15
殺せ、とは公には言われていない。アンナが殺せるのなら、それが一番望ましい形だった。彼女には予め、注射器型の毒を渡している。隙を作ることができれば、彼女でも簡単に殺すことができる。
スコープの中の男女は、先程からずっと身を寄せ合い、唇を合わせ、濃密な絡み合いを演じている。だが、明らかにアンナは動揺しており、細部を見てみれば、彼女は実際には抵抗しているのであり、無理やり唇を奪われているのが分かる。
私の手はあの日のように震えている。照準は、議員の毛髪の薄い頭に定められている。
身を解き放たれた彼女が、今はとにかく嫌悪の表情を表に出さないだけで精一杯なのが、見ていると分かる。愚かな男は、腰のベルトに手をかけ始め、両手でガチャガチャと逸る気持ちを抑えきれない様子で動かしている。彼女はそんな男の醜い様子を、化け物を見るような瞳で見つめている。既に化粧の大方は崩れ落ちて、普段の彼女の素朴な横顔が見え始めていた。白と黒色の煌びやかな襞のあるドレスはシワだらけになり、彼女はベッドの枕の傍に逃げ込んでいるように見える。恐らく毒はそこに仕込まれているのだろう。
男はついに、下着一枚の姿になった。その幼虫のような姿が、無垢な天使のような姿の彼女に少しずつ近づいていく。私のスコープを絞る手と、引き金に触れる指が、怒りを滲ませてきているのが分かり、私は自分の手を腰の辺りに叩きつけた。落ち着け、と私は思っているが、指も手も、私の本当の意思を尊重して動こうとする。
スコープの中で、何かが動く。男が怒鳴っているようだ。アンナが悲鳴を上げているのが分かる。瞬間は近い。私の指は少しずつ汗を掻き始めているが、私は失敗するような予感が全くない。引き金は人差し指から遠くなく、まるで隣り合わせになっているかのようだった。これで失敗するとするなら、それはあの時のような風が吹いてきた時だけだろうと私は思った。
そしていつの間にか、男の頭がアンナのドレスの中へと入ろうとしている。私は照準を繊細に調整する。頭がドレスの中に入ってしまったら、狙うことは難しくなる。
アンナが男が俯いたのを見て、枕の陰に手を入れたのが見えた。毒薬の注射器を手に取ったのだろう。男が更に彼女の服の内側へと入って行こうとする。
男は二重の意味で殺されそうになっていることに気づきもせず、ありもしない快楽の泉へと身を委ねようとしていた。彼女の注射器を持った手が、振りかぶられ、男の首に振り下ろされた時、私は照準を正確に調整し終え、指を引き金にかけていた。
男が突然顔を上げ、アンナの手を掴んだ。
私は引き金を引いた。
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