突発巨人討伐のあと

 ブラ坂に乗って帰ると、宿の跡地にはルザークが来ていた。

「……なんかありました?」

 ロゼッタさんの眼が完成したって報告かな、と思ったが。

「それはこちらの台詞だよ。急に飛んで行ったかと思ったらゼーリック連山の主を倒してきたようじゃないか。討伐依頼はこのあたりではもう何年も出ていないと聞いたぞ」

「あ、倒しちゃ駄目なやつでした?」

「いや、駄目ではないが……幾度も近隣の領主が討伐を企んで失敗し続け、事実上ゼーリック連山を禁足地にした奴だというのに……どういう理由で戦おうと思ったんだい」

 やはり例の遠見の魔術でこちらの行動を監視していたんだろう。

 見張られるというのも、あんまり気分のいいものではないなあ……と思いつつ。

「いや、大した理由はないというか……以前見た時にトロールと見間違えまして、それなら腕ならしにいいかなと思って挑んだらギガンテスだった次第で」

「間違えて挑んで倒してきたのか」

「まあ、この前の『邪神もどき』に比べたらそんなに難物でもなかったので」

「…………」

 呆然、という顔で、お付きの人たちと一緒に僕を凝視しているルザーク。

「ほらアレが普通の反応ですよアイン様」

「これから僕らをドラゴンにぶつけようって人たちとは思えないね」

「普通は後先考えずに必死で撤退するもんでしょ! あんなに桁の違うやつ出たら!」

「そしたらブラ坂もファーニィも無事じゃすまなかっただろ。あのでかいファイヤーボールで」

「そりゃあんなん来たらちょっと焦げたかもしれませんけど! こっちだって魔術も治癒術も使えるんですからどうにでもなるでしょ! 下僕が焦げるし殺しとくかーって雑に殺すようなモンスターじゃないですよアレ! 間違いなくこれまで遭ったダンジョンの親玉ボスたちより格上でしたからね!?」

「そんなだったかなあ」

 えーと、これまでに遭ったのは……まあそんなに親玉ボスまで手出ししたことはないけど、明確に倒したのはエラシオと共闘した時の五腕の怪物と、あとロゼッタさんのダンジョンで戦った陸飛龍グランドワイバーンか。

 うん。確かにギガンテスよりは弱かったかも。

「よく考えたらあんまり大した親玉ボスと戦ってないね僕ら」

「そりゃ普通わざわざ親玉ボス倒しませんからね冒険者は」

「そうなんだけどね」

 デルトールではダンジョンは明確に保護されているが、それ以外の土地でもダンジョンを「制覇」するのはあまり推奨されない。

 デルトールは管理体制ができているので金勘定の問題だけれど、それ以外の土地では安定的な封鎖管理も難しく、コア破壊によるダンジョン停止を望まれることもままある。

 が、「できるかどうか」の話になるとやっぱり親玉ボスが倒せるかどうか、慎重な判断をしなければならない。

 同じダンジョンの他のモンスターとは桁違いの実力があるのがほとんどだ。だから、そのダンジョンに「通用する」程度の力ではどうしようもない場合が多い。

 よほどの自信がなければ親玉ボス戦は避けるのがセオリーになっている。

 なんだか矛盾するようだが、賢い冒険者は親玉ボスと戦わないのだ。

「それはそれとしてそんな散歩ついでにやっていいことじゃないです。どう考えても。最近マード先生とかアーバインさんよりずっとアイン様の方が怖いです。やることがおかしい」

「……なんかごめん」

「ちゃんとみんな呼んでいきましょうって言いましたよね!」

 ファーニィになんかずっと怒られる僕。

 やったのはそんなに悪いことでもないはずなんだけどなあ。

 ……というところで、恐る恐るという感じでルザークが口を挟む。

「それで、倒したギガンテスの死体はそのままなんだね?」

「ああ、まあ……特に処置も思いつかなかったので。ブラ坂も食べませんでしたし」

「ゴウ……」

 ブラ坂が「そんな無茶振りされても困るんですよね……」みたいな感じに控えめに唸る。

 ごめん。もっと食いしん坊かと思ってたよ。

 そんな僕らの様子を横目に、ルザークのお付きの人たちの一人が言う。

「ギガンテスは生得的に魔術を操れるといいます。それも戦士たちのような原始魔術ではなく、相当な魔術師に匹敵するような複雑なものまで……意のままに魔術を編むその身体は、魔術的に意義のある素材の宝庫とされています」

「ああ。よければその死体、我々スイフト家に任せてもらえないか」

「……まあ、僕としてはほっとくつもりだったのでいいですけど……あ、後でリノにも教えてあげて、何か必要なものがあるようだったらそれはキープさせて下さい」

「わかった。そうしよう。すぐに準備を」

「はっ」

 ルザークの指示でお付きの人たちの半分が走っていく。

 ……頭吹っ飛ばしちゃったけど、それ以外のところでいいの取れるかな。取れなかったらごめんなさい。


 で、夕食のときにその話をするとユーカさんがふて腐れた。

「……お前なんでそれにアタシ呼ばなかったんだよ」

「いや、慣らしのつもりだったし……ファーニィに治癒術頼めれば、他にみんな集めるほどでもないかなって……」

「お前っ! お前昨日アタシにさぁっ……!」

 星空の下、焚火を横目に。

 粗末なテーブルがユーカさんのゲンコツでドンっと少し跳ねる。

 ……が、それ以上の言葉が続かず、もにゅもにゅと唇を動かした末、ユーカさんは椅子の上で膝を抱えて背を向けてしまった。

「あーあ」

「これだからアイン君は」

 リノとアテナさんが若干面白がっている風に嘆息する。

 戸惑う僕に、クロードがこっそり……の体で誰でも聞こえる感じに耳打ち。

「謝った方がいいですよ。そういうのでいいところ見せたいのがユーカさんでしょう。ないがしろです」

「え、えー……」

 そういうアレかなあ。

 と思ったら椅子の上でぐるりと振り向いて、ユーカさんが鋭く。

「そうじゃねーよ!」

「おわ」

 クロードがのけぞる。

 なら、なんだというのだろう。……と思っていると、黙っていたマード翁が訳知り顔で。

「愛の告白をした同士じゃというのに、そこでしれっとファーニィちゃんを選んでいったのがいかんじゃろ。それが一番の問題じゃろ。今のユーカの乙女脳的には」

「お、乙女っ……てめえ、マード!」

「やーい乙女(24)」

「このやろう表出ろ!」

「表じゃろ、ここ」

「そうだった! よし歯ぁ食いしばれ!」

「しかしええんかユーカ? アイン君の前でそんなチンピラムーブして。ただでさえファーニィちゃんに女子として全面的に後れを取っとるのに」

「ぐ……!」

「男の『愛してる』なんて、雑にしとるとすぐ醒めるぞい。アーバイン見てりゃわかるじゃろ」

「ぐぬぬっ……!!」

「美人下僕エルフ治癒師弓手魔術師ファーニィちゃんはよくばりセット過ぎるとしても、リノちゃんやアテナちゃんにも今んとこ勝ててる要素ないからのうユーカは……」

「うわーん!!」

 あ、泣いた。

 ユーカさんが泣いた。

「今のは性格悪すぎますよマード先生」

「煽り過ぎだ。ユーカがこの方向によわよわなのは一目瞭然だろう」

「大人げないわー……」

 一転した女子の集中砲火がマード翁に向く。

「そ、そんなに年寄りいじめんでもええじゃろ!」

「イジメしたのはマード先生です! あと今回私嫉妬されるようなとこありませんからね! ドン引きしかしませんでしたからね!」

 泣いたユーカさんはジェニファーが慰めていた。

 ライオンが女の子抱きしめて肉球でぽふぽふ慰める姿はかわいい。

 ……というのをほんわか眺めていたら、後で僕にも「フォローが遅い!」と女子たちの集中砲火が向いた。

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