高校という場所は様々な性癖の者が集まるが必ずしも同好の士が見つかるとは限らずあまりにもニッチな趣味は分かり合える友達が居ないため相手の趣味に合わせていかないと友達の一人もできない可能性がある事の一例。
吉武 止少
本文
俺の担任教諭である
ちなみに視線は俺に釘付けになっている。
いや、釘付けというか、釘が打てそうな視線で睨んでいるといっても過言ではない。
吉見先生はドMな人達にはたまらないタイプに見えるので、こうして客観的に事実を述べるとまるで俺が何かのプレイに巻き込まれているように誤解されてしまいそうなので一応言い訳をしておく。
別に睨まれて喜ぶ性癖はねぇよ。
ついでに汚物みたいに見られても嬉しくねぇよ。
ははぁ、さては吉見先生、己の嗜虐心を満たすために一番好みの容姿をしていた俺を使いましたね?
……ってそんな訳ないよな。知ってる。
「
「……えーと、一致団結をスローガンとして、クラス全体が仲良く、助け合いながら学び合うこと。それを建前として『私のクラスで問題を起こすな』が本音だったかと」
「そうだな。本音と建前を使い分けてるわけじゃないしそこまで
吉見先生はため息を吐くと、頭に手を当てた。
仁王立ちのポーズが崩れて脚がチラリと動く。
うん。スカートタイプのスーツに黒ストッキングって、「女教師」って職業では一番攻撃力の高い装備だよな。
特に黒ストッキングが50デニール未満の薄いタイプだとあざといまでの魅力を発揮する。
そんなことを考えながら先生の脚を眺めていると、頭にチョップが叩きこまれた。
衝撃が走り、視界に火花が飛んだ。
抗議の意味も含めて視線を上に向けると、そこには先程にも増して汚物をみるような視線で俺を睨む先生がいた。
「一応言い訳くらいは聞いてやる。なんで親睦会サボって教室で暇そうにだらけているんだ。暇にしているくらいなら行けば良かっただろう? 資金も私が融資してるんだし、いけないことはないだろう」
「いや、俺にもやることはありますよ? 先生が脚を組み替えた時のエロい角度について考えたり
「……つまり阿志賀は変態なのか?」
「違います! 俺は脚フェチなだけです!」
「十分変態だと思うが、
「……有り体に言えばそうなりますね」
ううむ、コレが誘導尋問か。恐ろしいな。
「……明日からパンツスーツにするか」
「いや別に俺は吉見先生が好きなわけじゃなくて脚が好きなだけだからそこまで意識しなくてもいいと思いますよ。っていうか先生最大のアピールポイントをアピールできないようにしちゃったら駄目じゃないですか。ただでさえ貧にゅ、」
「黙れクソガキ」
喋っている途中なのに手で口を潰された。
しかも女か疑わしくなるくらいの握力を掛けて来やがる。
体罰か畜生!
「明日のホームルームで、女子に長ジャージを着用するように勧告してやっても良いんだぞ?」
「なななななんでそんなことを!?」
「クラス内に危険人物がいるからだよ」
「大丈夫です! クラスメイトの脚は俺が守りますから!」
「お前から守るための方策だろうがっ!」
バシンと背中を叩かれる。
チョップから始まってこの人体罰しすぎじゃない?
俺の親がモンスターペアレンツなら教育委員会にクレーム入るところだよ。もう裁判沙汰だよ。
異議有り! みたいな。
いや、異議があったら逆転しちゃうから異議無しで体罰有罪だな。
うち、モンスターペアレンツどころか完全な放任主義だから無理だけど。
「それで、阿志賀。このクラスはどうだ?」
どうだって聞かれても、新年度初日だからなぁ……。
「新田ちゃんの脚が98点で一位ですね。二位は94点で先生で、三位は
「誰が脚の点数つけろって言った! 友達だよと・も・だ・ち!」
先生は再び俺にチョップをかます。
と、それを白刃取りの要領で受け止めたら空いた逆の手からビンタが来た。
首が折れるような衝撃とともにバッチィィィン! とすごい音がした。
いてぇ。
「友達になれそうな奴は居るのか?」
「わかりませんね。初日ですし」
「それをリサーチするための親睦会だろうが、このバカ」
ヒリヒリする頬をさすっていると、先生が貧にゅ、もとい防御力低めな胸部装甲の辺りから紙を取り出した。
「友達が出来ないのは可哀想だからめんど……じゃない、お前と仲良くなれそうな奴を教えてやろう」
「今面倒って言いましたよね? アレですか? もしかして友達いない同士をくっつければ皆解決、的な奴ですか? 体育で余り者同士が組むみたいな」
「忘れろ」
先生は懐から出した紙を机に広げる。
それは、このクラスの生徒名簿であった。しかも男子用。
「まずは飯島・直人」
「あ、男は脚見ても楽しくないんでパスで」
「文句言うな!」
三度目のチョップ。
ビンタの方が痛かったから我慢して受ける。
俺、泣かないっ!
「飯島は見た目こそイケメンで割りとモテるタイプの男だ」
「……それのどこが俺と仲良くなれそうなんですか?」
「重度の熟女好きで、50以下はガキにしか見えないと公言している。そのせいで孤立しがちだ」
「分かり合える気がしません」
「……次、前田・春樹」
「サッカー部の次期エースと噂の奴ですね」
「ああ。だが前田は重度のシスコンでな。テスト中ですら手製の妹グッズを手放さない男で同性からも異性からも引かれている」
「……前田の妹って何歳ですか?」
「いない」
「……は?」
俺の問いかけに、吉見先生も頭が痛そうな表情でこめかみを揉んだ。
「だからいないんだよ、妹は。妄想の妹だ」
「……俺も引きますよそれは」
「じゃあ渡辺・剛毅」
先生は男子の欄の一番下を指差した。
「重度のロリコンだ。就学児童はババア扱いしてる。あと『お母さんと一緒』を録画しているらしい」
「……あの、先生」
俺の言葉に、吉見先生が顔を上げた。
「俺、ちょっと協調性の大切さが分かってきた気がします」
吉見先生はニヤリと笑うと頷いた。
「うむ。分かってもらえて何よりだ。それじゃあ友達作る気になったか?」
ちょっと面倒だが、まぁここではいと言わなければ俺は解放されず、延々とクラスの特殊性癖者を紹介され続けるのだろう。
「そうですね。頑張ってみたいと思います」
「よし、じゃあ本題に入ろう」
あれ、解放される流れじゃなかったの?
「……今までのは何だったんですか?」
「様子見のジャブだよ。高難易のものから低難易のものへと移るのが交渉の基本だぞ」
「交渉だったんですね、これ。っていうか難易度下げても元のレベルがアレだからすっごい不安なんですけど」
「まぁ聞けよ」
吉見先生はそこでニヤリと笑うと、懐からもう一枚の紙を取り出した。
「出席番号14番、
「脚の点数はクラス三位タイの91点ですね。バスケ部だったらしいんですけど白くて細いながらも筋肉がきちっとついた健康的でしなやかな脚は一見の価値があります」
「……お前本当に気持ち悪いな」
「あ、ちなみに同じく三位の久保田は超親しみやすいのに対して内蔵はどっちかっていうと人を寄せ付けない雰囲気なんでマイナスですね。まぁ鑑賞する分には周囲に人が居ないという点ではプラスですけど。おお、新しい発見だ。どっちも美人ですけど周囲に人がいない美人の方が脚鑑賞には最適なんですね! さすが先生!」
「そんなこと教えた覚えはないんだけどねぇ……まぁ、折角やる気になったところだからそういうことにしておいてやる。桂木、明日の委員会決めで内蔵と同じ委員会に立候補しろ」
「えーと、さっきの奴らみたいに何フェチだとか、特殊性癖だとかに関しては説明ないんですか?」
「……阿志賀と同じ、人体の一部に並々ならぬ執着を持った感じの性癖だな」
「腕とか背中……は割りとメジャーですし、うなじもですよね。ってことは耳とか膝とかですか」
「あー、うん。まぁ良いから、とにかく内蔵と同じ委員会に入れ。私の方でも手は回しておくから」
歯にものが挟まった物言いではあるけれども、クラス内では新田ちゃんに次ぐ美脚の持ち主である内蔵と仲良くなるのは悪いことではない。
耳とか膝よりもマニアックな感じになると筋肉フェチか?
太ももからくるぶしに掛けての筋肉なら俺も語れるから良い同志になりそうである。まぁ行き過ぎていたら引くが。
仲良くなればタイツのデニールでリクエストを聞いてもらえるかもしれないし、運が良ければ
いや、別に同じ委員会で活動すれば許可なんかなくても
そんなことを考えながら、下校するのであった。
***
翌日。
1限を使っての委員会決めはほとんど紛糾することなくあっさり決まった。
ちなみに委員会は予想通り保健委員会だった。
やっぱり筋肉だろうか……。
そんなことを考えながら半ドンで終わりの二日目を終えると、俺の元へ二人の人間が来た。
一人は昨日の親睦会で幹事をしていた男、えっとほった? ほりぐち? なんかそんな奴。男だし脚も出してないから興味なし。
もう一人は件の内蔵・優愛だ。
二人は一瞬だけ視線を交錯させると、
「堀江くん先で良いわよ。私大した用事じゃないから」
内蔵がつんとした態度で身を引いた。
こういうところがマイナスなんだよな……いかんいかん、美脚鑑賞には周囲が居ないほうがいいからプラスだった。
それと同時、堀江だったか? まぁ面倒だし堀江で良いや。
堀江が俺にヘッドロックを掛けてきた。突然の先制攻撃に吉見先生の舎弟かこいつは、と疑ってみるが、加減しているらしくあまり痛くなかった。その代わりに耳元で、笑いを含んだ声が囁かれたけど。
男の囁きとかキモいからやめろよ……。
「お前、この学年一番の美少女って話題の内蔵さんとどんな関係なんだよ?」
「ハァ? 一番は新田ちゃんだろ?」
もちろん脚的な意味で。
「ばっか。新田ちゃんは親しみやすいし可愛いけど、内蔵さんには及ばないよ。他のクラスの奴らも言ってるし! グラビア級のスタイルにモデル級の清楚系美人だろ? もうダントツに決まってんだろ」
入学2日で他のクラスまでチェックしてんのか。スゲぇな。
俺は脚のチェックが忙しすぎてそこまでできてねぇよ。
「吉見先生から、『内蔵と阿志賀を一緒の委員会にしてくれ』って相談されたんだよ。内蔵さんと一緒の委員会になりたい奴多くて大変だったんだからな」
「おお、そりゃ悪かった」
「ま、次のクラス会に参加してくれりゃそれで良いよ」
こういう、すっと懐に入ってくところが幹事になれる奴なんだろうな。
吉見先生の手前もあるし了解の旨を伝えると、堀江は満足したのか離れていった。
次いで待っていたのは我が同志、内蔵である。
心なしか頬を赤らめた内蔵は想像以上に可愛い。
くっ、俺には新田ちゃんという心に決めた脚があるというのに……!
「阿志賀くん、保健委員に立候補したわよね?」
アーモンド型の大きな瞳に見つめられると、なんとなく悪いことをしてしまったような気になる。
うん。美人過ぎて気後れする。
尋問みたいな口調も含めてきっとドMだったらゾクゾクするんだろうな……残念ながら俺は違うが。
「したよ。それが、」
どうしたの、と続ける前に内蔵は俺の両手をガバッと掴んできた。
「やっぱり! 吉見先生から阿志賀くんは人体の1部分に多大な興味があるって聞いてたから、もしかしたらって思ったんだけど」
ああ、なるほど。
同好の士に飢えていたのね。
「私、見た目が怖いらしくて誤解されがちなんだけど、いろんなことを
なるほどね。別に人を寄せ付けないのは狙ってやってるわけではないのか。
ちょっと可哀想になってきたし吉見先生との約束もある、そしてなにより良い脚してるから友達になってやるか。
「俺で良ければ是非」
美人だし、脚もかなり綺麗だからな! 大切なことなので確認したけどマジで脚綺麗だわ。
こんな脚を眺め放題なら放課後筋肉談義に付き合うくらいなら良いかな。
そんなことを考えて応答すると、内蔵はおもむろに一枚の紙を取り出した。
そこに書かれているのは、教科書でも馴染み深い歴史系書物に記された一つの図。
——
「阿志賀くんはどの臓器が好き!? 私は圧倒的に肝臓! あ、でも肝臓オンリーってわけじゃなくて、
吉見先生……難易度下がってねぇよ。
「横隔膜から恥ずかしげに覗く肝臓とか、肝右葉に隠れた胆嚢とかめっちゃ可愛くない!? あと気難しそうな小腸も可愛いと思うし、……って私ばっかりごめん。阿志賀くんは何が好きなの?」
なんだろう。
脚って言ったら凄いがっかりされそう。
期待感に満ちた美人の視線ってなかなか来るものがある。
「んー、…………横隔膜、かな」
「わっ、渋い! 高校生で横隔膜なんて、阿志賀くんって大人なんだね。吉見先生からは大丈夫って言われてたけど、肺とか心臓とか、もっとミーハーな感じなのかと思ってた」
ごめん、何言ってるかさっぱり分からない。
何? 肺とか心臓はミーハーなの?
横隔膜は渋いの?
わけわかんねぇよ。人間の言語で解説してくれ。
「あ、でも俺、心臓も好きだよ」
主にホルモン的な意味で。クニクニした食感が面白いからね。
「そっかそっか。いいんだよ別無理しなくても。横隔膜が真っ先に出てくるような人が心臓なんかに目をくれるはずないじゃん。私、そういうのに偏見ないから」
「そ、そっか」
吉見先生……難易度高すぎるよ。昨日のロリコンとかシスコンが可愛く思えるレベルの難易度だよ。
日本語で会話してるはずなのに何を言ってるかさっぱり分かんないなんて始めての経験だわ。
どうしたもんか、と思案を巡らせていると、不意に内蔵が視線をそらした。
「あのさ」
内蔵は恥ずかしそうにもじもじと身体をくねらせた後に、
「ちょっとだけ、触っていいかな? こんなこと頼むのははしたないってわかってるんだけどさ。男の子の臓器、触ったことないからさ」
「!?」
男の子の臓器?!
それってつまり、いやつまらなくてもアレのことだよな?!
女の子には存在しない、唯一胴体から分離したアレ!
第三の脚とも言うべき、股間にぶら下がった男の闘争本能の塊である
「ええと、そうだな……」
いや、待て。
相手は内臓フェチなのだ。別にエロいことをするわけではない……と思う。
思うが、何とか脚に結びつけてエロい感じにできないだろうか?
夢は足コ……ってここは学校だからそれは不味いな。とりあえず触ってもらうだけで満足すべきだろうか。
ええい、ままよ!
この千載一遇のチャンスを逃してたまるか!
「別に構わないけど、」
「良いの?!」
「ああ。ただ、周りの目もあるからあんまり触られてるってバレるのは恥ずかしい」
「そ、そうだよね……」
「上半身が動くと目立つから、脚で頼む」
「脚で!?」
「そう、脚で」
「良いの!?」
「ああ。慣れないと思うけど、まぁ我慢してくれ」
「……本気で良いの? 嫌ならいいんだよ…?」
「ああ、良い。ひと思いにやってくれ」
「ひと思いに!?」
「ああ。覚悟は決まった」
「分かった!」
言った瞬間、俺の腹に強烈な膝蹴りが叩きこまれた。
「~~~ッ!?」
肝臓が
赤く染まった頬に潤んだ瞳は、どこか煽情的ですらあった。
「思いっきりイッたけど、男の子の肝臓ってすっごい弾力! 女の子とまったく違う! やっぱり腹筋の厚みかなぁ……でも今の感触だと確実に肝臓まで打ち抜いたはずだし、やっぱり男女で弾力が違うんだろうな……阿志賀くん、もう一回良い!?」
「良いワケねぇだろ!?」
クソ、男の子の臓器って言葉通りの意味かよ!
後で聞いたが、内蔵的には内臓を調べるためには優しく触る触診をしたかったらしい。
俺が『ひと思いに』とか『覚悟は決まった』とか言ったから思い切って膝蹴りしてみたんだとか。
思いきりすぎだろ。ちくせう。
何はともあれ。
吉見先生の勧めで作った俺の初めての友達は、異性で、美人で、そして内臓に並々ならぬ感情を抱いている変態だった。
協調性がいかに大切かを思い知らされることになるのだが、この時の俺はまだ何も知らない。
「あ、阿志賀くん! 横隔膜触らせて! 一瞬で済むから!」
「触診! 触診でお願いマジで殴られたら呼吸止まるから!」
「ホームルーム始まっちゃうから! ホント一瞬! 瞬きする間に終わるから!」
「時間じゃねぇ! 威力の話をしてんだよッ!」
「
「何言ってるかわかんねぇ!?」
そんな会話がクラスの日常になり、吉見先生を悩ませるのはまた別の話。
高校という場所は様々な性癖の者が集まるが必ずしも同好の士が見つかるとは限らずあまりにもニッチな趣味は分かり合える友達が居ないため相手の趣味に合わせていかないと友達の一人もできない可能性がある事の一例。 吉武 止少 @yoshitake0777
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます