誰のために戦うのか

「アタシは最初に教えたはずだよな!? 守るべきものはまず自分、仲間、そして他人、最後に法だ、って!」

「う、うん」

「アタシを師匠と思うなら! アタシの教えたことを正しいと思うなら、命は自分のために賭けろってことだよ!」

「…………」

「アタシはずっとそうしてきた! アタシが命張るのはアタシのためだ! 引いたらアタシの腹が収まらねえからだ! だから、死んだとしてもそれはただ、アタシのプライドが不相応だっただけのことだ!」

 ユーカさんは小さな拳を握りしめて力説する。

「勝ちてえってのは生き物の本能だ。強くなるってのは快感だ。そのために命張るのはバカだが自然なバカだ。テメーの本能に素直に生きてるだけの、シンプルな生き方だ。お前もそうだと思ってた。そうだと信じてた」

 ほとんど睨みつけるような強い視線で。

 彼女は、僕のメガネの裏にある瞳を貫く。

「でも他人のために命張るってのは、死を相手に背負わすってことだぞ……! そんなん、頼んでねーよって言いたくならねーのか、お前なら!」

「そ、れは」

「アタシはお前がアタシみたいになりたいって言うからそれを手伝ってんだ。お前がアタシみたいなテッペンの景色を見られるように……それがお前の夢だって信じたから、それを叶えたかったんだ。お前がアタシの“レベル”って重荷を背負ったんなら、そこまで辿り着くのは権利だと思ったからだ。だがそれさえ自分のためじゃねえってんなら、とんだ見込み違いってもんだぞ」

 グッと僕の胸倉を掴み、改めて息を吸い込み。

「アタシは結局、不幸な人間しか作れねーってのかよ……! アタシがお前にやったモンは、お前の幸せの種銭だったはずだろ!? そうじゃなきゃ誰も何も笑えねえだろ!?」

「でも」

「アタシへの恩義のために死ぬ人間なんか望んじゃいねーんだよ! そんなのどこもプラスじゃねーんだ!」


 それは。

 ユーカさんの冒険哲学であると同時に、その生き様で人を魅了してしまう人間の魂の悲鳴、だったのかもしれない。


 血まみれの自分の力は、戦って得てきたものは、誰かのためになるのだ、と。

 目の前の一人ぐらい幸せに導けるのだ、と、信じたかったのだろう。

 人のために生きることは、良いことであるはずだけど、命を張る……張り続けるというのは、それを楽しむ者でないのなら、ただただ「失ってもいい」と投げ出しているだけだ。

 それを一面の幸せと考える宗教家もいるだろう。

 大事な命を何かのために懸けられるというのは、それに値するほど大きな価値に触れているということだから、と。

 だけど、それはユーカさんにとっては決して受け入れられることじゃない。

 これまでも、伝説たるユーカさんのために戦って、命を懸け、あるいは捨ててきた信奉者はいたのだろう。

 それを当然のこと、幸せなことだと思うのは、ある種の異常な精神状態だ。

 あるいは軍隊ならそれもあるかもしれないが、ユーカさんはあくまで、それぞれの信条の下で危険を冒し、危険と踊る、冒険者でしかない。

 己の力で戦って勝ち得ていく冒険であるはずなのに、自分のために勝手に死んでいく誰かの姿なんて、あっていいはずがない。

 だから、僕がそれであると思い至ったなら、彼女は怒るしかないのだ。


 だけど。


「……そうじゃないよ」

 僕は、胸倉を掴むユーカさんの手をゆっくりとほどいて。

 メガネを押し、彼女の眼を見返す。

「僕は確かに、戦いをあまり楽しむタチではないし……幸せを求めてないのかもしれない。どこかで死に場所を探してしまっているかもしれない。最後に辿り着きたいのは、少しでも価値のある死に様……そうなんだろ、って言われたら完全に否定はできない」

「……アイン」

「でも、僕にはそれでも必要なんだ。自分自身よりも大事な何かが。……ずっとそれがあったから貧しくても辛くても生きてこれた。それがなくなってからの僕は、何か内臓をひとつ失ったまま生きてるような気持ちだった。……ユーは迷惑かもしれないけど、僕にとってはそこにもう、ユーがいる。そこにいてくれるから、僕は笑うことだってできるし、何とだって戦える」

 僕はそういう人間だ。

 ユーカさんとは似て非なるもの。エゴイズムの中に、守るべき他者の存在が欠かせない。

 おそらく、ゴリラユーカさんでは駄目だった。ファーニィでも、リノでも駄目だった。

 僕が壊れかけながらも人間的でいられるのは、ユーカさんがいるからだ。

「無断で駄目なら、今断っておくよ。……僕はあなたのために命を懸ける。いつだって、そうする」

「……だからお前な!」

「ユーにとっては受け入れがたいかもしれないけど。そうでないと僕は」

「そーじゃねーだろーが!!」

 いつの間にか。

 ユーカさんはめちゃくちゃ顔が赤くなっていた。

 そして、僕のメガネのブリッジに指を突きつけ、いつも僕が押すようにぐいぐいと押し。


「なんでお前こういう時スラスラそういうの言えちまうんだよ! プロポーズかよ! 告白の一つもなしに!」


「…………」

 あ。

 あー。

 あーーーー……。


 そう聞こえなくもないというか、そうとしか聞こえない感じのこと言ってるね僕。

 ……不本意だ、と逃げることもできなくもないけど。

 でも。

 ……込み上がる羞恥を飲み下して。

「えーと。……前後しましたが好きです」

「え……なんだその……なんだお前っ!?」

 ユーカさんは混乱している。

 まあうん。僕もちょっと混乱しているかもしれない。

寝起きさっきはわかってなさそうだったんで、今」

「いやお前、そういう流れかこれ!? いきなりどういう情緒で言ってんだお前は! アタシ今叱ってたよな!?」

 屋根の上でそんなバタバタ不審な動きをしないで欲しい。落ちそうだ。

 ……で、そんな僕らを途中からじーっと眺めているアテナさんとクロードの姿が目に入る。

「……青春だねえ」

「青春ですね……私はああいうのありませんでしたから、ちょっとだけ眩しい」

「君はまだ恋愛を過去の話にするような身の上でもないと思うが」

「マリスへの愛は子供の頃から表明していましたから」

 とりあえず「見るな」と言わせてもらっていいでしょうか。

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