第3話 二つの職業
「──貴様らは座るな。椅子が汚れるだろう」
大聖堂に足を踏み入れてから、整然と並べられている横長の椅子に座ろうとしたら、四十代くらいの神父様に注意された。
私たちの服は使い古しの雑巾みたいな色をしているけど、これでもきちんと洗ってきたのに……。
この街は水に困ることがないから、身体だって毎日洗っている。石鹸は高価だから使えないけど、そんなに目くじらを立てられるほど汚れてはいないはずだよ。
「うるせェなァ……!! さっさと儀式をやりやがれ!! 俺様が最初だ!!」
トールが犬歯を剥き出しにしながら、神父様に向かって吠えた。
神父様は口も利きたくないと言わんばかりの、苦虫を千匹くらい噛み潰したような顔をする。それでもこれは義務なのか、渋々と対応を始めた。
「それでは、この神聖結晶に右手を置け。くれぐれも汚さないように、な」
大聖堂の正面には、縦横が五メートルほどもある板状の結晶が置いてある。透明だけど、光の当たり方次第で極彩色に見える結晶だね。
神聖結晶という名前らしいけど、どんな役割があるのか私は知らない。それはトールも同じだと思う。でも、彼は躊躇わずに右手を置いた。
すると、『戦士』『剣士』『拳闘士』『狩人』『狂戦士』という文字が、神聖結晶の中に浮かび上がる。
「これが、俺様が選べる職業か……」
「左手で望みの職業に触れろ。急げ」
神父様に急かされて、トールはチッと舌打ちしながら戦士を選んだ。
どう考えても、狂戦士の方がピッタリだと思うけど……。
トールの職業選択が終わると、神聖結晶が一瞬だけ光り輝き、それから大人の手のひらサイズの水晶板がニュッと出てきた。
「それが貴様のステホだ。市民権の役割を果たすが、十歳から市民税を支払う義務が発生する。それが滞れば、ステホは機能しなくなる。では、次の者」
トールが戻ってきて、別の孤児仲間が前に出た。
そうして職業選択の儀式が進む中、私はマリアさんに小声で話し掛ける。
「マリアさん、ステホってなんですか?」
「ああ、ステータスフォンのことさね。あれが中々、便利な代物で──」
ステータスフォン、通称ステホ。その水晶板は自分の職業とスキルを確認出来る他、フレンド登録した人と連絡が取れたり、カメラ機能が搭載されていたりするらしい。
それと、ステホは唯一の身分証明書にもなる。紛失したら、再支給して貰うのに金貨一枚も必要だから、絶対に失くしてはいけないやつだ。
金貨とは大陸共通の貨幣で、一枚の価値は物価と照らし合わせてみると、日本円にして十万円くらい。他にも銀貨と銅貨があって、換金レートは銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚となっている。
ちなみに、スキルとは職業に付随する超能力のようなもので、魔法とか体技とか、普通の人間には再現出来ない能力の総称だよ。
「ステホって、オーバーテクノロジーなのでは……?」
「おーばー、なんだって?」
マリアさんは聞き慣れない言葉に首を傾げた。私は意味を噛み砕いて、分かりやすく伝える。
「えっと、今の文明より、ずっと進んだ技術で作られたものでは?」
「ああ、まぁ、そうさね。神聖結晶は現代だと作ることが出来ない、旧文明の遺産だよ」
「へぇー……。あ、ステホが他人に盗まれたら、勝手に自分の身分が使われちゃいますか?」
「いいや、他人のステホを勝手に操作することは出来ないから、その心配はないさね」
この世界の旧文明とやらは、私が知っている地球の文明と同等か、あるいはそれ以上かもしれない。異世界、侮り難し……。
私が感心していると、ルークスに軽く肩を叩かれた。
「アーシャ、そろそろ手を放して。オレも行ってくるから」
「そっか、頑張って……じゃない! 待って。一応言っておくけど、剣士はやめた方がいいと思うよ」
「うん、分かった。それは選べても、選ばないようにする」
余りにもあっさりと忠告を受け入れたルークスに、私は面を食らってしまった。剣士って、男の子には大人気なのに。
「いやあの、理由は聞かないの?」
「大丈夫! アーシャがオレのために忠告してくれてるの、分かるから!」
「ま、眩しい……!! 純粋無垢な信頼が胸に突き刺さる……ッ!! 嬉しいけど、説明させて。剣はお金が掛かるから、孤児には向いてないって思ったの」
剣そのものが高いのもあるし、手入れにもお金が掛かる。剣しか使えない職業で生きていくのは、私たちのスタート地点からだと困難だよ。
それでも剣士になりたいって言うなら、私は止めないけどね。
「なるほど、アーシャは賢いね! ありがとう!」
「どう致しまして。それじゃあ、行ってらっしゃい」
ルークスは私に見送られて、ワクワク感が隠し切れていない足取りで神聖結晶の前まで向かった。
それから右手を置くと、『剣士』『狩人』『盗賊』『暗殺者』という、四つの選択肢が浮かび上がる。
…………盗賊!? 暗殺者!?
後ろ暗いこととは無縁な、王道の主人公っぽいルークスには、とても似つかわしくない職業だ。
剣士は選ばないって言ったから、これは狩人一択かな……と思ったのに、ルークスは少し迷ってから、暗殺者を選んだ。彼はステホを貰って、嬉しそうに私の隣へ戻ってくる。
「アーシャっ、良さそうな職業を選べたよ! ほら!」
ルークスが見せつけてきたステホには、『ルークス 暗殺者(1)』という文字がバッチリと表示されていた。
多分だけど、(1)はレベルのことだね。RPGみたい。
「いやいやいやっ、なんでそんな物騒な職業にしちゃったの……!?」
「え、駄目だった? 魔物を楽に狩れるかなって、思ったんだけど……」
「……あ、そっか。暗殺するのは魔物でもいいんだ。それなら悪くないね」
暗殺者は人間を暗殺することに特化した職業かと、勝手に思い込んでいたよ。失敬失敬。
盗賊だって、人間じゃなくて魔物から何かを盗む職業だと思えば、後ろ暗い職業ではないように思える。
──この後、私以外の孤児仲間が全員職業選択を終わらせて、いよいよ私の番が回ってきた。
神聖結晶に近付く前に、マリアさんが変なアドバイスを送ってくる。
「アーシャ、分かっていると思うけど、選べる職業の中に娼婦があったら、それを選ぶんだよ」
「えぇっ、なんで!? 普通に嫌ですよ!?」
「嫌ってあんた、娼婦以外にどうやって生きていくつもりだい? あんたの取り柄は顔しかないだろう?」
「ひ、酷い……!! 酷過ぎます……ッ!!」
マリアさんって私の育ての親だよね!? 保護者が六歳の少女に『娼婦として生きろ!』って言っちゃうの、どうなの!?
しかもマリアさんは、本気で私のことを心配している風な口調で諭してくる。
「なんにも酷くないよ。あたしゃ真面目な話をしているんだ。孤児院上がりの人間の仕事なんて、冒険者か娼婦、あるいは男娼だけさね。そして、あんたに冒険者は無理。虫一匹殺せないのに冒険者なんて、不可能だって自分でも分かるだろう?」
冒険者とは魔物を狩ったり、危険な場所で素材を採取したり、ダンジョンに潜ったりする人たちのことだよ。
冒険者になるだけなら、貴賎も老若男女も問われないんだけど、その仕事は荒事とは切っても切り離せないので、私には不可能。……うん、その理屈は分かる。
「で、でも、ほら、商人とか魔法使いになれたら、娼婦なんて……」
「どっちも頭が良くなきゃ無理さね。学がない奴に、そんな上等な職業は選べないよ」
こっちの世界には義務教育なんてないから、私たち孤児に学はない。文字の読み書き程度なら、マリアさんが教えてくれたんだけどね。
……そもそもの話、私は無職という可能性もあるので、娼婦にすらなれないかもしれない。
仮にだけど、娼婦しか選択肢に出なかったら……そのときは無職でいいかなぁ……。
私は自己愛が強い人間だと自覚している。前世の私が色恋沙汰とは無縁で、生涯独身だったのも、結局は自分自身が一番好きだからだ。
そんな私が自分の身体を売るなんて、天地が引っ繰り返ってもあり得ない。それなら死んだ方がマシだと思いながら、私はマリアさんとの話を打ち切って、神聖結晶に近付いた。
「ふぅ……。お願いっ、神様……!!」
意を決して、神聖結晶に右手を置くと──『異世界人』『魔物使い』『魔法使い』『商人』という、四つの選択肢が浮かび上がる。
やった、無職じゃない! しかも商人と魔法使いがある!! 一応、前世では大学まで出ていたし、そこを評価して貰えたのかな。ありがとう、神様!
……さて、即決せずに熟考しよう。
まず違和感があるのは、異世界人という職業だよね。それって人種であって、職業ではないと思うんだけど……まぁ、パスで。
ユニークなものに飛び付きたくなる気持ちはあるよ? でも、お手軽なセーブ&ロードや、リセットボタンがあるゲームじゃないから、臆病な私には無理。異端視されるのも怖いし。
職業は変更するのに金貨十枚も必要らしいので、興味本位で博打は出来ない。
商人という職業は有力候補だけど……よくよく考えてみると、孤児の私にどんな商売が出来るんだろう?
前世の知識を利用してドカンと稼ぎたいのに、記憶を辿っても碌な知識が出てこない。自堕落な生活を送っていたツケだね……。商人もパス。
ちなみに、これは後で知ったことだけど、貰えるスキルは選んだ職業に適したものの中から、ランダムで選ばれるらしい。
だから、どの職業を選んでも、結局は運が悪いと稼げない。逆に運が良ければ、碌な知識がない孤児の商人でも、簡単に稼げるようになる。
異世界人と商人を職業選択の候補から消すと、魔物使いと魔法使いが残った。
魔法に対する憧れはあるけど、攻撃不可の呪いが掛けられている私にとっては、魔物使いも魅力的だよ。
魔法使いを選んで攻撃魔法が使えるようになっても、どうせ他者に攻撃することは出来ない。魔物使いであれば、魔物が私のことを守ってくれるんだよね?
よしっ、決めた! 魔物使いになろう!
神聖結晶の中に浮かび上がっている『魔物使い』の文字に、私は左手でそっと触れた。
すると、その文字が消えて──あれ? ステホが出てこない。
「あの、神父様……。ステホが出てこないんですけど……」
「左手で触れて、職業を選べ。早くしろ、グズめ」
神父様は私の職業になんて興味がないのか、ずっと読書をしている。だから、私が魔物使いの職業を選び終わった場面を見ていない。
神聖結晶には『異世界人』『魔法使い』『商人』という、三つの選択肢が浮かび上がっている状態で、魔物使いは消えてしまった。
う、うーん……? これは一体どういうことだと困惑していると、神父様が苛立ち混じりに溜息を吐く。どうやら、私を急かしているみたい。
神聖結晶の不具合を追求したかったけど、私は権力者に突っ掛かれるような人間じゃないので、仕方なく『魔法使い』の文字に触れた。
今度はきちんと、神聖結晶からステホが出てくる。
それを手に取って確認すると、『アーシャ 魔物使い(1) 魔法使い(1)』という文字が表示されていた。
…………えっ、職業って二つ選べるの?
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