はルークスを鍛えるために、協力者をお呼びしました」


「協力者? どこかな、見当たらないけど」


 私に連れ出されたルークスは、きょろきょろと辺りを見回している。

 私は庭の地面に手を付いて、縦横五メートル、厚さ一メートルの【土壁】を出した。その際に、身体からフワっとした何かが抜けていく。きっと、これが魔力だね。


「こちら、壁師匠です。まずは壁師匠に、一礼してください」


「う、うん。分かった。よろしくお願いします」


 ルークスは律義に壁師匠へ向かって、深々と一礼した。当たり前だけど、これはただの土塊だよ。生きてないからね。

 さて、ここから具体的に、どう鍛えるか……。ルークスの職業は暗殺者だから、それっぽい攻撃を壁師匠にぶつければ良いのかな?


 パッと思い付くのは、懐に忍ばせそうな暗器による攻撃。投擲なんかもそれっぽいね。短剣があればいいんだけど、調理場にある包丁くらいしか孤児院には刃物がない。

 包丁を持ち出したら絶対にマリアさんが怒るから、それは使えないし……石を投げるだけでも、投擲の修行になるか。


「よしっ、決めた! ルークス、壁師匠に石を投げて。真ん中を狙ってね」


「分かった! ──えいっ、えいっ」


 ルークスの拙い投石を受けても、壁師匠には掠り傷一つ付かない。触ってみた感じ、鉄に匹敵するか、それ以上の硬さがある。


「うんうん、良い感じだね。……そういえば、ルークスはどんなスキルを貰ったの?」


「オレは【鎧通し】って言うスキルを貰ったよ! えいっ、えいっ」


 そのスキルの詳細を聞いてみると、防御力を貫通する刺突攻撃を放てるというものだった。

 暗殺者のスキルって、他にどんなものがあるのか分からないけど、【鎧通し】は大当たりだと思う。防御力無視の攻撃なんて、弱い訳がないよね。


「実際に使っているところ、見てみたいかも。先端が尖った木の棒で、壁師匠を突き刺してみて」


「分かった! やってみる!」


 ルークスは適当な木の棒を拾ってきて、壁師匠にスキル攻撃を行った。すると、木の棒の先端が十センチほど壁師匠に突き刺さる。

 師にダメージを与えるなんて、やるじゃないか……。師を越えて往け、ルークス……!!


「スキルを使った後の疲労感とか、どんな感じ?」


「はぁ……はぁ……っ、かなり、疲れるよ。後三回も使ったら、動けなくなりそう……」


 派手な動きをした訳でもないのに、ルークスはそこそこ息を乱していた。体技だから体力を消耗しているね。

 職業レベルを上げていくと、その職業に応じた能力も上がっていくらしいけど、暗殺者は体力の上昇がメインではないと思う。素早さとか、精神力とか、伸びるならそっちかな。


「うーん……。体力を鍛えるためのトレーニングも、したいよね……」


 このまま投石と刺突の修行を続けてもいいけど、一つ思い付いたことがある。

 私は壁師匠を地面に寝かせるように生成して、それを何枚も繋げていった。


「アーシャ、今度は何をすればいいの?」


「この上を走って。体力を付けるなら、走り込みが一番だからね。それと、足音を立てないように走るのもいいかも。それとそれと、余裕があるうちは走りながら石も投げてね」


 走るという動作は地面を蹴ることなので、その地面に壁師匠を敷けば、壁師匠が攻撃を受けている判定になる。

 これなら『修行に利用している』から、ルークスの脚力と体力の向上に繋がるはずだ。

 足音を立てないように走ることは、かなり暗殺者っぽいから、これもレベルアップに繋がりそう。走っている最中、起立させている壁師匠に向かって投石すれば、投擲技術も伸びる。


 体力、脚力、隠密性、投擲技術を同時に鍛えられるという、素晴らしい効率の修行だよ。

 後はルークスの努力に任せて、私は木陰でのんびりする。頑張って強くなってね。


「はぁ……っ、はぁ……っ、アーシャ……っ、ありがとう! 大好き!!」


「うん、どう致しまして」


 一生懸命に修行しているルークスが、息を切らせながらも笑顔でお礼を言ってきた。

 誇り高い彼には、強さに対する憧れがある。だから、明確に強くなれる道筋が見えて、とっても嬉しそうだ。

 

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