告白され慣れていない女

 ユーカさんはわたわたと不審な動きをしたあげく屋根から落ちそうになったので、一度抱き止めてから屋根を降りる。

「ほっ、と」

「おまっ……お前っ……いや、なんでそんな平熱顔なんだよ人に告白しといて!?」

「いや、わりと恥ずかしくは思ってるけど、ある意味ずっとそのつもりだったから変わらないなあって」

「アタシが拒絶するとか考えねーの!?」

「うーん……僕が好きってだけの話だから拒絶とかそういう問題でもないような」

「いやほら、そこでアタシが『キモッ! やめろ!』って言うとかさ」

「わりと慣れてる」

「え……お前どういう目でアタシ見てんの……?」

 ユーカさんは傷ついた顔をした。

 あ、いや、ユーカさんに罵倒されるのが慣れてるというより妹に理不尽なこと言われるのが慣れてるという話でね。

 年頃の女の子は時々家族に残虐なまでにひどいことを言うものだ。近所のおじさんたちもみんなそう言っていたので、僕もそういうものと思って受け止めていた。

 キモい、ぐらいはだいたい数日に一度は言われていた気がする。

「別にユーがどういう反応しても、僕にとっては変わらないよ。命を懸けるに値する大事な相手だ」

「あー……いや、だからさぁ……」

「そういうのは、どう反応されたってあんまり変わらないと思う。たとえ嫌われたとしても、それでやめるような覚悟では命がどうとか言えないから」

「……いや言うやつは言うぞ。アーバインなら言うぞ」

「ははは。そうかもね」

 ユーカさんをゆっくりと地面に下ろす。

 そしてそこでニヤニヤしているアテナさんとクロードの視線にユーカさんが気が付いた。

「お、お前らっ!?」

「いや、熱い熱い」

「アインさんは意外と宮廷恋愛に向いているかもしれませんね。あちらでは自分がペースを乱さず、相手が揺れたらググッと押し込む気持ちの強さが肝要と言われます」

「……僕は宮廷に近づくつもりはないよ?」

「しかし、マリスやミリスに気に入られているのですから。……まあ、マリスたちの目を盗んで浮名を流すのは難しいでしょうが」

「いや本当にそういうコースはないと思うよ?」

「そ、そーだぞ! そもそもお前、い、今アインはアタシにだな……えっと」

「いやあ、ユーカは押されると本当に弱いね。あの王子にも一度求婚されて相当いい感じに揺れたと聞いたが」

「ゆ、揺れてねーって!! 誰だそんなこと言ったの!!」

「ファーニィ君だが?」

「あんにゃろう」

 いや、まあ、実際結構迷ってたよねユーカさん。今でこそ完全に割り切ってるけど。

「だ、だいたい押されたからどうとかじゃなくて……いや、お前、いくら何でもアインと馬鹿鎧男アレを一緒にするのはさすがにどうよっていうかさ……」

「ふふふ。君があまりそういう接し方に慣れていないというのはよくわかるぞ。実に初々しい」

「アテナてめー」

「しかしその差を我々に説いても意味はあるまい。差があるというならその分、アイン君自身に手応えを返してやるべきではないのかな」

「う……あ、あの……」

 答えに窮するユーカさん。ずっと真っ赤で可愛い。

 けどまあ、そんなに急いでどうこうという話でもないし。

「そんなにユーをいじめないであげてください」

「アイン君。……あまり甘やかしてやるものではないぞ」

「いや別に甘やかしたっていいでしょう。僕たちの問題なんですし」

「君はすっかり年下の小娘を相手にしている調子だが、その女は24歳だぞ?」

「……ええまあ、知ってますが」

「こういう場面で年上の人間につまらない逃げを許すべきではない。面倒なことになるぞ」

「ええー……」

「だ、誰が逃げてるってんだ!」

 ユーカさんが噛み付く。が、アテナさんは余裕で微笑み。

「年上というのは面倒なものでな。数年分の経験、年輪……それを価値だと思うのは下から見る場合だけなのだ。上から見れば、若い相手に自分のような年寄りがいいのか、と、やがて負い目になる。こういうタイミングで逃がすと、それを盾に延々ドタバタ逃げられてしまうことになる」

「別に逃げるも何もないと思うんですが」

「君の中ではそう割り切れるとしてもだ。実際のところ、そこまで強く好意を表明されたら、何かしら応えてやらなければ……とも思ってしまうのがまた大人の面倒なところでな。君の気持ちから逃げながらなんとか応えてやらなければ、と大変ややこしいムーブを繰り返す醜い年上が出来上がってしまうのだ」

「お前別に色恋沙汰得意なわけでもなさそうなのにやけに具体的に語るな……?」

「はっはっはっ。まあ私とて少女だったころはあるということさ」

 ……うーん。

 そこから何故「自分を押し倒すほど強い奴なら誰でもOK」なんて恋愛?観に行き着くのかわからないけど、とにかく人に歴史あり、というのは分かった。

「というわけで、ユーカを面倒臭い案件にしたくないなら、ここでもう一押しだアイン君」

「もう一押しと言われても」

「こういう手合いは経験がないのでウジウジしがちなのだ。そのへんはあえて無視して肉体関係までいけば観念するだろう」

「いや、ユーってちびっこボディこんなんですよ?」

「そこは気合で何とか。いずれ育つと信じて」

「育つって何だよ! いや色んな意味で大きなお世話過ぎるだろよ!」

 しかし改めてなんだこれ。なんでこんな謎のアドバイスをもらう流れに。



 夕方になり、リノとシルベーヌさんが戻ってきて今日の進捗の報告。

「天眼」の特性解析がだいぶ進み、7パターンあった設計案を大筋2パターンまで絞り込めたらしい。

「つまりもうすぐってこと?」

「まあ腐敗の進行とか考えるとそろそろリミットね。最終性能に少し違いは出るかもしれないけど、刻印難易度と量、それと適性カバー率を総合的に見てどちらも甲乙つけがたいってところまでは結論に近づいてるわね。魔術刻印に関してはサンデルコーナーの縮小転写技術を前提にすることで話が完全にひっくり返っちゃうから、それだけで2パターン死んだのがちょっと愉快だったわ」

「……ごめん。何言ってるのか全然わからない」

「そこそこ順調だとだけ理解してくれればいいわ」

 ……それならよかった。

「……それで、なんでユーが私を盾にするみたいにしてるの? 喧嘩でもしたの?」

「いや喧嘩はしてないんだけど」

「け、喧嘩じゃねーんだ。うん」

 ユーカさんはリノを挟んで向こう側にいる。

 いつもは僕のすぐ横を定位置にしているので珍しいといえば珍しい。

 まあ、十中八九、さっきの「告白」騒ぎのまま、どう距離を取り直していいのかわからなくなっているのだろう。

 正直僕も意識すると少し困る。肉体関係って言われても……とも思うし。

「アイン様がユーちゃんに告白したらしいんですよねー。私その時買い物行ってたんで知らなかったんですけど」

「ええっ!?」

 ファーニィの言葉にびっくりするリノ。

「まだしてなかったの!?」

「してなかったみたいで」

 そういう扱いなんだリノ的に。

「っていうか告白されてこういう行動するんだ!? 確かユーってホントは10歳ぐらい上だよね!?」

「う、うるせー」

「とっくに結婚できる歳の女がやる行動じゃなくない……?」

「うるせーうるせーうるせー……!」

 リノ的にもそういう感じなんだ。

 ……シーナだったら告白されたらどんな行動してたんだろうな、と思いながら、僕はメガネを押す。

 その行動を何か勘違いしたのか、ユーカさんは慌てて弁解のようにまくしたて始める。

「いや、べ、べ、別にアインが嫌ってわけじゃないんだけどさ。だけどホラ、アタシ本来ゴリラあんななわけでさ」

「ほら面倒臭くなり始めたぞ」

「黙れよアテナ!」

 多分、本来の姿になんてもう戻らないんだからいいんじゃないかな、と思うけど。

 ユーカさん的にはまだ今の姿が「仮の姿」な感じなのかな、と少し心配になった。

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