ロゼッタ快復

 ロゼッタさんの「眼」が完成した。

 それに伴って今の「眼」は摘出され、取り換えになる。

「この眼を作るために祖父やユーカ様が大いに苦労したことを思うと、無情に捨ててしまうのは忍びないところですが」

「使うと痛みまで伝わっちまうんじゃ仕方ねーだろ。現状、生体素材は完全修復する方法がねーんだし」

 非生体型の素材の魔導具なら代替素材を使っての修理などもできるのだけど、生体ナマの素材、特にこういう替えのない高級素材は一度破損したら元には戻らない。

 それでもモノとしては研究に役立つのではないかと思うんだけど、やっぱり廃棄するそうだ。記念に取っておくわけにもいかないし。

「ま、しばらく待っとれ。ワシにかかればすぐじゃ」

「頼むぜ」

 マード翁が請け合い、ロゼッタさんとともに処置用ベッドに向かう。

 マード翁はサラッと仕上げてしまうが、埋め込み手術は普通の治癒師にはちょっと難しく、昔は失敗によって患部が腐ったり骨が脆弱化して惨事になる事故が多かったらしい。

 それが魔導具埋め込みを一般的に忌避する風潮に繋がっているのだとか。

 ……まあ、僕もそんな例を一度でも見ていたら躊躇したかもしれないな。


 数分も待っているうちに埋め込みは終わった。

「どうだロゼッタ。前のと違いはあるか?」

「もう少し使ってみなくてはわかりませんが……見え方はやはり多少違う感じはします。まあ、痛みがないのはいいですね。消費魔力も、これなら日常使いできます」

「……やっぱり前の目玉のほうがモノはいいんだな」

 ニュアンスから嗅ぎ取ったユーカさんの言葉に、ロゼッタさんは苦笑を浮かべ。

「やはり、リリエイラ様は卓越した魔術師です」

 とだけ言う。

 ……40人以上のアイディアから厳選して作られた眼よりも、やっぱりリリエイラさんの作品のほうが単純性能では上、ってことか……。

 だけど。

「……お前、これからゼメカイトに行くんだったな。……リリーには、気をつけろよ」

「…………」

 僕たちの間に緊張感が走る。

 みんな、「邪神もどき」について調べていた時から、なんとなくは思っていた。

 僕とユーカさんにいくつもの難関を仕組んだのは誰か。

 その能力と動機があるのは誰なのか。

 ……そして、その最有力候補として思い浮かぶのは、やはり……どんな魔導書も一回通読で完全に記憶し、あらゆるモンスターや希少アイテムの知識を蒐集する異能の魔術師、リリエイラさん。

 だけどリリエイラさんはユーカさんの親友だ。

 悪党じゃないか、なんて指摘することはなかなかできない。

 ……僕が知らないだけでユーカさんは多くの冒険者……いや、冒険者のみならず、さまざまな相手と因縁を持っていたようなので、その中の誰かかもしれない、と適当に投げていくしかなかったのだけど、当のユーカさんが口にするなら話は変わってくる。

 ロゼッタさんは頷き。

「あの方がその気ならば、私などが気を張ったところでどうにもなりはしないでしょう」

「ロゼッタ」

「やるべきことをやるだけです。……ユーカ様こそ、お気をつけて」

 ロゼッタさんは、穏やかな中にも決意をみなぎらせた口調でそう言い、一礼して去る。


「いっそのこと、そのリリエイラ? って人にこっちから突撃するって手はないの? 怪しいと思ってるなら確かめるべきだと思うけど」

 リノが提案する。

 が、ユーカさんは難しい顔をした。

「……ここまで仕掛けてきたのが本当にアイツなら、まさかアタシらが向かうのを予想してないってことはねーと思うんだよな……今はヌルヌルかわされて時間を浪費できる状況じゃねーし」

「スイフト家のドラゴン退治? あれは後回しでもいいんじゃなかったの?」

「限度があるだろ。あのボンボンが最初にアタシらに接触してから結構経ってるぞ。……実際に人の命がかかる話だ。調子に乗って依頼をほったらかすのは、冒険者としては褒められたこっちゃねーよ」

「へんなとこで真面目よね……」

「変じゃねーだろ。冒険者なんだから」

 ……とはいえ。

 ユーカさんも、できることなら先延ばしにしたい……親友との決裂に向かうのは辛い、という心情もあるんだろう。

 それは、あまり無下に否定もしたくない。

 ユーカさんにとっては最高の仲間たちだったあのパーティ。そのうち二人が殺され、さらにそれをやったのが親友だった……なんて話になると、元々「戦い以外の何もない」と嘆くほどの人生だった彼女には残酷過ぎるだろう。

「目下のところ、新しい動きはなさそうだし……ドラゴン退治に向かってからでもいいんじゃないかな」

 とりなしておく。

「そのドラゴン退治だが。……勝ち目はあるのか、アイン君……いや、ユーカ」

 僕に聞いてもわからない、と即座に判断したアテナさんが、ユーカさんに矛先を途中で変える。

 ユーカさんは腕組みをして。

「……まあ、はっきり言うとアタシも二頭しか倒してねーからわからんとしか言えねー」

「そうは言ってもだな」

「だってお前、騎士二人やっつけたことあるから騎士の倒し方はマスターしたぜ! なんて言ってるアホいたら絶対笑うだろお前も」

「……それはまあ、そうだな」

「ドラゴンってのは意外と共通点が少ないんだ。飛ぶ奴飛ばない奴、泳ぐ奴走る奴、頭のいい奴悪い奴……同じ生き物扱いでくくっていいのかわからん程度に違う。もし近づくだけで毒でやられるような奴だとマードしか近づけねーけど、そういうパターンも有り得るから……ホント、行ってみるまで分からん」

「ワシだって毒はなんでも無視できるってわけではないんじゃがの」

 まあ、マードさんですら死ぬ毒だと、他の人間には全くどうしようもない。

「だから、やるとしたら一回で勝つ計画はちょっと無謀だ。偵察、準備、本戦で、それなりに期間使う前提で考えないといけねえ。それこそこの前の水竜アクアドラゴンみたいな小物だったらまだしも、な」

「ふむ……」

「ただ、デカい奴はデカいなりの弱みもある。そこを突くのが勝ち目っちゃ勝ち目だな」

 ユーカさんはニヤリと笑った。

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