アイン式フルプレキャノン

 翌日。

 様子を見ながら少しずつ体を使っていく。

 やばいことになってもマード翁とファーニィの治癒術があるとはいえ、一度自分の手足がクズ肉同然の状態になったというのは怖い事実だ。

 というか、別に胴や頭も「メタルマッスル」からの急速逆回転から除外したわけではなく、頑張って修復しただけなので、程度の差はあれ一度は似たような状態になりかけているのだ。

 その後遺症が完全に残っていない……とは言えないのが現状であり、あまり全力で動かしたら小康状態の不具合が爆発する可能性が常に付きまとう。

 まあ、本当の修羅場で爆発したらそれはそれで絶望的なので、こうして安全な時に試すしかないんだけど。

「ユーカさんもこういう状態で戦ってたんだろうな……」

 いろいろな動きを試しながら思う。

 小さくなった当初のユーカさんは、治癒師によく「こんな状態で冒険なんて危ない」とか「いつ死んでもおかしくない」とか言われていた。

 それは小さくなったせい……ではなく、元々無茶を繰り返したおかげで、ずっとそういう状態で誤魔化し誤魔化し戦っていた、ということなのかもしれない。

 だから指摘されても動じなかったのだろう。

 まあ、どうしようもないもんな。身体の奥のどこか、普段は自分でもわからないところがボロボロになっていると言われたって。

「……でも、どこまでやれば充分と言えるのか自分でもわからないんだよな」

 魔力の急速逆回転は身体への負担が大きい……というか、自滅レベルの無茶だというのはわかった。

 行動不能を通り越し、放っておいたらすぐに死ぬような状態になるのは、どう考えたって損しかない。もう同じことはやるつもりはない。

 が、それはナシとして、どこまでやったら「全力を出しても平気」と言えるのか、そのさじ加減が読めない。

 僕の技、あんまり身体そのものを使ってどうこうっての多くないからなあ。

 ……いや。

「フルプレキャノン」があるな。ほとんど思い付きでコピーしたけど、思いのほかうまくできちゃった。

 実際は助走距離があんまりなかったし、威力はフルプレさんには全然及んでないだろうけど、一応双剣を使えば僕も飛べるわけで、あの時以上に充分に勢いが乗ったところでぶつかる……というのは、結構な身体の使い方には違いない。

 ……やってみるか。

「おーいブラ坂」

「ゴウッ」

 僕は剣を収めてブラ坂を呼ぶ。

 シルベーヌさんはリノと一緒にジェニファーに乗ってレティクル計画の現場に行っているので、ブラ坂は最近は“魔獣使いの宿”跡地の片隅で暇そうだ。

 たまに相手してやって欲しいと言われているので、ちょっと付き合ってもらおう。

「ちょっと乗せてくれる?」

「ゴウッ!」

 頼むと、やる気に満ちた返答。

 ……を、見ていたファーニィとマード翁。

「あれ怒ってる感じに見えません?」

「毎度ながら、なんでアイン君あれに全然警戒しないんじゃろうな。モンスターには雑魚でもそれなりに気を張るのに」

 二人にはブラ坂が僕に向かってなんか吠え散らかしているように見えているらしい。

 ちょっとおバカだけどそこまで悪い奴じゃないよブラ坂。見た目は怖いけど。

「ファーニィ、一緒に乗ってくれる? ちょっと危ないことするんで、もし背骨とか折れたら治してもらいたいし」

「え、いやー……いやいやいや背骨折れるって何です!?」

「全力出したら折れるかもしれないじゃん、そこは調してないからダメージ残ってるかもしれないとこだし」

「なんでこの人それ全然平気な顔で言うんですかね……! 普通の人は間違っても背骨折れるようなことしないですからね!?」

 怒りながらも素直に乗ってくれるファーニィ。

 僕もブラ坂の背中に乗る。

「ゴウッ!」

「いいよ、頼む」

「ゴオウッ!」

 僕の指示を理解して離陸してくれるブラ坂。

 徒歩オンリーのジェニファーと違って、移動にも徒歩と飛行の両方の選択肢があって「頼む」の一言への反応も難しいだろうに、よく理解してくれるものだ。えらいえらい。

「どこ行って何しようとしてるんです!?」

「ブラ坂の翼ならちょっとで行けるところにトロールいたの見てるからさ。今回はそいつで試し打ちしようと思って」

「トロールってあのめちゃくそでっかいトロールですよね……? え、何普通に二人でいこうとしてるんです? パーティ全員動員しないといけなくないですか?」

「別に一体だったら僕だけで何とかなるよ」

「いやいやいや、普通に大金動くレベルのモンスターですよね!? 油断よくない!」

「全員はさすがにブラ坂にも乗り切れないよ。それに無理そうだったらこいつ速いから引き返せばいいし」

 みんな連れてると逆に撤退しにくい。

 ブラ坂に乗ってる僕らだけが本隊なら、撤退もそのまま回れ右、確実に追いつかれずに済むし。予定外への対処はこっちの方が楽だ。

「本当に気をつけましょうね!?」

「いつになく心配性だなあ」

「アイン様、今自分がいつゴキッて言って生き人形みたいになるかわかんないの自覚してますか!?」

「だからファーニィ連れてるんだし」

「そういう予行練習で行く相手じゃないって話なんですよーっ!」


 で。

 飛びながらもなんとなく嫌がっているブラ坂をなだめすかし、いつぞやの夜にトロールを見た山に近づいていく。

 そして、いくつかの峰や尾根を越えて。


「……トロール……にしては大きい、かな?」

「いやあれトロールじゃないです。トロールあんな顔じゃないです。あとデカすぎます」

 山の中腹に剥き出した岩棚に腰かけている巨大な人影。

 トロール……にしては、確かに顔が四角くない。もっと知性を感じさせる顔をしている。

 まあ知性は感じるにしても、まったく友好的な感じはしないんだけど。

 そして大きさは、いつかマイロンでグリフォンと一緒にいたトロールの倍……そこまではないかな? でも1.5倍は確実にある。

「トロールよりもデカい人型……で、目は二つ」

「ギガンテスですよあれ!! ちょっ、早く逃げましょうよ!」

「その方がいい……かなぁ? いや、ブラ坂、急降下。早く!」

「ゴウッ」

 僕が指示を出すのと前後して、ゆっくりと手をこちらに向けたトロール改めギガンテスは、唐突に巨大な火球を手から発射してきた。

「魔術っ!!」

「ブラ坂、ファーニィを頼む」

「アイン様!? いえ頼む相手逆じゃないんですかアイン様!?」

 尾根の陰に逃げ込もうとするブラ坂から、僕は双剣を引き抜いて、飛ぶ。

 ファイヤーボールは、ある程度使用者の意志に従う。普通に避けてもそれで終わりにはしづらい。

 適当な距離で一気に燃え広がらせたり、あるいは軌道を曲げたりといった使い方もできてしまう。

 完全に潰すには、こちらも手を出さざるを得ない。

 ……飛んで突撃し、火球を双剣で切り裂き、散らす。

「ゲイルディバイダー」本来の使い方だ。熱いけどそれは一瞬。こちらも速度を出している。

 出し続けている。

 炎は一瞬で遥か後ろ。

 そして僕は揃えて突き出していた剣をグッとクロスさせ、腕で十字を作り。

 鎧に魔力を、そして身体に「メタルマッスル」を付与しつつ、勢いをそのままに、突撃。


「フルプレキャノンッッ!!」


 加速距離は充分。事前にイメージしていたおかげで、あの時よりもさらに堅固に魔力を込めきれている。

 その体当たりの一撃が、ギガンテスの鼻っ柱に豪拳の如く突き刺さる。


「ゴァッ……!?」

 ギガンテスはのけぞり、僕は空へと跳ね返る。

 ここで慌てて動こうとして魔力を動かすのは良くない。一度落下して、数秒かけて硬化が抜けるのを待ち。

「帰ろうとしたんだけどね。わざわざ売ってくれるなら、買おう」

 喧嘩を……ね。

 メガネを直しながら、両の剣を改めて左右に広げ、魔力を込めて振るう。

 だがギガンテスもさるもの。魔術を使ってくるだけあって、トロールほどサクサクとバラバラにはなってくれない。魔力を手足から散らし、「バスタースラッシュ」を阻害して威力を削いでくる。

「なるほど、ちょっと前の僕だとまずかったかもな。……でも」

 再び「ゲイルディバイダー」を発動し、空を舞う。

 ギガンテスに背を向けて離陸。縦旋回で勢いを稼ぎ、真上からの「フルプレキャノン」を再びブチ当てる。

 二発の「フルプレキャノン」でも特に身体に軋みはない。

 急速逆回転みたいな無茶さえしなければ……あとはよほどの持久戦でもなければ、大丈夫そうだ。

「どんどんいくぞ」

 剣で空を飛ぶ。そのコツを掴み始め、楽しくなってきた。

 メガネを落とさないように注意しつつ、幾度となく空を舞い、「フルプレキャノン」をいろんな体勢で叩き込む。

 キック。肘。膝。拳。

「メタルマッスル」の効果で、どんな体勢でもこちらの体が負けることはない。

 放出魔力での大雑把な妨害では、武器や己に込めた魔力まではどうにもできない。

 フルプレさんの戦い方は、こういう相手には大正解なのだった。

 まあ、相手からも巨腕で時々薙ぎ払われたり踏まれたりするけど、「メタルマッスル」をその都度発動させるので、距離が離れる以外の実害はない。

 ギガンテスとしては「異常に硬い小虫」が猛速で突っ込んでくるわ斬りつけてくるわ叩いても効かないわ、で、悪夢だろう。

「悪いけど、手を出したからには徹底的にやるよ。恨まれて人里に来られてもコトだからね」

 巨人と小人。

 全く勝負にならなそうな構図を、全く逆に圧倒する。

 十数度目の「フルプレキャノン」を決め、仰向けに倒れたギガンテスの頭部に、「黒蛇」「刻炎」の二刀を振り上げ。


「必殺……アインバスター!!」


 思いつく限り全力で威力を上げ切った一撃を、その顔面に振り下ろす。

 ……ギガンテスの頭部は盛大に爆散し、勝負は終わった。



 しばらくするとおそるおそるという感じで、木々をくぐるようにブラ坂とファーニィが徒歩で見に来た。

「勝ったよ」

「……ドン引きですよ」

「いけるって言ったじゃないか」

「トロールは、ですよね!? ギガンテスって格がふたつぐらい違うやつでしょう!? 何平然と一人で処刑してんですか!?」

「勝てたんだからいいじゃないか……あ、ブラ坂、こいつ食べる? え、食べない? 何が嫌なんだよ」

「そういうとこ!」

「な、なんだよ」

「本当そういうとこもっとマイルドに行かないと完全に鬼畜で定着しますからね! っていうか私もいま素で鬼畜という形容しか思い浮かびませんでしたからねその言動!」

「でかいし人間じゃないのになあ」

 やっぱり人型は駄目か。まあ美味そうかと言われると微妙ではあるけど。

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