第4話 洞窟の奥地のシャーマン

 やがて、森の探検隊は、洞窟の奥地にある広大な大広間の後ろ手側に出てきた。


 前方遠くの壇上には、シャーマンみたいな恰好の偉そうな恐竜人が、大勢の恐竜人を従えて何か熱く語っているようだった。そんなシャーマンを喝采する恐竜人たちでは、前方ばかりを見詰めていて探検隊の姿や気配へ一切気付こうとしない。シャーマンも遠くにいるから森の探検隊のメンバー姿は遠目に見えず分からない状況となっているみたいだ。恐竜人は皆、この祭儀場みたいな場所に外界から直行して集まっており、先ほどの喋っていた恐竜人を皮切りで全員顔を大広間へ揃い踏みしていたものだった。そのおかげで森の探検隊たちは幸運にも一匹たりとも恐竜人と遭遇せずに済むことができていたのだ。


「ミナノシュウ、キイテオドロケ! ソシテ、ミテワラウガヨイ! ワタシハキョウモコウシテケンザイナノダ。ソレモミナノシンコウノオカゲデアル!」


「「「ワァーッ!」」」


 まるで空間を歪みそうなほどの大きな歓声で大広場中の空間は頗る響き渡る。


 恐竜人シャーマンで挙げた大きな声は良く通っており、森の探検隊の耳にまでしっかり音が聞こえてくる。


「ワタシヲシンジルキモチ、ヨクワカルゾ。オマエタチハ、ワタシヲシタウコトニオモイハササゲテクレルノダ。カンシャシテイル。キミタチハコノセカイデモットモトウトイモノタチデマチガイナイ。ワタシガホショウシヨウ!」


「「「ワァーッ!!」」」


「シャーマンでは何を言っているか分からなくてもすごい熱狂ぶりだ」大沢は言った。「人間界でもこれほどの熱狂は有名バンド並みで珍しいのではないか?」


「まさに信者だな」清水は言った。「こりゃ恐竜人信者たちは恥も外聞もない興奮状態みたいだな」


「それが醒める気配もなさそうね」山野辺は続けて言った。「あのシャーマンは恐竜人たちとしての神か何かのシンボルだと思っているのかしらね……」


「キミタチノミライハカガヤカシクアカルイ。シシソンソンマデソノカガヤキハウシナワレナイデウケツイデイクモノダロウ。ワタシハ、ソンナオマエタチノコトガダイスキダ。ココロノナカカラアイシテイル。ソノチョウアイニモレルモノハヒトリトシテイナイトセンゲンスル!」


「「「ワァーッ!!」」」


「それにしても、あのシャーマンの声、なかなかいい声出しているわよね」山野辺は言った「惚れてしまう大勢の恐竜人がいることかもしれないわね」


「あの声質には魔性の説得力が感じられます」三好は言った。「あの声が出るように特訓して作り込んだものかもしれません」


「サイゴニ、ソンナワタシカラミナヘ、トッテオキノカンシャノウタヲイッキョクヒロウスル。ゼヒココロシテキイテクレ。ウタノダイメイハ、“ナノシレヌハナ”ダヨ!」


「「「ワァーッ!!」」」


 そこで恐竜人たちは静まり返った。何故そうなったのかを、恐竜人語がさっぱり分からない森の探検隊が戸惑った。


 そんな静寂の場面から覆したものとはシャーマンの豊かな歌声に他ならなかった。

 

 メブイタハナノタネハ

 ハナヲサカスマデ、ダイチニネヅキ

 ソラヘムカッテノビテイクヨ

 アア、ノビテイクッタラノビテイク

 アア、ノビテイクッタラノビテイク

 アカイハナガサイタヨ

 シロイハナガサイタヨ

 キイロイハナガサイタヨ

 ドレモキレイニサイタヨ

 ダケドミヲツケテマンゾクシテカレチャッタヨ

 ミンナカナシンダヨ

 ミンナカナシンダヨ

 ミンナカナシンダヨ

 ダケドホラ、アタラシイメガデテキタヨ

 ボクモワタシモミンナモ

 サキタイトオモッタカラサイタヨ

 ツギハ、ドンナミガナルノカナ

 ツギハ、ドンナミガナルノカナ

 ツギハ、ドンナミガナルノカナ

 ツギハ、ドンナミガナルノカナ……

 

「「「キャァ~ッ!!」」」


「「「ウォオ~ッ!!」」」


「歌唱力抜群ね」山野辺は言った。「歌詞が分からなくても感動する歌もあるのね」

「この歌詞の意味が分かればいいのに」日下部は言った。「この歌には何か感じるものがあるんだ。歌マニアな俺の耳にはビンビンとくる素晴らしい歌だったような気がする……」


「え、お前何時から歌マニアだったのだ」といった清水の指摘に日下部はジト目で見返した。案外、この二人の仲は良いのかもしれない。


「ミンナイッショデタノシイゾ。キミタチノココロノタカナリガキコエテクルノダ。キミタチノエガオガ、ワタシノタカラダ。マタアシタ、ココへツドロウ。ココヘキテクレテアリガトウ、アリガトウ……」


「「「ワァーッ!!」」」


 そこへ、ポンと、大沢の肩へ手を置かれる。

 

 彼が振り向くと、そこに立っていたのは清水の姿であった。先ほどまでの成り行きから態度を改めて、清水は温厚な調子で言った。


「隊長、そろそろ気は済んだだろうか。ここはそろそろ引き返す場面になったようだぞ」


「いいや、これから先に行けば、もっとすごい発見があるかもしれない」といった大沢の方に、清水はゆっくりの動作で首を左右へ振って言った。


「本当は、ここは潮時だと隊長にも分かっているはずだろう。隊長、君は既に、大切な経験ができたはずだ。その体験を聞きたい人もきっと大勢日本の国で待ってくれている。最初から恐竜人と人間が分かり合えていたら、双方の社会はもっと密接なもののはずだった。恐竜人には恐竜人だけの世界があるかのように、何時か我々は元の人間社会に帰らねばなるまい。そのための土産話はちゃんと会得したように思えるがどうかね」


「…………」大沢は黙っていた。そして、一度俯いてからその顔を上げると納得した顔で清水を見返して言った。


「世界中の多くの国が、この世界へ視察した。俺もその仲間入りをできただけでも満足しなければならないのだろう」


「よし、その粋だ。ここから引き下がろう」


「ああ、そうする」という宣言の後、大沢には全ての出来事が過去になる感覚があった。その感覚で不思議さを覚え始めているとき、森の探検隊は既に得体が知れない恐竜人から離れて、元の居るべき世界へ戻る最中なのだった。

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