女子部屋のアイン
相変わらずユーカさんは自分のオシャレを自分の手ではやろうとしない。
僕かファーニィが毎朝なんとかしてあげないと、髪絡みまくり寝癖付きまくりの頭のままでも一向に気にしないし、服のボタンが取れていようが布地が裂けていようが「まあいいや」で適当に着る。
コーディネートなんて概念は元々すっぽ抜けている。
「リーダーってホント甲斐甲斐しいっていうか、ユーのお母さんみたいだよね」
朝から女子部屋でユーカさんの髪を整えていたら、リノに真顔で言われた。
最初の頃はリノも朝から僕がユーカさんの世話をしているのを見てギョッとしていたが、最近ではそれを横目に自分も着替えるくらいには慣れてしまっている。
ファーニィやアテナさんはそれぞれの理由で僕が女子部屋にいても特に問題視していないようなので、リノだけが最後の砦と言えなくもなかったのだけど、あまりにも簡単に慣れ過ぎている。
まあ冒険者やっていれば、野外でいちいち離れて寝たり着替えたりもできないものだし、ジェニファーも女子部屋にいるので変に安心しているのかもしれない。
「普通はこういうのってお母さんがやることなんだ?」
「まあ多分。ウチはあれだから断言はできないけど」
リノは養女だっけ。
しかもサンデルコーナー家は、他にも魔術の才能だけを見込まれた養子がたくさんいるはず。「母親」という像を断言はしづらいか。
それでも一通りの身だしなみは整えているし、服や趣味がおかしいわけでもないので、なんらかの形でそこらへんの常識はある育ち方はしているようだ。
「リーダーのうちでは違ったの?」
「僕のうちは両親とも、随分早くに死んじゃったから……妹の髪をなんとかしてやるのは兄貴の僕の役目だったな」
「あー……」
なんともいえない顔をするリノ。
まあ、今さら憐れんで欲しいわけでもない。
さっさと話の矛先を変えよう。
「ファーニィとかアテナさんはご両親は健在?」
「私の両親はまあ元気だと思いますよー。20年ぐらい会ってませんけど」
「……なんか離れなきゃいけない事情とかあったの?」
「いえ特には。まあ親と一緒に住むなんて50年も続ければ充分じゃないですか」
「……まあ、そう……なのかな?」
エルフの時間感覚ってどうなんだ。これ人間でいうところの「15過ぎたら親元は離れるもの」みたいな感覚だろうか。
ちなみにハルドアではそんな感じだった。男女の差はあるけど、基本的に跡取り以外は成人まで親元にいるのはだらしがない扱い。
で、アテナさんは下着姿で柔軟体操をしつつ。
「父は健在だが、実母は私を産んだ後に産後の肥立ちが悪くてな。今実家にいるのは継母だ」
「……なんか気まずい話になります?」
「よくある話でしかないと思うが。実母は私しか産めずに召されてしまったが、継母と父の間には男児が生まれてな。家督はそちらに行く予定だ。私は気楽な身の上さ。さほど格の高い家でもないから政略結婚などの話もないしな」
「……逆にアテナさんと結婚したい貴族いっぱいいそうな気がしますけど」
「これがなかなか。自分より腕っぷしの強い女を嫁にしたい男というのはそういるものではない。愛人に、という話は時々あるが」
「そんなもんですかね」
「まあ私としては愛人に収まるのも悪くはないがね。女騎士としてはそこそこ順当な収まり方だ。男子と違って家をなかなか背負えぬ以上、栄達したからといって素直に良い立場が手に入るものでもないからな」
「……生々しい」
「とはいえ、私としても弱い男に跪くつもりはない。以前にも言ったが、支えるからにはその甲斐ある相手でなくてはな。私をねじ伏せられる程度の男であるのが第一条件だ」
堂々と言いながら下着姿で凄いポーズ(柔軟)をするアテナさん。マード翁が見ていたら奇声を上げて大興奮だろう。
「……これを言うとだいたいの愛人話も立ち消えになってしまうのだがね。全く、顔や歳や家格に条件をつけているわけでもなし、だいぶ緩い条件なのに誰も彼も意気地のない」
「逆に、強くさえあれば顔がゴブリンでも歳が爺さんでも、そこらの農民でもいいってことですか」
「まあ基本的にはな。王子のような例外はあるが」
「…………」
フルプレさんの頭の出来ってそんなに駄目だろうか。
「王子は立場に見合った思慮があるならいいんだが、それがないからな。むしろその辺は高望みしようのない平民の方がマシかもしれん。あるいは冒険者か」
「…………」
「言うまでもないが、アイン君がその気なら真剣に考慮するぞ」
「いや僕は」
「冒険者の愛人というのも悪くはない」
「待って下さい。なんで愛人が前提なんです」
「フッ。さすがに私とてユーカやファーニィ君より上を主張するほど傲慢ではないよ」
かっこいい微笑みと共に言うアテナさんは、まるで王子様のようだ。フルプレさんよりもずっと。
「えっ。何そういうやつ? この部屋もしかして破廉恥な領域?」
リノが戦慄する。
そんなことはないので安心して欲しいけど、それはそれとして僕がいる時に着替えるのはやめた方がいいと思います。
「んぁー……え、何、何がアテナより上だって?」
その辺でようやくユーカさんが覚醒した。
今まで僕に髪を梳かれながら半分寝ていたのだった。
「アイン君内部ランキングだよ」
「あー……えっ、どういう意味のやつ?」
「アイン君はユーカが好き過ぎるだろう」
「あー、そう見える?」
「見えるが」
「…………」
ユーカさんは半分閉じた目でなんとも言えない表情。
しばらく置いて。
「そうならいいんだけどな」
ポツリとユーカさんが呟いた言葉に、僕は思わず手を止める。
……どういう意味だ?
リノがレティクル計画のために再びルザーク邸に赴くのを見送り、クロードとアテナさんが朝稽古をするのを横目に眺めながら、僕は小屋の屋根に上がって雨漏りを修理する。
昨夜降った雨で発覚したのだ。マード翁の寝台の真上だったために深夜に大騒ぎになり、寝台は違う位置にどけられた。
やっぱり素人大工の小屋だとちょいちょい駄目になるな。最初は別に漏らなかったんだけど。
「ふー……」
手足を新調してしまったのと、まだ体の芯にダメージが残っている可能性があるため、僕はまだ鍛錬は軽く流す程度にしかやっていない。
ちょうど最初の頃のユーカさんと似た状態、なのだろう。
マード翁やファーニィにより見た感じは完治したはずだけれど、治癒師にも手の出しにくい領域というのがやはりあるらしく、そこは探り探りでやるしかないらしい。
こんな状態で、あの
ルザークとしては一刻も早く、と言いたいところだろうけど、僕らで勝てなければ事実上手詰まり。最悪、領地の放棄も視野にある状態なので、むやみに急かして、せっかくいくらかある勝ち目を台無しにもできない。
結局、僕らがやれる状態になるのを気長に待つしかないのだ。
「意外と国の戦力って微妙かもなぁ……」
僕ら数人の冒険者のやることなんて、軍隊が何千人でかかれば、なんとでもなりそうに思えるけれど。
ドラゴンのような常識外のモンスター相手には、実際は無駄死にが増えるだけの話になってしまうらしい。
人間同士なら数と戦術で押しつぶすっていうのは立派に選択肢なのだけれど、あんな怪獣だとそれではどうしようもない。
それに兵隊も、いくら
普通の戦争なら有り得ない話らしいが、今回の相手は真面目に何万でも「底を尽く」可能性がある。
それを相手に、数人で勝つことを求められる僕らは一体何なんだ、とも思うけど。
「……できちゃうんだよな、少なくとも前のユーカさんなら」
「呼んだか」
「うわ」
ひょいっと身軽に屋根に飛び乗ってくるユーカさん。
ますます小さな体ゆえの動きに磨きがかかっている。
そして、僕が座っている場所のすぐ横に、肩がくっつくぐらいの距離感で座る。
「……今度のドラゴン退治について考えてたんだ。前のユーなら、成体のドラゴンにも勝てたって」
「あー……まーな。アーバインも言ってたように勝ったのは二頭だけだけど」
「あのアーバインさんがユー頼りみたいに言ってたくらいだから、本来は邪神同様に倒せるわけない相手なんだよね?」
「いや、そうでもねえ。ダンジョンと違ってわざわざモンスターだらけの細道を奥深くまで行く必要もねーから、さほど一流どころでもない魔術師の支援火力も使おうと思えば使えるし。昔から討伐例はそこそこある。……勝ったはいいけど国が傾いた、なんて話も多いけどな」
「そういう次善策をルザーク・スイフトは用意してないのかな」
「国傾けてまで全力排除するほど、スイフト家がヒューベル王国内で重要な存在でもねえってことだろ。王都に迫ってるわけでもねーし」
「うーん……」
「ま、そんな相手をお前がやっつけりゃそれこそ大英雄ってモンだ。“鬼畜メガネ”から“竜殺し”に看板替えもいけるかもしれねーぜ?」
「竜殺しって二つ名はそこそこいるよね、確か」
「……まーな」
ドラゴンでなくワイバーンやサーペント討伐でも「竜殺し」と名乗る奴はそこそこいて、それがある程度上級のものならまあまあ認められるのが冒険者業界だ。
なにしろハッタリが大事な世界。みんなしてハッタリをかける分、誇張にもいくぶん寛容だ。
おかげで「竜殺し」は既にあちこちにいる。新味はない。
僕がその中であえて鬼畜メガネから看板替えするには、もうひと味くらいインパクトのある字面が必要かもしれない。
「……今の僕で、勝てると思う?」
「さーな。アタシが倒したドラゴンより強いか弱いか、やりやすいかやりにくいか……当たってみなきゃわかんねーのがドラゴンだ。お前が勝てるかどうかも、戦いの中でしかわかんねーよ」
「……でも、前のユーなら逃げないよね」
「…………」
僕は、かつてのユーカさんのようにならなくてはいけない。
そうなった時、初めてユーカさんは「最強の冒険者」の運命から自由になれるのだろう。
だとすれば。
僕は戦い、成長し、そこを目指すしかない。
メガネを押して決意を新たにしていると、その僕の肩をユーカさんが掴み、グッと僕の顔を自分の方に向けて。
「お前、もしかしてアタシのために……戦ってんのか?」
「……?」
意味がよく掴めなくて、僕はきょとんとしてしまう。
「アタシの看板を守るためとか、受け継ぐためとか……そういうつもりで戦ってんのか?」
「……まあそれもあるよ。最初からそういう話だったじゃ……」
「それでお前、あんな風に命張ってんのか!?」
かつてなく真面目な顔のユーカさんの詰問に、僕はただただ戸惑う。
「ああもうっ!!」
ユーカさんは頭をガリガリ掻いて苛立った様子を見せて。
「アタシに黙ってアタシのために命張るなバカ野郎!!」
なんか理不尽なことを言われた。
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